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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

男は黙って誘いこむ

作者:









この町には不良共が徒党を組み、日々争いを起こして自分たちのテリトリーを広げようと至るところに屯ってる柄の悪い少年たちが沢山いる。


「ちょっとー、聞いてんのアラシクーン」

「ファミレスで大声出すな」


 何が楽しくて野郎とファミレスなんかに来なきゃならないんだ。確かファミレスの出入り口までは一人だった。どっからわいて出てきたんだ、こいつは。


「王道とか、お飾りのチームマスコットとか、王道とかいないわけー」

「チームにマスコットがいるなら安泰だな」


 サンドバックに出来て、殴り合いの喧嘩も減る。一石二鳥。意外と賢いな。


「もー、腐男子の会話に茶々入れないでよ」


 それよりエビドリアはまだか。腹が減った。

レモンイエローの色をした自分の髪を指でくりくり弄りながら拗ねるコバに、ぼんやりとそんなことを考えつつ腐男子はあーだのこーだのというのを聞き流す。見た目イケメンなのに全てが台無しだな。話が面白くない。


「コバ、話ってそれだけか」

「んなわけないじゃん。ジー姫が最弱チームを率いてオーエンスに殴り込みするんだって」

「下克上でも狙ってんのか」


 最強チームだろ、あそこ。かなり大規模なところ相手に猪が駆け込んでも袋叩きにあうだけだろ。


「噂じゃ、ジー姫がオーエンスの総長に一目惚れしたって聞いたよ」

「なんでそれが殴り込みになるんだ」

「王道狙って恋人になって!いやーん、俺強いだろ作戦でしょ」

「はぁ?」


 なんだそりゃ、意味が分からん。ドリンクバーを利用し、自分でグラスに入れてきたスカッシュを一口飲む。あー、サラダバーも頼めば良かったか?出しっぱなしの野菜は不衛生だし、うーん、やめておこう。


「アラシクーン、俺泣いちゃうよ?話聞いてくれないと」

「やめろ、鬱陶しい」

「どーすんの、うちは?」

「なんの話だ」

「見に行かないのオーエンス」

「高々最弱相手になんで俺たちが動くんだ。それこそ笑い物だろう」


 同盟を組んだオーエンスとはいえ、あいつらが数と腕っ節で負けるとわ思えない。


「ところで、なんで俺にそんなことを聞く。キングに聞けばいいだろ」

「それなんだけどさぁ、あの人ったらアラシ命で動こうとしないんだもん。お前に聞けば話が早いし」


 おいおい。仮にも自分とこのリーダー格をなんだと思ってる。


「動かない。そーゆうことだろ。ならそれに従うまでだ」


 綺麗に染められた長い髪を後ろに流して、テーブルに頬杖をついたコバは流しみるようにこっちを見る。

 日本人離れした体躯。モデルにスカウトされるのは顔と体のバランスが並大抵ではなく、ずば抜けて良すぎるから。目はカラコンを入れてオレンジ系のブラウンに変え、肌の色は欧米人と変わらない。見た目だけでも大した男だ。そのくせワザと性格を軽く見せてチャラ男になりきり、喧嘩相手を挑発する事にたけている。


「アラシ~」

「なんだ」


 珈琲がなくなったんなら注いでこい。

やっときたエビドリアとマグロ丼。意外と美味そうなマグロ丼に心惹かれた。


「そんなに見つめられると俺でも勘違いするからやめたほうがいいよ、そういうの」

「はぁ?」

「キングが外に出したがらないうちのナンバーツーはアラシでしょ。自覚あるの、自分の容姿。そーんな滅多にお目にかかれない天然の淡い緑に灰色がかった目、今時珍しく染めたことのない黒い髪して。顔なんか一目見たら忘れられなくなるくらい整ってる。ねぇ、今日さぁ、アラシのヴァージン俺に頂戴」

「アホかお前は。とっととマグロ丼食い終われ」


 馬鹿馬鹿しい。男になにがバージンだ。まぁ、自分の顔の良さは否が応でも自覚してる。昔は大の大人にストーキングされたくらいだ。自慢する話じゃないから黙っているが、キングやこいつのことだから知っているかもしれない。


「前髪で隠れたその目で見られたら、女慣れしてる奴でも変な気起こすから気をつけなよ」

「お前は心配してんの?それとも説教したいわけか、どっちなんだ。ごちそうさま」

「あははっ。実は口説いてんだけどー」

「下手くそ」

「酷い!」


 泣き真似はキモイからやめろ。今度はオネエでも目指してるのか。


「アラシはリアルな王道っぽいのに違うよねえ。折角パソコンで腐男子って検索したのにもうネタがないよ。つまんなーい」

「変なこと学んでないでリサーチしてこい」

「じゃあ、今日はアラシをお持ち帰りしたい」

「すいませーん、水ください」

「ドリンクバー利用してんのに水かよ!」


 お前の話に付き合ってたら日が暮れる。いや、もう夜だけど。今日はもう溜まり場に行かずに帰って寝るか。

 冗談で言ったことが従業員に聞こえたのか水を注ぎに来てくれた。なんとも申し訳ないことをしたので、ありがとうと告げる。

そこへ俺が持っている携帯の着信音が聞こえた。この音はメールか。


「なーに。もしかして女から」

「いや、キングからだ」

「あー、お呼びか」

「お前もな」

「はいはい」


 教えてもいないアドレスを何故知っているとか考えても無駄だろう。二人とも食い終わったし、そろそろ行くか。


「アラシクーン、俺とも赤外線交換しよ」

「断る」

「えー!折角飯奢ったのにー」

「ごちそうさま」


 ファミレスから出て、会計を済ますコバを待っていればギャル系の女に逆ナンされて丁重にお断りをし、しつこい女から離れて出てきたコバと歩き出す。


「ちょっと目を離すとナンパされちゃうねえ、アラシは」

「似たり寄ったりだろ」

「俺は男にナンパされません」

「殴っていいか」

「いやーん、おまわりさーん!」


 変にシナ作って歩く男から距離をおいて他人のフリ。しつこかった女を一睨みで黙らせるコバ。伊達に日頃から柄の悪い男共を相手に凄んでないなと感心した。




































「先に入れ、コバ」

「んー?どったの突然」


 いいけど。って言ってくれるコバにホッとする。なんだか嫌な予感がするんだ、犠牲になってくれ。


「ウエルカーム!」


 先に入った奴はまるで真逆なことを言い、次にデカイ声でこの世の終わりみたいに叫んだ。成仏してくれ、コバ。

 港近くにある使われなくなった倉庫。裏口っぽく造られたドアは開いたままなのでこっそりと中を覗くと、長身の男が二人抱き合っていて周りは遠巻きに見ているだけだった。

嫌な予感は当たったな。深めに息を吐いて中に入り、ドアを閉める。抱き合う二人を素通りして近くにいた奴らの挨拶に適当な挨拶を返す。倉庫内にある一室のドアを開けると見えるのは改装した部屋だ。ソファーもテーブルもある。壁まで塗り替えた。金はもちろん俺たちのトップが出したんだったか。無駄なことをよくやりたがる。


「こんばんは、アラシさん」

「おー、こんばんは。偉いねタマちゃん、今日は一番ノリか。何見てんだ?」


 机に備え付けた椅子に座るタマの後ろから立ち上げているノートパソコンの画面を覗き見る。


「オーエンスの監視カメラから流れてくる映像です」


 可愛い顔して物騒なこといいやがる。いつの間に監視カメラなんてもん仕掛けたんだ。ちょうどいい位置にあるタマの頭に顎を乗せて真後ろから、動画を見る。ついでだからタマの顎の下を指で擽りながら。


「アラシさん、俺は猫じゃありません」

「知ってる」


 からかったのがお気に召さなかったのか手を叩かれた。引っ掻かないんだ。つまんねえな、コバじゃねえが。


「キングに会いませんでした?さっきここから出て行ったんですけど」

「ああ、コバと抱き合って遊んでたぞ」

「またですか。コバさんを犠牲にしたんですね」


 呆れた声で言うタマによくできましたって頭を撫でてやる。直ぐにやめてください!と言われてあっさりと言われたようにし、ドア側のソファーへだらけきって座り、脚を組む。


「ゴキブリ姫のこと聞きました?」

「あぁ、サクラダのことだろ」


 ジー姫って略して言うこともせず、画面を見たままのタマに薄く笑う。そーいや苦手なんだったな、あいつのこと。確か同じ全寮制の学校にいて、同じように猪じみた行動をとるジー姫に余計苦手意識が増したってこの間言ってたな。災難な奴だ。


「アラシさんはオーエンスの総長と顔見知りですか?」

「あ?総会で見かける程度」

「総合集会。なら知っていても不思議じゃありませんね。オーエンスの総長がアラシさんに会いたがってます。どうします?」

「会いません」

「・・・・・っ、ふ、あははっ。ですよね!メールがきてたので断っておきます」


 やけに楽しそうな笑い方するな。鈴を転がすみたいに笑うタマを軽く睨むと笑いを引っ込めた。当然、会うわけがない。後々オーエンスなんかにタイマンで会った日には酷く面倒そうだ。うちのキングとかコバが。


「アラシさんは猫化の動物みたいですねぇ」

「ネコみたいなあだ名のお前が言うか。ペットに飼いたいって言っても首輪とリードは拒否するぞ」

「あ」

「なら放し飼いで飼ってやろう。今日からお前は俺のペットだ」


 あっはは!タイミング悪くキングが来たか。本気モードっぽい口調がシャレになんねえな。タマ、驚いてないでなんかフォローしろって。


「お早いお戻りで。コバは?」


 後ろは怖くて振り返れないのでそのままの恰好で聞いてみる。さっきの言葉なんて流れてしまえ!恐ろしい。


「沈めた。当分立ち上がれないだろう。タマ、状況は?」

「サクラダが一方的にやられてます。今オーエンスの総長にゴキブリ姫が殴られたところです」

「傑作だな。逆に喜んでんじゃねーの」


 実はマゾだったりして。この界隈で忌み嫌われていると理解できないジー姫は狭い世界で王子様に出会い、マスコットになるように言われ、サクラダの総長はジー姫にとって白馬の王子様になりました。王子様は可愛い可愛いと言って簡単にお姫様の体を手に入れて貪り、飽きてきました。仲間は過保護なほど蝶よ花よと可愛がり、お姫様の知らないところで白馬の王子様と仲間は乱交パーティーに大忙しです。お粗末!思わずニヤニヤ顔になりそうなのを手で隠す。お手軽尻軽お姫サマは甘い言葉に弱いらしい。


「オーエンスの総長ってライオンの鬣みたいな頭してんだろ」

「見た方が早いです。アラシさん」

「おー」


 よっこいしょ。ソファーから立ち上がった俺は向かい側に座ったキングよりも遠いところを通って歩き、タマに近付く。俺は自分に好意を向けてくる奴らに疎い方じゃない。自意識過剰なくらいの行動は自己防衛に繋がると知っているから避けて通るまでのこと。こっちからの恋愛じみた好意はないんだ、相手に同情はしない。恨みがましい顔のキングにうっすらと笑う。


「どれ?」

「これです。ライオンの鬣は」

「カチューシャしてるからか、なんか笑えるな」


 大層な噂が流れるもんだ。タマの後ろから画面を見ていて、気付いたのは一人の少年。


「タマ、こいつ誰?」

「ブレーンの一人です。滅多に顔を出さない人なのに今日はいたんですね」

「化け狐か」

「えぇ、その人」


 化け狐って呼ばれちゃってんの?キングはこっちを振り向くこともせずタマと会話する。あらま、もしかして拗ねてる?


「化け狐ねぇ。相当悪知恵働くのか」

「まぁ、キングが二の足を踏むくらい」

「マジか?!」

「タマ」


 ムスッとした声にビクビクしだすタマ。相当煮え湯を飲まされたんだなと予想する。怯えるタマに頭を撫でてやることで緊張を解してやる。


「さっきメールしてきたのも多分この人です」

「会いたいってやつか」

「行くんじゃねえぞ、アラシ」

「はいはい」


 ドスの利いた声にあっさりと返事を二つ。

 オーエンスと実力は五分。アジアンちっくなチームに無理矢理入らされた俺はいつの間にかナンバーツーになって今に至る。つか、ここの幹部が弱すぎるだけのこと。コバはまあまあ強かったな、タイマンやって。対等に喧嘩出来るのはキングのカヅキくらいなもんだ。それをどこで知ったのかな、化け狐クン。もしかしてこっちにも監視カメラが仕掛けられてるのかな。


「カヅキ、ちょっとここ騒がしくさせてもいい?」

「なんだ」

「宝探し」


 入ってきたドアから一端出て、他の幹部を呼ぶとやっと実力を認めてくれた幹部たちは不思議そうな顔で部屋に入っていく。


「なんかあったんですか?」

「みんなで宝探しだ。暇だろ、お前ら」


 こんなところで遊んでんだからちょっと手伝って。


「監視カメラ、盗聴器、なんでもいいから可笑しな代物がないか探して欲しい」

「盗聴器って・・・」

「監視カメラぁ?!」

「宝探しねぇ。見付けたらなんかご褒美あるの?」

「アラシ、まさか仕掛けられてんのか」

「さぁ、どうかな。俺たちに出来た監視カメラ設置だ。オーエンスに出来ないことじゃない」


 そーだろ?盗聴器があれば聴いてるはずだ。




「ご褒美はあとのお楽しみだ」


 ニヤリと笑って言えば困惑気に俺とキングを見る。


「キング」

「やれ」


 本当にそんなものが仕掛けられてんのか半信半疑なコバ以外の幹部はキングに後押しされて部屋から出て行く。あっちはあいつ等に任せてこっちも探してみようか。


「お前も動け、カヅキ」

「アラシさん」

「タマちゃん、狐の様子は?」

「何も変わった様子は・・・まさか、これって」

「かもな。フィルター被ってないか探れ」

「おい」


 見事なお宝一号は早くも見つかった。立派な小型盗聴器だこと。キングにこんな才能があるなんてびっくりだ、知らなかった。コンセントの繋ぎんところに仕込んだか、やるねぇ。下手したらエアコン近くにもあるかもな。ソファー付近にはない。あとは天井か。天井を見上げてまじまじと見ていると、人一人が天井上へ入れる大きさで区切られた場所がある。電気の配線はここからやってんな。


