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4月11日(4)お見舞いの巻

 啓太郎達のお見舞いに向かう美鈴と別れて、俺は四季咲達がいる病室へ向かう。

 3階西病棟の廊下を闇雲に歩いていると、病室に入ろうとする蛇女──下半身は蛇の尾ではなく、人のものになっていた──と目が合った。


「貴方は……」


「うっす、蛇女。傷の具合はどうだ?」


 蛇女は信じられないような目をしながら、五体満足の俺を見る。


「……怪我は、どうしたんですか?身体の至る所に穴が空いていましたよね?」


「ああ。何故か知らんけど、治った」


「……貴方、化物か何かですか」


「不思議な力のお陰だよ」


 右の籠手を出そうと試みる。

 だが、幾ら力を込めても籠手は現れなかった。


「不思議な力って、……魔女と闘ってた時に身につけていた籠手の事ですよね?一体、あれは何なんですか?」 


「俺が聞きたいくらいだよ」


 あの籠手は神器であった頃の美鈴が俺に与えたものだ。

 しかし、今現在、美鈴は神器の力を喪失しており、あの籠手を生み出せない状態に陥っている。

 なのに、あの籠手は再び俺の前に現れた。

 もう2度と現れないと思っていたのに。

 もしかしたら、芸術家が死んでも芸術品は残り続けるように、美鈴が力を失ったとしても、神器とやらは残り続けるものなのかもしれない。

 そもそも俺は何も知らないのだ。

 籠手の事は勿論、魔法の事も魔術の事も。

 神様の事だって知らないし、何故倒した筈の天使が俺達の前に現れたのかさえ知らない。

 知らない事ばかりだ。

 今まではかかってきた火の粉を払う程度にしか考えていなかったが、この頻度で魔法絡みの事件に巻き込まれるのなら、無知のままでいるのは危険過ぎる。

 もしもこれ以上、魔法絡みの事件が起きるなら、俺は知らなければならない。

 魔法の事も魔術の事も、そして、この籠手の事も。


(そもそも、この籠手は本当にアイギスなのか?)


 アイギスの籠手を使用していると、籠手から意思のようなものを感じる。

 キマイラ津奈木、そして、金郷教教主はアイギスの鎧は全ての魔を払い退ける効果を持っていると言っていた。

 が、本当にそれだけなのだろうか。

 もしも俺の予想が正しければ、この籠手はアイギスなんかじゃない。

 形容し難い何かがアイギスの籠手の振りをしているだけだ。

 もしかしたら、神造兵器が意思を持つ兵器なだけで俺の思い違いかもしれない。

 けど、俺の思い違いじゃなければ、この籠手は人類の叡知如きでは語ることができない領域にいる筈だ。

 今のところ、俺に敵意はないが、いつ俺に牙を剥くのか分からない。


「どうしたんです?難しい顔をして。わたくしの顔に何かついてるんですか?」


「いや、何もついてねえよ」


 蛇女の声により、現実に引き戻される。


「お前らのお見舞いついでに謝罪しに来たんだけど、四季咲達もこの病室にいるのか?」


 さっき蛇女が入ろうとした病室を指差す。 

「ええ、会長以外は。会長は2つ上の階の個室で入院してますわ」 


「ん?何で四季咲だけ違う病室なんだ?」


「会長の親が彼女のために5階の個室を借りたからですよ。四季咲家はかなりお金持ってますし、個室の1つ2つ借りるくらい動作もなかったんでしょう」


「へ?お前らもお嬢様なんだろ?」


「私達と会長の家柄は天と地程ありますわ。同じお嬢様同士でも格が存在するんです」


「じゃあ、この病室には馬女と鳥女と蜘蛛女がいるって訳か」


「ええ……にしても、わざわざお見舞いに来て頂き申し訳ありません。本来なら私達が貴方の下に行かなければなりませんのに」


「良いって。この騒動が起きたのも何割かは俺の所為だし」


 突然、なんの脈絡もなく出てきた天使とやらを思い出しながら呟く。

 啓太郎曰く、あれはガイア神と戦った時に出てきた人型の土塊らしい。

 もしもあの時、俺が完全に破壊できてたら、彼女達は被害に遭わなかった筈だ。


「それでも貴方がいなければ、わたくし達は人間に戻れていません。たとえこの騒動が貴方の所為であろうとも、貴方は命を賭けてわたくし達を救ってくれました。十分、お礼を言われるだけの事をやってると思いますわよ」


