第25話 行き先
「こっ、これを見てほしいのです」
シナモンが懐から出した財布を見たバレリアは、右掌を向け制止する。
「だーーからーー。 お金の問題じゃないってば」
少し面倒臭そうな表情で、シナモンに声をかけるバレリア。
だが、シナモンの答えは意外なものだった。
チャリーーーン……
手に持った財布をひっくり返すと、中からは銅銭が数枚、地面へと落ちる。
そして財布を上下に振り、これ以上中身が無い事を暗に示すシナモン。
「見ての通り、一文無しなのです」
強気な態度のシナモンは、少し睨みつけるような表情でバレリアの目を見る。
「なっ…… おっ、お金はアタシも持ってないぞ!」
「そうじゃないのです!」
「そうじゃないって…… じゃ何なんだよ」
シナモンの行動の意図が分からずに、少ししかめた表情で返答するバレリア。
「さっき、バレリア様は言いましたです。 助けたって!」
「えっ? あぁ。 助けただろ?」
「全然助かってないのです!」
「へっ?」
シナモンの強気な態度に、バレリアは呆気にとられた様子だ。
「確かに、危ない所をしのいでくれたです。 でも……」
少し気不味そうな表情を曇らせるシナモン。
しかし、意を決したように話を続けた。
「路銀も無く、行くアテもなく。 食料も残り二日分なのです」
「はぁ……」
「それもこれも、全部バレリア様のせいなのです!」
「なんでだよ! どこがどーなったら、アタシのせいになるんだよ!」
突然、罪を着せられたバレリアは、驚きと呆れが入り混じった表情に変わる。
そんな事には気にも止めず、シナモンは言葉を続けていく。
「路銀も、あの方達の身分証も、ザーマスが持ってったのです」
「だから、助けてやったろ?」
「でっ、でも、奪い返す前に、バレリア様が逃しちゃったです」
「えっ…… えぇぇぇぇ……」
バレリアも事情は多少理解した。
だがシナモンの強気な姿勢に、段々と自分が悪いような気持ちになるのを感じた。
「はーっはっはっは。 お主の負けじゃな? バレリア」
二人のやり取りを聞いていたワンは、笑いながらバレリアの肩をポンポンと叩く。
そしてシナモンの首から下げている、不思議な形の首飾りへと視線を移した。
それは$マークと¥マークを組み合わせたような、不思議な形。
「お嬢さんの首から下げておるのは?」
「えっ? これですか? これは……」
口籠るシナモンの様子を見て、ワンは言葉を続けた。
「察するに、お嬢さんはウルスラ家の者じゃな?」
「ウルスラって、あの巨大商業都市の? そうなの?」
ワンの言葉を聞いて、バレリアが問いかける。
「…………」
押し黙るシナモンへ、バレリアは呆れたように声をかけた。
「アタシの正体は気にするのに、自分は明かさないってのは駄目でしょ?」
「……たしかになのです。 そうなのです。 私はウルスラ家の者なのです」
少し気不味そうに答えるシナモン。
その様子を見ていたワンは、シナモンへ提案する。
「うむ。 お嬢さんがウルスラ家の者であるならば、ワシらが何とかしてやろう」
「ほっ、本当なのですか?」
「あっ、主様!!」
バレリアはワンが承諾した事に、少し抵抗の意思を示していた。
「しかし、先程も言ったように、ワシらも先を急ぐ身じゃ」
ワンは目を少し細め、少し遠くに居る人影達へと視線を向ける。
「差し当たって、あの者達の行く先だけを提供してやろう」
「行く先? どこかあるですか?」
「うむ。 食料は二日分はあるんじゃったな?」
「はいです。 でも路銀も身分証も……」
シナモンが言葉に詰まると、ワンは右手で制しながら話を続ける。
「ここから先に二日程行くと、集落跡がある。 地図はあるかの?」
「はいです。 これなのです」
シナモンが提示した地図に、ワンは印を示す。
「ここに居る、アルという男に事情を話すとええじゃろ」
「主様。 大丈夫なんですか?」
「なに。 あやつなら何とかしてくれるじゃろ」
ワンはそう言うと、シナモンに聞こえないようにバレリアに耳打ちする。
「……多分」
「何か言ったですか?」
「えっ? いやぁ。 何でも無いわい」
シナモンの問いかけに、ワンは誤魔化すように返答すると
「道中、ワシらが通ってきた道には、ゼニールの兵はおらんかった」
そしてバレリアの肩をポンポンと叩き、言葉を続ける。
「ワシらの道中でそなた等の追手が居た場合は、バレリアが何とかしてくれるじゃろ」
「なっ……」
