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コヨーテの娘  作者: あぐさん
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再びスーパーさよ

『スーパーさよ』の二階にある事務所で、久遠と美緒はテーブルを挟んで向かい合わせて座っている。

久遠は胡坐。美緒は正座だった。

彩子は、美緒の斜め後方にその長い脚を折りたたみ、両腕で抱きとめるように座っていた。いわゆる体育座りというやつだ。場所によっては体操座り、三角座りともいうらしい。その膝の上でけだるそうに小首をかしげるようにして久遠を見ている。


「角ねえ」


 久遠はポツリとそう呟いて、頭を掻く。

久遠は、腕組みして頷きながら、瀬名の身体の異変について思考をめぐらせていた。

 角が生える理由はいくつか考えられたが、その異常が起こった瀬名を誘拐したというのが気になるところだった。家族の身に異常な変化がおこればそれを隠す、と言う事はよくある事でもあった。だが、変化のあった人物を誰かが手にいれようとするというのはどういうことであるのか。心当たりといえば、国立の秘匿研究施設の実験体とされるケースだが話を聞く限りでは違っているように感じる。


「本当なんです」


 美緒がテーブルの上に乗り出すようにして、声をあげる。

 久遠の態度を、美緒は自分の話を信じてもらえなかったと思ったようだ。


「いやいや、話を疑ってるわけじゃないない」


 あわてるように久遠が両手を大げさに手を振る。

 美緒は「ほんとですか?」とぐいっと顔を久遠に近づけた。

大きめの瞳が久遠を捉えている。間近で見るとまつ毛も長い、久遠の鼻腔を少女の甘い匂いがくすぐった。


久遠は思わずにんまりしそうになり、あわてて止める。

いかん、おれもオッサン化が進んでるのか、いつからロリコンになったんだ。と久遠は軽く自己嫌悪して、いやいや、親が子供を見るみたいにカワイイと思ってるだけだ、と考え直し、やはりそりゃオッサンだと、軽くショックを受けるのだった。


「本当です。信じる。それに似た現象を請け負ったこともあるし、そこの後ろにいる女はそんな怪しげなものの代表のひとつである魔女だから」

と、久遠は彩子を指差した。


美緒は「えっ?」と驚き彩子を振り返る。

彩子はにっこりと笑い「どーも」とひらひらと手を振って見せた。

それを見て美緒は「ど、どうも」と彩子に軽く頭を下げ、久遠に視線を戻し、

「いわゆる、魔女みたいに男の人に好かれるってことですか?」

 と言った。


どうやら、久遠の言葉を冗談ととったらしかった。

 まじめに答える美緒を見て、久遠はさも楽しそうに笑う。

そのくったくのない笑顔に引っぱられるように、美緒の表情もわずかにゆるむ。

ずっと思いつめていたものが少しだけ軽くなったようだった。


「嬉しいこというじゃない」と微笑む彩子の事を、久遠は無視して、

「まあ、魔女うんぬんを信じる信じないは別として、君を疑ってはないさ、そういう事例は俺も見たことがあるんでね」

と言った。


「あるんですか」

 美緒が驚いたように口を開く。


「ああ、でも、瀬名君のとは少し違うな。ただ身体が変化するっていうのは何度かある。自分の意思によっての場合や、意思に反してそうなってしまう場合とね」

「それで、その人たちはどうなったんですか」

「まあ、何とか解決できたとは思うんだけど、それ以上は守秘義務で話せないな」

 そう言って久遠は美緒の目を真っ直ぐに見る。

 久遠の気持ちは決まった。


「この依頼、請け負わせてもらうよ。すぐに調査を始める。報酬は――とりあえずこれだけでいい。経費がもっとかかるようだったらその時は言う。足りなけりゃ何でもするって言うなら、うちのスーパーでただ働きでもしてもらうさ。後ろのおねえさんも倉科さんを欲しがってるしな」

 美緒の後ろで、うんうんと彩子が頷き、


「みおちゃんなら大歓迎よ。かわいい制服の用意したげる。お釣り渡す時に、お客さんの出した手を両手できゅっと挟むように握って、やさしく渡してあげるの。きっとリピーターがいっぱいつきそう」

