4月12日(1) 「ありったけの白米を胃に詰め込みたい」の巻
これは魔女騒動が終わった後の話。
4月12日日曜日。
世間ではパンの記念日とか世界宇宙飛行の日とか言われているが、俺にとってはただの日曜日に過ぎないある日の正午。
俺──神宮司は美鈴と共に新神行きの電車に乗車していた。
なぜ政令指定都市である東雲市の中で1番栄えている街に向かっているかというと、美鈴が飼っている亀吉の水槽を購入するためである。
ああ、そういや、バイトリーダーから美鈴に日用品や学習ドリルも買ってやれって言われたっけ。
窓の外に広がるコンクリートジャングルを眺めながら、ぼんやりしていると、美鈴の様子が何故か激変した。
「ん?美鈴、どうしたんだ?」
急にビクビクし始めた美鈴に声を掛ける。
彼女は顔を青くしながら、窓の外の風景を見ていた。
「具合が悪そうだけど、……大丈夫か?もし具合が悪ければ、乗り物酔いの薬を用意しているけど……」
「う、うん、……体調は問題ないけど、ちょっと嫌な記憶思い出しちゃって」
「あー、事故が起きたのってこの辺りだったな、そういや」
1週間以上前、キマイラ津奈木の爆撃により電車が横転した事を思い出す。
あの時は流石にヤバいと思った。
何せ美鈴を守るので精一杯だったから。
もしキマイラ津奈木が電車に追撃を行っていたら、間違いなく俺達は死んでただろう。
「大丈夫だって。今回は金郷教の奴らに追っかけられてないし。電車事故なんて滅多に起きるもんじゃないんだぜ。本来なら」
ちなみに1ヶ月前、バイトリーダーと共に新神に向かう途中、脱線事故に巻き込まれたのは内緒だ。
あの事故も今思うと金郷教の仕業だったんだろう。
「ほ、本当?」
「大丈夫だって。いざという時は何とかするから」
電車は何事もなく終着駅"新神"に到着した。
美鈴は窓の外に広がる新神駅構内を眺めると、目を点にして驚く。
「な、何事もなく着いた……!?」
「何処に驚いてんだよ、お前は」
どうやらキマイラ津奈木による電車爆撃は彼女にとってトラウマらしい。
逸れないように美鈴と手を繋ぎながら、俺達は電車の中から出る。
駅構内は休日なのもあって、かなり賑わっていた。
スーツ姿のサラリーマンにお洒落な格好をした女の子、髪を染めた大学生らしい男性集団に上品そうな服を着こなした老夫婦。
まさに老若男女が駅構内に屯していた。
「うえっぷ、何か気持ち悪くなってきた……」
「人酔いするにはまだ早いぞ」
山口の桜祭りの時以上にいる人を見て、美鈴は吐き気を催す。
多分、こんな大人数の人を見たのは生まれて初めてなんだろう。
「何で外の人間は彩りにあふれた服を着ているの……?目がチカチカするだけであまりメリットがないような……」
「個性を出すためだよ。ほら、美鈴。おんぶしてやるから俺の背中に乗れ」
美鈴をおんぶした俺はそのまま、改札口目指して歩き始める。
すると、俺と美鈴は金髪の少年とすれ違った。
彼は余裕のない表情を浮かべているにも関わらず、ゆったりとした足取りで、今にも人を殺せそうなギラギラした視線をばら撒きながら、駅構内を歩いていた。
まるで仇を探しているような視線だ。
思わず不信感を抱いた俺は因縁をつけられないように彼と目を合わせないようにしながら、すれ違う。
「……知り合いなの?」
金髪の少年が見えなくなった瞬間、美鈴は小声で尋ねる。
「いや、初めて見た顔だ。けど、ああいう正義感に狂ってそうな人間を俺はよく知っている」
キマイラ津奈木や金郷教の教主を思い出しながら呟く。
(いや、あいつらと比べると何かギラギラしてんな。敵意剥き出しというか何というか……)
そんな事を考えていると、背後にいる美鈴が俺の肩を弱々しく叩く。
「……お、にいちゃん、もう……げんか……吐きそ……」
「今、トイレ連れて行くから我慢しろ!!」
駅構内に設置されているトイレまで急いで移動した俺は、慌てて美鈴を女子トイレに放り込む。
彼女がトイレに入った数十秒後、激しい嘔吐音が女子トイレの中から聞こえて来るが、敢えて無視する。
「にしても、ここまで人混みに弱いとは……」
溜息を吐きながら、周囲を見渡す。
