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達成

「想像してください。日本中の中高生達が我が社の製品を鞄に入れて持ち歩くことになります。校則や厳しい先生の目を気にすることなく、堂々と。まさに我々の製品による学校ジャックです」

 滝川たちの班のプレゼンテーションはつい先刻終了し、社長と経営戦略部のトップから文句のない高評価を受けた。その姿を目の当たりにしようとも、彼はいつも通り、なんら気負った様子は見せず。それは本当に、僕が想像した通りの淀みのない演説を見せてくれていた。


 そしてそのプレゼンテーションもいよいよ大詰めかと僕がちらりと時計に目をやったところで。


「そして、最後に。ジャックなどと言う物騒な言葉を使っていますが、この企画の一番肝要な点は、我が社の商品に対する、成熟層の消費者たちの絶対的な信用なのです。父親や母親、あるいは学校の教師が信頼を置く製品でなければ、学校がオフィシャルに認めるメイクアップ道具など到底実現はできないでしょうから。長い時間をかけて少しずつ築いてきた安心安全な印象は、いくら新進気鋭の競合他社であってもまだ持ち合わせていない。つまりこれは長い間、時代のトップを走り続けた我が社だからこそ取り組むことのできる、香粧品の新しい展開なのです」


 あぁ、と思わず間の抜けた声が漏れた。あの状況から、どうやら彼は入れ込んだようだ。自らとその班員が築いたロジックを一切崩すことなく、さらに上乗せする形で。僕からの、驚くほど抽象的な助言を。


 幸いなことに、そこで垣内の班のプレゼンテーションが終了したものだから、僕があんぐりと口を開けていることには周囲の誰も気づいていなかったみたいだけれど。彼がまぎれもなく優秀な男だということを、僕は少しだけ深く、今思考を止めて拍手を送る多くの同期達より理解している。


 一礼して、垣内班の面々が壇上のパイプ椅子へ戻ったところで。彼らと対面する形、僕たちその他大勢の聴衆の最前列で、厳めしい顔つきをしていた審査員たちの講評が始まる。


 曰はく、我々の経営の課題は若年層への知名度。曰はく、その課題を抱えながらも、ほぼすべての年齢層に対する既存の販売手法が、既に飽和気味である。そのいずれもは既に意識してきた内容で。僕にとっても、今壇上に座っている垣内や滝川たちであればなお更に、新鮮な驚きや発見を与えてくれるものではなかったと思うけれど。それが逆に、僕たちの進んで来た道が間違いではなかったことを証明してくれている。


「さて、年寄りからのつまらないご高説はここまでとして。準備は整ったようだから、そろそろ最優秀班の発表へと移ろうか」

 少しだけ、社長が砕けた調子で告げる。先ほどまでは体温を上げずに見守っていた僕も、その瞬間だけは僅かに前のめりになった。


「まず初めに、これだけは言っておこう。今回私の前で提案された企画は間違いなく素晴らしいものだった。お世辞抜きに、ここ数年では類を見ないほどだ。年度が違えばどちらの班もその代の最優秀を獲得していた可能性が高いと、私は個人的にそう思う。それも考慮した上で聞いて欲しい。優秀賞を決めるとするのであれば――――」

 研修室がざわつく。各々が隣に座る、ここ三週間を共に戦った仲間たちと思い思いの予想を語り合っていた。僕はというと、自らの心中を語り合う相手など、当然周囲にはおらず。だから、ただ静かに前を見つめる。


「我が社製品による学校ジャック」

 たっぷり二秒程度言葉を切ってから、社長は続けた。

「垣内洋介並びに、その班員に私から最優秀賞を送りたい」


 瞬間。わっと会場に割れんばかりの拍手が満ちて、垣内班の面々は立ち上がる。彼らが正面へ、綺麗にそろった一礼をして、ようやく会場が少し静かになったところで、再び社長は口を開いた。


「先ほども述べた通り、今日聞いた二班の提案はいずれも評価に値するものだった。子細な市場レポートから読み取れる我が社の課題を適切に炙り出し、それに対する改善策として、既存の枠組みの中で戦うのではなく、学校、あるいはネット上でのサブスクリプションなど、新たな販売ゲートを築こうとしたことも同様で、優劣を付け難かった」


 では何が勝敗を分けたのか。その時ばかりは、僕も社長の言葉に全神経を傾ける。


「勝敗を分けた僅かな差を、敢えて言葉にするのであれば、それは、我が社らしさ。個性とは、社員一人ひとりだけでなく、組織や集団にも宿ると私は考える。両班ともクオリティは十分。だが、君たちの提案には、我が社という組織にマッチした、たしかな、らしさ、を感じた。垣内洋介君、および、その班員諸君。最優秀賞、おめでとう」


「ありがとうございます」

 代表して垣内が、深く頭を下げる。再び、拍手が研修室を満たす。


「そして、君たちの企画は我が社の精鋭たちの手によってさらにブラッシュアップされ、この下期には動き出すことになるだろう」

 社長が目配せをすると、経営戦略のヘッドが立ち上がり垣内の前へ歩み寄る。すっと、差し出された右手を垣内は両手でつかみ取った。


 研修初めに小澤さんの言っていたことは。僕たちに発破をかけるだけではなく、本気だったのだと。今の今まで疑っていた僕は、けれども確かにあの企画をただ研修の枠に収めておくのは勿体ないと、そうも感じる。


 とはいえこれで。彼のおかげで僕の目標も達せられたというわけだ。


「これは、少々、出来すぎだな」

 僕の内心は言葉にしたって、やっぱり誰にも届かない。けれど、あの場で握手などという大役はやっぱり僕には似合わなかっただろうと。彼の班員にならなかったことを心の底から幸運だと思った。


明日で完結。

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