「タマ、後ろにある折り畳みの椅子取って」


 タマの右側にある黒い椅子を受け取り、座れるように開く。さて、この天井から宝か蛇が出てくるかな。正方形に区切られた真ん中を押し上げると、難なく天井が開放される。いやー、身長高くてよかった。自分で探すことが出来るし。体重はカヅキに比べれば軽いし、なんとか上に乗っても抜けないだろう。タマにやらせるのもなんだしな。いよっと!勢いをつけて天井裏へ。あらら、真っ暗。埃臭いな。


「アラシさん、懐中電灯」

「放り投げて」


 受け止める準備は万端。コントロール間違うなよ。下から掬い投げた懐中電灯を片手でキャッチし、スイッチを入れる。海が近いしネズミの一匹くらいは出てきそうだ。改装した部屋の配線を辿り、明かりを照らしてみてもめぼしいものはない。天井は検討違いの場所か?んー、小さな穴があるな。なんだこれ。下を覗けば、倉庫内が見える。なるほど、監視カメラはここじゃなく上か。懐中電灯を上に向けて立ち上がった俺は探していたブツをみつける。カメラの本体はデジカメくらいの大きさ。望眼を軽量化したようなものだな。手が込んでる。元来た場所に戻り、下にいるタマに降りることを伝え、立つ場所を移動させて自分が飛び降りる。


「タマ、プラマイのドライバーとペンチかハサミ持ってこい」

「はい」

「みつけたのか」


 慌てるようにタマが部屋から出たあと、キングがドア側にあるソファーへ優雅に座っているのを見てしまった。宝探しに飽きたか、気分屋め。


「予想以上にいいものがあった」

「外すつもりなのか」

「当然でしょ。プライバシー侵害なんだから」


 それに偽画像にはエグイ映像を送りつけてやればいい。合成とかしてな。


「ここにカメラは?」

「ない」

「そりゃあよかった。盗聴器は?見当たらないけど」

「水を張ったバケツに沈めた」


 ああ、容赦ないねホントに。ヘッドホンで聴いてたら鼓膜に異常をきたすかもな。


「アラシさん。ドライバーとハサミ」

「おーサンキュー。タマ、悪いんだけどあのカメラ経由して映像すり替えろ。エグイ画像送りつけてやって」

「エグイやつ・・・やってみます」


 いい子だねえタマちゃん。明るめの茶色い髪を外ハネにしたタマは体が細身だからか遠目で見ると中坊と間違う。近付けば立派な高校生だと気付く発展途上の体躯や見た目。まだまだ身長は伸びるだろうな。頭を撫でたあと天井裏に戻る。タマの一声のあと画像が流されたと知り、手際よく外していく。一端倉庫内を暗くするのは忘れない。感電死は御免だ。




 午前十二時。日付が変わった頃には宝探しも終わり、漸く一息吐いた。オーエンスの狐小僧はまだ中坊だと分かり成長したら大層面倒な奴になるんだろうなと思う。それにしてもペットボトルのソーダは美味いな。これって米で出来てる期間限定のやつか。炭酸も強くないし、また買ってみよう。ご褒美はファミレスのギフト券に決まった。漸く復活したコバは頭に瘤でも出来たのかタオルを濡らし冷やしている。お疲れさーん。


「キング、悪いんだけどさ。俺、明日から今度の夏休み前まで来れないから」

「あ?何フザケてんだ」

「ふざけてません。俺転校しちゃうの、山奥に」


 あれ、海に近いんだったか?シンと静まる中、パリポリお菓子を食べている音だけは空気と一緒に漂う。


「聞いてないぞ、そんなこと」

「今言ったし。親が再婚して引っ越すから通えないのよ、央鈴は」


 かなり遠いのよ、引っ越し先が。父親になる人のところに行くことになって、いろいろ大変なんだよねえ。央鈴は滅茶苦茶ノリのいい先生とか、授業中に早弁しても怒られないとかあって離れるの名残惜しいけど仕方ない。


「長期は戻ってくるのか」

「そのつもり。まぁ、気に入らないなら除退させてもいいよ」


 カヅキは同じ学校に通う生徒会長だかんなぁ。知らないのは不自然か。学校側に内緒にしてもらったのは俺だ。下手したらこいつのこと、変に邪魔してきそうだから。


「本気か」


 目を細める眼光の鋭いこと。整った顔立ちにシルバーアッシュの髪が特徴的で目には青いカラコン。カリスマは外に出ても大人気だ。女はナンパしなくても寄ってくる。オーエンスの総長はガタイがいいがカヅキはスレンダーだよな。着痩せするから鍛えた体は隠される。


「もちろん。抜けるならキングとタイマンだっけ?いつでも」

「アラシ」


 他の幹部やコバ、タマは黙ったまま動かない。賢いなこいつ等。真っ直ぐ見つめてくるカヅキを、滅多にない目力を発揮して黙らせる。


「入ったばっかりだったけど楽しかったよ、カヅキ」


 元々、連むのは好きじゃない自分としては長く続いた方だ。さあ、パーティーを始めようじゃねぇの。


































 


 あー、一気に兄弟が出来るとか凄いな。あちらさんは二人だったか。俺は一人っ子だったし、兄が出来るのは嬉しい。昔は兄弟に憧れてもいたしなぁ。あっちはどう思ってるか分からないからテンション上げないように挨拶しないと、しくじったと知った母さんにどやされる。

で、このチビッコはなんでまたデカイ門登ってんだ?


「ここに転校手続きした葉加瀬ですけどー」


 インターホンを鳴らして、反応を待った俺は返事が返ってきたことに応えて未だ登り続けるチビッコを一瞥し、なにやってんだかなと呆れる。門が開けられると思えば、その脇にあるドアが開けられて驚く。


「お前が葉加瀬嵐?」

「そうですけど」


やたらとラフな恰好をした男が現れた。ブイネックのティーシャツに厚手のパーカー、下はダメージの入ったジーパンにスニーカー。学校の関係者の割に服装が緩すぎやしないか。


「あれは?」

「さぁ?俺が来たときにはあんなんだったんで」

「不審者か。まぁいい、とりあえず入れ」


 勧める男は彫りの深い顔立ちで不揃いに切られた黒い髪を無造作に遊ばせたヘアースタイル。無精髭が似合う奴っていいな、人生の八割を得してそうだ。ドアを押さえてゴツめの指輪をした手にちょいちょいと誘われて中に入る。


「またとんでもない美形が入ったな。あそこが守衛室だ。外出するときは必ず寄れ」

「ここが正門ですか?」

「ああ。裏門はいま封鎖されてる」


 ほう、裏門があるんだ。抜け出すならそこかな。一度見ておきたい。


「なぁ、お前央鈴から来たんだって?」

「はぁ、良く知ってますね」

「書類にあったからな。なら話は早い、ここも似たようなもんだ」


 ああ、男に見境がないってやつ?


「で、多分あれは編入してくる大馬鹿者だ」


 ちらっと見た先はガタガタと登る不審者ね。誰に門登って入れって教わったんだろうか。


「ガードマンに捕まりません?」

「防犯カメラの映像見て大笑いだ。捕まりはしねえよ」


 そっか、書類が来てるなら写真もあるだろうし顔は確認済みなんだろう。

つか、大笑いって・・・。


「お前の案内役はこっちに来るまで時間がかかると連絡があった。個別に守衛室があるからそこで待ってろ。茶くらい出してやる」

「ありがとうございます」


 あのチビッコは案内役が来るまで放置か。いい性格をしてるな。


「ところで、お前っていまフリーなわけ?」

「フリー・・・あぁ、まぁそうですけど」


 守衛室に案内されながら歩いていると前にいた男が振り返る。フリーって付き合ってる奴がいるかいないかのことだよな。前から横に並ぶように歩く場所を変えた男は無精髭を生やした顎を一撫でしたかとおもうと人の腕を突然引っ張り、俺の体を抱き込んだ。


「なら大っぴらに口説ける。俺は岡島政宗」


 おかじままさむね。人の耳元に内緒話でもするように囁く声は低く、掠れていて官能的だ。

軽く耳を甘噛みし、ねっとりと舐めてきたところで抵抗しようと動き出したのに、脚の間に岡島の片足が入り込み腕は片方ずつ掴まれて思うように動けなくなる。一枚上手か。ちくしょーめ!


「そんな警戒すんな、これ以上しねえから安心しろ」

「信用できるか」

「まぁ、キスはするけど」

「なにいって、んんっ」


 話してる間に口付けられ、割り込んできた舌に自分のを舌先で擽られ巻き込まれていき、上顎までも皺を撫でるように舌先で擽られる。それどころか抱き込まれたままの体制でお互いの下半身を着衣の上から分からせるように押し付ける。段々と濃厚になっていった口付けはお互いの唾液が混じってどちらのものか分からなくなるほど混じり合う。溢れた唾液の一筋が俺の口の端から零れていく。くちゅっ、だったり、ぴちゃっ、だったり水っぽい音をたてて口付け、羞恥を誘うようなことをする岡島は手を掴んでいた両手を移動させ、項の辺に手をあてたかと思うと更に顔を寄せて深く口内を貪り、もう片方は腰をいやらしく撫でたあと定位置というように固定してくる。こっちの腕は自分の首へ縋りつけとでもいうのか誘導までして。

伊達に歳はくってないな。手練手管はお手のものってわけか。抵抗するのも疲れてなすがままになっている俺は吸い付く唇に反撃で甘噛みを仕掛ける。それが悪かったのか調子に乗った奴は上顎が弱いと気付いて再度攻めたて、その気持ちよさにゾクゾクした。何度か角度を変え、呼吸を整えて散々吸い付かれた己の唇は漸く解放される。しつこさはハンパじゃない。可愛らしいバードキスがお気に入りなのか、呆れてる間に数回繰り返されていた。はぁ、どんだけ接吻が好きなんだこの人。


「お前のちょっと色づいた唇ってエロいな」

「しつこい誰かさんが吸い付くからだろ」


 挟まっている岡島の片足、太腿の上に腹いせという名の嫌がらせで座るように少し体重をかけてやる。


「お前の口ん中が甘くて美味いのが悪い。いつもこうなのか?」

「ここに着く前に食べた飴のせいに決まってんだろ」


 嫌がらせは男を喜ばすことになり、抵抗にもならなかった。四六時中口の中が甘いって、そんなわけないだろ。正門から離れた場所とはいえ誰に見られるか分からない。いい加減離せと言って首に回していた手で肩を押し返す。本当に渋々、名残惜しいといった表情で離れてくれた。敬語なんて吹っ飛んでいつの間にかタメ口なのはもう仕方ない。今更取り繕うのも無駄か。


「あーあ、腰砕けになる勢いでやったのに平然としてるとかないだろ。さすが央鈴ってところか」

「あんたは自意識過剰って言われるだろ」

「言われたことないな」


 きっぱり言いやがる。そろそろ守衛室の中に入るかとまるでエスコートする紳士みたいなことをして歩きながら言い、人の左腕を掴んできた。ここで嫌だなんだ喚いてもこの男を煽るだけか、際どくないから好きにさせておこう。


「なぁ、ここって同性愛に寛容なとこ?」

「あぁ。この学校にいた歴代の方々も嗜んだ性癖だ。罵倒したら即刻この世の終わりが見えるだろうよ」

「へぇ」


 央鈴は大っぴらに俺は同性が好きだ!ってカミングアウトしてるやつは少なかったけど、ここじゃ普通のことなのかもしれない。なんか自分が場違いなところにいる気がしてきたぞ。


「おい、ぼーっとしてないで入れ」


 守衛室のドアを開けた岡島に急かされて入ったそこは広いワンルームに似たところ。


「個室?」

「そんなとこ。従業員用の部屋は敷地内にある。生徒でいう寮が」

「休憩だけに使うには広すぎ。贅沢な」


 気を使いすぎなんじゃないか、ここの経営者。


「夜勤もあるから仮眠にもこの部屋を使うんだ」


 ついでにこのソファーはベッドにもなる。なんていう説明は聞き流す。


「座ってろ、いま飲み物出してくる」

「何があるの?」

「珈琲と紅茶、ペットボトルなら麦茶やジュースがあるな」

「ペットボトルのお茶がいい」


 そんで余ったら持っていく。


「あー、あともうひとつあるな」


 ってところでニヤニヤしだした男に悪い予感がしたので耳を塞ぐ。オヤジめ、微かに聞こえた下ネタに眉を顰めた。そんな俺に岡島は怖い怖いと降参のポーズをして冷蔵庫からペットボトルを出し、ソファーの方へ戻ってくると人の横に座ろうとするので無言で向かい側にあるソファーを指差す。あっち側はソファーベッドじゃなさそうだな。ペットボトルを受け取り岡島を見れば大人しく脚の低いテーブルを挟んだ向かい側に座る。


「警戒されると脈ありだって思うよな」

「気のせいでしょ。ねぇ、洗面所ってある?うがいしたい」

「そんなあからさまに嫌な顔するなよ。奥の右側にある」


 散々唾液が体内に入ったから今更うがいしたところで無駄だよな。ちょっとした仕返しに言ってみたら案外バツが悪いのか洗面所の場所を教えてくれる。冗談だと言って蓋を開けた俺は麦茶を一口飲む。ああ、意外と喉が渇いてたな。ホッとする。


「なんやかんや時間が経つ前に忠告しておこう。自分が可愛ければ生徒会と風紀には近付くな」

「もしかしてシンパが過激とか?」

「シンパねぇ、その様子じゃ央鈴にもいたみたいだな。そんな可愛いもんじゃねぇな、自分の都合と妄想を現実にしようと躍起になってる奴ばっかだ」

「例えば?」


 お互い座りやすい態勢になっていけば、二人とも脚を組んでいた。ペットボトルをテーブルに置いてシンパの過激派のことを聞いてみる。


「生徒会なら、会長にはこんな友人が相応しいって言い出して人をあてがってみたり。風紀委員長に恋人じゃなくてもいいから、セフレにしてくださいって部屋まで押し掛けたり」