トイレの前に設置されていた休憩用よ椅子の上に新聞が置かれている事に気づいた。
誰かが忘れて行ったのだろう。
置きっぱなしだった新聞を手に取り、見出しを小さい声で読み上げる。
「『日暮市桑原町の大爆発、クレーターの深さは50メートルに達すると判明』……か」
新聞に掲載されていた写真を見る。そこには、金郷教騒動で更地になった桑原神社周辺が映し出されていた。
文章にも一応目を通してみる。
記事にはこんな事が書かれていた。
"日暮市桑原町で、原因不明の大爆発を引き起こした事故によってできたクレーターの深さが、50メートルに達することが判明した。
4日に発生し、桑原町の田畑の多くを荒廃させた爆発により、少なくとも150人が負傷した。
幸い死者は出なかったものの、自宅が破壊されたり、損壊したりしたことで30人弱が家を失った"
「って、これ、今日の新聞じゃねえのか」
日付の欄を見ると、4月9日木曜日と記載されていた。
恐らく先週の木曜日からこの新聞はここに放置されていたのだろう。
木曜日と言えば、俺と四季咲が会った日であり、俺が高校2年生として初めて登校した日でもある。
(そういや、誰も爆破事故の話題を上げなかったな……)
木曜日にしたクラスメイト達との会話を思い出す。
占いと猥談の話しかしていなかったような気がする。
よくよく思い出しても、昼休みもに消しピンした記憶しか思い出せなかった。
どんだけ幼稚なんだよ、俺ら。
多分、俺の級友はガイア神が巻き起こした爆破事故の影響をあまり受けなかったんだろう。
俺の周りで爆破事故の影響を受けたのはガイア神に山を破壊された寮長くらいだと思う。
(そういや、寮の窓が爆風で割れたって布留川が言ってたような)
布留川の話が正しければ、一応寮も被害を被っていたらしい。
退院して帰って来た頃には窓ガラスの修理は終わっていたため、直で見た訳ではないが、4日深夜に起きた爆発により、殆どの寮の窓は割れたそうだ。
田舎である桑原町だから、大した事がなかったものの、もし都会でガイア神が暴れていたら、間違いなく都市機能は麻痺していただろう。多数の怪我人と死亡者を出していただろう。
何度も想像した筈なのに、想像する度にゾッとする。
金郷教がどういう意図で桑原町を儀式場にしたのかは知らないが、あいつらが桑原神社近くを儀式場にしたのは不幸中の幸いなのだろう。
(にしても、客観的に金郷教騒動を見たのは初めてだな)
退院した翌日に魔女騒動に巻き込まれたのもあるが、俺は金郷教騒動──いや、ガイア神の降臨が人間社会にどのような影響を与えたのか全く知らない。
いや、知ろうともしなかった。何故なら、俺の周囲に影響はなかったから。
しかし、影響がなかったかと言えば、そうではない。
ガイア神が召喚した天使の所為で四季咲達──聖十字女子学園の生徒達は被害を被っていたのだ。
もしかしたら、あの時破壊した残りの天使達も天使ラファエル同様、どこかで暗躍しているかもしれない。
(俺は、こんな所で油を売っても良いのか?)
もしもガイア神の降臨の影響があるのなら、俺はもっと積極的に動くべきだと思う。
が、俺は魔法に関して全く知らない。
当たり前だ、金郷教と出会うまでは魔法なんて夢物語の世界だと思っていたのだから。
「……俺は一体何をすれば良いんだろう」
結局、何を考えても良い案なんて思い浮かばなかった。
魔女騒動みたいに飛んで来る火の粉を払う事くらいしかできそうにない。こんな受け身の姿勢で良いのだろうか。
(とりあえず、桑原周辺をパトロールする所から始めるか)
そんな事を考えていると、鬼に母乳を吸い尽くされた山姥みたいな顔をした美鈴がトイレから出て来る。
「美鈴、大丈夫か?」
俺の質問に対して、彼女は首を横に振る。人に酔い過ぎて、相当参ったのだろう。
彼女は今にも死にそうな顔で腹を押さえると、弱々しい声でこう言った。
「腹のもの全部吐き出したから、ありったけの白米を胃に詰め込みたい」
「めちゃくちゃ元気じゃねえか」
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