第33話 名前の由来。。。
「元配下というとその方は、元聖バレリア騎士団の方なのですね?」
シナモンはレイに尋ねると、何故かウキウキとした様子を見せている。
「何でお前が嬉しそうなんだよ」
「あの伝説の聖バレリア騎士団の方ですよ? 色々お話を聞きたいのです」
喜々とした表情のシナモンを、レイとアルは呆れたように見つめていた。
バレリアの知り合いが経営しているという酒場。
そこは村一番の大通りから、一本入った裏路地にあるという。
村にある厩に玉鋼を乗せた馬車を馬ごと預けた一行は、裏路地へとやってきた。
閑散としていた大通り以上に静かな裏路地は、何件かの酒場が並ぶ。
正午過ぎという時間的な理由や徴税の影響もあり、どの酒場も営業している様子はない。
「たしかあそこだったと思うんだけど……」
先行するレイが一軒の酒場を指差すと、アルとシナモンを手招きする。
シナモンは少しご機嫌な様子でレイを追い越すと、店の扉に手をかけた。
「ごめんくださいなのです! お邪魔するですよーー」
シナモンが勢いよく戸を開けると、金属製の乾いた鐘の音が店内に鳴り響く。
しかし店内は薄暗く静まり返っており、最近営業していた形跡も見られない。
「あのぉ…… 誰か居ないのですかーー?」
シナモンは恐る恐る辺りを見回しながら、大きな声で尋ねる。
すると店の奥から、強面の男がゆっくりと現れた。
「ガキかっ。 何の用だ? ここはガキの来る場所じゃねぇ。 さっさと帰りなっ」
「ひっ…… ごっ、ごめんなさい…… なのです……」
強面の男は不機嫌そうにシナモンを恫喝すると、再び店の奥へ消えようとする。
怒られたシナモンは目に少し涙を浮かべながら、ふるふると震えていた。
すると、アルは遅れて店内へと入ると……
「おいオッサン。 確かにガキだけど、そんな言い方は無いだろ……」
アルはシナモンの肩に優しく手を置くと、少しムッとした表情で声をかける。
店主と思わしき男の姿を確認していなかったアルは、男の容姿を見ると……
(おっ、おいおい…… めっちゃヤバそうなオッサンじゃん…… 不味ったかな……)
少し弱腰になりながらも、言ってしまった言葉は引っ込められない。
「ふんっ。 そのガキの保護者か? 妙な面しやがって。 ここはガキを連れてくる場所じゃねぇ」
模様が描かれたアルの顔を見た店主は、不機嫌そうにそう答えていた。
そんな様子を見ていたレイはアルの影から、ひょこっと顔を出すと……
「あのぉ…… 覚えてますかぁ? この前、お姉ちゃんと来たんですけど……」
恐る恐る尋ねるレイの姿を見た店主は、ハッと驚いた表情に変わる。
「あっ、貴女は確かバレリア様の。 急にどうなさったんで?」
態度が急変した店主はアルとシナモンに視線を向ける。
「ひょっとしてバレリア様の知り合いで? まさかバレリア様もいらっしゃるんで?」
店主は焦ったようにカウンターから身を乗り出すと、入り口辺りを見回した。
「いや、今日はバレリアは居ないけど……」
「居ない? ふぅ……」
店主は安堵したように溜息を吐き、胸を撫で下ろしていた。
アルは店主の態度に面食らったが、気を取り直して言葉を続ける。
「とりあえず…… 座って良いかな?」
「えっ? あぁ。 構わんよ。 適当にかけてくれ」
バレリアが居ない事を知った店主は、言葉遣いも元に戻っていた。
その様子を見ていたアル達は、少し呆気にとられていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「嬢ちゃん、悪かったな。 これでも飲んで機嫌直してくれやっ」
改めて席についたアル達の前に並べられたグラス。
そのグラスに店主は果実ジュースを並々と注いでいく。
「あっ、ありがと…… なのです」
「あの…… 近いんすけど……」
「うっ、うるさいのです!」
店主に対し、少し怖がった様子のシナモンは席をアルに近づけている。
店主はその様子を少し困った表情で眺めていた。
「んで、一体今日はどうしたんですかい?」
気を取り直すように真剣な表情に変わった店主は、改めてレイへと問いかけた。
「えっ? えっとですね。 実はぁ……」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
レイは店主に対して【玉鋼を換金して来てほしい】という相談を持ちかける。
腕を組みながら目を瞑った店主は、「うーーん」と唸り声をあげていた。