 どうやら、あやしげなサービスを久遠の知らないところで始めているらしい。

「おい、学生に変な事させてんじゃねえだろうな」

 久遠はあわてて彩子に聞いた。

「させるわけないでしょ。かわいい女の子とカッコいい男の子を集めて、やさしくお釣りを渡してるっていってるだけ」

 彩子は脚を両腕で抱え込んだまま、頬をふくらませて抗議する。


 普段の物腰があでやかであるため、この表情の落差は大きい。それは年相応な表情ではあるが、親しい人間のみに見せる表情である。

 久遠はそんな彩子をかわいいと感じながらも、その気持ちを知られるのはしゃくなので、彩子にきっと歯をむいてやった。

そもそもそんな短いスカートはいて体育座りなんてすんじゃねえ。しかも見えそうで見えん。見せるか、やめるかどっちかにしろ。さっきまでロングスカートだったのに何で今はミニスカートなんだ。いつ着替えた。と久遠は、心の中だけで抗議しながら立ち上がる。


 実際、彩子はミニスカートでいることはめずらしい。それは彩子なりの魔女のイメージなのかもしれなかった。人目を引きすぎる、という理由もあるのかもしれないが。

「そんじゃ、今日の所は帰って、進展があったら報告する」

 と久遠は美緒に笑って見せた。


「はい、よろしくお願いします」

 美緒は立ち上がって、そう頭を下げるのだった。



美緒が帰宅すると、必然的に久遠と彩子二人のみになる。

久遠は部屋の端で、気を失い続けている襲撃男の方に近づきながら彩子に、

「倉科さんのことを頼めるか?」

 と訊いた。

「もう、用意始めてる。使い魔に監視させるわ」


 使い魔というのは、古来より魔女の手足となって働く動物のことである。それは使役した魔女の命令に従い色々な任務をこなす。

 伝説では、黒猫やカラスといったたぐいが有名である。

使役する手段は、何らかの触媒から作り出されたとか、あらかじめ術を施した動物であるとか、悪魔より渡された動物であることが多いとされていた。

 彩子は立ち上がり精神を集中するように両目を閉じて、なにかを呟き出した。

 聞いた事のない言語。

 その右手の指の間には、眼球のようなものが握られていた。

 握り締めれば彩子の掌に隠れるくらいの大きさだ。

 目の前の畳の上には、何か石の欠片のようなものや、何かの骨のようなものがばら撒かれている。

その中心に、どこから入り込んだのか黒猫が一匹。にゃあ、と鳴いた。

ゆっくりと手に持っていた眼球を畳の上に落とす。

ゆらり、と畳が波打った。まるで、水溜りのように。

彩子は両手をゆっくりと口の前にそえる、まるで口をふさぐように。

その間にも絶え間なく何かを呟いている。

今度は、空間がゆがんだ。ぐらぐらと空気が泡立つ。

気泡が天井へと揺らめきながら立ちのぼる。

 空気中になにかの影が見える。細長く四本の羽を持つ、半透明の何かが彩子の周りに飛び交い始めた。

蟲のようだった。


 ぶうんぶうん。


 そいつは徐々に数を増やし、その中の一匹が彩子の首筋にヒルのように吸い付いた。

 途端、部屋中に蟲がわいた。

 全ての形が違う。細長い奴もいるし、犬に人の顔がついているような奴までいる。トカゲのような奴もいる。

 全てが半透明で、なにかを叫んでいる。


 ぎいあ、ぎいあと。


 彩子は首に吸いついた蟲の頭部らしき場所をぐっと握り締め、自分の肌から引っこ抜く。


 ぎゃ。


 その蟲が鳴いた。

 彩子はそのまま、その蟲の頭と尻尾らしき場所を持ち、一気に引き裂く。

きいいいいいい。

 蟲が叫ぶ。その蟲の血がボタボタとしたたり、畳に小さな波紋を浮かべて消えていく。


「おいで」


 彩子がそう叫んだ。

そのとたん、周りの蟲が、波が、空間の泡立ちが消えた。

先ほどまでの現象が夢であったように、何もかもが儀式の前に戻る。

