4月9日(38) <ガラスの皇女>の巻
「あーあ、泥棒猫のお気に入りが死んじゃったわ」
聖十字女子学園から数キロ離れた藍倉山の展望台にて、神宮司と魔女の激戦を眺めていた『ガラスの皇女』が愉しそうに呟く。彼女の隣にいた従者──褐色の肌に黒の瞳をした青年は微動だにすることなく、ガラスの皇女の独り言を聞き続ける。
「ガイア神を倒したって言うから、見に来たんだけど、これじゃあんまりだわ。わざわざ時間を割く必要がなかったというか、見る価値が無かったというか。まあ、これで候補は世界1位の"絶対善"に絞れたから良かったとしますか」
「まだ終わってないぞ」
褐色の青年は皇女の独り言に水を差す。
「あの少年、まだ生きている」
「へえ、あんたが断言するって事は生きてるんだ。流石は神殺しの英雄って事かしら。あんなゴミみたいな籠手だけでよく持ち堪えているわね。私だったら100回は死ねるわぁ」
異変を察知した青年は皇女目掛けて飛んで来た黒い雷を片手で払い退ける。
「驚いたよ。まさか私の魔法をただの技術で防ぐなんて」
展望台に女性の声が響き渡る。
青年は声の主からの攻撃に備え、腰を落とし、拳を構える。
「何者だ」
「通りすがりの魔法使いだよ」
「ソウスケ、そんな警戒する必要なんか無いわよ。どうせ今のそいつにできることなんて何もないから」
ガラスの皇女は興味なさそうに呟くと、聖十字女子学園の運動場へ視線を向ける。
「確かに君の言う通り、今の私じゃ逆立ちしたって君らに勝つことなんかできない。けど、嫌がらせくらいはできると思うよ」
「訂正させて貰うわ。ソウスケ、最大限警戒しなさい。少しでも怪しい行動を見せたら、速攻で捻り潰しなさい。いいわね?」
「委細承知。俺はお前の盾となろう」
広範囲に殺気をばら撒く青年。
それにより、女性──司からバイトリーダーと呼ばれている元金郷教信者は動けなくなってしまう。
「で、泥棒猫。何のためにここに来たのかしら?」
「決まってるでしょ、ただの確認だよ。君達だよね?天使ラファエルを復活させたのは」
「落ちてたものに何を施したって構わないでしょ?何かする度にわざわざ、あんたのお伺いしなきゃいけない訳?」
「私の後輩達に迷惑をかけなけれは、私も口出ししなかったんだけどね。私だって人間だ。身内が不幸になったら、それなりに憤るよ。けど、今はそんな事はどうでも良い。君はどうしてあの男に天使ラファエルを埋め込んだの?一体何がしたかったのかな?」
「別に目的なんてないわ。まあ、強いて言えば、暇潰しかしらね?どうせあの天使ラファエルじゃ10万人殺す事さえ危ういだろうし。けど、まあ、あんな歪に歪んだ状態でも、世界トップクラスの魔導士十数人は葬る事なんてチョチョイのチョイだろうしぃ。そう考えると、目的が発生してしまうわねぇ」
ガラスの皇女は敢えて自分の目的が神宮司の観察である事を伏せる。
青年もバイトリーダーもその事に気づいていたが、敢えてその答えを突きつける事はしなかった。
「そもそも、天使ラファエルも歴史修正の被害者なのよ。預言者テーベさえ現れなければ、あんたの後輩に危害を加える事なんてなかった筈なのに。恨むなら預言者テーベを恨みなさい。本来の歴史に存在していた一神教をガイア教という宗教へと歪めてしまったあの預言者をね。その所為で天使ラファエルは人々から価値を奪い取り、歴史修正を請け負う大天使に変貌してしまったのよ。本来なら人々に癒しを与え、守護天使を監督する任務を請け負う大天使という役割を持ってた筈なのに。天使ラファエルもガイア神と同じく、元の在り方に戻りたいだけなの。それを邪魔する理由は人類にないんじゃなくて?」
皇女は建前をペラペラ話しながら、校庭の様子をぼんやり眺める。
校庭では、魔法の力を取り戻したキマイラ津奈木と鎌を持ったエリが天使ラファエルと闘争を繰り広げていた。
しかし、彼等は健闘するも僅か数秒も経たない内に倒されてしまう。
天使ラファエルは唯一の戦力と言っても過言ではない彼等を倒すと、魔女の手によって人の姿を奪われた女子生徒達に視線を向けた。
今の今まで空中で司と魔女の闘いを見ていた蜂女達は怯え、校庭にいる蛇女達は死を覚悟しているように見える。