「ふぅむ。 なるほどねぇ。 あっしが換金してきても良いんですが……」
腕組みをしながら片目を開けてレイへ視線を送りながら店主は
「今、玉鋼みたいな物を換金すると、ゼニールに目を付けられちまいやすからねぇ……」
少し渋る様子の店主。
すると、ふと何かに気が付いたように店主が言葉を続けた。
「というか。 何で、あっしが換金するんで? 何か事情でもあるんですかい?」
「えっ? あぁ。 ちょっと事情があって、身分証が無い訳よ」
アルがそう言うと、店主はハッと思い出したように返答する。
「そういや、こないだバレリア様に頼まれてた物が昨日…… ちょっとお待ちを」
店主はそう告げると店の奥へと引っ込んでいった。
その様子を見ていたレイが、アルへと言葉をかける。
「ねぇ! お姉ちゃんに頼まれてたって、何の事かな?」
「俺が知るわけないだろ……」
小声で話すアル達を横目に、シナモンは黙ってジュースを啜っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
しばらくすると店主が店の奥から、封書のような物を持ってやってきた。
それをアル達の座るカウンターに静かに置くと、店主はレイへ視線を向け話しかける。
「これ、バレリア様から以前頼まれてた物ですぜ! 妹さんが来たら渡すようにって」
店主がそう告げると、レイは少し思い出すように腕を組みながら首を傾げる。
(そう言えばお酒買いに来てた時…… このオジサンとヒソヒソ話してたような……)
少し思案するような表情をしつつも、レイは店主へと訪ねた。
「これは? お姉ちゃんは何て言ってたんです?」
少し首を傾げながら尋ねるレイを見て、店主は少し気不味そうな表情を浮かべていた。
「いやぁ…… 見たら分かると思いやすが。 丁度、必要な物だと思いやすぜ」
そのやり取りを見ていたアルは、何か嫌な予感がしていた。
(今、必要な物って事は…… でも、何でバレリアが? 何か嫌な予感が……)
アルが懸念していた事は、すぐに現実へと変わる。
「そっかぁ。 じゃ、ちょっと見てみますねぇ」
レイは店主にそう告げると、鼻歌交じりに封書をビリビリと破いていく。
それを見ていたシナモンは、少し不満げな表情を浮かべていた。
(むむ……。 封書は綺麗に開けてほしいのです…… レイ様といえど気になるですよ……)
アルとシナモンの視線は自然と、レイが開けた封書の方へと向く。
レイはビリビリに破いた封書を逆さにして振ると、中からカードのような物が出てきた。
そのカードを見たシナモンは少し驚きながら、アルの肩をポンポンと叩き話しかける。
「あっ、あれはウルスラ商業都市の身分証なのですよ」
「そうなのか? てか、なんでウルスラの」
アルがシナモンへと問いかけると、店主がアルの方へと視線を移し問に答えた。
「ウルスラは奴隷以外、何でも買えるって場所でね。 ちょっとしたツテがあって頼んでたんでさ」
少し自慢気に話す店主の表情を見て、アルは「なるほどなぁ」と少し納得した表情を見せる。
一方、レイは封書から出てきたカードを見つめながら、少し赤面し固まっているように見えた。
「んっ? どしたんだ? ちょっと見せてよ」
「あっ……」
アルはレイの持つカードをヒョイッと奪い、カードに書かれている文字を口にする。
「えーっと…… なになに? ウルスラ商業都市…… 十七歳…… 女性……」
「やはりレイ様は十七歳だったのですね? ふむふむなのです」
アルの読み上げた言葉を聞いて、シナモンは何やら嬉しそうな様子だ。
一方のレイはずっと赤面したまま俯き、店主は苦笑いを浮かべながら気不味そうにしていた。
アルは二人のその様子を少し気にしつつも、カードに書かれた内容を読み上げていく。
「職業、商人…… 名前、レイ・キュートナー・バレリアーノ……?」
アルはレイの身分証を読み上げると、チラッとレイへ視線を送る。
赤面し俯いたままのレイに、アルは少し困惑しながら言葉をかけた。
「えっと…… これが本名なの?」
「そんな訳無いでしょ!!」
食い気味に反論するレイの様子を見て、アルは更に困惑していた。
そんな二人の様子を見た店主は、助け舟を出すように言葉をかける。
「これはバレリア様が…… 恐らく適当に決めた名前だと思いやすぜ……」
「なるほど…… 何か…… 凄く納得……」
バレリアのレイに対する溺愛ぶりは、かなりの物だとアルも理解している。
