豪華絢爛
知名度全国区の芸能人二名が、社長の両脇を固めている。どうやら、僕がこれから勤めることになる会社の。その傘下にある化粧品ブランドと、医薬部外品のCMに出演している女優二人らしい。名前くらいは、そういった知識に明るくない僕でさえ知っていた。
厳かな社長の挨拶から、社歌の斉唱、会場全体を明るく照らす派手なプロジェクションマッピングと共にスクリーンに映し出された会社のプロモーション映像に至るまで、一部の隙もないと僕は思った。
開業百五十年以上の歴史を持ちながら、常に時代の最先端。日本人なら誰もが名前くらいは知っているだろうこの有名企業は、今の社長の方針もあって、わくわくだとか、きらきらだとか。いかにもそんな言葉が似合いそうな日向の人間たちのための職場にうまい具合に仕上がっている。
そして、だからこそ僕は、自分には合わないかもしれないなという不安を抱いた。
都内某所の巨大なボールパークを貸し切って開催された、入社式。その正面ゲートに掲げられた大きな企業ロゴが躍る赤い看板の前で、式を終えた新入社員たちは、同じ採用カテゴリ同士でグループを作って、わいわいと記念撮影を行っている。
僕と同様、研究員として採用された約三十人程の社員集団も、例外なく記念撮影を行っているのを尻目に、僕は少し離れた位置に停車している大型のバスに足を向ける。全国約二万の応募者の中から、人事部が選んだ人間なのだから、当然皆が例外なく、会社の方針に沿うように、どこかきらきらと輝いていて。そんな中に僕が選ばれたのは、もしかすると何かの間違いなのかもしれない。
同期の面々の顔を確認しながら、僕はバスの一番前の窓際の席に腰を下ろした。
やがて、撮影を終えたのだろう社員たちが、次々と同じバスに乗り込んでくる。入社式を終えた僕たちは、このまま社用バスで会社お抱えの研修施設まで向かうことになっていると聞かされた。
「よう。隣まだ空いてるみたいだな」
そんな風に、どこか恥ずかしいくらいに、ともすれば自分自身で周囲の新入社員との隔絶を望んでいた僕に、はきはきとした声がかかる。つい先ほどまで記念撮影の集団の中心に立っていた男。良く日に焼けた褐色の肌に、短く切りそろえられた髪という如何にも研究員らしくないスポーツマン。
「垣内。またお前か」
僕の煩わしそうな態度にも、目の前の垣内は笑顔を返した。それはどこかちぐはぐなやりとりのような気もしたけれど、気にせず彼は僕の隣に腰を下ろした。
「その言い草はないだろ? それとも研修所までの一時間半、一人の方がよかったか?」
「いや、まあ。どちらでも構わないとは思っていたけど」
内定式、入社説明会と、これまで同期採用の面々と顔を合わせる機会は少なくなかったのだけれど、そのいずれの機会をも僕は活かそうとしなかった。入社式の段になって未だ初見の人物の隣に、好き好んで座ろうとする同期は彼を覗けば存在しなかっただろう。
「秋葉とはもう少し話してみたかったんだよ。なのに内定式の後はさっさと姿を消しちまうしさ」
秋葉と垣内。おそらく五十音順で班編成されていた入社式の催しの一環で、僕たちは同じ先輩社員の話しを聞いていた。その際に二言三言だけ言葉を交わした間柄である。
「いいのか? お前みたいな人気者が僕みたいなのの相手をしてて」
決して彼を遠ざけるための発言ではなかった。他意のない本心である。僕は以前、何か彼の気になることでも口走ったのだろうか。
「いいんだよ。大半の連中とは、これからまた話す機会があるんだから」
「僕とは機会がないように聞こえるけど」
「お前みたいなやつは、始めのうちに関係を作っておかないとなあなあに接点が無くなっていくからな。入社説明会の後、滝川が企画した飲み会にも、参加してなかったよな?」
どきりと僕は、本心を見透かされた気分になった。必要に駆られない人間関係を、僕はすぐに蔑ろにしてしまう傾向にある。
「滝川?」
動揺を悟られまいと、僕は聞いたことのない人物の名前を誤魔化しついでに口にした。
「知らないのか? いや、覚えてないだけか。同期の研究員だよ。多分優秀なやつだと思うから、一度くらいは話しておいた方がいい」
その発言に垣内は驚いたように目を見開く。けれども結局は、少し口元に笑みを見せながら言葉を加えた。
こくりと僕は一応頷いておく。それきり、窓の外の景色に目をやった。誰かとの無為な会話を続かせる努力を僕はここ最近忘れてしまっている。
「それにしても、すごいよな。研修所に行くのにわざわざバスで送迎してもらえるとは思わなかった」
けれども、垣内はやっぱりというべきか。僕の予想した通りに、僕から何かを引き出そうとしている。
「これから、一週間は研修所に缶詰めなんだろ? 僕は、送迎と言うよりは輸送に近いと思うが」
ぶふっ、とその発言に垣内は吹き出す。
「お前、そういうこと、研修担当の上司にも言うんじゃないだろうな?」
「そんな下手は打つわけないだろ」
こんな風に、ぽろりと取り繕ってはいない僕の本音が口をつく。どうしてだか、大して親しくもない彼との会話は、それほど億劫には感じていなかった。