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外交

 各島の住人が換金所に足を運ぶ回数と、その時に持ち込む加工品の種類と数。それらを、しばらくの間意識して覗いていると、それぞれがどのような生産体制を設けたのかがある程度把握できるようになってくる。


 やはり垣内の手腕はさすがと言ったところだろうか。そもそもこの島自体に生産技術のポテンシャルがあったことも幸いし、おそらく僕たちの島は現在、確実に最も利益を上げているだろう。


 次いで四つほどの島が、その後ろをほぼ互角のペースで追従しているようだ。そのいずれもが、島民の数と元から島が持っていた資源に恵まれていた。ちらと滝川の島を覗けば。僕たちにいくらか紙を分け与えたにも関わらず、その枚数はまだ四分の一程度しか減っていない。


 おそらく、この研修室全体で、全員が最初から最後まで効率よく加工品の生産を続けても資源が枯渇しないように調整されているのではないだろうか。


 さて、この状況で僕が次に考えるべきことは、市場にもっと高度な加工品を溢れさせることだ。僕たちに追従する四つの島がいずれも、僕たちに利益では後れを取っている理由。それは複雑な製図が行えないことにある。単価が安い加工品ではいくら人数が多くとも得られる利益に限界がある。


 かといって今、たとえば普通に滝川の島に僕たちの生産技術を譲渡してしまっては、残り一時間もあれば彼らに逆転を許してしまう可能性が高い。そこまで頭を回してから、ふと僕は思考を止める。


 果たして、この世界はそこまで単純な仕組みで回っているのだろうか。


 今僕が、滝川の島に、垣内の考案した新しい生産システムをリークしたとする。そこからおおよそ三十分もすれば市場には、そのシステムによって生産された正六角形が溢れるようになるだろう。他の島の連中も頭が回らないわけではないだろうから、急に勢いをつけた滝川島のやり方を真似て、もしかしたら似たような生産システムを完成させるかもしれない。そこから、どうなる……。


 一つの予想が僕の頭に浮かぶ。それが間違っていないとすれば、生産技術をリークするのは存外早い段階でいいのかもしれない。その方が、市場の競争自体は激化するのだから。


 要はその競争を勝ち抜ける手札を用意できているのであれば、僕たちはこの技術をリークしても問題ないのだ。それに、滝川の島が他と水をあけるだけの時間も欲しい。僕は彼らの島にも他と比べて頭一つ分抜けるような成績を残してほしいとも思っているから。


 だから、動くとしたら今なのだろう。ゲーム時間が残り九十分程度になったところで、僕は思い切って席を立ちあがった。一枚の紙を持って、徒歩僅か5秒の外国に静かに足を向ける。


「なあ、えっと、滝川」

 僕は相変わらず、話をしたことのない人物と言葉を交わすのが苦手だ。それでもなんとか届いた僕の声に、滝川が振り返って怪訝な顔を見せる。


「ああ……確か、秋葉、だっけ?」

 さすがは研究員全体の飲み会企画を提案するだけあって、僕の顔も辛うじて把握していたらしい。


「ちょっと話がある。忙しいかもしれんが損はさせないから、聞いてくれ」

 滝川はますます怪訝な顔を深めながらも手を止める。僕はそれを了承ととって続けた。


「ここに一枚の紙がある。これがなんだか分かるか?」


「いや」

 短く彼が返事をした。やって見せた方が早いと、僕はその場で紙一枚分の資源を借りて、垣内のシステムにより、多量の正六角形を作図した。


「おお」

 滝川が大きく目を見開く。

「お前らの班が少人数なのに、やたら換金が速いのはそいつのおかげか」


「ああ。ゲーム開始後すぐに、アイツが確立した」

 背後の垣内を親指で指す。


「なるほどなぁ。あいつなら確かにやりかねないな」


「だろ? これがあればこの島は人数も多いし、一気に生産効率も上がって、今の混戦状態から頭一つ抜き出ると僕は踏んでいる」

 僕の言葉を滝川はふっと、鼻で笑った。


「まあ、確かにそうかもしれん。だけど、うちにはそれを作るためのコンパスも分度器もない。そもそもそれがあったら、そこまで効率的なものは作れなかったかもしれないけど、とっくに生産物を正六角形に切り替えてるよ」

 こくりと僕は頷いた。滝川は確かに優秀な動きを見せているのだろう。事実、自分の島に出来る範囲での生産の最効率化を終えていたように見える。


「ああ。そうだろうな。だから僕は、こいつを三組ほどそっちの島に流そうと思って話に来たんだ」


「はっ?」

 頓狂な声を滝川は上げた。思ってもみなかったのだろう。

「いや、それは有難いが。お前らに何のメリットが? こういっちゃなんだが、今俺たちがそいつを受け取ったら、お前たちの島もゲーム終了前に確実に射程圏内に入ると思うぞ」


 そこで、僕は、やや苦々し気な顔を見せる。

「ああ、それは分かってる。けど、どうしても紙が足りないんだ。今のままだと、生産のスピードより紙の少なさがボトルネックになって、僕たちは生産システムを活かし切れてない。ここらで一気に多量の紙を手に入れておきたくて」


 市場に高価な加工品を溢れさせること。滝川の島に優秀な成績を修めてほしいこと。本当の目的を僕は口にしない。


「ま、まぁ、分からなくはないが。でも今のままの生産スピードでゲーム修了を迎えてもお前たちとしては何も問題ないんじゃないのか?」

 想定していた質問だったから、それに対する答えは既に決めていた。


「そうかもしれないけど。うちの王様はもの好きでな。どうも生産能力の限界を試してみたいらしいんだ」

 苦笑いを浮かべながら口にする。ある程度垣内のことを理解している相手でないと使えない返答だと思うけれど、滝川が脳内に築いた垣内のペルソナは違和感なくその言葉を口にできるようだ。


「なるほどな。こっちにとっては有難いからもうそこは気にしない。早速交換レートを決めよう」

 事務的な話を進めようとした滝川を。


「ああ、その前に一つだけ」

 意味深に人差し指を上げた僕は制する。

「なんだ?」

 再び警戒心を強めた彼にも。最後の僕のリクエストの意図はよくわからなかったかもしれない。


「お前たちの生産体制が十分に整った後でいいから、この技術を他の島にもリークしてほしい」

 今度はえっと声は漏らさずに、滝川は自らのおとがいに手をやって目を伏せた。


「お前、一体何をたくらんでるんだ?」


「大丈夫。まあ、悪いようにはならないと思うから」

 申し訳ないとは思うけれど。今はまだそれだけしか告げることができない。


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