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回顧録・プロローグ

「いつからお前らはそんな仲良しに……」

 僕は質問を途中で止めた。今目の前にいる垣内洋介(かきうち ようすけ)百井日奈(ももい ひな)も、会社の中では顔が広くて人間関係がしっかりとしているから、知り合いの知り合い程度まで伝手を辿れば、どちらからともなく対談の場を設定する程度は簡単だっただろう。


 もっとも僕を介してそれを行わなかったところに、目の前の二人のよからぬ企てが見え隠れしていそうで、僕は少し警戒心を強めてしまう。


「いつからと言われますと、今年に入ったばかりでしょうか」

 垣内が珍しく、一緒に昼食を取ろうと社員食堂に僕を呼び出したものだから。平凡なランチタイムにはならないだろうと足を運んでみれば、同じテーブルには日奈がちょこんと腰かけていた。


「きっかけは何だったかな……」

 垣内の独り言のような呟きに。


「さあ、なんだったでしょうか? ……もう忘れてしまいましたね」

 日奈はこてりと首を傾げる。やがて、二人は意味深に互いの顔を見やった後ににやりと悪戯っぽく口の端を曲げた。もしや、僕たちが付き合う前からなんらかのつながりを持っていいたのではないかという疑惑が頭を過るが、それは考えまいとする。


 敵わない相手の心中を読もうとするなんて、そんな思考リソースの無駄を僕は良しとしない。


「それで? なんたって、今日は一緒に昼を?」


「特に用事はないな」


「特に用事はありませんよ」

 その僕の問に、二人が同時に同じ答えを返した。


「え、そうなのか?」


「はい。こちらに」

 すっと、日奈が引いてくれた椅子に僕は腰を掛けがてら、垣内に視線を送る。本当になんの用事もないのかという確認の意味を込めていたのだけれど、何を思ったか彼はそれに対して苦笑いを返した。


「百井とちょうどそこで会ったんだよ。今日は席が混んでたし一緒に座ろうって。ならお前も呼んだ方が面白いだろうと思ってな」

 ただ面白そうだという理由を彼が述べるとき、結構な場面でそれは彼の本心であることを、僕は経験則的に知っている。


「驚きましたよ。席に着くなり垣内さんが秋葉さんに電話をかけるんですから。秋葉さんも事情も聞かずにすぐ呼び出しに応じますし。私が呼ぶ時とは対応が大違いです」

 日奈はやや不満気な口調でそう言った。先日彼女からの外出の誘いを一度だけ渋ったのが災いしたらしい。


「なんというか、こいつからの呼び出しはなんとなく断っちゃいけない気がするんだよなぁ」

 言い訳がましい僕の発言に対し。


「こいつは出不精だし、なんにおいても腰が重いからちょっと強引な方がちょうどいいんだよ」


「それはなんとなく察してはいますが」

 垣内と日奈の見解は一致する。


「おっ、流石は秋葉の鉄の心をこじ開けた後輩ちゃんだな」


「恥ずかしいのでやめてください」

 俯く彼女の様子を見ながら、僕も無言で垣内に抗議の視線を向けた。


「あっはは。悪かったよ」

 彼がリザインするように両手を挙げたところで、僕はようやく昼食を前に両手を合わせた。


「先ほどの件もそうですが、秋葉さんと垣内さんは随分親しくされているように見えますよね。やはり人数の少ない基礎研究員で同期となるとそうなるものでしょうか?」

 日奈が話題を転換するように疑問を呈する。


「いいや。配属が近いというよりは……。俺たちは入社直後の研修の時点でけっこうつるんでることが多かったぞ」

 水を啜っていた僕の代わりに垣内が答える。日奈は少し意外感を隠せないような視線を今度は僕に向けた。一度垣内と僕の間で往復させたあと、口を開く。


「へぇ……。あまり関わりのありそうなタイプとは思いませんが」

 確かに日向の彼と違って、僕は目立つタイプではないけれど。さすがにその態度は失礼ではないだろうか。


「つるんでると言うよりは、垣内の方が何かと声をかけてきたんだよ。なんとなく同期の中心にいるやつで、当時から出世頭筆頭なんて言われたエリートが、僕なんかに構ってた理由は、そいつに聞かないと分からない」

 やや皮肉っぽい口調が漏れる。当然、この程度の冗談で気を悪くする相手でないことは分かっているつもりだけれど。


「おまっ、その言い草はないだろ。エリートってのもお前に言われると皮肉にしか聞こえん」


「皮肉でもなんでもない。なんたって、新人研修では一国の王様をやり切ったんだから……」


「王様?」

 日奈がきょとんとした表情で説明を求めている様子を見て垣内が少しだけ慌てて口を開く。


「おい、そりゃ、もうずいぶん昔の話だろ」

 それはまるで、恥ずかしい過去を掘り返されるのを拒んでいるようであった。


「でも事実じゃないか」


「全部知ってるお前が言うのはおかしいって話だ。お前だって気取ったフィクサーを演じてたくせに」

 すかさず言葉を被せた僕に、けれどもやっぱり彼は優秀だった。お前も道連れにしてやるとばかりに僕の嫌がりそうな話題を咄嗟に浮上させようとする。


「秋葉さんは、フィ、フィクサー?」


「ああ、俺は傀儡の王様、秋葉がフィクサーってわけさ」


「傀儡の王にしては、お前は優秀すぎる気がするんだがなぁ」

 しかしもともと目立つのが嫌いな僕と、それをあまり苦にしない彼との舌戦は、あっけなく垣内の方に軍配が上がりそうになっている。


「もう、お二人とも一体何の話をしているんですか? そろそろ私にも分かるように教えてくださいよ」

 その非難の声に、垣内は再びにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「そうだな。百井には話してもいいかな。新人研修時代の秋葉の武勇伝」


「おいっ! その言い方には悪意が」


「秋葉さんの武勇伝、ですか?」

 いつの間にか会話の主導権は垣内に移っていて。百井は耳聡く、武勇伝という単語にわくわくと目を輝かせている。


 こうなってしまっては、僕にはもう彼らを止めることができないと大げさに溜息をつく。せめて彼が変に脚色を行わないように、僕はしばらくその場に留まることを決めたのだった。


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