4月9日(34) 無価値で無意味で無能な存在の巻
啓太郎は少し得意げな表情を見せながら、彼の隣にいる鎌娘は何故か得意げに胸を張りながら、俺の下に歩み寄る。
「啓太郎、何でここに……」
「匿名希望さんから君の手助けをして来いと言われてね。しょうがなく、君を助けに来たって訳さ」
「助けに、……来た?お前らが?」
妙に自信満々な2人を交互に眺めた俺は彼等の自信の源が分からず、首を傾げてしまう。
「ああ。ここは僕らに任せて、君は少し休むといい」
それだけを告げると、彼等は無理矢理俺をその場に座らせる。蜂女達の連戦で疲れていた俺は彼らの好意に甘えて休む事にする。
(一体、何をする気だ……?)
この際、はっきり言わせて貰うが、啓太郎は雑魚中の雑魚である。
どれくらい弱いかというと、通りすがりの不良にさえ勝てないくらい弱い。
加えて、魔法も魔術も使えない。
単刀直入に言わせて貰うと、彼は戦力に数えるのが失礼なくらい虚弱なのだ。
とてもじゃないが、この状況をどうにかできるとは思えない。
あと、彼の隣にいる鎌娘も魔女から魔法の力を奪われているのだ。
つまり、丸腰と言っても過言ではない。
なのに、何故か彼等は堂々としている。
「やあ、魔女。初めましてと言うべきか。今夜は良い風が吹いているね」
「何しに来た、人間」
「ただの巡回だ。こんだけ大勢がドンパチしてるんだ、お巡りさんとして見過ごす訳にはいかない」
「はっ!ただの正義感のために来たのか。惨めだな、愚かだな、憐れだな!この無限と言っても過言ではない我が軍勢を見て、そんな事を言えるんだからな!」
自分が用意した蜂女達を誇りに思いながら、魔女は啓太郎を嘲笑する。
彼は特に動揺する事なく、いつもの感じで話を続ける。
「たかが1000人も満たさない数を無限とは言わないよ。それに君が幾ら人数を集めようが、幾ら奪った力を素人の女子高生に与えようが、全部無駄だ。君はただ力任せに支配しているだけで、彼女達の心を掌握している訳じゃないからね。暴虐の王は民衆の革命によって処されるのが世の常だ。君の理不尽な王政ももうじき終わる」
「はっ!デカイ口叩くな、凡人如きが。お前らがどんな事をしょうが、私の支配が揺らぐ事はない。お前らは俺に支配される運命なのだから」
「ほう、それは大した自信だ。なら、僕は君に挑戦状を叩きつけよう」
そう言いながら、彼は長さ15センチくらいの木の棒を取り出す。
「僕が唯一使える魔法で、君の力を奪い取る。僕の魔法を無力化できたら、君の勝ち。君の力を奪い取れたら、僕の勝ち。それで良いかな?」
「はっ!ゴミみたいな魔力しかないお前が魔法を使うなんてできる訳ないだろ!私は愚かな凡人と違って、同じ過ちを2度も犯さない!!そこのクソガキの時は価値を見誤ったが、お前の価値はちゃんと見定めているにゃ!!お前は魔法も使えず、かといって頭が良い訳でも腕っぷしが強い訳でもない。イケメンでもないし、特にこれといった才能も無い。正真正銘、無価値で無意味で無能な存在にゃ!そんなお前に何ができると言うんだにゃ!?」
「別に価値がないからと言って、特に長所がないからと言って、存在しなくて良い理由にはなり得ない。確かに君の言う通り、僕にはこれといった長所はない。僕よりも頭が良い者や腕っぷしが強い者、魔法が使える者、脇が臭い者は、この世にはごまんといる。だけど、それがどうした?特に目立った価値がなくても、僕は僕という人間に価値を見出している。自分という人間に価値をつけるのはいつも他人だけど、自分という人間に価値を見出すのは、いつだって自分自身だ。他人にとやかく言われようが、僕は僕という人間を見捨てる事はない。自分を見捨ててしまったら、それこそ一貫の終わりだからね。なあ、魔女。君は自分という人間に価値を見出しているかい?」
啓太郎の隣に立っていた鎌娘が彼の身体に一瞬だけ触れる。
それはあまりにも自然かつ俊敏で彼等の背後にいなければ、俺でも見過ごすくらいの動作だった。
「そこの虚な目をしたお嬢さん方に質問させてもらおう。君達は自分自身を見捨てていないと、今、胸を張って言えるかい?」
啓太郎は魔女から蜂女達へと話の矛先を変える」
「魔女に心酔しているなら、とやかく言うつもりはないが、もし元の日常に戻りたければ、自分を救うために動いた方が良い。君らの仲間を散々痛ぶったそこの籠手男はヒーローでも正義の味方でも救世主でもない。何処にでもいる、ただのエロガキだ。ただ魔女の事が気に食わないから、ここにいるだけで君らを救う気は毛頭ない。彼は自分のためにここにいるんだからね。だから、君らも自分のために動いた方が良い。人を救えるのは他人なんかじゃない。いつだって自分なのだから」
啓太郎は俺をチラリと見ながら、当たらずとも遠からず的な発言を彼女達に投げかける。
突っ込みたい気持ちはあったが、彼が良い事を言ってそうなので、黙って聞いてあげる事にする。
