4月9日(37) 決着?の巻
啓太郎達のお陰で、ようやく魔女に攻撃を与えることができた。
魔女の身体から泥のように溶け落ちる魔力を眺めながら、俺は今度こそトドメを刺すため、もう1度右の拳を叩き込もうとする。
「にゃあああああ!!!!」
が、魔女が放った苦し紛れの爆風により、俺の身体は体育館の壁に叩きつけられてしまった。
「ぐおっ……!!」
体育館内の窓という窓が割れ落ちる。
魔女が立っていた床は衝撃波によりズタズタにされてしまう。
屋根は瓦礫と化し、重力に従うまま、床目掛けて落下する。
背中に広がる激痛に耐えながら、俺は人の姿に戻りつつある魔女を睨みつけた。
奴は必死に地面に落ちる魔力をかき集めようと懸命に腕を動かす。
「嫌だ……嫌だ……嫌だ……!力を失ったら、また無価値になってしまう……また虐げられる側になってしまう……!!」
力に取り憑かれた魔女は落ちた魔力を身体に擦り付ける。
が、1度枝から離れた木の葉が落ち葉になるように、奴の身体から離れた魔力もまた奴の手に戻らなかった。
ステージの方を見る。
そこには先程まで調子に乗っていた鎌娘が白目を剥いて気絶していた。
「あの、馬鹿が……!」
気絶した鎌娘を助けるため、俺はステージに向かって駆け始める。
動き出した俺に怯えた魔女は短い悲鳴を上げると、近くにあった瓦礫を魔法の力で操り出した。
気絶した鎌娘を巻き込まないように、俺は足を止めると、大声を上げて奴の注意を引く。
「魔女、こっちだ!!」
魔女は俺と目を合わせると、空に浮かんだ瓦礫を俺目掛けて投げつける。
出鱈目に広範囲に飛んでくる瓦礫の軌道を読めず、俺は気絶した鎌娘を守るため、魔女の攻撃をモロに喰らってしまった。
「があっ……!!」
全ての魔を払い退ける籠手であっても、飛んでくる物体そのものを払い退ける事はできやしない。
瓦礫は魔法で動かされているだけであって、魔法でできたものではないから。
俺の身体は体育館の壁を突き破り、体育館の外──運動場に投げ出される。
咄嗟に背後に飛んだ事で何とか致命傷を避ける事に成功するが、それでも怪我は重かった。
左額の肉は瓦礫によって抉れ、右脇腹の骨は叩きつけられた飛礫によって折れてしまう。
顔面を守るために覆った左腕と左肩には鋭利な飛礫が突き刺さっていた。
それでも痛みは感じない。
否、痛みよりも尋常ならぬ熱が俺の脳を揺さぶる。
口から血を吐き出しながら、何とか立ち上がろうとした。
籠手の効用なのか、傷口は徐々に塞がり始めた。
それでも、一瞬で傷が癒えている訳ではない。じわりじわりと少しずつ確実に傷口が塞がっているだけだ。
このペースだと傷が治るのに1日の時間を有するだろう。
亀の足みたいなペースで死から遠ざかっているだけで死神から逃れている訳ではない。
もしも死神が走り出したら、すぐに追いつかれてしまうだろう。
呆気なく息絶えてしまうだろう。
息苦しさを覚えながら、俺は何とか2本の脚で立ち上がる。
立ち上がった瞬間、痛みがじわりと脳に伝わって来た。必死に歯を食い縛りながら、体育館から出て来た魔女を睨みつける。
魔女も俺同様満身創痍の状態だった。辛うじて猫の姿を保っているが、いつ化けの皮が崩れ落ちても仕方ない状態で、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。
奴は残った魔力で再び大きい猫のような姿になると、フラフラしながら、俺との距離を詰め出す。
鉛のように重くなった身体に鞭を打ち、俺も魔女に向かって駆け始める。
その足取りはとても重く、今にも地面に倒れ込みそうだった。
「クソガキぃいいいいい………!!!!」
魔女は前脚を無造作に振り下ろす。
奴の弱体化と散々攻撃を躱してきた経験のお陰で最低限の動きで避ける事に成功する。
ガラ空きになった魔女の脇腹に右の拳を打つけた。
背中に走る激痛の所為で上手く力を込められなかったが、そんな拳でも今の奴には効果的だった。
魔女の肉体に流し込まれた白雷が奴から魔力を根刮ぎ奪っていく。
魔女は悲鳴を上げると同時に苦し紛れに攻撃を仕掛ける。
それも最小限の動きで回避すると、魔女の身体に右の拳を叩き込む。
(今の奴なら動きを見切れる……!)
