4月11日(3) 苦瓜と目隠し娘の巻
「ヘックション!!」
春風が俺の鼻腔を擽った所為で、俺は人目を憚る事なく、クシャミをしてしまう。
「お兄ちゃん、風邪引いたの?」
「馬鹿だから風邪なんか引かねえよ」
「それ、自分で言っちゃうんだ」
お昼過ぎの桑原南商店街。
日曜なのにも関わらず、閑散していた。
俺は鼻頭を掻きながら、愚痴を垂れ流す。
「にしても、予算2000円じゃ全然見つからねえな」
商店街を散策して約1時間。
碌な成果を得られず、少しだけ凹んだ俺は美鈴と共に肉屋で買ったコロッケを齧る。
「でも、買い食いした所為で、予算1000円切ってるよね?奢ってもらった後に言う話じゃないけど、大丈夫なの?」
美鈴は俺に買って貰ったコロッケを美味しそうに頬張りながら、俺の独り言に反応してくれる。
「大丈夫だ、美鈴。残り900円くらいしかないが、気持ちだけはちゃんと残っている。あ、おばちゃーん、苺大福2つ!」
「本当に気持ち残ってるの!?欠片程も残ってないよね!?」
美鈴は俺から苺大福を受け取りながら、ツッコミの声を上げる。
「大丈夫、大丈夫。いざとなったら、そこら辺に咲いている花持って行くから」
「それで大丈夫なら何で私達はお見舞いの品を探していたの!?」
「まあ、残り600円あるんだ。何とかなるだろ」
そう言いながら、俺は商店街に設置されていた自動販売機で炭酸ジュースを2本買う。
「今、残り280円になったよね!?」
「甘いな、美鈴。こういう時に備えて、靴底に500円玉2つ隠し持ってんだよ、俺は」
美鈴にジュースを手渡した俺は両足に身につけていた靴を脱ぎ、中敷の下に隠していた500円玉を2つ取り出す。
「おー!」
彼女は最初だけ感心したような声を上げるが、すぐにある事実に気づいてしまう。
「でも、500円玉2つ隠し持っていた所で、1720円を使った事実には変わりないよね!?」
「ああ、そうだ。お察しの通り、今の俺には1280円しか残っていない!!どうだ、参ったか!!」
「何に参れば良いの!?」
閑話休題。
再びお見舞い品を探す作業に戻る。
八百屋の前を通過しようとした途端、美鈴は足を止めた。
「やっぱ、果物が良いと思うよ。果物は王道なんでしょ?なら、下手に冒険するよりも果物あげた方が良い気がする」
「それもそうだな。1000円だろうが3000円だろうが、あいつらの舌を唸らせる果物用意するなんてできっこないし。なら、少しでも無難なのを選んで、傷を浅くした方が良いか」
美鈴の言う事に従って、素直に八百屋でお見舞い品を探す事にする。
しかし、林檎や蜜柑といった王道の果物は八百屋には置いてなかった。
「王道果物はねえな」
「王道果物?」
「その籠に入っている果物の事だ。ドリアンとジャックフルーツ……ものの見事に臭い果物しか残ってねえな」
こんなの病室で食べたら、他の患者から顰蹙買う事間違いなしだ。
どうしたものかと悩んでいると、背後から聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「もしかして、貴方はあの時の……」
振り返る。
そこには見覚えのないショートヘアーの少女が立っていた。
「お兄ちゃん、この人とお友達……?」
美鈴は少女に聞こえないようにコソコソと俺に話しかける。
「いや、友達じゃないけど、……」
見覚えはないが、声には聞き覚えがある。多分、俺は彼女と会った事があるような気がする。
じっと少女を見つめていると、少女は照れ臭そうに前髪を指で引っ張り始めた。
その仕草でようやく彼女の事を思い出す。
「……あんた、もしかして目隠し娘か?」
「そ、そうです!覚えていてくれたんですか!?たった1度しかお話した事ないのに!?」
目の前の短髪少女──目隠し少女は今にも小躍りしそうな勢いで喜ぶ。
「ああ、お前の異様に長い髪はインパクトあったからな」
目隠れ娘と会ったのは結構前。
俺の記憶が正しければ、通りすがりのヤンキーから彼女を助けたのがファーストコンタクトだったような気がする。
あの時の彼女は前髪も後ろ髪も地面に着く程長く、今みたいに短くなかった。
「まさかバッサリ髪を切ってるとは思わなかったよ。そうか、通りで見覚えがない訳だ。あの時、俺はお前の顔を確認できなかったからな」
「顔確認できなかったのに、私の事を思い出してくれたんですか!?」
「声と仕草でな。あれから工業高校の奴に絡まれたりとかなかったか?」
「は、はい!!お陰様で!!」
「そっか。なら、良かった」
目隠し娘との会話が途切れてしまう。
以前、会った時と比べると、話している方だが、それでも彼女の言動は固かった。
清純で真面目な彼女に何を話せば良いのか分からない。
とりあえず、俺はこの状況を打破するため、彼女にお見舞い品についての質問を投げかける事にした。
「なあ、目隠し娘。ちょっとだけ、お前の知恵を借りたいんだけど、時間良いか?」
「はい!私でよろしければ、知恵でも股でもお貸しします!!」
