4月1日(6)モノホンの魔法使いと遭遇するくらいなら、異世界転生したかったなぁの巻
バイトリーダーと別れて早30分。俺はまだ桑原駅に到着できずにいた。
「ほら、さっさと走りなさい。スピード落ちているわよ」
「うっせ!美鈴のペースに合わせてんだよ!!」
美鈴の手を引きながら、俺は鎌娘を背負った状態で住宅街を駆ける。
通行人から奇特な目で見られながら住宅街を小走りで走り続けるが、鎌娘と美鈴のせいめ中々前に進まない。
いつもなら30分で着く距離なのだが、美鈴の小さい歩幅に合わせて走っているので、どうしても時間を食ってしまう。
「お前が走ってくれたら、もっと早く進めるんだよ!!」
「まだ足の痺れが取れてませーん!!ほらほら、さっさと走らないと私、警察に捕まっちゃうわよー!」
「上等だ!豚箱に突き出してやるよ!」
鎌娘と口喧嘩をしていると、俺の後ろを走っていた美鈴が膝に手をつき、その場に立ち止まる。
俺は即座に口喧嘩を中断すると、息切れを起こしている彼女に声を掛けた。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だけど……もう、足が……動かな……」
どうやら美鈴には30分以上走る程の体力がないらしい。
彼女は犬みたいに舌を出すと、肺の中に酸素を詰め込み始めた。
「すまん、無理させちまった。とりあえず、安全そうな場所で休憩するか」
彼女達を休ませるために近くにあった公園に移動する。
俺達が避難した公園は滑り台と砂場、そして、ベンチくらいしかなかった。
桜の木があったらちょっとした花見ができたのにと思いながら、俺は背負っていた鎌娘を地面に放り投げる。
「うげ!」
乱雑に地面に放り出された鎌娘は醜い呻き声を出す。
その隙に俺は美鈴をベンチに座らせた。
「ちょ、私をベンチに寝かせなさいよ!!何であんたらが座っているのよ!!」
「うっせ、ベンチで寝たかったら素直に情報を吐け」
「なら、無理矢理にでも退いてもらおうかしら!!」
一歩も動けないとどの口でほざいていたのか、彼女は俊敏な動きで立ち上がると、俺目掛けて躊躇いもなく魔法をぶっ放そうとする。
「危ねえっ!!」
俺は風の砲弾が放たれるよりも速く、彼女の頬に全力の平手打ちを打ちかます。
「ほげえ!!」
無様な声を撒き散らしながら、地面に横たわる鎌娘。
何とか首の皮一枚繋がった事実に安堵しながら、俺はベンチの背もたれに全体重を預けた。
「普通、椅子の取り合いで攻撃するか……?」
魔法使いの倫理とはどうなっているのだろうか。
1番鎌娘と似た価値観を抱いていそうな美鈴をちらりと見る。
今の攻防でびっくりしたのか、彼女はちょっと涙目になっていた。
「あー、よしよし。もう大丈夫だからな、諸悪の根元はぶっ倒したから」
「誰が諸悪の根元よ!!」
腫れ上がった右頬を撫でながら、立ち上がる鎌娘。
もうこれ以上、彼女と一緒にいても百害あって一利なしと判断した俺は電話ボックスを探し始めた。
「何探してんのよ?」
「電話ボックス、お前を通報しようかなって」
「はあ!?私を助けてくれるんじゃなかったの!?」
「悪いな、使えない上に害しかねえ奴を手元に置いとく余裕はないんだ」
「嘘よね!?美人で可憐なこの私を見捨てる訳ないよね!?可哀想とは思わないの!?」
「だってさ、美鈴。これを見てもまだ可哀想だと思うか?」
美鈴は俺の質問に答える事なく、ただ苦笑いを浮かべ続けた。
どうやら、もう鎌娘の事を可哀想とは思っていないらしい。
「ほれ見ろ、誰もお前の事を可哀想な奴と見なしてねえよ」
「なんでよぉおおおおお!!!???私、どう見ても可哀想じゃんかぁああああ!!!!!」
こいつは世界をどのように認識しているのだろうか。
今まで会ってきた中で1番自己中な奴かもしれない。
「とりあえず、予定変更して警察に突き出すか。俺じゃこいつをコントロールできないし」
「お兄ちゃん、それはちょっと可哀想だと……」
「お前、まだこれを見て可哀想って思えんのか?」
嘘泣きを止め、チラッと俺達の様子を伺う鎌娘を指差しながら溜息を吐き出す。
「こいつ、絶対隙見つけたら即逃げるぞ。それなら、1番確実な方法で情報収集した方が良いと俺は思うのだが」
「は、その手があったか!」
「おい、その手とか言い出しているぞ、こいつ」
「大丈夫だよ、私に良い考えがあるから」
そう言って、頭のおかしい鎌娘と向き合う自称俺の妹。
やべえ、この場にいるの、俺以外全員頭おかしいのしかいねぇ。
「鎌娘さん」