 そこには今起こった異常現象のかけらも残っていない。

 ただ、部屋の中心では一匹の黒猫だけが、彩子をじっと見つめていた。


「おいで」


 もう一度彩子が言った。

 座っていた黒猫がすっと立ち上がり、彩子の元へ歩く。彩子は黒猫の喉をなでてやった。

 黒猫は嬉しいとでもいうように「にゃあ」と鳴いた。


「これを監視しなさい」


 そう彩子は言って、右手を猫の前に伸ばす。そこには一本の髪の毛がのせられていた。話の最中に抜けて落ちた美緒の髪だった。

 黒猫はパクリをその髪をくわえ込み、跳ねるように開いた窓から飛び出していった。

 久遠は、黒猫が窓から消えるのを見届けると、気絶したままの男の前に立ち、


「じゃあ、こいつからも事情を訊くとするか」


 と、男の顔をぐいと左手で持ち上げ、右手で頬に平手打ちを叩き込む。

 バチン。という音と共に「ぐあ、ぐ」と男が呻きながら意識を回復した。

「あ、ぐ、ここは? きさまっ」

 男がそう言って立ち上がろうと両足に力を込めた瞬間、その足を久遠の左足が払う。


男は「うお」と呻き声をあげ、前のめりに頭から倒れ込んだ。

倒れ込む前に左腕は久遠に後ろ手に締め上げられている。


「さて、お前の親玉はどこのどいつか、言ってもらうぜ」

「ふん、俺が口をわるとおもって、ぐげえ」


 男の言葉が途中で呻き声に変わった。

 久遠が男の腕を折れる寸前まで捻りあげたからだ。あと五ミリ捻れば折れる。


「さて、腕から折るか。それよりも先に指からいくか。それとも、しばらく爪のない生活を送りたいか。選んでみるか? ああ、後ろのおねえさんの拷問よりは、俺の方がずっと優しいから、おねえさんがその気にならないうちに言った方がいいぜ」


 男が畳に押さえつけられた顔を必死に横に向け、横目に後ろをみる。

 そこには、二十センチはあろうかと言う細い針を持ち、頬を上気させ男を見下ろす彩子がいた。


「欲しい部位があるの、この人の身体を貰ってもいいかしら」


 まるで喘ぐようにそう言った。

 久遠はさらに一ミリ男の腕を捻った。

 男の額から汗が玉のように沸き出す。


「じゃあ、まず腕からだな」

「ま、まて、言う。言う。海東だ。俺を雇っているのは、海東十太郎だ」

 あっさりと男は口を割った。


 なるほどね、警察にだって圧力をかける事も出来るくらいの力を持っている金持ちってことだな。と久遠は納得する。


「あら、もう終わりなの」


 彩子はさもつまらなそうに言って、壁に寄りかかって座り込み「たりないのよね、部位が」などとぶつぶつ不穏当な事を呟いている。脅しなのか本当なのか久遠にも分からない。

「で、瀬名をさらってどうする気なんだ」

 久遠は彩子を無視して男に問いかけた。


「し、しらねえ」


 久遠はさらに二ミリ腕を締め上げた。

「うぐえええ。ほ、本当だ。本当に俺みたいな下っ端じゃ知らねえんだ。信じてくれ」

 男は悲鳴にも似た声を出した。

「ふーん。それで瀬名は今どこにいる?」

「海東の屋敷だ。地下室に監禁されている。も、もうしばらくすると、どこかに運び出すらしいが、どこだかはしらねえ。これ以上は本当にしらねえ。本当だ」

「よろしい」

 そう言って久遠は男の腕を開放してやった。


男は左肩を右手で押さえながら、ゆっくりと苦悶の表情で立ち上がる。

久遠はコキコキと指を鳴らしながら「お前が口を割った事は言わない。だから、お前も俺の事は言うな。後はその屋敷ってやつの住所を教えろ」と男に命令した。


「わ、分かった」

 と男は言って、屋敷の場所を告げた後、逃げるように階段を降りて店を出ていった


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