「ん?また?」
「あ、しまった、本音が漏れてしまった」
ちょっとだけ彼女の雰囲気が変わってしまう。
ここで突っ込んでも碌な事にならないと本能で判断した俺はさっさと質問を投げかけた。
「お嬢様が喜びそうなお見舞い品を探しているんだけど、何か良いアイディアねえか?予算1000円くらいで探してるんだけど、中々見つからなくて」
「そういう事ならお任せください!私程の女子高生になると、あのウブなお嬢様 (笑)を悦ばせる悦ばせる事くらい余裕のよっちゃん!大船に乗った気でいてください!本当なら今すぐにでも私の上に乗って頂きたいんですが」
「ん?最後、何て言った?」
清純で真面目な目隠し娘の口から決して出て来なさそうな発言が聞こえた気がしたので、思わず聞き返してしまう。
「とりあえず、私のオススメはこの苦瓜です」
目隠し娘は俺の疑問を無視して、強引に話を進める。
こっちの聞き間違いかと思うくらい、彼女は堂々としていたため、これ以上の追求はできなくなってしまう。
「ニガウリ……?ねえ、お兄ちゃん、それってどういう果物なの?」
今の今まで蚊帳の外状態であった美鈴はここに来てようやく発言する。
「苦瓜は果物じゃなくて、野菜だ。正式名称はツルレイシって言ってな。沖縄ではゴーヤっていう名前で親しまれている」
農家の子供である俺は得意げになって、野菜の知識を披露する。
「で、何でお前は苦瓜をオススメするんだ?苦瓜って林檎みたいに生で食べるもんじゃないだろ。とてもじゃないが、入院中の奴に差し出すものじゃないように思えるんだが」
「知らないんですか?現在、お嬢様学校では苦瓜が流行ってるんですよ」
オホホと上品そうに笑う目隠し娘。
「あー、確かに言ってたな。苦瓜がどうのこうのって」
四季咲の友達が苦瓜の所為で入院したという話を思い出しながら、商品である苦瓜を手に取る。
お嬢様学校では苦瓜が流行っているんだろう。俺には理解できない流行だ。
「そうです!お嬢様はみんな苦瓜好きなんです!!みんな苦瓜で新しい世界の扉を開いているんです!!」
「ん?何でお前はお嬢様について詳しいんだ?ひょっとして、聖十字女子学園の生徒なのか?」
「ええ、晴れて今年2年生になりました。まだ新年度になって、1度も学校に行ってないから、本当に進級できてるのか分かりませんけど」
「1度も学校に行ってない……?って事は、もしかして、魔女の存在も知らないのか?」
「は?魔女?何言ってんですか?」
どうやら目隠し娘は魔女騒動に巻き込まれずに済んだらしい。
運が良い奴だ。
「まあ、他に良いアイデアはねえし、素直にお前の言う事を信じる事にするよ」
店の奥にいた八百屋のおばちゃん──体調崩しているのかマスクをしていた──の下に向かった俺は苦瓜6本を残ったお金で購入する。
「お嬢様にお見舞いって事はあれですか?もしかして、聖十字女子学園に知り合いがいるんですか?」
「知り合いってより、顔見知りの方が近いかな。正確に名前知っているの1人くらいだし」
男にしか見えない四季咲の顔を思い出しながら、目隠し娘の質問に答える。
「なるほど、ほぼセ……ごほん!……他人以上知り合い未満の関係なんですね」
「まあ、言ってしまえば、その通りだな」
八百屋のおばちゃんから受け取った小銭を財布の中に入れながら、目隠し娘にお礼を告げる。
「ありがとな、お前のお陰でようやくお見舞いの品見つける事ができたよ。これはお礼だ」
そう言って、俺は買った苦瓜1本を紙袋の中から取り出すと、目隠し娘に手渡す。
「え!?良いんですか、これ貰って!!」
「ああ、こんなんで良ければ幾らでも貰ってくれ」
「あざーす!!いやあ、まさか貴方から物を貰えるなんて!最初に会った時にくれたハンカチ以来ですね!!あの時のハンカチは今でも大切に使わせて貰ってます!!」
「そ、そうか……喜んでもらえて何よりだ」
今まで遠慮していたのだろうか。
目隠し娘は俺からお礼を貰った事で、めちゃくちゃ饒舌になった。
多分、今の彼女の態度が本来の彼女なんだろう。
話しやすいと言えば話しやすいが、今まで大人しめな彼女と話していたので、ちょっとテンションの上げ下げについていく事ができない。
「この苦瓜も大切に使わせてもらいますよ、ぐへへへ!!」
「ああ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ。……あと、ぐへへと笑うのは人間としてどうなんだ?」
"ぐへへ"と笑う目隠し娘に若干引きながら、俺と美鈴は苦笑いを浮かべる。
その後、目隠し娘と別れた俺と美鈴は特に寄り道をする事なく、病院に向かい始めた。
いつも読んでくれて本当にありがとうございます。
魔女騒動編は火曜日完結予定です。
また、間章「天使ウリ■ル」編も火曜日から更新予定で、1万PV記念の短編は金曜日辺りに投稿を予定しております。
細かい時間については後日後書きで報告致します。
これからもよろしくお願い致します。




