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瞬発的思考

 合図とともに、各島内で一斉に新入社員たちが相談を始める。戸惑うばかりでなく、とりあえず何かを進めようとする姿勢がみられるのは、さすがと言ったところだろうか。


「えっと……」


「どうしようか」

 一方でたったの四人しか島民がいない僕たちはというと。


 自分たちの机の上にならんだ、三角定規と分度器、さらにはコンパスと定規をぼんやり視界に捕らえながら一歩も前に進んでいなかった。普段面識のない僕の前では、どうも自由な発言がし辛いらい。こんなとき頼りになるタイプの人種が垣内だと思っていたのだけれど。開始早々に席を立ったきり、隣の島のメンバーと何やら和やかな雰囲気で会話を進めている。


 とはいえ、ここまでヒントを出されればすべきことなど大まかには見えてきているわけで。このままでは埒が明かないと、僕は不承不承口を開く。


「差し当たっては、なんとかして紙を……」


「おーい。紙貰って来たぞ」

 くるりと振り向くと、垣内が無邪気に白い歯を見せていた。


「垣内……。それ、どこから」


「隣だよ。隣」

 言いながら親指で背中側の島を指差す。隣の島は滝川を含めた十人で構成されていて。定規もコンパスもない代わりに多量の紙束が配布されていた。


「もらったのか?」


「ああ、気前よくな。たくさんあるからって」

 ふっと、小さく僕は息を吐く。周囲の力を借りることの出来る人間は。僕などが悩みぬいても得られない答えをいつも簡単に導くことができる。


「なるほど。助かった。でも先のことを考えると、今後も簡単に不足分を譲ってもらえるとは思わない方がいいだろうな」


「その言い様は、もう行動指針は大体決まってるって感じだな」


「間違っている可能性も含めて色々試しながらルールを探っていくしかないだろ?」


「まあ、そうだな」

 ふむと、垣内が一つ頷いたところで、隣の席から声がかかる。


「あの……」


「いったい俺たちは何をすれば?」


 反応した垣内が顔を上げる。僕はそちらとのやり取りは完全に任せたとばかりに目を反らした。


「おう、じゃあ順を追って説明していくかな。不足があったら、秋葉」

 ぴんと伸びた人差し指が僕に突き付けられる。

「捕捉を頼む」

 どうやら任せっきりにはさせてもらえないらしい。その勢いに飲まれて僕は思わず頷いてしまった。


「まず状況から見て、これが金に見立てたポイントをチームごとに稼いでいくゲームみたいなものであることは間違いない。ちょっと面倒なのはルールが説明されてないことだけど……」

