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4月12日(2) ハンバーガー伯爵vsラーメン伯爵vsカレー皇帝vsうどん将軍の巻

 美鈴が空腹を訴えたので、とりあえず俺は彼女を新神駅近くにあったデパートのフードコードに連れて行く。

 沢山立ち並ぶ飲食店が新鮮なのか、彼女は目を丸くしながら、周囲を一望した。


「お兄ちゃん、これ、全部食べて良いの?」


 財布の中を見る。中にはバイトリーダーから貰った3万円が入っていた。


『これで美鈴ちゃんの服とか学習ドリルとかパジャマとか必要なものを買ってあげてよ』


 数時間前のやり取りを思い出す。

 あの時の俺は非常に若く、女の子に必要なものとか分からねえよと彼女に返した。

 彼女は俺の返答にこう返した。


『適当で良いよ』


 いや、ゲーム機本体買える金渡しといて、"適当で良いよ"はないだろ。

 女の子が使う日用品なんて全く知らねえんだぞ、こっちは。

 "男の子ならエロ本と肉さえ渡しとけば、何とかなるんだよなあ"と思いながら美鈴の方を見る。

 美鈴は心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「お兄ちゃん?」


「ん、ああ、ちゃんと生きているぞ」


「生死の心配まではしてないよ」


「ん?じゃあ、何の心配してたんだ?」


「お兄ちゃんが深刻そうに眉間に皺寄せていたからだよ。何か嫌な事起きたかと思ってたじゃん」


「ああ、その件か。大丈夫、お前の自称姉さんに殺意抱いてただけだから」


「あれ、お姉ちゃんを殺したい時の顔なんだ!?」


「いいか、美鈴。お前の姉ちゃん……バイトリーダーはな、我儘で身勝手で自分の事しか考えていないドスケベ女だからな。気をつけろ、あいつの言っている事は大半合っているけど、敢えて間違いを教えている事もあるから」