(バレリアの可愛いレイ…… って事か…… 色々ヤバいな……)
そんな事を考えながらカードを触っていると、もう一枚あるのが見えた。
(これは…… まじで嫌な予感するな……)
二枚目に気付いたアルの様子を見ていたレイとシナモンが、アルへと声をかけた。
「アルゥ? 早く次の、めくってくれないかなぁ?」
「そうなのですよ! アルさんのも確認するのですよ」
レイは仕返ししたいといった心境なのがアルには理解出来た。
しかし、シナモンの表情は好奇に満ちているように感じられた。
「あっ…… あぁ……」
アルはレイの身分証をゆっくりと下にズラすと、文字が見えてくる。
「ウルスラ商業都市…… さっ、三十二歳…… クッ…… あのガキ……」
アルはバレリアの年齢より四歳も上に設定されていた事に、憤りを感じている。
アルの憤る様子を見ていたシナモンは、目を見開き少しだけ口角が上がっているように見えた。
「アルの名前は何になってるの? 早く早く」
レイは自分が恥ずかしい思いをしたのを払拭するように、アルの名前を訪ねていた。
「職業、商人。 名前、アル…… ナニモ…… ナイノーニ…… クッ、クソガキが……」
バレリアが決めた愛情たっぷりの名前を見て、アルは更に憤る。
そんなアルの肩をポンポンと叩くシナモンは、左手で口を抑え、右人差し指でアルを指差す。
少し涙を浮かべ笑いを堪えるシナモンの様子を見て、アルは苛立ちを覚えていた。
「クゥ…… ウゼェ……」
シナモンは溢れ出しそうな笑いを堪えきると、キッと真顔でアルに言葉をかけた。
「せっかくバレリア様が用意して下さったのですよ!」
「いや…… お前、絶対笑ってただろ……」
「笑ってないのですよ! ナイノーニさん」
シナモンはそう言うと顔を反らし耳を真っ赤にしていた。
その様子を見たレイも俯きながら、必死に釣られ笑いを堪えていた。
「あのなぁ…… っていうか、これウルスラのなんだな。 お前のも同じなのか?」
アルの言葉を聞いたシナモンは「んんっ」と咳払いをしてから、真剣な表情に変わった。
「もちろんなのです! 私は発行元のウルスラ家なので少し違うですが……」
そう言うと、シナモンはガサガサと荷物を漁りだす。
そして一枚のカードを取り出すと、名前のところを隠すようにアルに提示する。
「ほほぉ…… 何か微妙に豪華だな」
アル達のは薄い金属板に文字が彫り込まれた物だったが、シナモンのは銀で出来ていた。
「当然なのです!」
自慢気に話すシナモンのスキをついたアルは、ヒョイッと身分証を取り上げる。
「あぁぁぁ!! ちょっと、何するですか! 返すのです!」
焦るシナモンに背を向けたアルは、奪い取った身分証に目を通す。
「まぁまぁ、良いから良いから。 えーっと…… 年齢、十四歳」
アルは何気なくシナモンの身分証を読んでいく。
「職業、商人。 シナモン・カイ・ウルスラ……」
(買い、売るすらねぇ。 商人っていうか、何ていうか…… んっ? って事は……)
アルはその身分証に書かれた名前を見て、シナモンの方へと視線を送る。
「なっ、何なのです?」
「お前ってさ…… もしかすると……」
アルは少し考えるような仕草をしつつシナモンへ、言葉を続ける。
「シナモンって、もしかして…… 品物なんじゃねーーの?」
「ぐぬぬ……」
アルは先程シナモンにされた事と同様に、左手で口を抑え右人差し指をシナモンへ向ける。
目を見開き無言で煽るアルの姿に、シナモンは怒りと恥ずかしさを顕にしていた。
「きぃぃぃぃ!!」
「いっ、いてぇな。 ちょっと落ち着けよ品物!」
ポカポカとアルの背中を殴るシナモンの様子を見ていたレイは、優しく言葉をかける。
「まっ、まぁまぁ…… シナモンって可愛い名前だから良いじゃん! ねっ?」
レイの言葉を聞いて溜飲を下げたように、静かに頷くシナモン。
アルもご機嫌を取るようにフォローの言葉を重ねていく。
「そうだぞ! 女の子っぽい名前だから良いだろ? 仮に商人とかだったら、どうするよ?」
アルの言葉を聞いたシナモンは、ガックリと肩を落とし表情を暗くする。
「アキンドは…… 兄様の名前なのです……」
その言葉の後に訪れた十数秒の沈黙は、その場に居た者にとって通常の何倍もの長さに感じられた。
良くも悪くも評価を入れて頂けると嬉しいです。
ご意見やご感想等も頂ければ……
よろしくお願いしますm(_ _)m