「ありえねぇ」


 馬鹿馬鹿しいことをするもんだ。崇め讃えてるくせに質の悪い奴らは個人の自由も無視して妄想じみたことを現実にやる着せかえ人形を所望してる。


「あっちじゃいなかったか?」

「央鈴は進学校って知ってるよね。人に構ってる暇があるなら成績上げる方が先なので表立って徒党を組むのはいません」


 しっかり大人の階段を登る時間も作ってたけど。


「影でコソコソ動いたりは?」

「そんな余裕はないな。出される課題の量もハンパじゃないし、家に帰ればいい大学入るために親が用意した家庭教師が待ってる奴ばっかりだから」

「ストレスが溜まるだろ」

「そんなもん高校生にもなって、発散の仕方も分からない奴なんていないだろ」


 栄えた街に出れば遊ぶところなんて沢山ある。


「蔵王はその逆だ。山奥に閉じ込めていい子にしてろってのが親の心情でな」

「素行は親の背中を見た上での悪行?」

「ごきげんよう。なんていう女子校並みに箱入りが多い」

「最悪だ」


 男子校で箱入り息子が多いって童貞ばっかりってことか?いや、そんなことないか。男相手に捨ててる奴もいるよな。


「くれぐれも遭遇しないように気をつけろ」

「うーん、風紀は無理じゃない?生徒会はそう滅多に会うもんじゃないけどさ」

「委員長と副委員長に警戒しときゃ問題ない」

「イエス!」


 多分、お世話になると思うんだよねぇ。こればっかりは聞いといて良かった。


「あとなんかないの」

「お前は寮の部屋を一人部屋にした方がいいとか」

「はい、つぎー」

「あっさり流すな。お前の見た目に目が眩んでふらふらと手ぇ出した俺が言ってんだ、ここではもうちょっと警戒しろ」

「あはは!自覚してんだ、変質者みたいなことしたって」

「五月蝿い」


 ソファーの背の上に手を乗せて拗ねたように明後日の方を向く。警戒心ねぇ、したところで寄ってくるもんを片っ端から避けるなんてこと出来ないって経験上知ってるからなぁ。どうしたってぶち当たることがある。


「なぁ、一つ聞いていいか」

「なーに改まって気色悪い」

「お前って大概ヒデー奴だな」

「遅いよ気付くの」

「・・・・・アジェンドのアラシはお前か、葉加瀬」


 おっと、こんなところでそんなこと聞かれるとわね。ジッと見つめてくる岡島からはふざけた雰囲気もないから、本当に気になってたんだろうな。うっすらと笑い、柄でもないんじゃないのと思いつつ岡島を見返す。


「俺だねえ」

「誤魔化さねぇのか」

「あれ、確信したから聞いたんじゃないの?」

「カン」


 シネバイイノニ。シリアスぶった俺も悪いけど。


「やめたって?」

「柵は少ない方がいいでしょ」


 全寮制のところに行くんだから。


「大層噂になってんぞ。キングとやって無傷で抜けたナンバーツーがいるってな」

「大袈裟な」


 ちょっとだけ膝に擦り傷出来てたよ。噂ってかなり大袈裟になるもんだな。


「で?アンタは何者なわけ」


 人のことだけ知ろうだなんて狡いよねえ。満面の作り笑いを向ければ、直視したのか顔を片手で覆い俯いたあとあっさり吐きやがった。


「オーエンスの元三代目」


 唸るように言うから恥ずかしいのか?まぁ、いい大人だから過去の武勇伝をひけらかすって恥ずかしいかもな。俺も戸惑うことがある。


「今って五代目?」

「そうだ。会ったことあるのか」

「ありません」


 映像でしか見たことないな。最後に顔でも拝んでおけばよかった。


「俺は生徒会と風紀に気をつけろって言った。その意味が分かるか?」

「シンパじみたのの忠告じゃないの」

「いるんだ、ここには。オーエンスの総長が」

「へー」

「返事軽!」

「央鈴にはキングがいたから別に不思議はないよ」


 世間は狭いってことだ。びっくりしてる岡島にケラケラ笑ってしまう。


「その他大勢もいる。笑ってないで聞け!」

「あーハイハイ、分かったから」

「とんでもないな、お前は」

「でも俺って他のチームのこと殆ど知らないから大丈夫じゃない。顔あんまり出してないし、いたの一ヶ月くらいだし」

「アラシは有名だ、本人が知らないだけで。俺でもカンで当てたしな」

「滅べばいいよ、カンなんて」


 ペットボトルを掴んでまたお茶を飲む。一口飲み、野性的なカンは危ないって覚えておこうと思う。タイミングがいいのか、ここでインターホンの音が聞こえる。


「やっと来たな」

「もう授業始まってない?」

「そんなに時間は経ってない」


 自分の腕時計を見て、案外時間が経ってないことを知る。でも一時間くらいは話してたろ。


「行くぞ」

「はいはい」


 ペットボトルの蓋を閉めてお茶を貰っていくき満々の俺は肩掛けのバックの中に入れて立ち上がる。


「また来いよ葉加瀬」

「そーだね」


 近いうちに来ると思う、外出がてら。


「待たせたな」


 ドアを開けて待っている人に労いをする岡島の後から出た俺は異様な雰囲気の相手に眉を顰めた。さっき門を登っていたチビッコと見るからに不機嫌な、制服を着た生徒に。


「佐山はどうした」

「直に来ます」

「離せよ!なんで俺がおこられなきゃなんないんだ!」


 キーンと耳鳴りがする声にこの場の空気が更に悪化した。


「それは?」


 耳障りだと表情に出す岡島は顎で騒ぐ奴を指して聞く。


「例の編入生です。君が葉加瀬君?」

「はい」


 岡島の横にいた俺に顔を向けた生徒は、なんと簡単な自己紹介から副会長サマだと分かった。これをどうやって警戒しろっていうんだ岡島め。さっきから五月蝿いチビッコを放置し腕を掴んだままの副会長、矢島先輩は気にすることなく俺に迎えが遅くなったことを詫びた。微笑む矢島先輩の容姿は周りに騒がれるのも頷けるものだ。背は俺よりも十センチくらい高め。髪は天然のゴールド、目はカラコンなんて代物とは無縁の鮮やかな青。日本人離れした手足の長さは外国の血が混ざっているからか。

 今気がついたけど、ギャンギャン喚いてるチビッコはぼさぼさの鬘を着用してるっぽい。古めかしい物だからなのか妙に頭でっかちになって笑いを誘う。顔にはレンズのデカイ眼鏡。圧縮もしていないのか分厚いレンズだ。度が入っていないのが一目見て分かる。これはもしや、変装なのか?そうだと言われたら下手くそ過ぎると高らかに指を指して言ってやりたい。レンズは半透明じゃないんだ、ばっちり顔見えてるぞ。副会長に腕を掴まれているのが嬉しいのか喚くわりにデレデレした顔を仄かに赤くしている。うわー、許容範囲外がまさかここにいるなんて。お近づきになりたくないタイプだ。副会長に顔を戻し、岡島が何やらしているのを視界に入れながら挨拶をすます。


「俺は間々愛理!よろしくな!」

「理事長室まで俺が案内するよ。君の担当は佐山なんだけど、生徒会の仕事が終わらなくて。ごめんね」

「いえ、よろしくお願いします」


 あっさりチビッコの言ってることを遮る副会長に便乗し笑顔で頭を下げる。


「葉加瀬、コレ持っていけ」

「ん?」


 二つ折りにした紙を手渡してくる。なんだこれ。かさっと音をさせて中を見ると携帯番号にメールアドレスが書かれていた。登録しとけってことか?面倒くさいけど、この学校で初めて知り合えた人だしいーか。ブレザーのポケットに紙をしまい、岡島には後でメールすると言っておく。チビッコ、間々がまた岡島に聞いていないことまで自己紹介をしてるけど本人を取り残して副会長に後は頼んだと言って個室じゃない方の守衛室へ歩いていく。あーあ、そんなあからさまにシカトしなくてもいいのに大人気ない。戻っていく岡島の背を見ていると矢島先輩の行こうかっていう声に、そんなに喚く必要があるのかと思う声を出す間々は逆に腕を引っ張って先輩の前を歩き出す。先輩、後ろから睨んでも効果はないと思うよ。後ろから二人に着いて歩きながら笑うのを必死で堪えた。思ったより退屈はしなくてすみそうだ。自分の父親になる人から蔵王学園を薦められてパンフレットやインターネットでいろいろ学校のことを調べてはみたけど、表面上以外のことは分からなかった。やっぱり中に入ってみないと分かんないことが沢山あるよなぁ。央鈴が恋しいぜ。

 目の前に校舎が見えてきた。おー、やっぱり金かかってるだけあるな、デカさがハンパない。間々に引っ張られた矢島先輩が一度俺の方を振り向き、助けを求めるかのような目をされたけど笑って受け流した。ごめんね、先輩。俺じゃ慰めにもならなくて。昇降口から入り、ずらっと並ぶ下駄箱たち。俺の下駄箱は二年のところだからちょうど中間だと言ったあと、いきなり腕を引っ張られて間々と共に一年の方へ連れて行かれる矢島先輩。災難だな、あの人。小さめの、縦長の長方形で区切られた下駄箱の縁には名前の書かれた細長い白いテープが貼られている。んー、俺のは通路側かなぁ。おっ、あった。上履きはシューズじゃなくて紺色の上等な素材で出来た、サンダルみたいなスリッパ。そういえば中学の時こんなんだったな。ここも体育館用シューズが別なのか。央鈴は小学校で使ったような白地に色のついたシューズだったし。


「葉加瀬君、下駄箱みつけた?」


 おー、どうやら腕を離したみたいだ。よっぽど強く掴まれたのかさすってる。


「ありました。エレベーターって」

「武彦!先に行くなよ!」

「こっちだよ」


 一年用の下駄箱の方から駆けてくる間々に言っていることを遮られたけど、どうやら伝わったらしい。にこやかに微笑む先輩に今度は俺が手を繋がれ、俺だけ狡いとか言われる始末。どこの幼稚園児だよ。下駄箱から通路に向かって右に歩くとエレベーターがあった。後ろでまだ駄々をこねる奴は体よく先輩に跳ね退けられていたけど、面倒に巻き込まれるのは御免なので気付かなかったフリをする。


「このエレベーターで理事長室や生徒会室なんかに行くときは専用のカードがないと使用出来ないから、覚えておいて」


 学校側がやることは似たり寄ったりか。面白いな。


「なあ!武彦が駄目ならそこのアンタ!俺と手ぇつなごーぜっ」

「断る」


 何で俺がお前と手を繋がなきゃならんのだ。あれか、新手の嫌がらせってやつ?俺にも好みがあるんだっての、馬鹿め。エレベーターはちょうど一階にきていて扉が開いたので先輩と二人、乗り込む。


「さっさと乗れ」


 俺が断ったことがショックなのかわなわなと体を震わせる間々を見下ろすと大袈裟に肩が跳ね上がった。慌てた奴はエレベーターへ漸く乗る。階数ボタンに貼られたシールに理事長室と書かれたところのボタンを目で確認してから押した。


「凄いね、葉加瀬君。何を言ってもやっても騒ぐことをやめなかったあいつを黙らせるなんて」

「俺の目って無機質っぽいですから、いらない恐怖心を煽ったのかも」


 俺の隣でひっそりと話しかけてくる先輩に苦笑う。前のところじゃじっと見ただけで泣き出しそうになる奴いたからなぁ。学校じゃいいようにカヅキから使われてたっけ。


「綺麗だよ」

「は?」


 先輩は自分の前に立つ間々の後頭部を見ながらひっそりと微笑し、俺の左側から耳元へ囁きかけた。


「岡島さんと出て来た君に釘付けになった。あの場でこんなの置いてかっ攫ってしまいたい、君の体を隅々まで犯したいって」


 見た目に反して低く、掠れた声はまるで情事の睦言でも言っているように甘く際どい。

聞いてないぞ岡島!生徒会の奴がこんな奴だなんて。こんなの置いてって顎で示した先輩を見てしまったのは失敗した。無防備な密室。間々はこっちのことに気付きもしない鈍感さだ、役に立たねえ。先輩に腰を抱き寄せられ、いやらしく臀部にまで撫でさすり逆の手で形を確かめるかのように股間へ触れた。大胆な痴漢がいる。手で先輩の腕を掴み、離そうと思ってもびくともしない。見た目体がスレンダーで力はそこそこな感じなのに俺より力があるのかよ!


「なぁ、理事長室に行く前にやろう」


 人が必死なのをいいことに余裕をかまして耳の裏側を舌で舐め上げてくる。いい加減気付きやがれ、このダンゴムシ!八つ当たりに先輩の前にいる間々へ蹴りを入れようかってところを手で邪魔をされる。


くそったれ!


