殿下、卒業パーティーですよ?何で婚約破棄しないんですか?頭に虫湧いてるんですか?
全部逆。
「公爵令嬢ヒルダ、私はお前と結婚する」
卒業パーティーの最中、婚約者のベン様は信じられない事を口にしました。パーティーに参加していた貴族達も何事かとざわついています。
無理もありません。ベン様が私と結婚しようとする、それは即ち王命に従うという事です。
「ベン様、何を言っているのです?貴方には真実の愛を誓った聖女様がいるではないですか?」
これは何かの冗談だと願いながら私はベン様に問いかけましたが、期待した答えは返って来ませんでした。
「あのピンクな男爵令嬢の事か?あんな女を私が愛する訳ないだろう。あいつはお前にイジメの罪を着せようとするわ、何人もの男に股を開くわ、実家は麻薬を扱うわ、私には何一つ釣り合わん女だ。悪事の証拠もここに全部ある」
ベン様は手際よく数々の証拠を取り出し私達に見せつけました。
「さあ、もう言い逃れは出来ぬ。衛兵よ、そこに突っ立っている男爵令嬢と取り巻きをひっ捕らえよ」
しかし、衛兵はベン様の言葉に従わず、指一本動かそうとはしませんでした。まあ、当然ですね。
「どうした?何故誰も動こうとしないのだ?早く捕らえよ」
眉一つ動かさず命令を繰り返すベン様でしたが、それでも誰も動きません。ああ、遂にはクスクスと笑い声まで聞こえてきました。これはちょっとマズイです。ベン様は愚かだとは以前から思ってましたが、ここまでとは思いませんでした。仕方ありません。私が彼に引導を渡してやるしかないみたいです。
「あの、ベン様。ちょっとよろしいでしょうか?」
「何だ」
「ベン様は王権神授説はご存知でしょうか?」
「ふん、それぐらい知っている。王は神の代理として権力を持つという建前だ。常識だろう?」
はあ〜〜〜〜。
思わずどデカいため息が出てしまいました。この人は今迄何を学んで来たのでしょう。
「ベン様、王権神授説は建前ではありません。私達は本当に神の意志に従い国を運営せねばならないのです」
「だから、それは民を黙らせる方便だろう。他国の方々も居るのに恥ずかしい事を言うな」
「恥ずかしいのは貴方の方です。神の実在は国家運営の基本ですよ?」
うんうんと頷く会場内の人々。
「神が居るからこそ国があるのです。ですから、神の使いである聖女様が貴方を欲しがったのなら、私とは婚約破棄すべきだったのです。ベン様、自分が如何に非常識か理解して貰えましたか?」
「だとしても、色々おかしいだろ」
「何がですか?」
「聖女がそんなに重要なら、聖女の生まれた家はもっと高い家柄になるはずだ。そして、私が聖女と結婚しなければならないならお前との婚約の王命を取り下げねばならない。後、冤罪なんか作らずお前がきちんと聖女をイジメればいいだろう。何故そうしない?理由は簡単、聖女など必要ではないからだ」
ああ、この人は本当に愚かだ。私の中にあった愛が急速に冷めていきました。私は自分の感情とこの茶番にケリをつける為、最後の言葉を発しました。
「私の話を聞いていなかったのですか?聖女様は神の使いですから、人間の生み出した地位で測るのは不敬なのです。男爵家に生まれたのなら男爵の娘として扱いつつ聖女として崇めなければなりません」
「ほう」
「それに、私や国王如きが聖女様に手出しできるはず無いじゃないですか。ですから、聖女様が私達の為に罪を創造し与えてくださったのです。それを貴方は台無しにした。貴方は本当に最低です」
「お前は何を言ってるんだ」
はあ〜。(クソドデカため息)
話が通じないとはこの事です。もう、実力行使しかありませんね。
私は隙だらけのベン様の腰に手を回し、そのまま持ち上げ窓の方に向かいます。
「ヒルダ、何をするつもりだ?」
「本来ならば、断罪された私が一人でこの窓から飛び降りるはずでした。ですが、こうなっては仕方ありません。ベン様は私と共謀して聖女様を陥れようとしました。それでいいですね皆様?」
会場の皆様がうんうんと頷くのを確認した私はベン様と共に窓から落下します。
「待て、待て、待ってくれ。この国は遅れてるんだ。このままでは、こんな国はいつか滅びるぞ。パーティーに来ている他国の奴らだって心の中ではこの国のあり方を馬鹿にして、だがこの国がこのままの方が都合がいいから…」
最期まで見苦しい言い訳をするベン様の悲鳴を聞きながら、落下していく私の意識は遠のいていきました。
「…ヒルダ!おお!目が覚めたか!」
どれほど気を失っていたのでしょうか。真下から聞こえる声で目覚めた私は声の主の方を確認します。
「へ、陛下!それにロイ様!」
私の下敷きになっていたのは、国王陛下と第二王子のロイ様でした。
「ゴホッ、神命と矛盾する王命を発した責任を取る為に、この庭で腹を切る準備をしておったのだが、お前が馬鹿息子と落下してくるのを見て咄嗟に受け止めてしまったのだ。すまぬ。ゴホッゲホ!」
そう言い残して、陛下はお亡くなりになられました。腹を切っている途中というのは本当らしく、服の上から剣がざっくりと刺さっていました。
「陛下、ご立派な最期でした。でも私を助けたのは余計ですよ!」
そう、私も断罪される途中だったのだ。一刻も早く死ななければ!私は陛下の剣をお借りして、自分のヘソに目掛け全力で振り下ろす!