「それくらいはええじゃろ」
「はぁ…… 分かりました……」
渋々ながら了承するバレリアの姿を見て、シナモンが気不味そうに声をかける。
「あっ…… あの、ありがとなのです」
「んっ? まぁ仕方無いよなぁ。 任せてよ」
「はいです。 ところで、聞きたい事があるのですが」
そう言うと、シナモンはワンへと視線を向ける。
「アル…… という人はお知り合いなのですか? もしそうなら……」
そう言うと、シナモンは手荷物をガサガサと漁る。
そして、小さい空の竹簡と携帯用の筆を取り出すと
「何か伝言があるなら、お伝えするです。 それと…… 紹介状的なのも……」
本当の目的は紹介状欲しさなのであろうが、シナモンは伝言を買って出る。
「ふむ。 ワシは特に無いけども」
「なっ、ないですか? バレリア様は?」
「えっ? アルに? うーーん…… 特に無いけど……」
腕を組み、少し思案するバレリアの様子を見て、シナモンは少し不安になる。
そんなシナモンの様子をよそに、バレリアはブツブツと呟く。
「そうか…… レイちゃんも居るし」
小さな声でそう呟くと、「貸してっ」と言ってシナモンから竹簡を受け取る。
そして、サラサラと文字を書き、それを再びシナモンへと手渡した。
「んじゃ、適当によろしく言っておいてよ!」
「はっ、はいなのです……」
「あっ!そうそう」
「なんです?」
「集落跡にはレイちゃんっていう、とっても可愛い子がいるからさ!」
そう言うと、バレリアは少しニヤけた表情に変わる。
「その子とは仲良くするようにね! アルはどうでも良いけど」
「えっと…… わっ、わかったのです……」
状況が良く理解出来ないシナモンは、少し不安になってきていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
シナモンがアストリナ貴族達の元へ戻り、状況を説明していく。
ワンとバレリアは少し離れた場所から、その様子を見守っていた。
「しかし、【数字の烙印】というのは凄いのぉ」
ワンは白く長い髭を触りながら、バレリアへと話しかける。
「改まって…… どういう事です?」
「んっ? あの子の事じゃ」
ワンは少し離れた場所に居るシナモンへと視線を送る。
「あの子って…… シナモンって言ってましたっけ?」
「んむ。 恐らく、あの子は【烙印】持ちじゃ」
「えっ? 全然そんな感じしなかったですけど……」
ワンの言葉を聞いて、バレリアは少し驚いた様子を見せていた。
「まぁ女の子じゃからのぅ。 どのような能力かは、分からんが……」
そう言うと、再び長い髭を触りながらバレリアへと話かける。
「【数字の烙印】は、多かれ少なかれ【烙印の者】を惹きつけるというのは、真のようじゃの」
「そんな能力があるんですか? アタシは聞いた事無いけど……」
ワンの発言を聞いて、バレリアは更に驚いた様子を見せる。
「まぁ、能力という訳ではないが……」
ワンは、チラリとバレリアへと視線を送る。
「お主やレイ、皆がワシの元に集っていたのも…… そういう事なのかもしれんのぅ」
「まぁ…… 言われてみれば…… そっか…… 確かにそうかも……」
バレリアは昔を思い出すように、空を少し見上げていた。
「おっ、そろそろ行くようじゃの」
ワンの言葉で、バレリアはシナモン達へと視線を向ける。
「気をつけろよぉーー! レイちゃんによろしくなぁ」
バレリアは笑顔で手を振りながら、一行へと声をかけた。
「はいなのです! ありがとございましたです」
シナモンは両手を大きく振りながら答える。
その後ろに控えている貴族たちは、揃えたように皆で深々と頭を下げていた。
一行が集落跡へと向かうのを、その場で見送るワンとバレリア。
シナモン達の姿が小さくなると、ワンはバレリアへと声をかけた。
「そろそろ、ワシらも行くかの?」
そう言い、ワンはヒョイッと馬へと跨る。
しかし、バレリアは馬の手綱をワンへと手渡し返答する。
「すみません。 少しだけ待ってください」
バレリアがそう告げると、視線を街道沿いの木々が生い茂る付近へと移す。
「おいっ! 居るんだろ? そろそろ出てきなよ」
ガサガサガサッ…………
バレリアが声をかけると、茂みの中から一人の人影が現れる。
それはダーマスとの戦闘で傷を負った、小柄な剣士の姿だった。
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