 エレベーターはあと三階登らないといけない。息が上がる手前で先輩の腰にあった手が外され、指に顎を掬われる。馬鹿な誘いにお綺麗な面を睨めばうっとりと見つめられて総毛立つ。二面性を持った奴に初っ端からぶち当たるとか運が悪すぎる。顔を寄せられ、手を退けようと思うも上手くいかない。


「潤んだ目が堪らなくそそる」


 あと、数センチ近付けばこの変態に唇を奪われる。


「なぁ!武彦!!理事長ってどんな奴なんだ!」


 そう言って振り向いたダンゴムシのお陰で俺はその場にしゃがみ込んだ。助かった!やれば出来るじゃねえか、間々よ。間々が振り向く一瞬で先輩の手は離れ、態勢まで整えられた。にこやかに微笑んでいるのか簡単に応える先輩の声に怒りと疲れがどっと沸き立ち、ため息ともつかないのを吐き出した。


「おいっ、なんでうずくまってんだ!」


 その声に応えられる状態じゃない俺はゆっくりと立ち上がる。タイミングよく到着したエレベーターの音に救われて、開く扉に間々は前を向く。その隙に俺は先輩の早技で口付けられた。もう抵抗するのも面倒くさい。このムッツリめ。


「早く降りろよ!武彦!!理事長室ってどこだ」

「そのまま真っ直ぐ行った右側」


 早技に感心しつつ、先にエレベーターから降りて間々の後を歩く。いつまでも乗っていたら二の舞になるだろう。跡をつけるように歩く先輩に行くてを阻まれそうになるがさすがに脛を蹴る抵抗をして痛がる先輩を捨て置き、理事長室を目指す。ああ、ここまでの道のりが濃かっただけに肩が凝ったな。


「あったー!」


 騒がしい間々はそう言うと、嬉しさからなのかノックもせず開かないドアを蹴り上げた。あいつはどんだけ世間知らずなんだ、あんな蹴りでドアが開くとは思えないがドアは軋んでいる。


「退け、邪魔だ」

「なっ、なんでさっきから酷いことばっかりいうんだ!?俺が好きなら好きっていえばいいのにっ!」

「はぁ?」


 なんだ、その極端な考え方は。呆れて間抜けな声が出てしまった、どうしてくれよう。


「馬鹿なことは言うもんじゃないよ、間々」

「武彦!名前で呼べっていっただろ!」

「どうして、マザコンみたいな名字が嫌いなの?」


 颯爽と歩いて俺たちに近付いてきた矢野先輩は微妙な指摘をして間々を黙らせた。


「おっ、俺とお前は友達だろ!」

「ドブネズミとは友達になれないよ」

「どっ!」


 やべえ、笑える。結構酷いことを言って友達扱いを断った先輩は自分の二面性を楽しんでるな。要は使い分けってやつか。間々は顔を真っ赤にして先輩へまた騒がしく喚きだす。


「騒がしいな、こんなところで何を騒いでる」

「理事長」

「え?!」


 ギャーギャー騒ぐ間々へ更に先輩が追い討ちをかけたところで目の前にあるドアが開き、仕立てのいいスーツを着た男が中から出てきた。


「中に入りなさい」


 ドアを開けて廊下に出た理事長は中に入る先輩と間々を見たあと、窓際に寄りかかって見物していた俺を見た理事長は一瞬瞠目し僅かに微笑んだ。


「ようこそ、蔵王学園へ」


 静かに、中に入った二人には聞こえない声で言った理事長は必要とは思えないエスコートを俺に施しながら一緒に中へ入る。

中には理事長以外の男が一人、ソファーに座っていた。


「縁!」

「やっぱりお前か、騒がしかったのは」


 嬉しそうにはしゃぐ間々が男に近付けば、知り合いとは言えないなんとも冷たい声が発せられた。


「え、縁?」


 抱きつこうとしていた腕や手はやり場をなくし、震えるように下ろされていく。


「いい加減、恥をかかせるのはやめてくれ。分を弁えないのは義務教育が終わっていない連中だけで充分だ」


 理事長室内はシンと静まり、俺や先輩、理事長は黙ったままその場を見守る。


「恥ってなんだよ!一方的に俺のこと悪者にしやがってっ、サイテーだ!」


「最低なのはお前だ。警察に世話になった奴が言うな」

「な、んで知ってっ」


 男は冷めた表情をし間々を見た後、汚らしいものでも見るかのように顔を歪めた。


「人をナイフで刺しておいて何の罰もなく釈放されたと思ったのか?お前が助けを求めた奴の親は警察の幹部なんだよ。犯罪者を泳がせたに決まってるだろ」

「俺が悪いんじゃない!だってあいつがっ、俺のこと気持ち悪いだの気味が悪いって蔑ろにするから!」

「救いようがないな。人を刺しておいて悪くない?馬鹿を言うもんじゃない、刺された彼は今日の朝方亡くなった。」

「う、嘘だ!そんなのっ。デタラメだ!」


 聞いていればとんでもない話に寒気がしてきた。人を刺しておいてのうのうとこんなところに来ている間々の神経を疑う。


「間々愛理だな」


 奥にあるドアから二人の男が出てきた。スーツの内ポケットからは警察手帳を出し、身分を証明し封筒から四つ折りの紙を出して間々に見えるよう広げる。あれは刑事ものドラマなんかでよく見る令状ってやつだろうか。


「これは殺人犯への令状だ。君を逮捕する」

「俺は悪くない!」

「話は署で聞こう。宜しいですね」

「ええ、ご足労をかけて申し訳ありません」


 暴れる間々に二人がかりで手錠をし、連行されていく。警察の一人は男と理事長に頭を下げて間々を取り押さえたもう一人と一緒に部屋から出て行った。なんだ、この急展開。警察の人に頭を下げていた男は疲れたようにどさりとソファーに座る。


「お疲れ、間々原」

「あー、マジ疲れた。なんで俺がこんなことせにゃならんのだ、クソッタレ!」

「さ、矢島君も嵐も座って」


 座ることを勧められ、間々原と呼ばれる男の向かい側、濃い茶系の革張りで出来たソファーに先輩と座ろうとしたら何故か俺を隣に座るよう誘う男に戸惑いを隠せない。


「間々原」


 険しい表情でもって間々原へ理事長があしらってくれるが全く効果がない。


「俺に癒しをくれたっていいだろ。お前が矢島君の隣に座れよ。まさかこれほどとはな、貴之の義理の弟だって?」


 睨みを利かす貴之さんをかわす間々原は移動してきた俺に疑問符を投げかけてきた。


「嵐君は理事長の弟さんですか」


 確かに名字は理事長のものと一緒だと思ったんだろう。頷いて俺と理事長を交互で見てくる。


「親父が若い嫁さんを娶ったお陰で彼と兄弟になれた。蔵王学園へよく来てくれたね、嵐。電話でしか話したことがなかったけど改めて宜しく、俺が葉加瀬貴之だ」


 俺の正面に座り、優しく笑いかけてくれるスーツを着こなした大人の貴之さんに照れくさくなりつつ俺も名乗り、自己紹介まではいかない挨拶をする。写真や電話で貴之さんのことは知っていたけど、ここで初めての対面だと気付いた先輩と間々原が驚いた後、可笑しそうに笑っていた。


「今日が初めての顔合わせかよ。インパクトありすぎだな」

「仕方ないさ。急に親が結婚する上に学校を転校しなきゃならなくなったし寮に入るんだ、いろいろやることもあるんだから。お互い写真で顔は知っているし、前もって電話で話したから不便さはなかった。正直、声を聞いて本物の顔を拝みに行きたくなったのは事実だが」

「おい、本音が駄々漏れで嵐君が呆れてるぞ」


 急に隣から肩を組まれて面食らっていると、間々原を凄んだ貴之さんは俺を見て苦笑する。

俺は別に貴之さんに呆れてたんじゃないぞ、あんたに面食らってただけだ。


「ちょっと急ぎすぎたかな」


 困ったように笑う貴之さんに首を横へ振る。


「俺は一人っ子なので兄弟が出来たのは嬉しいです。会いたかったのは一緒ですし、呆れてなんかいません。間々原さんはいい加減離れてください」

「おーう、悪い悪い。聞いたか貴之、間々原さんだって!」

「お前はもう黙ってろ、縁」


 見た目は肉食系男子みたいにワイルドな恰好よさのある男なのに話し出すと見た目とのギャップが激しい。なんかコバを相手に話してる感じがしてきた。額に手をあててため息を吐き出した貴之さんは気を取り直して間々原のことを紹介してくれた。


「教頭?」

「そ、ここには校長がいないから第二の権力者になるか。宜しくな、嵐」

「どさくさ紛れに呼び捨てにするとはいい度胸だな」

「お前が気にするところじゃねえだろうが」


 この二人が蔵王の卒業生で同級生なのだと知り、親しいことが分かった。蔵王へ勤めるようになったのは大学を卒業してからと聞いて正直驚いた。家柄もあるんだろうけど、大学を卒業してぽーんと理事長や教頭に抜擢されるなんて凄いな。


「間々原さん、一つ聞いてもいいですか?」

「さっきのことだろ」


 おっと、カンがいいことで。気になってたのバレてたかな。


「間々愛理は俺の婆さんの子供の、娘の孫なんだよ」


 随分と遠縁ですね。


「間々原の血とは随分薄れた縁だが愛理の親がとんでもないことをしたのに逃げていて捕まらない上に手に負えないって婆さんに泣きついたんだ。そんでこっちに話が舞い込んできたんだよ、危険な外来種を捕獲せよってな」

「はぁ」


 なんだか途方もない話だな。親が既に息子への意気地がないあたりが特に。まぁ、手が付けられない我が儘な息子に親が育てたんだから同情なんてしないけど親戚に丸投げってどうなんだ、親からしてウザ過ぎる。


「ま、いなくなって清々したわ。ところで貴之、学校内の説明はしなくていいのか?」

「前もってしてある。嵐、寮の部屋なんだが」

「相部屋って聞いたけどなんかあるんですか?」


 央鈴と似通った校内事情に免疫はあるのでなんとかなる。さすがにシンパもどきのことは知らなかったけど。


「待ってください、理事長。彼を相部屋にするなんて危険すぎます」


 今まで黙って聞いていた矢島先輩が理事長の秘書、本田さんが持ってきてくれた紅茶を一口飲んだあとティーカップをテーブルに置いてから慌てだした。


 A4サイズの大きめな封筒を貴之さんから受け取った俺は中身を覗いて見る。

お、クレジットカードみたいなの見つけた。


「そうしたいのは山々だが」

「俺が特別待遇なのを嫌がったんです」


 にこりと先輩を見れば呆気に取られた顔。いくら理事長と兄弟になったからって転校早々に一人部屋って蔵王に詳しくない右と左も分からない俺に拷問でも与える気かよ。心配してくれんのは嬉しいけど、そう簡単に自分のケツを野郎に貸し出すほど馬鹿じゃないさ。前戯までは気持ちいいから許しちゃうことはあるけど。


「嵐君」

「央鈴も似たようなところだ、対処法も弁えた上で言ってんだろ。カリカリすんな、矢島。らしくない」

「最後は余計なお世話です、教頭」


 んー?意外と教頭に先輩は仲が宜しくないのか?そんなことを考えていると理事長室に誰か来たのかノックの音がする。入りなさいと貴之さんが言うとドアが開けられて入ってきたのはチャラそうな出で立ちをした生徒だった。もしかして制服を崩して着るのがここの流行なのか?矢島先輩もキッチリ着ているわけじゃないし。


「遅くなって申し訳ありません」


 出迎えた貴之さんに頭を下げて一礼したあと生徒は真っ直ぐに俺を見つめて固まったように動かなくなる。面の皮と目の色が違うだけで人は忙しいことだ。


「佐山、動かないと嵐とは話すことも接することも出来ないぞ。まだまだ若いねえ、お前も」


 紅茶を飲み、からかい混じりに投げかけた間々原はクツクツと喉で笑い、また懲りずに人の肩を抱き寄せる。大概この人もスキンシップ好きだな。


「余計なお世話です。例の彼はもういないんですか?」

「来て早々な。気になるんなら防犯カメラの映像でも見ろ」

「いえ、結構です。書類の写真見たし」

「嵐、彼は生徒会会計の佐山君だ」

「佐山信行。同じ二年だ、宜しく」

「葉加瀬嵐です。こちらこそ宜しく」


 貴之さんがソファーに座ることを佐山に勧め、一人掛けの方を目指して歩く佐山は間々原に間々のことを聞き、あっさり告げられて拍子抜けみたいな表情をした。そのあと一度間々原を睨む。ソファーに着いたところで貴之さんから紹介を受けて立ち上がり、佐山と挨拶を交わしてお互い笑顔になってソファーに座った。見た目チャラそうだけど、案外しっかりとした内面の雰囲気が佐山にはある。いい男が役職の必須条件とか笑えるけど観賞目的なら分からなくもない。醜いものを四六時中見ているよりも綺麗なものや可愛いものなんかを見ていたいもんだ。


「理事長、デレ顔が駄々漏れなんですけどなんかあったんですか?」

「ぐはっ!お前分かり易すぎ!」


 貴之さんから点々と辿って俺を見る佐山は首を傾げていたけど見た目の男らしさが邪魔をして可愛さは微塵もない。もう堪えられないと笑い出すのは間々原だった。


「もう収集がつきません、理事長。彼を職員室に連れて行きます」

「嵐、学校は明日からにしないか?」

「なに言ってるの貴之さん」


 呆れて絶句する。なんて寂しそうな顔するんだこの人は。絶対タラシに違いない。それにしても、また生徒会と関わっているあたり俺はもういろいろ駄目なんじゃないかね。


「はー、笑った。嵐の困った顔もいいねぇ、今から一緒に教頭室行くか」


 抱き寄せられたのを跳ね退けるのが面倒でそのままにしたら、右側の耳元からねっとりとした色気を孕む声で誘われる。それを一度瞬きして近くにある顔を見上げると、一瞬驚く顔をした間々原は徐々に熱を孕んだ瞳を露わにし、抱き寄せた腕を外し体を前のめりにして太腿に肘を乗せた間々原は顔に手をあてて息を吐き出していた。


「半端ねえ破壊力だな、貴之。俺にくれ」

「馬鹿を言ってないで仕事しろ」


 息を吐き出したあと貴之さんを見て間々原が言ったことに俺が驚いていると、間々原の左側にある一人掛けに座っている佐山がクスクスと楽しそうに笑う。もう一度貴之さんに嫁にくれと言っている間々原に矢島先輩まで吹き出し、笑いだした。


「教頭の気持ちは分からないでもないよ。さっき葉加瀬と目があったけど、少し性欲刺激されたもんなぁ俺」

「髪はいい匂いするしね。思わずエレベーターで痴漢行為しちゃったよ、俺は」

「あぁ?」

「いまなんつった矢島」


 佐山の発言に言葉を失っていると矢島までがカミングアウトをした。さっきのエレベーター内の行為、自覚があったのかと殺意が芽生えたが貴之さんの濁点がつきそうな声と間々原のドスの利いた声に殺意も引っ込んだ。なんかもうカオスだな、ここ。いっこうに寮の話になんないし。あーだこーだ言い合う四人は置いといて、封筒の中身を出して書いてある文字を頭の中で読んでいく。このカードって部屋の鍵でプリペイドにもなってるのか。食堂や自販機とか使うと金は銀行引き落としになるんだな。央鈴もプリペイドだったしやり方は同じだ。よしよし、分かったぞ。


「ねぇ、嵐君。ブラックカードは特別待遇の一貫だよ」

「矢島!」

「貴之さん、依怙贔屓なものはいらないって言いましたよね、俺。普通のカードをください」


 馬鹿みたいに公私混同してんじゃねえよ、いい大人が。冷めた目で貴之さんを見返せば面白いくらいにこの人の体が反応をする。バツが悪そうな顔をして見てくるのに腹がたつのを誤魔化して、もう一人の兄もこんなんかと思う。まだ会ったことのない兄はもっとマシであって欲しい。話していてもキリがないので職員室に行くと言えば先輩と佐山が頷き一緒に立ち上がる。ノーマルなカードキーは間々原から受け取りブラックカードは丁重に貴之さんへ返し、失礼しましたと理事長室を出る。結構な時間を理事長室にいて授業中じゃないかと腕時計を見るが対した時間は経っていなかった。