 蛇女の真面目な口振りにより、少しだけ調子が崩されてしまう。

 好き勝手やっただけの奴がお礼を言われるなんて馬鹿げていると思ったから。

 俺から言わせてみれば、彼女達は勝手に救われただけなのだから。


「俺はお前らと魔女をぶん殴っただけだ。それ以上でもそれ以下でもねえよ」


 明後日の方向を見つめながら呟く。

 ……別に蛇女に視線を合わせる事ができないのは、お礼を言われて照れ臭いからだとか、気恥ずかしいからとかじゃないからな。

 うん、絶対にそうだ。


「そうですか。なら、そういう事にしてあげましょう」


 蛇女はそっぽを向く俺を見て、微笑むと大人な対応を取ってくれる。


「あの時は悪かったな。強引に気絶させてしまって」


「わたくしも貴方を殺そうとしたから、おあいこですわ。もしかして、私達が貴方を恨んでいるかもと思って、ここに来たんですか?それは勘違いですよ。貴方には恩はあれど、恨みなんかこれっぽっちもないんですから」


「ボッコボコにしたのにか?お嬢様の考えている事はよく分からん。もしかして、マゾなのか?」 


「わたくし達にとって、貴方の方が訳分かりませんわよ。あと、マゾではありません」 


「あ、そうそう。訳分からんと言えば、お見舞い品持って来てんだ。この中に入ってもいいか?」


「ええ、どうぞ。みんな、貴方に会いたがっていましたし」


 蛇女の許可を得たので、病室に入る。

 病室に入ると、馬女、鳥女、蜘蛛女は入院着の上を脱いでいた。

 ……下着姿になっていた。

 どうやら、ちょうど着替えている時に入って来たようだ。

 久し振り、お色気シーン。

 PTAやフェミニストに見つかったら炎上不可避の絵面だ。

 ヤバイ、このパターンはヤバイ。

 確実に性犯罪者として逮捕されたるし、PTAやフェミニストに燃やされる。

 俺は敢えて彼女達が下着姿である事実から目を背け、何も見ていない振りをした。 


「よお、元気……してる訳ねえか。入院してんだし」


 俺は病室に置いてあったパイプ椅子の上に座りながら、下着姿の彼女達に話しかける。


「にしても、人間に戻ったんだから当たり前なんだけど、お前らめちゃくちゃ小さいんだな」


 彼女達の下半身が化物だった頃は見上げながらじゃないと目が合わなかったので、俺より背が低い今の彼女達に違和感を抱いてしまう。


「まあ、何はともあれ、お前らが無事人間に戻れて良かったよ。……そうそう、お前らにお見舞いの品があってな」


 瞬間、俺の顔面目掛けて枕が飛んで来た。

 それを難なく受け止めながら、枕が飛んできた方向を見る。

 そこには顔を真っ赤にした馬女と蜘蛛女がいた。


「出てけえええええ!!!!」


 熟した林檎みたいに顔を真っ赤にした蜘蛛女は近くにあったものを手当たり次第、俺に投げつける。


「この度は誠にすみませんでした!!!!」


 両手を使って、飛んで来たものをキャッチし続けながら、俺は彼女達に謝罪の言葉──という名の悪足掻きを述べた。


「いや、お前らが怒る気持ちもよく分かる。幾ら魔女を倒すからといって、何の罪もないお前らを暴力で捻じ伏せるやり方は不味かった。特に蜘蛛女。幾ら命を危機を感じたからって本気になるのはやり過ぎ……」


「そこを怒ってるんじゃないの!!着替えてる最中に入って来た事に対して、怒ってんの!!」


 蜘蛛女は興奮した様子で物を投げつける。


「着替えの最中に入って来てすみませんでした!!!!!」


 飛んできたものをキャッチしながら、俺は謝罪の言葉を口に出す。


「あ、でも、大丈夫だ!!下着の上下の色が合ってないお前らの姿なんか見てねえから!!大丈夫!!俺はそんなの気にしないから!!むしろ、そんな生活感に好感を……」


「いいから出てけえええええ!!!!」


 蜘蛛女が投げたものを全てキャッチし終えた俺は椅子の上に投げられたものを置いて、病室の外に出る。

 一部始終を見ていた蛇女は気まずそうな顔をしたかと思えば、俺から目を逸らした。

 ……いや、俺が覗き魔になったの、半分くらいはお前の所為だからな。

 まあ、蛇女の言う事を信じて、ノックしなかった俺が戦犯なんだけど。

 暫くすると、病室の中から蜘蛛女の声が聞こえてきた。

 入室の許可を降りたので、俺は部屋の中に入る。

 部屋の中には不機嫌そうな蜘蛛女と馬女、そして、何故か上機嫌な鳥女がいた。

 