「チェストー!」
これも全ては神の為聖女の為です!
「お待ちなさい!」
私は止まりました。神様聖女様でなければノンストップな今の私を止めたのは、そう聖女様でした。
「聖女様ー!」
「ヒルダさん、貴方は死ななくて良いんですよ。今日の流れを見ていたら、黒幕は国王と王太子にした方が収まりが良い。そう神は言っていました。貴方は操られていただけ。さあ、このエリクサーで心と身体を癒やし落ち着くのです」
私は剣を地面に置き、聖女様からエリクサーを受け取ると一気に飲み干しました。
「ンハー、効く〜。もう何もかもがどうでも良くなる〜」
ベン様はこのエリクサーを麻薬なんて如何わしい名称で呼んでましたが、これはエリクサーなんです。それを疑うのは神への不敬なのです。
「聖女として命じます。公爵令嬢ヒルダはそこで気絶しているロイ王子と結婚し王家を存続させなさい」
「はヒィ、わっかりまひたぁ」
私は聖女様からもう一つエリクサーを受け取り、陛下の横で倒れているロイ様の鼻の穴に流し込みました。
「ブバー!効く〜って父上死んでるしぃ!公爵令嬢生きてるしぃ!?」
陛下の切腹に立ち会った所で意識が途切れているロイ様は現状を把握できない様です。私はそんなロイ様の手を取り元気付けました。
「心配しないで下さい。ロイ様はこれから私と結婚するのです」
「何でぇ!?君、兄貴に断罪されて死ぬ予定じゃん?俺も死ねっての?」
「ベン様は頭がお花畑なのでお役御免になりました。そして、貴方が私と結婚するのは神のお告げです」
「そっかあ!じゃあ愛してるよ!」
こうして私は断罪される事なく、王妃となったのです。ロイ様とは今までロクに話もしてなかったのですが、聖女様が定期的に、ウヒぃ、エリクサーを届けてくれるおかげで夫婦生活は良好です。私がこんな生活を遅れるのもベン様が婚約破棄をしなかったおかげです。
そのベン様ですが、窓から落下した後行方不明です。ウヒョ、陛下の切腹と私の切腹未遂のドサクサに紛れてどこかへと、逃げたのーでしょーかー、ウフフ。
◇◇◇
「婚約破棄だ!!」
あれから二十年が経ち、私とロイ様の息子は立派に王命に反して婚約破棄を告げる王太子に成長しました。予定通りに進む卒業パーティーに他国ゲストもニッコリ。これも全ては聖女様とエリクサーのおかげです。
さて、神命に反する王命を行った者として、私達も断罪されなければなりません。
「や、やっぱ死にたくないー!俺はもっとエリクサーを飲みたいんだー!ヒルダ!逃げよう!実は兄貴がもうすぐここにっ」
「チェストー!」
「ほげっ」
「からのチェストー!」
聖女を称える国歌が響き渡る中、私はロイ様の首を跳ね飛ばし、返す刀で自らの腹を切りました。今度は誰も止めませんでした。この国の民は身分に関係無く聖女様と共にあらねばならない。聖女様が死ねと命じれば死に、死ぬなと命じれば生きる。ですから、何の恐怖も後悔もありません。
未だ行方不明のベン様の事だけが気がかりでしたか、それはどうとでもなるでしょう。噂によるとクーデターを起こそうとしている様ですが、この国の騎士団や他国の軍が何とかしてくれるでしょう。
「…ヒルダ、聞こえるか?」
誰かの声が聞こえました。ああ、これはベン様の声だ。きっと死の間際の幻聴ですね。
「ヒルダ、本当にすまなかった。二十年前の私は愚かで、口先だけでこの国を変えようとして失敗し、お前を置いて逃げてしまった」
この幻聴、ベン様の再現度が高くて本当に不快ですね。もし、ベン様が実際にここに居ても同じ事を言いそうです。
「お前とは政略結婚をしようとした仲だ。できれば助けたかったのだが、僅かに間に合わなかった。これも運命か」
うるさい。私は役目を終えて天に行くんだから邪魔しないで下さい。私は昔から貴方が大嫌いでしたよ。いくら聖女様の素晴らしさを教えても理解せず、周辺国へ遊びに行ってばかりの貴方を本当に軽蔑してました。まあ、これは幻聴ですし、今の私は腹に穴が空いて言葉を発せないんですけど。
「私は麻薬の流通の為だけに保護されてきたこの国を、真の意味で自立させねばならない。聖女の教えを根絶し、麻薬に頼らぬ経営に切り替え、少しずつ負債を返し真っ当な国となる。それを終えたら、改めてお前に謝りに行こう」
はいはいサヨウナラ。でも、もう二度と会うことは無いでしょう。私と貴方はきっと同じ場所へは行かない。片方は天国に片方は地獄へ向かうでしょうから。