「まさか理事長を振り切るなんて、凄いな葉加瀬」


 一緒にエレベーターに乗り込む佐山に顔を見れば可笑しそうに笑っていた。はて?別に普通じゃないだろうか、必要な話じゃないことばかりをする奴なんて見切りするのは。


「そーだ、副会長。会長が次回の企画書がないってボヤいてましたよ。戻った方がいーんじゃないですか」


 エレベーターの壁に寄りかかり矢島先輩に思い出したと言って告げれば嫌な顔をして面倒くさがる。仕方なしにカードを差し込んでボタンを押す矢島先輩は俺と離れるのを残念がり、再会の言葉を残して生徒会室のある階でエレベーターから降りていった。


「そーとう気に入られたな」

「冗談キツイ」

「俺も気に入っちゃったんだけど」


 どーする?なんて俺に聞くな。御免だねって肩に乗せた手を払い退ける。一階に着いたエレベーターから降り、職員室のある方へ案内されながら前を歩く佐山を観察がてら見ていると、その辺を通っていた生徒が足を止めてぽーっとしているのが視界に入った。羨望の眼差しってやつはキリがないな。見てる分には害がないから構わないけど。見惚れる生徒がこっちに気付いて目を丸くさせ、目があった頃には通り過ぎる。ジロジロ見られるのは大変不愉快だ。


「葉加瀬、気分でも悪い?」


 立ち止まった佐山に若干俯いていた顔を上げて見れば職員室のプレートがあるドアの前。


「いーや。ここが職員室?」

「そ。葉加瀬は何組みかなぁ?」

「何組みー?」


 佐山が言うことに釣られて言いながら職員室に入る。俺より背の高い佐山は上の方で笑いながら人の頭をポンポンと手を跳ねさせて触れてきた。先生たちが座る方を向いて点々と教師の顔を見た後。


「転校生連れてきました。担当の先生って誰ですかー?」

「おー、こっちだ佐山」


 こいつ途中から面倒くさくなって声を張り上げやがった。気持ちは分からんでもない。手を小さく振る教師の方へ佐山と二人で向かって見えてきた担任はベタな見た目のホスト系。なんかもうウンザリな気分だ。央鈴にいるホスト系教師を見慣れていたせいかこっちのは地味に見える。あっちは視覚の暴力みたいなもんだしなー。


「キョロっちが担任かー」

「誰がキョロっちだ佐山。お前が葉加瀬嵐か。俺はお前の担任で古井京介」


 ペシッと平手で佐山の腕付近を叩く古井にどーもと頭を下げる。ジッと見てくる古井に廊下で見たような態度はされず、寧ろ新入りに興味津々なご様子。子供みたいに見てくるのやめろって。


「理事長やアイツに聞いてはいたが偉い美人が入ってきたな」

「キョロっちもそう思う?これから騒がしくなるよねー」


 うんうんと椅子に座る古井と佐山は頷く。


「先生ぇ、手ぇ出しちゃ駄目だよ」

「牽制のつもりか、佐山」


 なんでか睨み合う二人にまだ終わらないのかと脱力し、周りからの視線にイライラしてくる。自意識過剰なら良かったんだけどなぁ、おい。


「馬鹿は置いといて行くぞ、葉加瀬。佐山、ここまでご苦労」

「ちょー偉そう」


 立ち上がった古井に言われた佐山は苛立ったのか表情が険しい。


「そういうとこがまだガキなんだ、お前は」


 名簿を持って背に手をあてて先を促す古井に押されるように歩き出す俺。その前に。


「佐山、ここまでありがとう」

「いーえ。またな葉加瀬。くれぐれもオオカミには気をつけて」

「ハーイ」


 佐山に礼を言い、古井に向けた表情とは違うハニカミと心配げな微妙な表情で軽く言う佐山に、なんとなくよい子のお返事。なんとかなんだろの気持ちで肩を叩く。古井と俺が出たあとに続いて出て来た佐山を見ればこっちを向いていたあいつは手を振って逆方向へと歩いていった。あれ、もしかしてサボリ?それから教室に向かう途中の廊下では無言。並んで歩く古井は階段を数段登るまで口を開かなかった。


「お前って免疫あんのか、男同士って」


 今日は何回これを聞かなきゃいけないのか、もう飽きてきた。


「央鈴でしたからねぇ」


 思わず階段を登りながら遠いところを見てしまう。


「そーいやそうだったな。あっちと比べてどーよ、ここは」

「建物自体はそう変わりはありません。ここの話を聞いて、ざっくばらんだなとは感じましたけど」

「央鈴は寮じゃなく外に開放的だからか、そうカミングアウトもないだろうな。こっちは全寮制で外は外出届けだなんだのあるし内向的になってるから落差が激しくないか?」


 エレベーターは使わずに階段を選んだのは何故だ、とは思うよ。


「まだ寮にも行ったことないですし、その辺は後々気付くんじゃ」

「もう口説かれたりしたか、佐山とかに」


 ちょうど二階に登りきり、防災シャッターがありそうなところで古井が立ち止まって俺を見る。壁側を歩いていたのは間違いだったかもしれない。追い詰められた。


「先生」

「央鈴でも、された?」


 なにをだよ。階段側、顔の左側に手を突いて逃げ場を一つ塞ぐ。古井のネクタイを一度見た俺は壁と古井に挟まれたところから抜け出そうと反対に動けば、逆も名簿を落として塞がれる。ここに来てこんなんばっかりかよ。


「葉加瀬」


 横向に道を塞がれ、逃げ場がなくなった俺の耳に古井の声が思っていたよりも近くから聞こえてスペースがない場所で胸を押して退かせようとする。


「男は経験済みか」


 生暖かい息を吹きかけられて聞いたことは蔵王に来れば言われると思って予想していたもの。いざ言われると腹がたち、古井を見て睨めば考えもしない表情の男に出会す。どうせニヤニヤとか人をからかう時の表情でもしているんだろうと思ったのに、切なげなうえに切羽詰まった感じはなんなんだよ。


「時間大丈夫なんですか?ホームルームなんじゃ」

「聞いてることに応えろ」


 舌打ちしてえ。古井を見なかったことにしたいのに。しかも命令っぽいのがムカつく。


「あるわけない」


 生徒は教室にいて、誰も通らない場所でなにやってんだか。こんなとろで聞くことでも・・・・っ。


「ほっせぇ首にマーキングされといてか」

「はぁ?」


 左側の手が外れ、綺麗な長い指が耳の下あたりを指先で撫でてくる。古井のマーキングって、キスマークか?んなものなかったぞ、ここ来るまで。思い返せば矢島先輩にやたら弄られたことがあったなぁ。あれか!


「ムカつく」

「こっちの・・・っ」


 結構乱暴に壁へ背から縫い止められて何をされるかと思えば首へマーキングされている場所に、更にキスマークを上書きされる。ついでとばかりに舌で舐められて、仕舞いには噛みつかれるとか!岡島の二の舞を踏む気はないので膝蹴りを腹部にお見舞いした。


「早く復活して」


 教室がどこか分からないから。苦しそうにうずくまる古井に謝りはしない。襟足の髪は長めになってるから手櫛で髪を弄りながら隠れないもんかと考える。落ちている名簿に目がいき、拾い上げたところで壁により掛かりながら腹を抑えて睨んでくる古井はちょっと涙目だ。見た目がその辺のファッション雑誌に載るモデルみたいで、こんな顔をここにいる生徒が見たら卒倒するんじゃないかな。誰か通り過ぎればいいのに。見てみたい気がする。


「俺って何組です?」

「ビーだ」


 ふぅっ、と息を吐いた古井はガシガシ髪を掻き上げて手で掻いたあと教えてくれる。


「早く行きません?もう時間ないんでしょ」

「イカせてやるから今すぐ俺と教員用の部屋に行くぞ」


 俺がお前の初めての男になってやるとか言い出す古井に嫌な顔を隠さずこっちが見せると吹き出して笑いやがった。


「あーあー、悪かった。しょうがねぇな、行くぞ」

「どこへ?」

「教室だ」


 願ってもない当たり前な応えが返ってきて一安心だ。持っていた名簿を渡すと歩き出す古井、後ろを歩いてついて行く。最初に通り過ぎる教室はエスクラス、次はエークラス。その次にあるビーの教室になるドアの前まで来て俺を振り返って見た古井はいろんな意味で破壊力のある笑顔を見せ、こっちがそれに眉を顰めると人通りがないことをいいことに唇を寄せ、触れ合わせてくる。僅かな間のあと、唇が離れていき刹那お互いの目があった。


「さっきも思ったが、お前いい匂いするな」

「いい加減中入れよ、うぜぇ」


 ふっと甘ったるく笑いながら言ってくる古井に畏まることをやめて本音を吐き捨てる。驚く男を鼻で笑ってやりながら顎で中に入れと示した。どいつもこいつも盛りやがって鬱陶しいから素でいこうか、もう疲れた。中に見えないようにドアを開けてやれば仕方なく入っていく担任教師。面倒な奴に絡まれたわ。


「おら、席に着け。お待ちかねの転校生を連れてきたぞ」

「センセー遅ーい」

「もしかしてガチで襲ってたんじゃ!」

「お前らじゃあるまいし。おい、静かにしろ」

「センセーどんな子?」

「見た方が早いだろ。葉加瀬、待たせたな。入ってこい」


 生徒の言うことが若干当たっているだけに笑いを誘う。教室にある教壇に名簿を置くところを開いたドアの正面にある壁に寄りかかりながら見ていると、エークラスから出て来たスーツ姿の男と目があった。

 エークラスの担任か?古井とは違ってスーツを着崩してはいない。雰囲気が清潔感のある、間々原さんと同系な精悍で整った顔立ち。背も百八十は余裕でありそうな脚の長さ。目があっても距離があるから話すことなくお互いでジッとしていると、男はふと笑んで目元を和らげた。すげーいい男。女子校なら偉い騒ぎだろう。ここも然りか。そんなことを考えているとドアまで来た古井に呼ばれて入ってこいと言われる。気になってまた見た先に、あの男はいなかった。ドアから一歩二歩と教壇横へ来る頃には教室内がシンと静まり返っていて妙に緊張感が漂う。おいおい、新入りにプレッシャーかけるようなことするなよ。


「初めまして、央鈴から来た葉加瀬嵐です。お手柔らかによろしく」


 後ろにある連絡用の掲示板と少し小さな黒板が目について、そこを見ながら自己紹介なんかをしてみる。さて、反応は?どっと拍手にわくクラスメイトたち。仕舞いには宴会じみたことまでする奴までいる。席に着く生徒の顔を見ていけば嫌そうな顔の奴はいない。どーやら歓迎ムードだ。ちょっとぎこちなく笑ってみたのが良かったようで葉加瀬サマ!って呼ぶ奴までいた。ノリがいいクラスメイトにホッとしたのは自分が知らないところで緊張してたせいか。どさくさに肩を組んできた古井を睨もうとしたらあちこちからブーイングが入り、顔をしかめた担任に笑った。


 この騒ぎで古井の声が聞こえるはずもない。俺の席はどこだと見渡せば一人の生徒が手を挙げていてそっちを見る。もしかしてそこが自分の席?って己を指差して声も出さずに目があっている相手に問えば頷かれた。肩を未だに懲りず組んでいる古井の手を外し、拍手喝采の中、いい加減五月蝿いかもと思いながら苦笑いで古井の腕を軽く叩いて席に向かうことを知らせる。やれやれ、歓迎ムードは嬉しいが周りのクラスから苦情がきそうだ。

ツーウェイのバックを机の横にあるフックにかけたあと、後ろと前の席に座る奴に軽く挨拶がてら手を振る。席に座ると教壇の方から凄まじい音がして教室内は静まり返った。あー名簿を叩きつけたわけね、そりゃあ効果あるわ。騒いでいた奴は自分が悪いと思っているのか黙って古井の方を見る。


「出席取るぞ」


 緊迫感のある空気の中、隣がいない奴は手を挙げて。などと、なんともやる気のない声が担任から発せられた。やべぇ、笑いを堪えるのがやっとだ。窓際の後ろから二番目の席。夏は日当たり良くてバテそうだな。席替えがあればいいけど。


「欠席はいないな。これといった連絡もない。今日も平和に過ごせよ、お前ら。葉加瀬、分からないこととかあれば五階に来い」

「ハーイ」


 こんな緩いホームルームなら急ぐこともなくあんなことをしてきた古井を急かすこともなかったな。返事のあと手をひらひらと振っていると、横と後ろからの視線に気付いたので椅子をそのままに横向に座ってみる。出来ずにいた挨拶を受けて横にいるのは向井、後ろは橘、と名前を知る。そして。


「久しぶり、アラシ」


 前の席に座る奴が振り返って、気の知れた挨拶を貰った。


「この前会ったろ、コバ」

「一週間も会ってないよ」


 ざわりと自己紹介の時ほどじゃないが騒がしくなるクラスメイトに眉を顰める。顔がいいだけにコバも人気あるってことか。いろいろ面倒だなぁ。


「小林と葉加瀬は知り合いなのか?」


 横にいる向井に俺とコバは爽やかに笑いこう言った。


「あぁ」

「知らない人」

「えぇ!?」


 馬鹿め、お前と知り合いだなんて言ったら面倒に巻き込まれるだろ。しょんぼりするな、オーエンスの奴に絡まれたらどうしてくれる。


「その顔は鬱陶しい」

「やっと会えたのにそーゆうこと言っちゃう?ねえ、なんで来るの遅かったの」


 それは仕返しか、コバ。しょんぼりがにんまりと笑う顔になって嫌気がさしてきた。しかも向井まで興味があるのかこっちを見てくるし橘はこの様子が可笑しいのか笑うのを堪えてるのが丸分かりだ。


「言わないと目眩く妄想の餌食になるよ」


 何気にみんな気になって聞き耳立ててるからね。いらん情報をいま言うな。


「メールしてやるから待ってろ」

「あ!俺も知りたい!」

「向井は断る」

「断るの早!」

「じゃあ俺は?」


 携帯を握り、橘を見る。なーんかこいつを見てると嫌な予感がするから首を横に振っておく。前髪を垂らしてポニーテールにしたコバを一度見て、橘を見て、腹ん中が黒い奴だなコイツと判断し頷いてみる。


