遠足のお弁当、コンビニ弁当じゃ駄目ですか?
このタイトルを見られた全国のお母様方から、私はきっと一斉攻撃を受けるだろう。
「駄目に決まってるじゃない!何言ってるの?」
「愛情ないの?子供が可哀想!」
「遠足のお弁当ぐらい、作ってあげなよ」
「虐待か?」
などなど……想像に難くない。
では、これと同じ質問を欧米のお母様方にしたらどんな反応が返ってくるだろうか。
コンビニ弁当はないと思うので……代わりに市販のパンやプレッツェル、それにバナナや林檎やらのフルーツといった所だろうか。
「全然OK!……てか、何か問題ある?」
「何でわざわざ人に聞くの?自分の子供のことなんだから好きにしなよ」
「たかがランチでしょ?何でもいいよ!目的は遠足なんだから」
この様な答えが返って来るのではないだろうか。
日本人は弁当を愛する民族だ。それ故、小さな箱の中には様々な知恵が詰め込まれている。
彩り、栄養バランス、形、傷みにくいもの……挙げればきりがない。
日本の文化とも言えるだろう。
特に子供のお弁当は、遠足や運動会などの行事を構成する大切な要素と捉えられている。
ではここで、全国のお母様方に落ち着いて分析してもらいたい。
何故手作り弁当に比べて、コンビニ弁当(市販のパンやおにぎりも含む)が駄目なのか。
① 添加物や、栄養面の問題。
市販の弁当やパンは、確かに添加物が多いかもしれない。でも、よっぽど食材から徹底したお宅でない限り、普段から添加物なんて摂取しまくりじゃないか。
食パン、菓子パン、肉まん、スナック菓子にグミ。
どうしてそれはOKで、市販のお弁当はNGなの?
子供のお弁当のおかずの定番、ウインナーなんて、亜硝酸ナトリウムとか添加物の固まりだし。(無塩せきのものは除く)
他にもハム、カニカマで巻かれたチーズ、ミートボールとか。これ、そんなに栄養ある?
野菜なんて隙間埋め程度。ミニトマトやレタス、ブロッコリーとか、本当に少しよね?
栄養価の高い副菜……例えばひじきとか切り干し大根を好んで食べるお子さんなど、どれくらい居るだろう。
もはや冷凍食品を使おうものなら、コンビニ弁当と何が違うのか分からない……
『一日に必要な野菜の半分が摂取出来る』とか書かれているコンビニ弁当の方が優れているのでは?と考えてしまう。
あとはお米?
確かに家で炊いたご飯は美味しいし、添加物も加えられていない。
だけど冷めちゃえば大して変わらない(むしろ市販の弁当やおにぎりの方が美味しいかも)と思う。
それに、家族の行楽とか疲れた時に、子供にスーパーやコンビニのおにぎり、一度くらいは食べさせたことあるよね?
(私は何度もある!)
そりゃね、毎日三食市販の物ばかりじゃ栄養面が偏るし味覚も育たないと思うけど……
たった一日、お昼だけ、市販の物でも身体には全く問題ないという結論に至る。
② そもそも市販のお弁当の子なんて居ない。
遠足や運動会のしおりの持ち物欄に書かれた『お弁当』。
これは暗黙の了解で手作り弁当のことを指す。
一人だけ市販のパンやおにぎりをかじっている子が居れば忽ち注目の的となるだろう。
運が悪ければ先生から連絡が来てしまうかもしれない。
日本人はそもそも、その他大勢に属したがる民族だ。そこから溢れたものには、強い拒絶感を示す。
子供も大人も、たかが他人のお昼、たかが三食の内の一食。その様にとらえられないのだ。
勿論先生は、虐待されていないかなどを見て下さっているかもしれない。
でもそういう子供は、身なりや情緒面、成績など他にも問題が見えると思うし、総合的に判断出来ると思う。
欧米のお子さんのお弁当を見て、「パンとフルーツだけだから虐待だ!」なんて言ったら、怒られてしまいますよ。
( 余談だが、職場のランチ休憩中に「それで足りるの?」とか、「またそれ食べるの?」などと聞かれることに、私自身辟易している。
「足りる」と答えれば「本当に?後でお腹空いちゃうよ」、「またそれ?」「好きだから」なんてやり取りが、もういちいち面倒くさい。
他人のお昼なんてどうでもいいじゃん!好きに食べさせて~ )
①と②を読んで下さったお母様方。それでも納得はしていらっしゃらないだろう。
栄養面だの、日本人がなんたらだの、理屈っぽいことを言うな。
大切な子供のお弁当。手間ひまかけて作ることに意味がある。
大好きなお母さんが作ってくれたお弁当は、一生の思い出になるのだからと。
言わば弁当は、親が子供へ示す愛情の物差しと言っても過言ではない。
その為お母様方から、冒頭の非難が飛んでくるのだ。
コンビニ弁当=子供への愛情の欠如だと。
では逆を言えば、弁当を作らない母親は、子供への愛情がないのだろうか?