魔女が放つ攻撃を右の籠手を使わずに次々に避けていく。
奴の体力が尽きるまで最低限かつ最小限の動きで奴の攻撃を無傷で乗り切った。
奴が攻撃を終えた瞬間、奴の腹に拳を打つける事で確実に奴の魔力を削っていく。
「当たれええええ!!!当たれええええ!!!」
魔女の打撃が地面を割る。
噴き上げた土砂が俺の身体を呆気なく地面から引き剥がす。
肺の中の空気が全て外に漏れた。
中空に浮く俺目掛けて、魔女は炎の吐息を吐き出す。
俺は酸素を取り込むよりも先に右の拳を握り締めると、迫り来る炎の塊を白雷で掻き消した。
「うおおおおおおお!!!!」
一瞬だけ吸い込んだ空気を瞬時に吐き出す。
そして、拳を握り締めたまま、俺は魔女の頭頂部を思いっきりぶん殴った。
「にゃ……!」
地面に着地した瞬間、俺は間髪入れずに地面を蹴る。
奴の懐に入った俺はもう1度右の拳を放った。
魔女は一歩後退る。
そのまま、勢い任せに俺は何度も右の拳を奴の身体に打つけた。
「くるな……くるなああああ……!!!!」
俺のカウンターを喰らった所為で弱体化した魔女は再びその身を爆散させた。
先程、同じ攻撃を喰らった俺は爆破と同時にバックステップする。
直撃を避けたが、生じた爆風の所為で再び魔女との距離が開いてしまった。
再々々度、爆風により俺の身体は地面を転がる。
それと同時に身体の至る所から血が噴出し出した。
血が抜け落ちると共に力も抜け落ちてしまう。
今にも気を失ってしまいそうだ。
力尽きて倒れそうだ。
それでも、倒れる訳にはいなかった。
まだ魔女から四季咲達の価値を取り戻していないから。
自らを奮い立たせた俺は血だらけになりながら立ち上がる。
魔女は死に損ないの俺が立ち上がっただけで目から涙を零し出した。
「なんで、……なんで、いつもいつも俺はお前ら勝ち組に苦しめなければならないんだよ………なんで、お前はそんなになってまで、お嬢様のために頑張れるんだ!?あいつらの何に惹かれて、お前はここに立っているんだ!?」
魔女はもう欠片程の魔力しか残っていなかった。
その姿は徐々に小さくなり、緩やかに猫の姿から見窄らしい男の姿になりつつある。
もう満足に攻撃する事はできないだろう。
俺は右の拳を緩めると、魔女の疑問に答える。
「あんたが四季咲達から奪ったもんを取り返すためだよ」
痛みの所為で頭は上手く動かない。だから、思った事をそのまま口に出す。
「四季咲達だって、あんたと同じくらい必死になって生きてんだよ。決してあんたの食い物になるために生まれて来た訳じゃない。たとえ、あんたがどんだけ凄惨な過去を抱えてたとしても、今あんたがやっている事に対する免罪符になり得ない」
もうとうの昔に限界を乗り越えた身体を無理矢理動かす。俺が動き出した途端、魔女は泣きそうな顔をしながら、泣き言を叫んだ。
「……い、嫌だ!!失いたくない!!失ったら、俺はまた無価値な人間になってしまう……!!」
魔女は弱々しい魔弾を放つ。
俺は飛んで来た攻撃を右の籠手で弾き飛ばす事なく避けた。
「あんたは自分の事を大切にし過ぎて、他人の思いを蔑ろにしている。そんな人の心を失ったような人間に俺は情けをかけたりなんかしない。たとえどんな同情的な背景を抱えていたとしてもな」
徐々に弱々しい姿になりつつある魔女は言葉を詰まらせる。
もう奴は闘うだけの力も持っていない事は明白だった。
奪っていた力も価値も全て元の人の元に戻ってしまう。
「認めて欲しかったら、誰かに認めて欲しいって素直に言うべきだったんだ、あんたは」
何故、魔女が周りくどい事をしたのか。
何故、執拗に人々から価値や魔力を奪い取ろうとしたのか。
何故、俺を目の敵にしていたのか。
それは全て人間への恐怖心という理由で片付けられる。
結局、魔女は自分の身を守りたいがために相手の価値を軽んじているだけだ。
そんな事をしても、敵を作るだけ。
だって、誰も信じる事ができないんだから。
誰も信じられないから、相手から価値を奪う事でしか安心感を得られない。