「えー、この度は、その、色々すみませんでした」


 とりあえず、開始早々頭を下げた。

 殴ったら覗いたりした所為で、彼女達の顔をまともに見る事はできなかった。


「えーと、お前らに渡したいお見舞い品あってな」


 とりあえず、反省している事を示すためお見舞い品をあげる事にする。


「いや、それよりも私達に言うべき事があるよね?」


 蜘蛛女の不機嫌そうな声が俺の鼓膜に届く。


「理由があったとはいえ、殴ってすみませんでした」


「いや、そっちじゃなくて。ていうか、そっちに関しては怒ってないんだけど。もっと言うべき事あるでしょ?」


「お前ら顔は良いのに胸は小さいのな」


 ブチ切れた蜘蛛女は躊躇う事なく、近くにあった果物ナイフを俺目掛けて投げつけた。


「下着姿見て、本当にすみませんでした!!」


 飛んできた果物ナイフを人差し指と中指で挟む形で受け止めた俺は誠意もクソも篭っていない謝罪の言葉を反射的に述べる。


「……謝ったから、今日の所は許してあげる」


 蜘蛛女は頬を膨らませながら、そっぽを向くと、寛大な心で俺を許してくれた。


「自分で言うのもアレだが、今の俺の謝罪に許してくれる要素あったか?」


「……ふん」


 蜘蛛女は恥ずかしいのか、そっぽを向くだけで俺の質問に答えてくれない。まあ、許して貰ったなら良いだろう。

 馬女と蛇女の方を見る。

 彼女達は飛んできたナイフを難なくキャッチした俺を化物を見るかのような目で見つめていた。

 ……お前ら、俺を何だと思ってんだ。

 蜘蛛女は落ち着きを取り戻すと、視線を俺の腹に向け、罪悪感に満ちたような表情を浮かべる。


「……あんた、腹の傷はどうなった訳?」


「ん?それなら、もう完治した」


 蜘蛛女を安心させるため、服をめくり、腹の傷があった場所を見せつける。

 彼女が空けた筈の傷口は何事もなかったかのように綺麗に塞がっていた。

 彼女はホッとしたような表情を浮かべる。


「まあ、俺の怪我はさておき。お前らはどうなんだ?特に蜘蛛女、肩の傷はどんな具合だ?ほら、俺、お前の肩に踵落とししただろ?大丈夫だったか?痛くないか?」


「ちょっとヒビが入ってるだけよ。まあ、あんたに負わされた傷よりも天使とかいうヤバい奴が暴れた際に負った傷が重くて入院しているんだけど」


「そうそう、まさか魔女の身体にあんなヤバい奴が入ってるなんて思いもしなかったよ」


「下手したらこの辺り一体焼け野原にできる力を持っていましたもんね、あの天使。もしあのまま暴れていたと思うと、ゾッとしますわ」


「……そうじゃな。まさか男よりも強いモノがいるとは思わなかった」


 どうやら俺が瓦礫の下敷きになっている間、彼女達は天使とやらにトラウマを植え付けられたみたいだ。


(ん?あの天使、そんなに強かったか……?)


 右の籠手があったから瞬殺できたのは確かだが、あの天使はかなり弱かった。

 もしも万全の状態なら、魔女同様、時間と周囲の被害を気にしなければ、籠手なしでも十分倒せていただろう。

 あの天使は彼女達が恐れる程の力を持っていないのだ。

 工夫と粘りさえあれば、誰でも倒せるような代物。

 なのに、あいつら如きを強敵認定とは。

 ……やはり、お嬢様の価値観は分からない。


「あ、そうそう。お前らに渡したいお見舞い品あるんだった」


 価値観の相違というワードで俺はお見舞い品である苦瓜の存在を思い出す。


「え!?お見舞い品!?やったあ!ちょうどお菓子食いたかったんだよね!!」


「コラ、お行儀悪いですわよ」


「お見舞い品なんていらなかったのに、お主は結構律儀な男じゃな」


「まあ、手ぶらじゃ悪いと思ってな。ちゃんとリサーチして来たから、多分、お前らも気に入ると思うぞ」


 そう言って、俺は苦瓜4本取り出す。

 それを見た途端、彼女達の顔は険しいものになると、頬が真っ赤に染まり始めた。


「これ、お前らお嬢様の間で流行ってるんだろ。いやー、お嬢様の価値観ってのは結構変わってんだな。俺には理解でき……うおっ!?」


 四方から一斉にモノを投げつけられる。

 今度は蜘蛛女と馬女だけではなく、蛇女と鳥女も参戦した。


「この変態っ!!これを私達にやって何をさせるつもりなの!?」


「はあ!?何で苦瓜あげただけで変態扱いされなきゃならねえんだよ!?」


「お主、折角見直したのにこんな事をワシらに強いるとは……!!」


「何で野菜手渡しただけで見損なわれるんだよ!?安物だからか!?」


「これで僕達を病院送りにさせるつもりなの!?この変態っ!!」


「もう病院にいるだろうが!!」


「ガチでドン引きです!!やっぱ男って不潔ですね!!」


「だから、何で苦瓜あげただけでそこまで言われなきゃいけねえんだよ!?苦瓜に何か嫌らしい花言葉ついてんのか!?」


 彼女達は口々に俺を罵りながら、モノを投げつける。

 今の彼女達に何を言っても無駄だと判断した俺はすぐさまこの場から撤退した。


 

 

 

 

 いつも読んでくれてありがとうございます。

 作者の"あけのぼのりと"です。

 明日の更新は12時・13時・14時頃に更新致します。

 毎度毎度、前日の告知になって申し訳ありません。

 これからもよろしくお願い致します。


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