「残念」


 コバに宛てたメールを送信するとマジか!と声を上げる。それをシカトして全然残念そうにない声を聞き座る姿勢を正面に戻す。こっちを向いたコバの頭を叩いて前を向けと言えば、古井が出て行ったドアの方から一人の教師が入ってきた。それを気にすることもなく机の中にある真新しい教科書と持ってきたノート、ペンケースを出して机の上に置き、窓の外を見ていると後ろから小さな声がした。


「俺、オーエンスの幹部なんだよね」


 不吉なことを言う橘を窓側から振り返って驚いていると、あれ、知らなかった?と結構軽く言われた。


「こっちは総会で知ってたのに」


 小さな声はいいとして、総会まで言われてしまい予感が当たったことを知る。頭痛で帰りたくなってきた。振り返って橘から聞いていると、教科担当の先生に呼ばれて前を向けばエーから出て来た男だと分かった。


「授業範囲だがどこまでいってる?」


 央鈴の授業範囲だよな?ペラペラ教科書を開いていくと教科書が今まで使っていたものと違うことに気付く。最後まで内容を見終わって先生に俺が伝え終わると、先生共々驚くクラスメイト。いやー、すぐ忘れるけど央鈴は進学校。こんなのは朝飯前だ。


「教科書の内容が全て終わってる?」

「はい」


 テキストを開いても予習用にしては追いつかない。それにしてもいい声してんな、この先生。ずっと聞いてると眠くなってきそう。


「前の教科書は持ってるか?」

「あります」


 念のために三教科だけ持ってきて良かった。

あー、この分だと三年の内容に入ってるのかもしれない。遊ぶの好きだからなぁ、あそこの先生。俺の席まで来て教科書の内容を確かめる先生は見終わると教科書を借りてもいいかと聞いてきたので頷いておく。体格に見合った手は細すぎず太すぎない指があり、後頭部を撫でていく。先生の顔を間近で見ようと見上げれば教科書を持って既に席から離れていて教壇の方へ歩いていくところだった。


「授業を始める。この前の続きからだ」


 ページ数を言われて教科書を開き、新しいノートも開く。ペンケースからシャーペンを出して片手でくるくる回し遊びながら耳に心地いい声を聞き、黒板に書かれていく数式を見ていた。

 ふと教室内を見れば、うっとりと先生の方を見つめる可愛い感じの顔をした奴らがいて、やっぱりかと思う。古井もこんな感じで見られてたな。生徒からの支持はあついらしい。見た目からいってタラシの称号も貰っていそうだ。岡島みたいに無精髭はないのでタイプは違うように見えるが同系統な気がする。群がる生徒を軽くあしらうところは見物だろう。急に可笑しくなって机に頬杖をつき、手で口を隠すように塞いで隠す。ついでに窓の外を見ることで誤魔化した。ダルそうに座る前の席のコバに笑みは隠せそうもない。気付いていたのか折り畳んだ紙切れが前から届いた。来て早々モテモテですね。先生が見てるの気付いてる?四コマ漫画にありそうな絵を描いてまで渡してきたメモに、黒板の前に問題を解きに来ている生徒の脇に立つ先生を見れば目があった。とんでもねぇな。目があったことに驚きはしないがその眼差しに俺は目を逸らす。コバからのメモに気付いたからあんな顔をしているんだと思いたい。目があったあと、一瞬目を細めた眼差しは教師としてのものじゃなかったとおもう。獰猛な獣が餌をみつけた時にみせる、野生じみたものに似ている。舌舐めずりをしていても可笑しくないような。岡島どころか、更に上をいく質の悪い奴がいたものだ。ノートに目をやり、平静さを取り戻した俺は二度と教師の顔を見ることはしなかった。

















「小林君。橘がオーエンスの幹部って言ってたんだけど知ってる?」

「うん」

「総会で俺のこと見て知ったみたいなんだけど、俺って総会の時さぁ、コバにエクステ付けてもらって黒いカラコンして変装みたいなことしてたよね。なんでバレてんだよ」

「俺に怒らないでよ。アラシ抜ける前にあった総会でキングがバラしちゃったんだって!」


 食堂でうどんを啜りながらコバの言い訳を聞いて口の中にある麺を黙って咀嚼し、目の前にいる奴を睨む。


「見せびらかしたかったんだよ、あの人。外に出したがらなかったけどさ、アラシのこと」


 唐揚げを箸で挟んだコバは苦笑気味に笑い、肉を噛みきる。


「アラシは離れたところにいて話は聞こえなかった?オーエンスの総長があの髪が長いのは誰だって聞いてきて、あっさり応えちゃったんだ」


 最後の唐揚げを食べきったコバはそう言って一緒に頼んだ烏龍茶を飲む。うどんを食べ終わった俺は箸を置き、呆れてものも言えないでいた。だだっ広い食堂は生徒が全員座れるように造られていて、ホテルの披露宴会場みたいに煌びやかさがある。蔵王の食堂にいるフロアーの従業員はギャルソンみたいな恰好をし、顔のいい生徒同様にイケメンラッシュ。従業員にきゃあきゃあ騒ぐ生徒を見た時、節操がないなとか今更なことを考えたけどミーハーなだけかと考え直す。


「橘はその時たまたまいた幹部の一人。なんでカラコンとかやってたのにバレたのかって聞かれたら、キングが隠し持ってたアラシの写真を見せたから、って痛い!」

「なんでそんなもん持ってんだあいつ」


 テーブルの下にあるコバの脚を腹いせに蹴ってやる。頬杖を付いて白けた顔で横を向けばチラチラとこっちを気にして見てくるその他大勢が目に入り、うんざりしてきた。


「アラシって央鈴では女王様だったんだって?」

「どっからの情報だ、それは。シメるから言ってみろ」

「タマ」


 あいつはなに遊んでんだ。がっくりきて頬杖をやめ、椅子に寄りかかる。頼んだ烏龍茶を飲み、テーブルに置くとコバが小さく笑う。


「タマだとアラシって寛容だよな。そんなに好き?」

「タマちゃんが十人いたら侍らすな」

「あははっ」


 結構気に入ってる。可愛い見た目じゃないが、可愛い内面を知るだけに。喧嘩はチームに入ってるだけあって強いのにブレーンに落ち着いてるところも。本当に猫だったら飼ってたな。


「じゃあ俺は?」


 うっすら笑っているところでコバに言われてちらっとそちらを見れば、頬杖をつく奴が案外不真面目な顔をしていた。


「目障り」

「ひでぇ」


 泣き真似はやめろ。俺たちの座るテーブルはガランとしていて誰も近付いてはこない。うなだれるスペースはごまんとあるわけだ。


「なら古井は?」

「あ?なんでそこで担任が出てくる」

「迫られたんでしょ」


 チュウくらいしちゃった?と聞いてくる奴に片眉が反応する。


「アラシってホントそーゆうの無頓着だよね」


 はぁってため息を吐かれたこっちとしては何の感慨も浮かばない。


「第一印象は大事だろ」

「なし崩しに弱いってこと?」

「なんだそりゃ、違うな。極端な話、直ぐに脚を開くって思わせとけば反撃しやすいからだ。初めは際どくなきゃヤラセとく」

「弄ばれてんなぁ、古井」


 クツクツと笑いを堪えてはいても隠せてないコバにニヤリとした笑みを浮かべる。

そうそう男に気を許すと思われても迷惑だ。


「あと誰に手を出されたの」

「岡島に矢島」

「はっ、あの守衛と副会長ね。どーりで教室来るの遅いわけだ」


 素が出てるぞ小林。まさか同じ学校で同学年だとは思わなかったな、こいつと。大人びた見た目だ、溜まり場で初めて会った時から大学生くらいに思ってた。


「俺ともしよーよ」

「お前とは無理」

「なんで?」


 もう一度頬杖をつくコバはきょとんとした顔を晒す。その顔を見て吹き出してしまった。


「お前、ただのお触りで満足出来る?」

「無理」

「だろ」


 そんな奴と誰がやるか。


「えー、でもキングとは掻き合いしたんだろ」

「ぶ・・・っ」

「キタナ!」

「テメェが馬鹿なこと言うからだろ!」


 小声でも言うな。また烏龍茶を飲んでたらとんでもないこと言い出しやがって。


「あははー、タマ情報すげぇ!」

「出所はカヅキだな」

「いやーんコワーイ!」


 シナを作るな。鳥肌が立った腕をさすりながらコバを睨む。カヅキと掻き合いしたっつってもプロレスじみた取っ組み合いの末、半ばなし崩し・・・あの馬鹿め、なに言いふらしてんだ。


「あ、あの」

「んー?」

「あぁ?」


 テーブルの下、足を踏みつけようと動くも避けられる。そこへ第三者が乱入して温度差がある中への対応。俺の剣のある声に向いた方にいる奴がおどおどする。面倒くさそうなのが来た。


「クマ、そう怯えなくても大丈夫。この人人間だから」

「宇宙人だったらお前を一番に薙ぎ倒して刻む」

「こわ!」


 きょとっとしだした男は明るめの茶色い髪をふわふわさせ、色白で睫毛にマスカラをした奴。


「この子は熊谷クン。俺の親衛隊を作った隊長さん」

「初めまして。熊谷茜です」

「どーも。俺は」

「存じてます。葉加瀬嵐さんですよね」

「あー・・・」


 もう知ってんのか。


「もう噂されてんの?」

「はい。葉加瀬君のことでみんな浮き足立っていて」


 熊谷が申し訳なさそうに笑う。あー、それで聞き耳立ててんのか食堂にいる奴は。なんとも分かりやすい。


「で?どーしたの」


 コバが暗になんで声をかけにわざわざ来たのか聞いていく。


「我々は小林様と葉加瀬君につくとお知らせに」

「おっと、新展開!」

「は?」


 一人で分かってないで教えろ。


「親衛隊はね、崇める人に懐く奴が出てきたら大抵跳ね退けんの」

「あぁ、で?」

「なのに俺の親衛隊連中はアラシが近づいても二人でイチャイチャしても許しちゃうってこと」

「お前のこと殴りたい」

「えー!なんで?!」

「なんとなく」


 理不尽だ。聞いてもいないのに僕たちは賛成ですってか、馬鹿馬鹿しい。


「葉加瀬君には大変勝手な言い分になって申し訳ありません」

「あー、頭下げないでください。ここ食堂ですよ」


 臙脂色のスリッパが見えて熊谷が三年だと分かった。熊谷は背もそこそこ、女には見えないが男の餌食になりそうな見かけにコバを見れば、なーに?と言うかのように笑みを作った。こいつが喰ったあとだと確信する。


「私に敬語はいりません。葉加瀬様」

「え」

「いやー、なんか新鮮!葉加瀬サマだって!」

「お前は黙ってろ」


 様って呼ばれて寒気がした。どんだけだ、親衛隊ってやつは。


「アラシの親衛隊もクマが仕切るの?」

「はぁ?」

「アラシはちょっと黙って」


 仕返しかこの野郎。


「私は小林様の親衛隊で手一杯です。別の者が仕切ると思います」

「もう動いてるんだ?」

「その様です」


 騒がしい食堂内に目を向ければ、どうにもこっちが気になる輩はいるようで目があった奴は顔を赤らめていく。


「おめでとう、アラシ。親衛隊が出来るって」

「後日、隊長になる者が葉加瀬様のところへ会いに参ります」

「熊谷先輩」

「葉加瀬様、私の」

「指図される覚えはない」


 熊谷を遮り、いつもより深く、声を低くして言えば一瞬息を飲む相手。ここは大いに自分の容姿を利用しよう。


「先輩はその隊長とやらに会いますか?」

「は、はい」


 震える声に、身内にまで大好評な笑みを浮かべて追い討ちをかける。


「俺や俺の周りをここの奴等と同じように制裁をして動いたり、個人の妄想や空想をこっちに押し付ければ即解散だと伝えてください」

「はい」

「あと、親衛隊メンバー全員の個人情報を全て揃えて渡して欲しい」

「そ、れは」



 俺の言うことに思案顔になる。


「無理なら親衛隊はいらない」


 近くにいた奴等はざわめきだす。

コバは楽しげに俺と熊谷を見ているだけ。


「この話はなしだ」


 ハイリスクで良ければどーぞ。


「分かりました。その様に伝えます」


 震える声がしっかりとした声に変わり、俺を見据える目にも力が蘇った。案外肝は据わってるな、この人。ただ怯えるだけの奴ならシカトして終わってた。人の個人情報は理事長が義兄になった時点で知れ渡ってる。こっちだけ駄々漏れじゃ困るから、いうならば個人情報は保険だ、これからの。


「情報を偽装すれば共食いくらいのことはしてもらいます。熊谷先輩聞いてる?」

「は、はい」


 聞いてんのかよ。見惚れんのはいいが覚えといてもらわなきゃ困るって。おっと顔が赤い。やりすぎたか。


「ど?クマ。アラシを見た感想は」

「話を聞いていた以上に、麗しい方です」

「言い方が堅いな。もっと緩く言ってみなよ」

「小林様」


 笑みを滲ませ、からかうように熊谷先輩に言うコバを見た後、冷めた烏龍茶を飲み干す。


「アラシに嫌われちゃうよ?」

「コバ、変なこと言ってんな」


 テーブルにグラスを置いて窘める。


「あ、私は」

「普段通り接しないとシカトされるよ」

「お前は何がしたいんだ」

「ええ、サンピーとか?」

「馬鹿め。俺は女しかやんねえぞ」

「そ、それは!」

「あ?」


 いきなり意気込む熊谷にちょっと引く。にやにや顔のコバに足を踏むことで仕返した。


「女性だけ、ですか?」

「俺は巨乳しか興味ない」

「でた。オッパイ星人」

「五月蝿い」


 巨乳が好きで何が悪い。世のオッパイ星人に謝れ。若干青醒めた顔の熊谷をよそに俺たちは席を立つ。そろそろ昼休みも終わりだ。


「あとはクマに任せるよ」


 コバが歩いて熊谷の肩に触れた後、二人で食堂から出て教室に戻る。教室に戻る途中の廊下でコバが可笑しそうに笑った。


「アラシって巨乳好きだっけ?」

「いーや」

「だよね」


 クスクス笑うのに釣られて笑いあう。俺はどっちかといったらスレンダーな女が好み。あと手フェチというか触れフェチだ。好みの手を見つけると触りたくなって、見ているだけじゃ終わらない。触れたくなると自分を触らせたくなることもあるけど、そこまでいくと変態の域だから滅多にしない。


