班構成
「グループ分けはあなた方自身にお任せします。ただし、その参考になるようなグループワークを今日明日にご用意していますので、短い期間ですが、その活動をこの三週間をいっしょに過ごすメンバーを選定する際の参考情報としてください」
巨大なホール状の研修室だった。ところせましと人を詰めれば千人は裕に収容できそうな空間の、三分の一だけを使って並べられたパイプ椅子に、僕たちは腰かけている。
新入社員を見下ろすように。一段高いステージ上から、この研修の責任者を務めていると自己紹介した男性社員がこれから実施される研修の概要を説明している。
はきはきとした口調で、精悍な顔つきの人物だった。小澤と言うらしい。きっちり着込んだスーツも、怒ると程よく怖そうな雰囲気も、幼くはないけれど、入社十年目というには若々しく見える外見も。なるほど研修向けだと僕は、そんな感想を抱く。
「自分と考え方の似たメンバーを集めるのもよいでしょうし、互いの欠点を補い合えるようなメンバーを選定するのも一つの考え方です」
つまるとところ僕たちは、この研修においてまずは活動を共にする班員を集めなければならないらしい。活動班は研修中の講義を共に聴講するだけではなくて。その班を一つの構成要素として、研修メンバーの健康管理や、研修所のそうじ、食事の配膳や、講義のサポート等、共同生活を送る上での様々な役割が義務として与えられるようだ。小学校のころの委員会活動のようで少しだけ懐かしい。
「班員決定に際しては、条件が二つあります。ひとつは全ての班が六から八人となるように全体で人数を調整すること。また、各班に営業、販売戦略、財務、生産、研究開発それぞれのカテゴリで採用されたメンバーが最低一人属していること」
ちらと、またもすぐ近くの席に座っていた垣内と目が合って僕はすぐに視線を前へ戻す。この班員選定など、僕にとってはもっとも苦手とする分野にカテゴライズされそうだけれど。彼の後ろにくっついていればなんとかなるような気がしていた。
けれども、たった今告げられた条件によると、そうもいかないらしい。班員の上限が八人かつ、全ての採用カテゴリの人間が全班に散らばらなければならないとすると、一班に所属できる研究開発員はせいぜい二人程度だろう。
彼は僕の他にも多くの研究員達に頼りにされそうだから、僕がその一枠を埋めるのはどうにも気が引ける。
「最後に、班員で立てる企画の詳細ですが、こちらは実際に班が組み上がってから説明することとします。ひとまずは、班編成に集中してくださいと言ったところですね」
そして研修の説明を聞いていた中で、最も新入社員を驚かせたのはこの企画立案課題の存在だろうか。班員は単に、先に述べたような講義を円滑に進めるためのグループ、日常生活の役割を共にするメンバーというだけではない。最も大事なのは、今後研修において課される課題に班員で協力して取り組まなければならないという点にあるらしい。
「と言っても、何も言わないでは皆さん不安でしょうから、ざっくりとだけお話しておきますと……。君たちにはある条件下における我々の会社の経営戦略を立案していただきます」
一度言葉を切ってから、小澤さんが続けた。
「研修期間中は毎日三時間程度、この課題に充てるための時間を用意していますから、期日までにそれぞれの班独自の実行企画を私に提出してください。研修最後の三日間はそれらの企画のコンペを実施します。このコンペには社長と、営業、販売戦略カテゴリの現最高責任者にも参加して頂き、厳正な審査を経て、最優秀企画を決定します。それだけでなく、新入社員の中での最優秀という枠を超えて、その企画が魅力的だと判断された場合には、今年度下期にその企画は実際に本社の経営戦略として採用されることになります」
新入社員たちの間にざわめきが生じる。その多くは、社会人初心者である自分たちに、経営戦略など、そんな大仰なことが可能なのだろうかという不安のようだった。ともすれば、それが実際に会社で予算を積んで実行されるとなれば。
「つまり君たちには、先輩社員の講義の中でビジネスというものを学びながら、その知識を早速活かして私たちの会社に貢献する企画を立案していただこうというわけです」
皆、単に研修気分で中途半端な企画を提案することは許されないだろう。
「心してください。これは多くの新入社員たちにとってはこれから働くための準備、つまり研修ですが……。特定の優秀な方々にとってはそうならないかもしれない。君たちはこの会社の未来を担う企画を生み出すことになるかもしれません」
壇上に立って企画をプレゼンする自分たちの姿を想像して、僕は一つ小さな溜息をついた。