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ばらばら

 激励のような、脅しのような、そんなどちらとも判断のつかない言葉を小澤さんからかけられた翌日、僕たちは朝九時に指定の研修室に集まるよう指示された。この施設はどうやら大小合わせていくつかの研修室を設えているらしく、集まった新入社員はざっと見て、昨日の半分ほどしかいない。どうやら適当に二つのグループに分けられたようだった。


 昨日よりは一回り小さいけれど、やっぱりこちらも立派なつくりの部屋に一歩足を踏み入れて、その様相に僕はなんとも言えない違和感を覚える。


 机と椅子が用意されているものの、それぞれは十個ほどの島に分かれていて、いずれの島の椅子の数にも、机に置かれた、おそらく今日のグループワークで使用するであろう文具の数にも規則性がない。


 椅子十人分でひと塊の島もあれば、三人分しか用意されていない島もある。コンパスや三角定規、分度器と言った小学校の算数で使用する文具が勢揃いしている島もあれば、A4サイズのコピー用紙の束が、どかりと置かれているだけの島もある。


「一体何が始まるんだろうな?」

 僕が入り口付近で足を止めていると、不意に背中から声が掛かった。にやりと、ややわくわくした様子で白い歯をのぞかせる男。なんの因果か、垣内は今回も同じグループに振り分けられたらしい。


「さあ、わからん。とにかく座ればいいのか?」


「そうなんじゃねぇの?」


 同じように入り口付近に同期達が集まり始めたところで、研修室前方のホワイトボードに、大きな模造紙を張り終えた先輩社員らしき女性が、こちらへ振り返った。

「おはようございます。今日はあなたたちに世界の縮図を体験してもらおうと思います。ひとまず好きな席に掛けてください」


 模造紙に記されていたのは換金所というシンプルな黒文字と、四つの記号。加えてそれに対応するような形で四つの数字。正方形が二〇〇、三角形が四〇〇、円が八〇〇、六角形が一六〇〇。図形にはところどころ寸法と思われる数値が記載されているから、三角形と六角形はそれぞれ二等辺三角形と正六角形であることが分かる。数値の前にはドルマークと思しき記号が丁寧に添えられているところを見るとあれは、金額、なのだろうか。


 僕は女性社員の言葉と準備された品々の内訳から、なんとなくこれから始まるグループワークの内容に当たりをつける。


 昨日小澤さんは、これは僕たちがこれから企画を立案する上での班編成の参考になると告げた。おそらくこれから始まるのは、ここにいる個々人の考え方の癖や、方向性、あるいは得意分野やバックグラウンドがある程度オープンになる内容なのだろう。


 換金所というワードと世界の縮図という独特の言い回し。情報は少ないけれど、現時点ではそこから行動指針を決定する他ないといったところか。


 僕は一体どう動けば、先の研修を共にする班をうまく編成できるだろうか。いや、もっと言うと、僕は一体どう動けば、この研修を成功させたといえるだろうか。多くの新入社員たちにとっては働く準備、けれども一部の優秀な新人にとってはそうならない。


 そこまで思考を進めてから、僕は周囲に気付かれない程度に小さくかぶりをふる。基本的に臆病な僕は、新しい環境に足を踏み入れた時、いつだって必要以上に余計な事を考えてしまう。


 気が付くと隣にいた垣内は、おそらく同期の研究員であろう複数の人物に囲まれて何やら話をしていた。


「なあ、垣内。滝川ってあいつか?」

 やや強引に垣内に声をかけると、彼は話を打ち切って、くるりとこちらを向く。ざっと研修室を見渡すと垣内の周囲と同じような光景が、いたるところに広がっていた。好きに腰かけろと言われると、得てして人は迷いがちだ。皆が、一番初めに適当な席につく者の存在を待っている。

 

「ぶっ。そりゃ聞かなくても分かるだろ。あいつが滝川だよ」

 一瞬呆れたような笑みをこぼしてから、結局丁寧に教えてくれる。


「人が集まってるみたいだ。あいつも人気者か?」


「人気者って……。まあ、そうだろうな。頼りがいがあるし」


「それはお前もじゃないのか?」


「まあ、そうかもしれないけど。多分アイツの所に集まるやつと、俺と仲いいやつとはちょっと毛色が違うと思うぞ」


「へぇ……。ところでさ」


「おう、何だよ。珍しく今日は口数が多いな」


「あいつなんかこっち来てるぞ」


「おっ、マジだな」

 少しも驚いた素振りを見せず、垣内は軽く手を挙げて、滝川に挨拶をする。こんな風に如何にも自然なやりとりができるようになりたいと思うばかりである。閑話休題。


「垣内、おはよう」

 滝川が告げる。


「おう、どうした? そろそろ席決めないと、あの先輩に何か言われそうだ」


「その席なんだけど。俺とお前で合流して、あの一番大きい島に座ろう。気心の知れた連中の方が何かとやりやすいかもしれない」

 十人分の椅子と、多量の紙束が置かれた席を指して滝川が告げる。


「お、まあ、いいけど」

 特に何かを考えた様子もなく、垣内は頷く。彼の後ろに控えていた三人も、その流れ上ついていこうとしているようだった。


 反射的に、この状況でそれは非常に勿体ないと僕は思う。これが単なるこの場限りの親睦目的ならば席なんてどうでもいいけれど。これからの班編成を左右するとなると。自分にしては珍しく、直後には行動を起こしていた。


「いや、垣内はこっちの方がいい。多分だけどな……」

 強引にその腕を引っ張って、垣内を四人分の椅子しか用意されていない椅子に引きずっていく。


「あ、おい! ちょっと」


「くっ、くくっ。多分ってなんだよ」

 引き留めようとする滝川と、苦笑する垣内。僕は勢いに任せて着席させた垣内の向かいの席に腰を下ろして。その場にいた二人の名も知らない同期の社員に向かって口を開いた。


「なにやってるんだ? お前たちも、こっち座るだろ?」

 急に僕に声をかけられたことか、あるいは、垣内を急にさらっていったことか、僕には判断がつかなかったけれど。その場の二人は、戸惑ったように互いに顔を見合わせた後、結局は垣内のところに視線を戻す。


「い、いいの? あっち誘われてたけど?」

 すると垣内は。どうしてか一瞬意味深な視線を僕に向けて、にやりと口角を上げてから、ぴしゃりと告げた。


「俺は構わないぞ。やっぱり、こいつはなんか面白そうだし」

 結局それで、僕たちの四人席は定員が埋まり、一つの島が完成した。


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