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変動

「何やってるんだ?」

 外遊を終えて。自らの席に帰るなりコンパスを手に取った僕に、垣内が怪訝な視線を向けてきた。


「円の製図だ。六角形の次に高価な」

 コンパスを使っているのだから当然だと言わんばかりに僕は答えておく。けれどもやっぱり垣内はそれで納得はしなかった。


「円はゲーム序盤で見切りをつけたはずだけど」

 それは至極当然の疑問だった。


「ああ。だから僕がやっていることはこれから丸っきり無駄になるかもしれない」

 今回配布された文具を用いて半径の決められた円を製図するためには、必ずコンパスを使わなければならない。一方で正六角形の作図はコンパスがない場合でも三角定規があれば可能だ。紙と鉛筆でコンパスの代替品を作ることも出来なくはないけれど、製図の手間と製図後に得られる利益を天秤にかければ、必然皆が同じ結論に行き着く。


 このゲームにおいては円より正六角形の方がコストパフォーマンスに優れている。


「はっはは。それはさすがに困るな」


「まあ、今の状態なら三人で十分な生産スピードを保てているんだから、一人くらいいいだろ」


「人を遊ばせておく余裕はうちにはないんだけどなぁ」

 垣内の呟きを尻目に、僕は二枚目の製図に移る。


「あの、一応切っておいた方がいいのかな?」

 無数の縁で円め尽くされた紙を眺めながら四谷が問う。


「いや、今はいい。もし必要になるとしたら、ゲーム終了二十分前くらいだろうから」


「はいっ! 皆さん。グループワークの残りは三十分となりました。ラストスパート頑張ってください」

 丁度その時、換金所に腰を落ち着けていた神宮司さんの声が響いた。黙々と目の前の紙とペンに集中していた数名が、一斉に顔を上げる。光井もその中の一人だったようだ。


「なぁ? 他の班の換金ペースがやけに早くなってないか? それに持ち込まれてるのも六角形ばっかりだ」

 しばらく研修室内を見回した後、光井が口を開いた。


 はっとしたように垣内も顔を上げ辺りを見回す。彼はすぐに、事態を把握したようだった。


「お前。もしかして今、この生産システムをリークしてきたんじゃないだろうな?」

 その声には、先ほどまでゲームを楽しんでいた余裕が感じられない。僕は思わず一瞬怯んでしまった。彼でも瞬発的にはここまで分かりやすく感情を見せることがあるのだと思案しながら、素直に肯定の意を返す。


「ああ。ついさっき滝川の島に」


「……よりによってあそこに? それも、コンパスや三角定規みたいな既存の技術じゃなく、生産システムごと売り払ったな?」


「ああ」


「どうして?」

 僕の短い返答に、垣内も端的に問い直す。


「この研修室全体の競争を激化させるため。最初から僕の役割はそれを目的としてた」


「激化させると言っても、その度合いとやり方には注意するっている共通認識だったはずだ。下手なタイミングで技術を流出させて、大国と競争になったら俺たちが勝てなくなる。それじゃあ、本末転倒だ」


「これは、僕の予想に過ぎないけど。多分この島はもう競争に負けない」


「確かに今のペースを見てると絶対に俺たちが抜かれるかはわからない。でも、もう少しリークのタイミングを我慢できれば、得点的には俺たちは安全圏を走りながら、市場を刺激することもできただろ?」

 確かに彼の言っていることはもっともだ。けれど。


「それだと市場への刺激が中途半端になると思ったんだ」


「中途半端って……」

 それに、滝川の班の生産機会が少なくなる、という言葉を僕は飲み込んだ。後の展開として。垣内と滝川には、重要な役割を担ってもらいたい。けれどそれが僕の望んだ結果だということは、本人たちに自覚してほしくはなかった。


 一秒だけ下を向いた垣内だったが、すぐに気持ちを切り替えたようだ。彼はとことん、自分と言うものをコントロールできているのだろう。


「まあ、やっちまったもんは仕方ない。その役を任せっきりにしてたのも俺だしな。とりあえず今は、残り三十分弱、全力で追いつけれないように生産を続けるしか……」


「ちょっと。どうして、これだけの量をそろえてたった六〇〇ドルなんですかっ!」

しかし。ちょうどその彼の言葉を遮る形で、換金所から一人の男性新入社員の悲鳴が研修室に響いた。


「どうしてって、そこの換金レートのとおりですよ。市場は刻一刻と変化するものですよ?」

 その発言に、研修室内にいた誰もが自らの島のメンバーと目を見合わせていた。


 このゲームにおいては円より正六角形の方がコストパフォーマンスに優れている。つい先刻までは、それは正しい認識であった。

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