「俺の手好き?」

「そうでもない」

「えー、ならどんなのがいいの」


 妙に顔がワクワクしてんのはなんでだ?コバ。


「強いて言うなら、一限目の先生」

「はぁ?駿河の?!」

「駿河っていうのか、あの先生」

「そういや、あいつアラシのこと視姦してたろ、絶対」

「馬鹿言うな」

「頭ん中で犯してそう」

「言うことがオヤジクサイぞ、お前」


 寒いことを言うな。


「気をつけてね、ハイエナ揃いだここは」

「お前含めてな」

「あれ、バレた?」


 エレベーターの扉が開くと無人で、話しながら教室のある階へ到着するのを待つ。


「あー、なんかアラシが来たせいか欲求不満」

「人のせいにするな」


 到着したエレベーターから降りて笑いあう俺たち。五限目はなんの授業かコバに聞き、返ってきた応えに眠気が襲ってきた。

 さて、今日の授業も終わったし最後のシメに担任の顔も見た。寮に行くとしますかね。


「なぁ、葉加瀬!一緒に帰んねぇ?」

「帰らねえ」

「なんで?!チョー素っ気ない!」

「ウザイから」


 お前が無駄に声を張り上げて物申すせいでみんなこっち見てるだろう。五月蝿い奴と一緒にいるなんて拝まれても嫌だ。ガーン!とバックに効果音が付いても可笑しくないくらい落ち込みだす向井。下手に騒ぐお前が悪いと向井を一目見て、後ろにいる橘にまた明日なって挨拶を残しとっとと教室から出る。


「アーラーシー」


 階段を降りていると後ろからコバに呼ばれるも、振り返らずにどんどん下へと降りていく。


「寮の場所分かるの?」


 横に並んで階段を降りているコバに言われてピタッとその場で立ち止まる。そーいえば聞いてない。


「俺がご案内しましょー」


 クスクス笑うコバは俺よりも三段下で振り返り、案内役に決定。歩き出すとツアコンのガイドみたいに前を歩き、この階にはこわーい生活指導の先生がいまーすとか言いつつ先導してくれた。昇降口までくるとエレベーター付近が騒がしいのか声がざわざわと聞こえてくる。乗らなくて正解だったな。下駄箱で靴とスリッパを変えようと中を見れば溢れんばかりの封筒が山になって入っている。ネットも出来る環境で古風にも手紙を書く野郎共を想像し、げんなりな気分だ。


「早速やってるねえ」

「呑気に笑ってる場合か。ゴミ箱どこ?」

「そこ」


 昇降口にあるゴミ箱の一つをコバが指差す。


「なーんか手慣れてるよね。央鈴でもされてたの?」

「あっちはメール攻撃だ。一時間に百件なんてざらだぞ」

「マジで?!」


 賢いだけに央鈴の奴らは容赦ない。百人で百件なんて可愛いもんじゃなく、一人で一時間の間に百件メールしてくる輩もいる。蔵王の奴は結構温いやり方をしてくるから、ゴミ箱に全部捨てて様子をみよう。手でかき集めた封筒を全部ゴミ箱に入れて靴に履き替えた。面倒くさいが暫くは仕方ないな。


「じゃあ、いっつも携帯メールが頻繁にくるの?」

「いや、俺んとこにはこなかった」

「は?」


 コバと二人で昇降口から離れ、左に曲がってグラウンド脇の通路を歩きながら話す。


「カヅキのパソコンに俺のも送られてた」

「なんで」

「携帯にメールが入ると鬱陶しいし、一年の時から生徒会に入ってたしパソコンあるだろ、あそこって、どうせなら生徒会用のアドレスに送れって誰かに言ったらカヅキのアドレスに送られてた」

「ぶはっ!」


 吹き出して笑い出すコバは腹を抱えて笑う。

あの時はなんでカヅキの生徒会用アドレスに俺宛てのメールが入ってるんだろうって謎だったなぁ。今となってはカヅキ本人が画策してそうなったって分かってはいるが。立ち止まって笑うコバを遠巻きに素通りする生徒数名がいた。

関わると碌なことないよな、こういう奴って。


「はーっ、笑えるキング。一年の時からそんななのかよ」

「時にストーカーだ」

「笑えない!」


 落ちが付いたので漸く歩き出す。ふとグラウンドを見ればトラックに陸上部の奴らが集まって柔軟を始めている。


「寮って高級住宅街にありそうなマンション並み?」

「あー、どうだろ。外観はそんな感じかもなぁ。もう何年もここにいるから神経麻痺して例えが思い浮かばない」

「男と寝てばっかいるからだろ」

「これからはアラシがいるのでもうしませーん」

「なんだそりゃ」


 呆れてコバの顔を見れば眩しいくらい満面の笑みをみせてくる。


「アラシの同室って誰だろ」

「さー?お前じゃないことは確かだな・・・おい、もしかしてあれが寮か?」

「そーそー、あれあれ」


 同室者も気になるが、寮って名の建物が見えてきて指差す。六本木ヒルズよりかは低い建物だけど立派なこと。さすが、金持ちでも質が違うってか。


「一階にスーパーや家電量販店が入ってる」

「マジか」

「パンク系のショップもあるから、今度の休みに見れば」

「おいおい、ホントに寮かよあそこ」


 規模がすげえな。


「同じ部屋になれないのは残念だけどお手軽お泊まり会は出来るな。ね?」

「ね、じゃねえよ。誰が誰の部屋に行くって?」

「俺がアラシのとこ」

「来るな」

「じゃあ、アラシが俺のところに」


 嫌そうな顔をして歩きながらコバを見ればやけに楽しそうな顔をしていたので、呆れてまた前を向く。今度は俺がコバの部屋に行くとか言いだしたので聞いてるフリをして歩く速度を速くした。


「照れなくてもいいのにー」

「馬鹿言ってないで案内しろ。初めは寮長のところに行くんだろ」

「あー、うん。寮長のところかぁ、会わせたくないなぁ」


 封筒に入った書類を見て、手続き状、寮長のところに行かないと部屋に入れないことを知った。速く歩く俺に難なく追いついたコバは嫌そうな声を出した後に、寮の出入り口はあそこだと指差す。わお、なにこれ。コンビニにもある自動ドアなんですけど。押すって書いてあるところを手で押し、自動ドアを自分で開けると校舎にもある下駄箱がズラッと列ぶところに入った。騒然と立ち並ぶ下駄箱に圧倒されつつ、コバに案内されたのは入って左側の方だ。不便だな、右側なら出入り便利そうなのに。


「ここがアラシの下駄箱」


 左側から五列目の下駄箱。不便そうなカードスキャナーが付いてる。鍵付きとか盗難なんてするのか?まあ、聞いても当たり障りないくだらない理由だと思うから気にせずにいよう。


「履き替えた?」

「おー。なぁ、コバ。俺のスリッパがデコレーションされてキラッキラなんだけど」

「うん。俺が飾っといた」

「どんだけ暇人だよお前」


 女がカラフルなシールを携帯に貼り付けて楽しむような、小さいビーズくらいの大きさをしたシールがふんだんに使われている。シルバーや水色系、白っぽいのとか見て気が遠くなりそうだ。


「ビニール素材のスリッパはデコやりやすいよね」

「知るか」


 下駄箱に手をついてため息。下駄箱から右に曲がり、真っ直ぐ二人で歩いているとドアに寮長室って書かれたプレートを貼られた場所をみつける。ドアの前まで来てコバがインターホンを指で鳴らし、反応を待つとインターホン越しに入ってこいと言う声に俺は少し首を傾げた。

どっかで聞いたことのある声だ。コバを見るとドアノブを掴んで開け、中に入るところ。


「コバ」

「アラシ連れてきたよー」


 声の主は誰だと問いかければ遮られたので続いて中に入れば分かるだろって気持ちでコバの横に立てば、見知った顔の男がソファーに座って缶珈琲を飲んでいた。


「コージ?」

「おう。久しぶりだな、アラシ」


 なにしてんの、こんなところで。ここって寮長室だよな?コージは如何にも素行が悪いです!って感じに悪ぶった見かけの奴だ。


「反省文でも書きに来てんの?」

「あはははっ」

「俺が寮長だ」

「ええぇ」


 嘘だろ。にわかに信じられない顔をするとどっかから生徒手帳を出して中を開き、名前と寮長だっていう判子が押されところを見えるように手で持つ。にやつくコージにこくっと唾を飲み込んだ。笑いすぎて腹が痛いと言うコバは放置する。


「相変わらずだなあ、アラシは」


 言葉に褒められた気がしない。手に持った缶をゆらゆら軽く揺するコージに、ちょっと自分の性癖が揺らいだ。やばいな、今まで忘れてたけどこの人の手って俺のフェチ心を擽るんだった。下手すると缶同様に手をガン見して目で追ってしまいそうだ。


「アラシ?」


 怪訝に俺を見てくるコバに眉を顰めた後、瞼を閉じて自分を落ち着ける。


「コバ、お前はちょっとこっから出てろ」

「えー」

「恨みがましい顔をするな。早くしろ」


 コージに左手で犬を追い払うようにされ嫌な顔をするコバの顔を瞼を開いて見た俺はコージの方を見る。渋々出て行ったのを確認し立ち上がっていた。


「コージ」

「おいで」


 さっきまでと雰囲気が変わり、左手を軽く握りソファーへ誘導するコージはいやに淫靡な色気を漂わせて自分の横に俺を座らせる。コージの手が頬に振れ、横髪を耳にかけてから首へと移動し、指でシャツのボタンを二つ三つ外して鎖骨を撫でるころには無意識にその手首を緩く両手で掴んでいた。ソファーの背に身をまかせ、瞼を閉じて吐息混じりのものを吐き出す。


「いい顔するようになったな。ここへ来るまでに散々体をなぶられたか、ん?」


 陶酔に似た感じを味わう俺へ問いかけたコージの声と息遣いが近い。


「どこまで許した」


 手首を掴んでいてもあちこち触れてくる手は休まることを知らないうえ耳元で囁く男は一つしか歳がかわらないくせに、やけに官能的な声を作るのが上手い。ゆっくり瞼を上げてコージを見ようと思えば、頬へ生暖かい触れ合いから口付けられたことが分かった。俺の見えるところへ移動したコージは見上げるこっちに何を思ったのか、口元が笑みを作るように動いていく。


「あちこち、触られて散々、だった」

「誰に?」

「岡島と矢島」

「・・・・・それだけか?」

「古井」

「へえぇ」


 顔の間近で目を見て話しているとコージの目に剣呑な色が混ざって俺は目を細める。


「首へのマーキングは誰にされた?」

「や、じま、か古井」

「矢島にされて古井が付け直したってところか」


 矢島に付けられたことに気付かなかったから小さく首を傾げれば上手い具合にコージが見たようなことを言う。指の腹で撫でた後、視界からいなくなったと思えば首に濡るついたものが触れて吸いつかれるような感覚がした。


「色が濃くなったな」

「自分でやっといて言うか」

「黒い髪からのぞくキスマークってエロイ」


 もともとお前はエロイ感じな見た目だけどって言われて顔をしかめる。


「キスもしたのか?」

「まさかするわけ」

「もちろん」


 したことに顔をひきつらせながら応えれば、するに決まってんだろと唇がお互いに振れる寸前に言い放ち上唇を食まれて少し歯と歯の間が開くと強引に舌をねじ込むようにし、侵入した舌は反応もしない俺の舌を肉厚な舌でもって掬い上げ絡ませあう。


「ン、ぅ・・・っ」


 余りに強引な動きに抗うもコージの手が胸をさすっていき体が小さくびくつき思うように動けなかった。ここに来て誰よりも荒々しい動きをする舌に眉間へ力が入る。動く片方の手が胸の突起を服の上から触ることで分かったのか指で撫でた後、下から上へと押し上げるように刺激し止めさせようと手を掴むも、更に押し付けるようになり羞恥で泣きたくなった。上顎や舌の裏側、いろんなところを舌先で擽られて翻弄され体の力が抜けきった頃、漸く口付けが終わり唇が離されて唾液の一筋が繋がって拭われる。自分の下唇を舐めるコージを見てしまい、瞼を閉じて息を吐き出したらまた触られた場所を聞かれて言うかどうか躊躇してしまう。


「おい、まさかここを」

「んっ、コージ、ちょっと待て!」

「生でくわえさせたんじゃないだろうな」


 反応しかけているところを掌でさすり形を確かめた後、軽く握られた。


「今みたいに触られただけだ!ば、冗談よせっ、外にコバがいるんだぞ」


 ファスナーを下ろされてさすがに焦る。


「はっ、そんな潤んだ目で俺と手を見ておいて我慢できるのか?」

「コージ・・・っ」

「まだここへ直に触ったのはカヅキと俺だけか。この先の奥まった」

「ひっ」


 ソファーへ横倒し、ベルトを外して手で下着さら下げたコージは人の反応しかけた先の方を唾液で滑る舌でねっとりと舐め、抗う体を難なく受け止め膝の裏に手をおき、足の位置を固定して赤ん坊がオムツを替えるポーズに近付けると肩へ足を担いで器用に尻たぶをわり開き、奥まった場所を指で突っついてきた。俺から表現できない声が漏れる。ソファーへ二人乗り上げてたからか軋む音がし、首を振って嫌がる俺を見上げてきたコージは右手で頬に触れ、ゆっくり撫でていく。


「ここに触って舐め解かしたのは俺だけだろ」

「やめろ、触んなっ」

「シー・・・あんまり大声出すとコバに聞こえるぞ」

「お前が止めれば万事オーケーだろうが」

「おっと、足癖悪いなあお前は。躾てやるから大人しくしてろ」


 窄まるところを確かめるように指の腹で撫でられる。体が気持ち悪さだけじゃない感覚から震えだすと、頬にあった手は指で人の口をわり開き中へ指二本を侵入させて止めさせようと手首の辺を両手で掴むが動かそうにもコージの力が強いのか微動だに出来ずにいると指が舌を弄りだす。