絶望する彼女達の姿を見た途端、ガラスの皇女は愉悦に満ちた表情で頬を吊り上げた。
「あの子達も運がないわねえ。いや、運が良いと言うべきかしら。ここで死ねば、第3次世界大戦に巻き込まれずに済む訳だし」
「なるほど、君達『デウス・X・マキナ』の狙いは『外来神』である君を使って第3次世界大戦を起こす事なのか」
「狙いじゃないわ、ただの通過点の1つよ。まあ、私的には世界大戦起きようがどうでもいいんだけれど」
皇女は不敵な笑みを浮かべながら、天使ラファエルを注意深く観察する。
天使の姿はかなり歪だった。辛うじて人の形を保っている。
否、保っているだけである。
腕は3本、脚は1本。
背中に生えた翼は蝉の翅のように薄く儚げで、見ているだけで虚しさを覚えてしまう。
白を基調とした体色は神々しさよりも不気味さを強調させ、病に伏せている老人のような顔は人々に不安感を与える。
歪な天使の姿を見て、皇女は満足そうに微笑んでいた。
彼女の横顔を横目で見た青年は微笑む事なく、近くに潜む敵目掛けて殺意を放ち続ける。
「まあ、君達の……いや、君の狙いが何なのか知らないけど、とりあえず、天使ラファエルは処分させて貰うよ」
「泥棒猫のあんたがあれをどうにかするつもりなの?理解していないようだから、現実を突きつけてあげる。無理よ、あれは今のあんた──人の領域にいる以上勝てる相手じゃない。神堕し直後のガイア神と違って、天使ラファエルはこの地上を生き抜くための最適化を終えているわ。かなりの犠牲を払わないと勝てないと思うわよ。ほら、見なさい。あんたが止めた魔力供給を強引なやり方で再開させてるし」
皇女の言う通り、天使ラファエルはバイトリーダーが止めた筈の魔力供給を力任せに再開させていた。
日暮市にいる全ての人から魔力を根刮ぎ奪う天使を見て、バイトリーダーを名乗る女性は溜息を吐き出す。
「確かに君の言う通り、あれは人の領域にいる者がどうこうできる代物じゃない。だからこそ、手は打たせて貰った。被害を最小限に抑えるためにね」
突如、何の前触れもなく展望台は真っ黒な壁に覆われてしまう。
四方八方を取り囲まれた青年は冷静な態度で黒壁に拳を叩き込む。
「砂鉄のカーテンか。なるほど、これは厄介だ」
青年は拳で壁を叩きながら、冷静な態度で展望台を取り囲む壁を分析する。
「ソウスケ。さっさとそのウザったい壁を破壊してくれる?」
「5分時間をくれ。俺の技術でもこれを壊すのは難しい」
「なるほど、してやられたって訳ね」
皇女は忌々しげに呟きながら、周囲を見渡す。
すると、ワイヤレスイヤホンが足元に落ちている事に気づいた。
「自己修復機能付き砂鉄のカーテンだよ。並の魔法使いなら、その壁を破るのに5日はかかるんだけど、まあ、君達相手なら5分稼げれば上出来かな」
イヤホンから聞こえて来る彼女の声に皇女は舌打ちする。
「何が目的かしら?」
「決まっているじゃん、ただの嫌がらせだよ。それ以上でもそれ以下でもない。そこで指を咥えて待ってなよ、私が君の代わりに天使ラファエルを処分してあげるからさ」
この5分で彼女は何かを仕掛けるつもりだ。そう判断した青年は砂鉄の壁を一刻でも早く壊そうと拳を振るう。
「無駄よ、ソウスケ」
皇女はガラスの剣を生み出すと、手摺りについていた盗聴器を破壊する。
「憎たらしい事実だけど、ここに来た時点で私達はあいつの術中に嵌ってたって訳。あいつはたかが5分を稼ぐために、こんな仕掛けを張ってたのよ。これを強引に破った所で次の仕掛けが待ち受けているだけ。焦った所で何の意味も価値もないわ」
「……なら、どうする?」
「5分で破壊しなさい。結末だけ見て帰るわよ」
この5分で決着が着く。そう理解した皇女は溜息を吐きながら、従者に命令する。
(何をするつもりなのか分からないけど、これはこれで面白そうなものが見れそう……いや、見れたわね)
自分達の視界を奪うだけの理由が、この5分間にある。
どういう策を講じるのか分からないし、もう見る事はできないが、どういう結末を迎えるか見る価値は十二分にある。
(まあ、あの泥棒猫が倒そうが、あの少年が倒そうが、私的にはどっちでも良いんだけどね。アレを倒す奴さえいれば、計画を前倒しに進める事ができるんだし)
次回の更新は13時頃です。