私は違うと思う。
体調が悪くても、笑顔で子供に向き合うお母さん。
眠たい目をこすりながら、沢山絵本を読んであげるお母さん。
仕事で疲れていても、休みの日は子供と全力で遊んであげるお母さん。
もし彼女達がしんどいからと言って、子供に市販のお弁当を用意したら?
それは愛情のない母親と言えるだろうか?
それでも可愛い子供のお弁当ぐらい作れ!
こんな声が飛んで来そうだが、日本の弁当は、弁当『ぐらい』なんて言ってはいけない程労力を費やす。
夏であれば傷みにくいおかず、冬であれば冷えても美味しいおかず、更には子供の好き嫌いも考え、買い出しに行く。
下処理が必要なものは前日から準備し、明日は早く起きなきゃ……起きなきゃと、熟睡出来ぬまま朝を迎える。
おかずを整え、小さな箱に隙間なくパズルの様に詰めていく。
ご飯は握るか、上に何かをかけるか、はたまたキャラクターを描くか。
ああ、フルーツもカットしなきゃ。
もしこれが運動会であれば家族の人数分作らねばならないし、その後で移動、場所取り、委員や係の仕事、動画撮影などが待っている。
もはや観戦する気力も応援する気力もございません……
料理とお弁当作りが余程好きな人でない限り、拷問に等しい。
さて、ここまでお読み下さった方は、もしかしたら私のことをこう思われているかもしれない。
「子供の頃、親にまともなお弁当を作ってもらえなかったのかしら……」と。
心配はご無用。
私の母は、料理も弁当作りも非常に好きな人であった。
その為遠足や運動会の弁当といったら、物凄い気合いの入れようである。
金平には牛肉、人参、蓮根……とにかく具材が沢山!
ご飯も、これはケーキか?という位、何層にも重なった豪華な海苔弁。
彩りも味も栄養バランスも良く、蓋を開ける度によく友達に美味しそう!と言われた程だ。
遠足の時、「お菓子が食べたいからお弁当残す~」と言っている友達の傍らで、私は膨らんだお腹を擦りながら、てんこ盛りのおかずを頑張って食べた記憶もある。(無論お菓子は食べられない)
それは幼いながらも、弁当を作ってくれた母に対して敬意を払っていた為。残すことはありえなかった。
弁当作りに丁寧に向き合った母が居たからこそ、その裏にある母親達の尊さを感じているのかもしれない。
幼稚園や学校関係者の皆さん。しおりやパンフレットに一言だけでいいから書いてあげて下さい。
例えば運動会だったら……
『お弁当は市販のパンやおにぎりなどでも構いません。運動会はお子さんの応援がメインです。無理せず、体調を整えてお越し下さい』
こんな言葉で、どれだけの母親が救われるだろう。
下に小さい子供の居る人、親の介護がある人、仕事でくたくたの人、シングルの人、持病がある人、低血圧で朝が辛い人……
たった一日のそのお弁当作りが辛い母親(父親)達の為に、どうか優しい逃げ道を作ってあげて下さい。
我が家も10月は子供達の遠足や行事が重なり、お弁当を何個も作った。
朝、お弁当に詰めた残りのおかずを、嬉しそうに食卓へ運ぶ娘。
「そう言えば……ママも子供の頃、お弁当のおかずの残りを、朝ご飯に食べるの好きだったな」
「うん!めっちゃ好き!」
「昼も同じおかずなのにね」
私は亡き母みたいに料理が好きでも上手くもないけど、何かが繋がっている様で、ほっこりした。
そして帰宅した子供から空の弁当箱を渡されると、何とも言えない満足感に襲われる。
……そう、私自身も弁当作りの呪縛に囚われているのかもしれない。
* タイトル画製作・あき伽耶様 *