誰も信じられないから、1人になるしかない。
結局、魔女は自分で自分を追い込んでいるだけだ。
我身可愛さのあまり、相手の価値を蔑ろにした結果、自分で自分を追い詰めている。
「素直に言うべきだと!?幾ら認めてって言っても誰も助けてくれなかったのに……!!」
「なら、俺が認めてやるよ」
今にも崩れ落ちそうな足を懸命に動かしながら、言葉を紡ぎ続ける。
「あんたの価値を。あんたっていう人間は生きているだけで価値があるって事を」
今にも前のめりになって倒れそうな脚を必死に動かしながら、魔女の方に向かって歩き続ける。
ゆっくりと歩み寄りながら、右腕に纏わりついた籠手を外した俺は、今にも崩れ落ちそうな魔力の鎧を身に纏う魔女だった者に視線を向ける。
闘う力さえ残されていなかった魔女は残った魔力を振り絞る。
そして、俺を叩き潰すために動き出した。
「く、……来るなっ!!」
嵐と言っても過言ではない魔女の猛攻を最低限の動きで躱す。
大地を割る前脚も、大気を裂く尻尾も、口から放たれる光線も全て右の籠手抜きで躱していく。
「なっ……!?」
魔女の全ての攻撃を避け切った瞬間、籠手を身につけていない右の拳を力強く握り締める。
「けど、生きているだけで価値があるからと言って、誰かの価値を踏み躙って良い訳じゃない」
魔女がどんだけ他人から傷つけられたとしても、それが四季咲達を苦しめて良い理由にはなり得ない。魔女が四季咲達にとって加害者である事には変わりない。
……ただの子どもである俺が偉そうに吐く資格はないし、魔女だった男を裁く権利もないだろう。
こんな説教染みた事を俺みたいな奴が吐いたとしても、何も心に響かないだろう。
けど、言わなきゃいけない。
力のない四季咲達の代わりに俺は彼を裁かなきゃいけない。
たとえそれが傲慢で愚かなものだったとしても。
「だから、歯を食い縛れ、盗賊女帝」
魔女は俺の身体に前脚を叩き込もうとする。
それを紙一重で躱しながら、俺は言葉を紡いだ。
「──お前のやらかした罪は結構重いぞ」
俺の拳が炸裂すると同時に魔女の身体から全ての魔力が抜け落ちた。
魔女だった者は地面の上を跳ね上げると同時に、奴が奪っていた価値が持ち主の元に戻り始める。
そして、かつて魔女だった男は気絶すると、大の字になって寝そべってしまった。
全ての事件が終わった事に安堵の溜息を漏らしながら、元魔女である男の方へ歩み寄る。
が、それも束の間の安堵だった。
魔女だったものから抜け落ちた価値や魔力が、再び取り巻くかのように男の身体に纏わり始める。
異変を察知したのも束の間、俺と男との間にに膨大な量の雷が降り落ちる。
一瞬で右の籠手を装着すると、右の籠手で降ってくる雷を受け止める。
そして、間一髪の所で降って来た雷を全て凌ぐ事に成功した。
(魔女だった男から敵意も殺意も感じない……!?ていう事は、もしかして、あいつの中にいる天使とやらが攻撃を仕掛けてんのか!?)
しかし、攻撃はそれだけで終わらなかった。
聖十字女子学園の校舎が何の前触れもなく浮上し始める。
空に浮かび上がる建物を眺めながら、空を仰ぐ。
夜空には、白銀色に輝く光球が点在していた。
あの光球は何なのかと考察する間もなく、浮かび上がった校舎が俺目掛けて落下する。
広範囲にばら撒かれる瓦礫を避ける事ができないと判断した俺安全地帯目掛けて、少しでも生存確率を上げるために走り出した。
だが、逃げようとした方向に啓太郎や四季咲達がいるかもしれないと思った俺は逃げるのを止める。
俺は彼等を巻き込まないように降って来る瓦礫を避けようとした。
遠くから啓太郎達の声が聞こえてくる。
俺はそれを無視して、上空から振り落ちる攻撃を全て避けようと試みた。
怪我を負った今の俺の脚では──いや、健在だったとしても未熟な俺では──落下する瓦礫の山を躱すことはできず。
俺の身体は呆気なく瓦礫に潰されてしまった。
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