 ちらと、彼が言葉を切って僕に視線を向けたため、後の解説を仕方なく引き継ぐことにする。


「いくつかの状況から、ポイントを稼ぐ方法は明らかだと思う。換金所にポイントの引き換えになるものを持っていくんだ。丁寧にその換金レートらしきものも用意されている」

 僕が研修室前方に目をやると、同じ島民の二人もそれにつられて視線を動かした。


「つまり正方形が二〇〇、三角形が四〇〇、円が八〇〇、六角形が一六〇〇ドルってわけかぁ」


「おう、四谷。理解が早くて助かる」

 僕が名前を知らない二人の同期のうち、男にしてはやや小柄で、間延びした話し方が特徴の眼鏡顔を指して、垣内はヨツヤと呼んだ。


「今俺たちに用意されてるのは、紙とペン、あとはハサミと製図用具だから……。この辺りの道具を使って、どれかを紙で作製して……。それで換金所に持ち込むってこと?」

 こくりと僕は頷く。


「光井の言う通りだと思う。けど、それがミスリードの可能性もあるから、一回簡単に作図できるものを換金所に持ち込んで確かめてみるのが手っ取り早いな」

 自らの仮説をあくまでも客観的に評価する視点を忘れていない。僕はまた、彼の優秀さの一端を垣間見た気がした。


「じゃあ、早速簡単に一つ二つ作ってみる?」

 四谷が訪ねて、垣内が頷く。


「おう、とりあえず俺と秋葉が製図係をするから、四谷と三井はそれをカットして、換金所に持っていってくれ。秋葉、何か異論は?」

 急に話を振られて、一瞬言葉に詰まった。僕は、嫌味ではなく自らの頭の出来が悪いと思ったことはないけれど、思考の瞬発力が不足していることはかねてから自覚があった。


「あぁ、なんというか、その。今垣内が話したことはこのゲームの概要だけど、全てではないと思う。異論があるわけではないから、皆手を動かしながら聞いて欲しい」

 どうしてか、垣内は僕の態度にくすりと笑みをこぼす。


「だ、そうだ。一旦作業にとりかかろう。これは追加注文だけど、秋葉は念のため製図用具を使わずに勘で形を整えた図形もいくつか用意してみてくれ。道具を使わなくてもいいとなると、作業スピードが段違いだから」


「ま、そりゃそうだな」

 僕は大人しく、垣内の言葉に従って定規だけで正三角形らしきものを作図し始める。


「それで、秋葉……くん、の話したかったことっていうのは?」

 光井が訪ねる。彼はまだ僕のことをどう呼ぶか決めかねているらしい。


 僕は白い紙に一本一本丁寧に線分を描き足しながら自らの思考を整理し始めた。二秒以上も言葉を発しなかったからだろう。彼がそわそわし始めたのを感じて、僕は、申し訳程度に会話を繋ぐ。


「秋葉、でいいよ。クン付けは面倒だろ?」


「あ、え……。うん」

 結局言葉が返ってきたところで彼は戸惑っていたようだけれど。


「各島の人数と配布物がばらばらで、規則性がなかったのはどうしてなのか」

 それは無視して脈絡のない言葉を溢す。


「えっ……」

 やっぱり彼は戸惑っていたけれど。他人の心中など鑑みることのできない僕は、結局のところこうやって、僕にできることをこなすしかないのだ。


「これが本当にただのゲームなら、戦略性に運の要素を加えてゲーム性を上げるためだけのギミックだったのかもしれない。でもこれは研修だから、そこには何らかの意図がある可能性が高い」


「考えすぎじゃないのか? いくら研修とは言っても、ただのアイスブレイク。新入社員同士の親睦を深めることが目的かもしれないぞ。だったらただのゲームだったとしても役割は十分だ」


「そうかもしれない。でも、提示されたメッセージは他にもあった。今僕たちが体験してるのは世界の縮図で、資本主義の原則だって」

 どうやら垣内は、僕が思案に耽っているのを理解して、体のいい思考の壁役を買って出てくれているようだった。僕が投げたボールを、彼が打ち返す。それをまた僕が拾って投げ返す。壁役が優秀であれば、何処に投げたボールもうまく自分の手元に返ってくるし、それを繰り返していくうちにアイディアがどんどん研磨されていく。


 僕は基本的に思考を自己完結させるタイプだけれど、誰かと問答を繰り返している方が、時に答えには早く行き着くというものだ。


「資本主義の原則と言えば、俺なんかはぱっと、自由競争が思い浮かぶが」


 自由競争。利益を上げる。最終手にはそれらのワードから、おぼろげながら、ようやく僕は僕自身の内側にあった仮説の輪郭をとらえることに成功した気がする。


 そういうこと、なのだろうか。世界の縮図と自由競争。与えられる資源は選べないけれど、それをどう活かすかは自分次第。


「言ってみればこれは、貿易ゲーム。みたいなものなのかもしれない」

 ぽつりと零れた僕の言葉に。


「なるほど、貿易、か。確かにそう考えると腑に落ちる点も多いな……。よし」

 垣内が納得したように頷きを見せる。やっぱり彼は僕とは違って、思考に瞬発力があるタイプなのだと理解する。


 ちょうど、垣内が製図した正確な正三角形と、僕の歪な正三角形擬きの一枚目がそれぞれ完成したところだった。


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