「鎌娘とか言わないでよ。私がオカマみたいじゃない!!本名はエルドルーリー・ド・ボルケニーノ!!気軽にエリ様と呼びなさい!!あ、そういや私の鎌がない!!」
「鎌姉ちゃん、お兄ちゃんの言う事を聞いたら警察に捕まらなくて良くなるんだよ。だって、お兄ちゃんは警察の人とお友達だから。お兄ちゃんがちょっと説明するだけでどんな罪も無実になるんだよ」
少し話の雲行きが怪しくなり始めた。
天使みたいな容姿をした彼女が一転小悪魔に変わってしまう。
「あのー、美鈴さん?流石の俺もそれはちょっと無理だと思うんだけど……」
「逆に言えば、例え無実でもお兄ちゃんが有罪って言えばどんな善人でも刑務所送りできるんだよ?だって、お兄ちゃん警察の人と仲が良いから」
どんな説得の仕方だ。
その主張が罷り通ったら、日本は法治国家を名乗れねぇよ。
幼稚で稚拙な美鈴の論理など小学生でも騙されない──
「何それ、ヤバいじゃん!!私も警察の人と仲良くなっとけば良かった!!」
小学生以下のアホがいた。
おい、何やってんだよ、義務教育。
今すぐにでも美鈴の言い分を否定したかったが、円滑に話が進んでいるため、口を挟まない事にする。
躊躇いながらも、俺は美鈴の嘘に乗る事にした。
「み、美鈴の言う通りだ。素直に俺の言う事を聞くか無期懲役、どっちが良いかちゃんと選べ」
「無期懲役とか嫌だから素直に言うこと聞きます!!いや、聞かせてください!!お願いします!!」
地面に減り込むレベルで土下座をかます鎌女。
どんな人生を送って来たらここまでアホになれるんだろう。
てか、お前、コンクリに穴開けられるくらいの魔法持っているだろ。
何で国家権力にビクビクしてんだよ。
色々突っ込みたくなる気持ちを抑えて、俺は美鈴に感謝の言葉を述べる。
「サンキュ、お前のお陰で何とかなった」
「う、……うん。お兄ちゃんの役に立てて良かったよ」
「うん、お前は俺の妹じゃないけどな」
何故、彼女は記憶がないのに関わらず俺を兄認定しているのだろうか。
何か俺に隠し事をしているのだろうか。
本当に警戒すべきなのは鎌娘じゃなくて、もしかすると美鈴ではないだろうか。
「……鎌娘さんは、その、……何で私達を襲ったの?」
美鈴は戸惑う俺を気にかけるに尋問を始める。
あれ?いつの間に主導権取られた?その役目、普通に考えて俺だよな?
「何でって……そりゃ依頼されたからに決まっているじゃない。まあ、分かりやすく言えば、金郷教って所がガイア神を呼び出そうとしていたから、勝ち馬に乗ったって事よ」
「全然分かりやすく言えてねぇよ」
要領の得ない漠然とした答えを口にする鎌娘。
この問答だけで彼女から情報を聞き出すのは困難だと把握した。
こいつ、予想以上にアホ過ぎる。
「1から説明してくれるとありがたいんですが……」
唯一の情報源であるため下手に出る事にする。
俺が謙虚な態度になった事で気を良くした鎌娘はドヤ顔を曝け出すと、すんなり詳細を話し始めた。
彼女の話をまとめるとこうだ。
鎌娘は昔、金郷教の教徒だったが、今はフリーの魔法使いらしい。
彼女は金郷教の教主に雇われ、逃げ出した『神器』──美鈴を回収しに桑原にやって来たみたいだ。
なんでも神器である美鈴は人々の願望を叶える力を持っているらしく、鎌娘は己の願望高身長高学歴高収入イケメン男と結婚する事を叶えてもらうため、この案件を引き受けたそうだ。
そのため、この鎌娘は今の金郷教の詳細についても、何故美鈴が神器と呼ばれているのかも、どのように願いを叶えてもらうかもよく分かっていないらしい。
「んで、今日の15時に東雲市にある新神って所で待機している信者に神器を引き渡せば、私は幸せになれるって訳よ!!」
鎌娘は小説で例えるならば数行くらいの情報量をわざわざ2時間かけて説明した。
多分、話の途中で何回も挟まった彼女の自慢話さえなければ、10分くらいで終わっていたと思う。
正直言って、魔法だとか神器だとか言われても、あまりピンと来なかった。
それもその筈。
昨日までの俺は“魔法や魔法使いといったものは現実世界に存在しない”と思い込んでいたのだから。
(実際、目の当たりにした今でも半信半疑なんだよなぁ)
手の込んだテレビのドッキリと言われた方がまだ信憑性がある。
それくらい、今の俺にとって魔法というものは、すんなり受け入れる事ができない代物だった。
過去に違法薬物の所為で化け物モンスターと化した奴と喧嘩した事があるため、人間の理解を超える事態には免疫がある方だと自負していたが、どうやらそんな事はないらしい。