「ンんっ、やめ」

「俺の指で遊べるんだ、嬉しいだろ。前みたいにしゃぶって濡らしな」


 出来るだろって言われて眉を顰めると貶されるどころか舌なめずりするコージの顔にあてられ頭がクラクラしてくる。


「舌を絡めてたっぷり濡らせよ。俺はここを」

「んっ、ううぅ、は、ぁ・・・っ」

「前みたいに舐めてイカせてやる」


 はあぁ。自分好みの手をみつけると触らせたくなるのは分かっちゃいるが、こう触られて体の力が抜け落ちたようになるのは出会った中でコージだけだろう。舌先で窄まりを一舐めし、唾液を塗り込むように潤ませていく。このままじゃ前以上なことも有り得なくないなって考え身震いすると、勘違いしたのか人の脚を抱えて執拗に行為を続けてくる。あーあ、もうあれだ、忘れてるとしか思えないなこれじゃ。


「ぐっ!!」

「あっは、すげえ萎えた。どんまいコージ」


 無造作に抱えている足を使って顔面を蹴り上げれば思いのほか当たりどころが悪かったのか、うずくまって鼻血を垂らすコージに体の熱も一気に冷めていく。フゥ、まあ気持ちいよかったのは本当なのでお礼に近くにあったティッシュの箱を手に取り、側へと置いてやる。脱がされた服を着直してソファーから立ち上がる頃にはコージの鼻にティッシュが詰められていた。我ながらいいシゴトをしたんじゃないだろうか。それにしても、男相手に遊び慣れたら早着替えの才能に目覚めるのか?いくら何でも脱がす手際がよすぎる。


「俺の部屋って何階?」


 うずくまっていたのが嘘のようにしゃんと立ち上がったコージを流し見る。


「五階にある五百十一だ。同室者は王臥甲斐」

「オウガカイ、ね」


 同室者の名前まで聞き大層な名前だなと思いつつ、そろそろ出ないとコバがとんでもないことしそうな気がすると思いドアへと歩いて向かう。


「アラシ」

「三度目はないよ」


 仏の顔も三度までっていうけど何かしら三度目があれば否応なく対処する。呆けてた俺も悪いけど癖悪いの忘れてるのも悪いし、最後の一線は越えてないから今回のことチャラにしてやろう。


「お疲れ」

「おっせえよコージ」


 ドアノブを回すとゼンマイ仕掛けに似た音をたててロックが外れる。ドアを開けて振り返った俺が労うと廊下にしては広い場所で待っていたコバが素を出して中に入り込み、仲良く殴り合いを楽しんでいた。部屋から出るとまだ生徒もいなくて静かな場所はシンと静まりかえっている。


「先に行ってるぞ」


 楽しんでいるところに水を差すのも悪いので一言残し、ドアを開けたまま寮長室から一番近いエレベーターへ歩いて向かい、その間に上下左右を見回して気付く。あの隅っこにあるのは防犯なのか監視なのか分からない小型のカメラか。エレベーターのボタンを押し、無意識に笑みを漏らしたのを取り繕う。この分だとエレベーターにもありそうだ、これから先使用は控えた方が無難か。守衛に繋がってそうだな。下手をすれば矢島とのことを岡島やガードマンに見られていたかもしれない。到着したエレベーターへ乗り込み五階のボタンを押した後、奥の壁へ寄りかかって目でカメラを探す。右側にある階数ボタンの更に上の方、丸っこく突き出した小さめの物体がカメラだとみて目線を下げる。

業務用のエレベーターに近い頑丈な出来の乗り物から降りた俺は五百十一の部屋を探してたち並ぶドアを見ながら通路を歩く、こともなく右側三つ目のドアに五百十一とプレートへ書かれたのをみつけた。大した距離もなくみつけたな。エレベーターも近いしいい場所かもしれない、端っこまで行くの怠いし。壁側にあるインターホンを一度鳴らし、同室者の応答を待ってみる。もしかして、まだ帰ってないとか?封筒の中にあるカードキーを手探りで表に出した俺はホテルにありそうな読み込み機にカードを差し込んで赤色から青色に変わるのを待ち、ロックが外れるのを確認する。ドアノブを掴んで回し、ドアを開けるとだだっ広い空間に入り掴んでいたノブを離してしまい勢いのままドアが閉まる。大した音はしなかったから近所迷惑にはならなかったはずだ。


「靴があるけど不在?」


 一つだけ脱いだ靴が置かれていて、疑問に思う。スリッパを脱いで、側にあった室内用のスリッパをみつけたので履いてみる。そのまま真っ直ぐ進むと左側にトイレの絵が小さく描かれたドアをみつけた。少し歩いた右側にキッチンへ入っていけるスペースがある。また更に歩いた先にあるドアを開けるとだだっ広い開けたスペースがあった。リビングにしちゃ広すぎるな、こういうのなんていうんだったか・・・。デカイけど、あれってソファーだよな。やけにデザインの凝った椅子に近付いて革張りが模様じみているところを撫でてみる。


「つか、寝てるし。これが同室の奴か」


 編み目っぽい柄を指で撫でてから向かい側に目を向けると椅子の上へ仰向けになって横になる奴をみつける。図体デカイうえにガタイもいいな。


「俺の部屋はどっちかなー」


 自分の希望では左側がいいんだけど、先に来てたこいつが選んでるから分かんねえ。起こすのも気がひけるし起きるの待つのも怠い、ドアを開けて確かめてみるか。このくらい大掛かりな造りをしているなら部屋に鍵くらい付いてそうだ。椅子から離れてあいたスペースを歩き、左側が俺の部屋でありますよーにと祈りながらドアノブを手で掴んで回し、ドアを開けて中を見れば自分が宅急便を使って送った荷物の山と備え付けのベッドに机、クローゼットや姿見用の鏡がある。


「窓デカイな」


 部屋に入ってドアを閉め、バックを机に置いてからベッドの下の方へ腰掛けて一息吐く。

岡島に貰ったペットボトルのお茶は全部飲んで捨ててきたし、なんか買ってこれば良かったな。そう思いながらポケットにある携帯を出し、今朝岡島から貰ったメモを出して漸く携番とアドレスを登録する。メールの本文を作成し、送信ボタンを押した。下着や今から着替える服とか出して片付けるか。確か飯は九時までだったし余裕だろ、荷物そんなにないし。クローゼットの折りたたみ式戸を開けてダンボールがあるところに行き、積まれているのを移動した後ダンボールに貼られたガムテープを剥がして中身を確かめる。一番上が衣類か。手を突っ込み服やら何やらを両手に掴んでベッドに起き、クローゼットにあるハンガーを取ってくる。とりあえず下着を中にあるボックスへ先に入れて、ホコリがたつのを想定し網戸になる方の窓を開けておく。たたみジワがないか確認しハンガーにかけてまたベッドに置き、その上に更に重ねてシャツなんかをまとめ、ハンガーの引っかける方を持って中の筒へとかけていく。何度か繰り返し、今度はハンガーを使用しなくていいものを大きめのボックスへ畳んで入れていき、最後に残った靴下は下着を入れた下の場所へ入れる。意外と早く終わったか。まあ、こんなもんだな。香水やアクセは机の奥にある本棚へ置き、後で場所を考えよう。

参考書なんかはもう既に本棚へと置かれていて、ちょっと気が遠くなりかけた。教科書を教室にある鍵付きロッカーに置いてきて正解だったな。目覚まし時計はないから当分は携帯のアラームを使うしかない。起きれない日が続いたら家電量販店にでも行って買うか。ベッドの上に置いた携帯で時間を確認するため折りたたまれたのを開くと岡島からメールがきていた。そういや着信とかの音を消してたな。フォルダを開いて本文を見ればさっさとメールしなかったせいか気をもんだらしい。最後の方が下ネタ続きだったのでメールを削除する。さーて、そろそろ食堂行くか。クローゼットへ入れずにベッドに広げておいた服をかき集め、余ったハンガーに脱いだブレザーとネクタイをかけてから霧吹きの入れ物に入った消臭剤をした後クローゼットの中へとしまい、シャツは替えが沢山あるので洗濯だから脱いでひとまずベッドの上に置く。七分袖のティーシャツっぽいのを着た後に長袖シャツを着てボタンははめず、下を脱いでジーパンに履き替えてベルトをしてからズボン用のハンガーに制服のズボンをかけて霧吹き。消臭剤の淡いいい匂いが部屋の中へ広がる。これもクローゼットの中でいいか。本棚の方から細身の長い二連チェーンネックレスを取り、輪っかのまま頭から通して付ける。カードキーをシャツのポケットに入れてドアから出ると、寝ていた同室者が起きていた。極道映画に出てそうな迫力ある眼差しに思わず目潰しを仕掛けたくなる。あれだ、とりあえずガンつけて凄めばなんちゃらセオリーってコバが歌ってた歌詞にあるの、アレに似てる。


「もしや王臥サン?」

「あぁ。お前が葉加瀬嵐か?」

「そう」


 なんか表情と違った受け答えに緩さが滲んでて可笑しくなり、笑うのを堪えながら寝起きが悪いのか?って考えていると手招きをされ壁側にあるソファーへ座る王臥に近付くと腕を掴まれて隣へ座るよう勧められた。


「食堂に行きたいんだけど」

「今から?」

「今から」


 ソファーの背凭れの上に頬杖をついて器用なことをしながら見てくる王臥に頷くと、強面っぽい顔なのに笑うと雰囲気が変わって大人の色気みたいなのが混ざる。


「なあ、とりあえず初めましてくらい言った方がよくない」

「初対面だから?」

「そーですね」


 なんかさっきから話すテンポが可笑しい。

訳もなく笑うと不意に王臥の手で顎の下を掬われて上向かされる。図ったように目があった眼差しはさっきと違い柔らかい。


「初めまして。今日からよろしく」

「こち」


 こちらこそよろしくって言おうとすれば、近付いてくる王臥の顔に猫パンチ並みの抵抗をして遊んでやると難なく手首を掴まれて、口付けてくる。あっさりと触れ合わせた唇は離れていき、満足そうな表情の王臥を見ていた。瞼も閉じずに王臥のドアップ顔を見てたけど、睫が意外と長いな。それにこいつの手がひんやりして気持ちいいとか思ったし、まだコージんところで高ぶった熱は下がりきってないのか。骨ばった指は爪の形も綺麗で長く、悪くない印象だ。ここで出会った中で駿河の次に好みな手だ。触られても気持ち悪くないからやりたいようにさせているうちに、ここに来て結構な経験をしたなと思い出す。いくら央鈴から来たとはいえ、周りもやり放題な感じだけど俺もほったらかしにし過ぎか?もう既に投げやりって言葉が頭に浮かんできた。


「葉加瀬」

「ん?」


 指で首筋を撫でながら問いかけてくる王臥に考えに耽っていた俺は現実に引き戻される。あー、そこはアレだ、マーキングされてるからあんまり触られたくないところだ。


「実は食堂から弁当がきてる」

「へー・・・弁当?」

「ルームサービスってもんでもないから弁当。ちょっと待ってろ」

「ルームサービスって、ホテルかよ」


 うわーって喜びじゃなく若干引き気味に言ってみれば、楽しそうに笑う王臥の声が聞こえる。ダイニングにありそうなテーブルまで歩いて、戻ってきた王臥の手には紺色の風呂敷に包まれた物を持って俺の目の前にあるテーブルへ置く。結ばれたところを解いて包まれたのを開いていくと出てきたのは蓋に鶴の絵が描かれたお重だった。料亭へ季節限定の弁当を頼むと作ってくれるのに似てる。なんで鶴の絵?結婚式ならまだしも。


「葉加瀬のことは聞いてたから今日はこれを頼んだ。悪いな、勝手に」

「いや、全然いいけど。寧ろ初対面で奢りとか、ごめんなさい?ありがとう」

「ごめんなさいはいらねえよ」


 自嘲っぽく笑う王臥がなんとも男前に見えるのは現金過ぎるか。食堂はこれから嫌というほど使うので気にすることじゃない。二人で洗面所へ行く、なんてことはせずに俺は洗面所で王臥はキッチンへ手を洗いに行き、ソファーへ戻っていざ実食。


「なんでそっちに座る」

「隣同士になるとかないだろ、ソファーが有り余ってんのに」


 広げた風呂敷の上にお重を一つ一つ置いていくのを見ながら割り箸を持って待機。いつの間にか緑茶の入ったマグがテーブルに二つあるから王臥が煎れたんだろう。


「なんか薔薇みたいなのあるんだけど、これ赤身?」

「鮪だな」

「すげー」


 一番下は俵形のおこわおにぎり、数からいって二人で食べれるか分からないが量的に小さいから余裕っぽい。海苔は巻かずに別の容器に入れてあって自分で巻いて食べれるようにしてある。二段目は蓮根と野菜の煮物や天ぷら、玉子焼きにお浸し、鶏の唐揚げ、なんかもう色々だな。三段目は薔薇みたいな形に飾られた鮪の刺身にヒラメや白身の魚、イクラ!やべ、テンション上がるぞ。生物が上にきてる。


「本当は酒の方が祝い事には恰好つくんだけど、お前飲める?」

「えー、俺未成年だから酒なんて飲めなーい」


 可愛こぶって声を少し高くしうざさ百パーセントで言ってみれば、ソファーのクッションへ無造作に置いた携帯が震えた。疑いの眼差しに酒はいらないと応えて携帯を開き、メールがきていたのでフォルダを開くとコバからだった。食堂に行くなら迎えに来るねぇ、飯は部屋で食べるから迎えはいらないと本文に打ち込み、送信すると今度は着信音が鳴る。


「なにやってんだ」

「先に食べてて」


 ごめんよ、躾がなってなくて。コバめ、なんてタイミングで電話しやがる。部屋に来られても面倒なので電話に出ると箸を持った王臥と目があった。


「なに?」

『なにじゃないよ』

「お前に言ったんじゃねぇ」

『王臥と一緒なの?ちょっと聞いてるのかアラシ!』

「なんだよ五月蝿ぇ」

『王臥はオーエンスの幹部でーす。ま、それだけ。また明日あぁ』

「はあぁ?おい、コバ!」


 ワザと電話切りやがった。王臥がオーエンスの幹部だと?ちらっと携帯を切って王臥を見ればあからさまに笑みを見せる奴に顔の筋肉が引きつった。







男は黙って誘いこむ end.

2022/02/4 投稿


実は長編設定だった作品です。

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