人使い
「じゃあ、さっきコンパスじゃなく出来合いの図形をあっちの島に流したのは……」
「滝川の島は人数と資源、あと強いて言うなら国土に恵まれた大国ってところだ。そこに早い段階から生産技術まで渡しちまったら、もう俺たちに勝ちの目はなくなるだろうからな」
垣内の言葉に。
「はぁ……なるほど」
分かったような分かっていないような顔で光井は深く頷いていた。
「それで、それを分かった上で俺たちはどうする?」
垣内が訪ねた。本音を言うのであれば、そんなことを僕に聞かないで欲しい。けれど、彼の。垣内のこんなふうに無差別に、周囲を巻き込んでいく正のエネルギーは僕の負のエネルギーをはるかに上回っていた。
「多分、放っておけば三十分後には皆ルールを理解して競争が始まるとは思うが。今が研修中で、周りにいるのがみんな同期の仲間って状況を考えると、知り合い同士で道具をシェアし合うって展開になっちまう可能性も、なくはないかもしれない」
「まあ、僕が一人だったら貸せと言われたらコンパスの一つくらい貸しちゃうかもね」
四谷が言う。僕はおとがいに手をあてがった。
「ああ……。とりあえずはうちの島が勝てるように生産体制を整えるってことでいいんじゃないか? 万が一の時のための予防線は何か考えておかないといけないけど、うちは資源も人口も少ないわけだから、とりあえず今はこの島の利益最優先で……」
「じゃあ、予防線とやらの方は任せたぜ」
余りにも簡単に彼がそう言うものだから、僕は一瞬たじろいでしまう。実はまだ戦略も何もないのだけれどと、今更言い出すわけにはいかない。こくりと頷く。
それに、今後の展開のために、彼には、いや、彼が率いる島には。この場の情勢がどう傾いたとしても、勝ってもらった方が都合はいいのだ。
「その代わりこの島が勝つための戦略は垣内に任せるけど」
「そこなんだよなぁ……」
僕の言葉に反応して、垣内が一度だけ天井を仰ぐ。
「やり方はいくつかあると思うが……」
「最終的な判断は任せるけど、一応僕は日本人らしいやり方を推しておく」
僕が言うまでもなく、彼であれば思いつくであろう一手段。けれども僕は念のため自らの意見を口にする。一人で考え事をしていると、たくさん手札が存在する人物ほど、どうしても迷いがちだ。僕なんかの一言でも助けになることだってあるかもしれない。
「まあ、やっぱそれが無難だよな……」
ふとそこで、垣内が不自然に手を止めた。
「……って、まさかお前、その戦略ありきでこの席を選んだのか?」
「……まさか。それは考えすぎだ」
本当に、勘が良すぎるのも考え物だと思う。内面を悟られにくいことこそ僕のアイデンティティの一つだというのに。
ふぅん、と垣内が低く唸ったところで、光井が口を開く。
「それで、さっきから垣内たちの言ってる日本人らしいやり方って?」
当然の発言だろう。そろそろ方針を決めて動き出さなければ、いくらすごい作戦を立てても実行は難しくなる。
「まあ、いわゆる加工貿易ってやつだな。資源を買ってそれを加工して金にする。その金でまた資源を買うっていう」
垣内が説明を始めた傍ら、僕は僕自身の思考を回し始める。
「なるほど」
頷く四谷の声がだんだん遠くに聞こえるような感覚に陥った。思考に没頭したときにたまにある現象だ。
「俺たちは人数が少ないから、加工品は極力単価の高いものを選ぶ。幸いそのための生産技術は豊富だから問題ないだろう。その生産技術を売って金にするって手もあるけど、ゲーム序盤はなしだな。さっきも話した通り、大きい島に序盤から高い技術を流出するのは得策じゃない」
「了解。じゃあ、序盤はひたすら生産活動だなぁ」
「製図の方はさっきの通り垣内に任せてもいいの?」
「おう。何をどれだけ作るかは製図の俺の方でコントロールするから、二人はひたすら切ってくれ」
「おっけー」
どうやら話がまとまったようだ。ひたすら切るだけの役割を任せると言うのは頼み方によっては相手の不快感を買いそうなものだけれど。そこは彼が信頼されている証といったところだろうか。