リーダー
さて、僕の方の仕事はというと。
この研修室全体の競争を加速させること。けれどもその競争の中でも僕たちが先頭を走れるように維持すること。そんな風にもう一度自分が目指すべき状況を反芻する。
まずは競争を激化させることに務めるべきか。一番いいのは、どこか一つの島がまず独走することだ。その島がビジネスライクな取引を全面的に押し出すことで後に続く島々はそれに習う。
加えて、市場を一種類の加工品で満たすこと。皆がその事実に気付くほどにそれを流通させることが必要だ。自分たちの生産した以外の加工品が自らの手元にまで回る段階になれば、皆が気付くことになるだろう。周囲の島と資源や技術をシェアしながら進めるやり方では、生産速度が圧倒的に不足してしまうという事実に。
さて、けれども、僕たち一つの島の力だけでそれらの条件を満たすことが可能だろうか。ちらと僕は、隣の滝川の島をみやった。
せめてあれくらいの人数は欲しいところ。それに、彼の島にも、出来れば優秀な成績を収めてほしいと僕は考える。
しばし思案してから、僕は一つの結論に至った。
協力関係を持ちながらも、互いを競争相手と認識している状態。そんな関係をどこかと築くことができれば……。そのためには。
方向性が見えたところで僕が自らの島の作業台に視線を戻すと、垣内たちはとっくに盤石の生産体制を整えていた。
机の上にたまった未加工の製図済用紙と、じょきじょきハサミを動かす二人。やはり島の人数的に、どうやら労働人口が足りていないようだった。
一方の垣内は、一旦今までの製図の手を止めて、自らも紙を切る作業にシフトしていた。その動きに違和感を覚える。
「垣内、何をやってるんだ?」
彼が切った紙は、円でも正六角形でもない。それどころか、換金可能なシンプルな多角形のいずれでもなく、中心部に不自然な幾何学模様の穴が開いた、大きなA4用紙だった。
「おう、考えはまとまったのか?」
「いや、まあ、八割方は。それでお前は何やってるんだ?」
「ああ、これか? これは鋳型だよ」
事も無げに垣内が言う。
ちょうどそこで光井が口を開いた。
「おい、垣内。もう切れるものは全部切ったぞ? 次は」
「ああ、次はこいつだ。ちょっと俺の作業を見ててくれ」
え、と三井が首を傾げる。その時点で、はっと僕は彼の意図を悟った。
「鋳型ってそういうことか……」
「まず、今作ったこの型を未加工のA4用紙に重ねる。その上からこの枠にそって、ペンでこの模様を下の紙に書き写す」
「はぁ」
間の抜けた声が漏れる。気が付くと四谷も手を止めて垣内のその作業に視線を送っていた。
「それで、書き写した図形の各頂点を全部直線で結んでいくと……」
「おぉ」
二人の歓声が重なった。何も複雑な手順を踏んでいないはずなのだけれど。気が付いたときには、紙面には余白なく、おおよそ二十個ほどの正六角形が同時に描き上がっていた。
「今からはお前らにも製図に加わってもらう。俺はあと一つこの鋳型を作るから、四谷は一旦自分の作業に戻ってくれ。光井は今俺がやった要領でまず、製図してからその加工作業だ」
複雑な技術の一般化と大量生産。どうやら彼はこの島内でのみ既存の技術レベルを一気に数段引き上げたようだ。
「お前、いつから?」
僕の問に、にっと、垣内は白い歯を見せる。
「まあ、他と同じやり方じゃどうしても人の少ないうちは勝てないと思ってな。それに、これで、コンパスや分度器なんかの高度な技術が大きい島に流れてもしばらくは追いつかれないと思うぞ」
「なるほど」
驚いて返事は愛想のないものになってしまった。彼は技術レベルが追い付かれないというメリットのみを考えていたかもしれないけれど。これで、場合によっては僕たちの自身が、大国に古くなってしまった技術を流出させるという作戦も可能になったと言える。
最もタイミングは少し考えなければいけないだろうけれど。
「ほら、四谷。お前の分の鋳型も完成だ」
「あ、ありがとう。それでこれは、」
「ああ、もう一度やって見せるから、よく見といてくれ」
再び彼は、手際よく自らの技術を四谷に伝える。それを見た四谷は一分もたたないうちに、自らの生産方針を確立させた。
今度は光井から、何か声が掛かってそれに垣内が返答する。彼の動きから迷いがなくなる。垣内が二人の進む道を示し、彼を信頼する二人はそれに従う。どんどんと、加工済みの図形が卓上に積み上がっていく。
「よし、そろそろ換金だ」
「じゃ、じゃあ、僕が一旦換金所に」
「待て、全部じゃない。そう、三分の一は次の資源を仕入れるために残してくれ」
「ああ、なるほど」
資源となる紙は残り、三枚程だった。状況に応じた適切で迅速な意思決定。きっと僕には到底こんな風には出来ない。まさに彼は優秀なディシジョンメーカーだった。やっぱり彼をリーダーに据えたのは正解だったようだ。
「垣内……」
「どうした?」
ぽつりと零れた僕の声に彼が反応する。
「お前、本当にすごいやつだったんだな」
一瞬目を見開いた彼は、結局謙遜も照れも覗かせずに、にっと白い歯を見せた。
「なぁに、生産技術を生産することも立派な生産活動かと思ってな」
その姿を見て。とても小さい世界にぽつんと存在する小さな島ではあるけれど。それを掌握して政を執る王様が一人ここにいるのだと僕は思う。こういう時に、こういうことを言える者こそが、リーダーという役割に相応しい。
「ありがとう。おかげで僕のほうもちょうど今、この先の方向性が見えた」
同時に僕は自らの思考も完結させた。