 バイトリーダーと出会って約1年。

 この1年間を振り返ってみても、彼女の傍若無人っぷりは酷いものだった。

 出会い頭にプロレス技をかけられるわ、俺を拉致して自分が行きたい場所──海や山など──に無理矢理連れて行くわ、……思い出すだけで頭が痛くなる。


「へ?お姉ちゃん、超優しいけど……」


「それは金郷教の奴と比べてだろ?あいつは悪い奴じゃないけど、意地の悪い奴だ。善人ではあるが、決して優しい奴でも良い奴でもない」 


「お兄ちゃん、もしかして、お姉ちゃんの事嫌いなの?」


「嫌いじゃねえよ、めちゃくちゃ苦手なだけだ」


 頭を掻きながら、正直な気持ちを吐露する。 


「俺に気があるような発言しといて、実際は俺の事を異性として見てねえからな、あいつ。初俺を揶揄って楽しんでるだけなんだよ」


 男女の機微に疎い美鈴は俺の言っている意味が分からないようで首を傾げる。


「じゃあ、お姉ちゃんはお兄ちゃんの事が嫌いなの?」


「嫌いじゃねえと思うよ。そんなに長い付き合いじゃねえから、断言はできねえが、あいつ、嫌いな奴には冗談でも好きなんて言わないような奴だから」


 閑話休題。

 美鈴のお腹が再び鳴り始めたので、昼食を食べる事にする。

 俺はいざという時に取っておいた虎の子の5千円──去年のお盆玉──を懐から取り出しながら、美鈴に食べたいものを尋ねる。


「何を食べたいと聞かれても……そもそも、どんな食べ物があるか分からないんだよね。あ、たこ焼きあったら食べたいかも」


「このフードコードにたこ焼き屋はなさそうだな。とりあえず、1つ1つ見て回ろうぜ」


 そう言って、俺は美鈴を連れて、フードコード内を廻り始める。


「1軒目はジャンクフード代表のハンバーガーだ」


「はんばーがーってどんなの?」


「パンとパンの間に肉と野菜を挟んで食べるやつだ」


「うーん、今はパンの気分じゃないからパスで」


 好きな食べ物は乾パンと言っていた美鈴がパン食を拒否した事に軽い感動を覚える。

 どうやら順調に舌は肥えているようだ。


「じゃあ、ハンバーグステーキはどうだ?」


 ハンバーガー屋の隣にあるステーキ屋さんを指差す。


「……ハンバーガーとハンバーグの違いってなに?」


 お店の前に置いてある看板を見ながら、美鈴は疑問を呈する。


「簡単に違いを言っちまえば、パンがあるかどうかだな」


「でも、この板に載ってるのを見ると、ミンチになったお肉の横にパンがあるよ?」


 看板を見る。

 どうやらハンバーグステーキを頼むと、セットメニューとしてパンが無料でついてくるみたいだ。


「何でこれはハンバーグって名前で、あっちはハンバーガーって名前なの?」


「あー、それはだな……」


 いつもの如く、美鈴は食べ物の名前で躓く。

 軽く悩みながら、俺は彼女の質問に答えた。


「サンドイッチにするのがハンバーガーで、サンドイッチにしねえのがハンバーグだ」


「サンドイッチって?」


 まさかのサンドイッチの存在も知らないパターンだった。


「肉と野菜をパンで挟んだり、乗せたりする料理のことだ」


「なるほど、サンドイッチ化しないとハンバーグステーキはハンバーガーになれないのか。……ん?なら、何でハンバーガーはサンドイッチって言わずにハンバーガーなの?ハンバーガーとハンバーグって似たような言葉だから、ややこしくなるだけだよね?それなら、最初からハンバーガーはサンドイッチに呼称した方が良いような……」


 美鈴は言葉の迷路にものの見事にハマってしまう。

 頭の悪い俺には彼女が何に疑問を抱いているのか、さっぱり分からなかった。

 もしもここにスマホがあったら、彼女の疑問はすぐに解消されるだろう。

 しかし、今俺の手元にスマホはない。

 そのため、俺は自分の力でこの状況を切り抜けなければいけない状況下に陥っていた。


「サンドイッチのはな、昔のイギリス貴族サンドイッチ伯爵が発明したんだ」


 適当にそれっぽい事を言って、この場を切り抜けようとする。


「それと同じでハンバーガーは昔のアメリカ貴族ハンバーガー伯爵が開発したものなんだ。美鈴は知らないだろうけど、サンドイッチとハンバーガーは同時期にできた食べ物でな。今でも伯爵の子孫達が『サンドイッチとハンバーガー、どっちが先か』論争を繰り広げてるんだよ。そういう事情もあって、サンドイッチとハンバーガーは同一視したらいけないんだ。最悪、不敬罪適用されて死刑になるから」


 自分でも何を言っているのかさっぱり分からなくなった。

 何だよ、ハンバーガー伯爵って。

 聞いた事ねえぞ、そんな頭の逝かれた名前の伯爵。


「ハクシャクやフケイザイが何なのか分からないけど、ハンバーガーとサンドイッチをごちゃ混ぜにしたらいけない事だけは分かったよ」


 美鈴は未知の単語──伯爵や不敬罪──が上手く飲み込めていないのか、首を傾げていた。


「じゃあ、あのスープの中に細長いやつが入ってるのは?」


 3軒目の店を指差す美鈴。


「あれはラーメン。ラーメン伯爵が生み出した中華料理だ」


「じゃあ、あの茶色いスープと白ご飯が共存しているやつは?」


「カレー。インドのカレー皇帝が生み出した食べ物だ」


「あのらーめんって奴に似てるあれは?」


「あれはうどん。うどん将軍が生み出した日本の食べ物だ」


「へえー。外の世界の人って、自分の名前を食べ物につけたがるんだね」


「コングラチュレーション、これでまた1歩、立派な大人に近づけたな」


 美鈴が間違った知識を身につけている事に危機感を抱く。

 まあ、生きてさえいれば、いつか正しい知識を身につける事ができるだろう。


「……すまん、美鈴。今言ったの半分くらい嘘……」


「お兄ちゃん、食べるたいもの決まったよ」


 俺の懺悔は美鈴の食欲によって掻き消されてしまう。

 まあ、この告白は食べながら吐いても良いだろう。

 とりあえず、彼女の食べたい物を聞く事にする。


「で、何が食べたいんだ?」


 去年のお盆玉を取り出しながら、美鈴に疑問を呈する。

 彼女は満面の笑みを浮かべると、腹を鳴らしながら、こう言った。


「ここにあるの、全部食べたい!!」


「お前の胃袋はブラックホールか何かか?」


 いつも読んでくれてありがとうございます。

 本日の更新はこれで終わりです。

 明日の更新は12時と13時に予定しています。

 あと、金曜日の一万PV記念用は複数話投稿する予定です。

 具体的な日時は決まり次第、最新話の後書きかツイッター(@Yomogi89892)で告知致します。

 今後も引き続きよろしくお願い致します。

 

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