俺は素直に話を聞いた感想を躊躇う事なく彼女に告げた。
「お前がアホな事はよく分かった」
「何ですってえええええ!!??」
説明の途中で眠ってしまった美鈴を膝枕しながら、達成感に満ち溢れた鎌娘を睨みつける。
「上手いように言いくるめられて、ただ働きさせられているだけじゃねぇか。せめて願いが叶う確証くらい得てから仕事を引き受けろよ。もし美鈴に人の願いを叶える力がなかったらどうするんだ?」
「金郷教をぶっ潰す」
シンプルかつ暴力的で俺好みな結論だった。
露骨に溜息を吐き出した俺は、今後の先行きが不安になるレベルの鎌娘に説教染みた事を──昔、恩師に言われた言葉を──つい言ってしまう。
「あのな、そもそも願いってのは、人に叶えてもらうものじゃなくて自分の手で叶えるもんなんだよ。そりゃ自分の力だけじゃ叶えられない壁に直面した時、神様に縋りたくなる気持ちは分かる。けどな、全部人任せにしちまうと願いに価値がなくなっちまうんだよ」
「は?何で人任せにしたら願いが無価値になるのよ?」
「努力したっていう痕跡が願いの価値を上げるんだよ。過程をなくして結果だけを得ちまうと願いが陳腐になっちまう。ほら、宝くじだって毎回当たったら有り難みなくなるだろ?それと同じだ」
「毎回宝くじ当たった方が良いじゃん。もしかして、あんたって馬鹿?」
アホに馬鹿扱いされてしまった。地味にショックを受けた俺は空を仰ぐ。
「あんた、毎回宝くじ当たった事あるの?」
「ある訳ねーだろ」
「薄っぺらいのよ、あんたの言葉は。宝くじなんか毎回当たった方が良いじゃない。願いってのはね、願った時点で価値がつくものなのよ」
「じゃあ、お前は恋人同士がやるあんな事やこんな事をしないまま、イケメンと結婚するつもりなのか?恋人同士しかやれない事には興味ないのかよ」
「うっぐ……!!じ、じゃあ、イケメンと恋人同士になれるように祈るわ!」
「恋人同士になる事を願っただけじゃ、そのイケメンと結婚できるとは限らねぇぞ」
「うっぐ……!!じゃ、それを込みで願えば……!」
「第一、そんな催眠みたいな真似で人に好きになってもらうとか虚しくないか?そんなの初めから自分はイケメンに好かれる人間ではありませんって公言しているようなもんじゃねえか」
「うっぐ……!!うっぐ……!!」
俺の口撃が余程効いているのか、鎌娘はオットセイみたいな鳴き声を口から漏らす。
調子に乗った俺は、つい彼女を嘲笑すると、煽りに煽ってしまう。
「まあ、奇跡に縋る気持ちはよく分かるよ。だって、お前みたいな残念かつアホな奴には、神様の力がないと願いの1つや2つ叶えられないと思うし」
「はあ!?そんな訳ないじゃない!!そんくらい私の美貌にかかれば余裕よ!!」
「そんな大口叩けんなら、何の苦労もなく願いが叶う機会が来ても勿論願わないよな?」
「当然じゃない!!」
「だとしたら、その機会を潰さないといけないよな?」
「そうわね!そんな私の美貌を不意にするのがあってたまるか!!」
「じゃあ、俺に協力してくれるよな?」
「うん!……うん?」
「俺と一緒に金郷教とやらをぶっ潰してくれるよな?」
「うん……?そんな話だっけ?」
「そんな話だっただろ。もしかして、話についていけない程のアホだったのかお前」
「アホな訳ないじゃん!今のは、そう……確認よ!あんたが私の話についていけているのか確認したのよ!!」
「じゃあ、お前は自分の美貌を否定するような神の力をぶっ潰すために金郷教と闘うのか?」
「当然じゃない!さ、こんな所でウジウジしている場合じゃないわよ!とっとと金郷教をぶっ潰してイケメン彼氏を捕まえに行くわよ!」
「ああ、行け!鎌娘!希望ある未来にレッツゴーだ!!」
鎌娘は意気揚々に立ち上がると、ダッシュで公園から脱走する。
「……あいつ、もう1回くらい俺達の敵になりそうだな」
あのアホさは諸刃の刃だ。ちょっと彼女の操縦を間違ったら厄介な事になってしまう。
その前に利用するだけしてポイ捨てしなければ。
寝ている美鈴を背負い、急いで鎌女の跡を追いかける。
春の息吹が桑原の住宅街に吹き渡る。
春風に乗った桜の花弁が宙に漂うのを眺めながら、俺は深い溜息を吐き出した。
(あー、モノホンの魔法使いと遭遇するくらいなら、異世界転生したかったなぁ。女神様から授かったチート能力で無双しつつ、爆乳だらけのハーレム築きたかったなぁ。ハーレム築けたら、おっぱい揉み放題だったろうし)
ないものねだりをしても仕方ない。
とりあえず、俺はこの騒動が終わったら、買いそびれたエロ本を真っ先に買いに行こうと改めて決意した。