俺は彼と違って、精神的に大人だから。
「まあ、それを抜きにしたとしても、誰かが誰かを救うなんて事、表面的にはできたとしても、本質的にはできないからね。救われる気がない者を救うなんて神話の英雄でも不可能だ。もしも君達が本当に救われたければ、自分を救うために行動をした方が良い。ああ、ちなみに、これはお巡りさんとしての言葉ではなく、君らより少しだけ長生きした年長者からのアドバイスだ」
啓太郎は立て籠もり犯を諭す警官のような口振りで、ここにいる全ての蜂女達に語りかける。啓太郎の言葉が響いたのか、彼女達は一斉に俯き始める。
「話はそれで終わりなのか?」
唯一、啓太郎の話に価値を感じていない魔女は苛立った様子で質問を投げかける。
「ああ、すまない、話が逸れてしまった。僕のとっておきの魔法で君を無力化するって話をしてたんだっけ。いやいや、本当にすまない。僕はこう見えて、お喋り好きなんだ。ついつい話過ぎるきらいがある。口は災いの元と良く言うが、実際その通りだ。このお喋りな口が何度災いをもたらした事か。僕にもう少しだけ知能があれば、この口から出た言葉にも重みというものが出てくるだろうが、残念な事に僕には知能も教養も足りていない。数多の人から価値を奪い取った君には、僕の言葉なんて二束三文にさえならないだろう。全く嘆かわしい事だ。こんな事になるなら、もう少し勉強しとくべきだったよ」
再び隣にいた鎌娘がさり気なく啓太郎の掌に触れる。
「脱線ついでに聞かせてもらうが、魔女、君は天使ラファエルをその身に宿しているようだね。君に神器としての適性がない筈なのに、何故君はその身に天使を宿せているんだ?」
「あん?知る訳ないだろ、そんな事!」
「自覚がないなら教えてやろう。君は天使に利用されているんだ。歴史を正しいものにするための道具としてね。結局、君が今座っている王座も幻想だって事だ。君の中にいる天使は歴史の修正のためなら、手段を選ばない。気をつけた方が良い。利用価値がなくなった瞬間、天使は容赦なく君から全てを剥奪するぞ」
天使の事を誰から聞いたのか、彼は知ったような口振りで魔女にも忠告の言葉を告げる。
彼の言葉を受け入れない魔女は額に青筋を浮かび上がらせると、唾を飛ばしながら、こう言った。
「それがどうした!?たとえ天使だろうが、何だろうが、力尽くで黙らせてやる!!今の俺にはその力があるからな!!」
隣に立っていた鎌娘が小声でカウントダウンを始める。
それを聞いた啓太郎は溜息を吐き出すと、手に持っていた木の棒を天に掲げた。
「ならば、もう言葉は必要ない。君が力で何もかも黙らせるなら、こちらも力尽くで君を黙らせる事にしよう」
彼の背後姿は見た事がないくらい頼もしいものだった。
(もしかして、あいつ、本当に魔法を使えるようになったのか……?)
期待しながら、啓太郎の背中を見守る。
「……7……6……5……」
彼の隣にいた鎌娘は淡々と数字を減らしていく。
彼は鎌娘のカウントダウンに合わせる形で杖を振り下ろすと、こう叫んだ。
「スーパーデリシャスドラゴンビックアタックスーパーサンダーエターナルフォースファイナルフィンガアアアアアアアア!!!!」
「技名くそだせえ!!」
「うにゃあああああああ!!!!」
「しかも効いてるし!!??」
啓太郎の放ったクソダサイ名前の魔法は魔女に大ダメージを与えた。
いや、ダメージを与えたという表現は的確ではない。
魔女は独りでに自壊し始めたのだ。
魔女の陶器のように滑らかな皮膚に亀裂が走る。
口のまわりから鼻先にかけての部分が女性のものから男のものへと変貌していき、魔女の綺麗な長髪は物凄い早さで抜け落ちていく。
掌の肉が徐々に膨らんでいったと思いきや、見窄らしい男の腕へと変わってしまう。
次第に男に変わっていく魔女の姿を見た俺は思わず唖然としてしまう。
すると、背後から打撃音が聞こえて来た。
振り返る。
蜂女に拘束されていた四季咲は蜘蛛女によって救出されていた。
「啓太郎さん、指示通り人質を救出しました!」
蜘蛛女の隣に立っていたキマイラ津奈木は、気絶した四季咲を両手で抱えると、啓太郎に声を掛ける。
彼は振り返る事なく、キマイラ津奈木にサムズアップすると、ドヤ顔でこう言った。
「形勢逆転だな、命乞いをするなら今の内だぞ」
「な、何をした!?」
「言っただろ?君を無力化するって」
啓太郎は空を指差す。
空に浮かんでいた筈の巨玉な魔法陣は跡形もなく消えていた。
立ち上がった俺は啓太郎と鎌娘の顔を覗き込む。
彼等はムカつくくらい綺麗なドヤ顔を披露していた。
「君はこの辺りの人々から無差別に魔力を吸い取ってるんだろ?だから、それを止めさせて貰った。君の魔法は奪った価値を維持するのに多大な魔力を消費するみたいだからね。なら、供給さえ止めてしまえば、僕らが何もしなくても、君は自滅する筈だ」
憎たらしい程、自慢げに種明かしをする啓太郎。
「なあ、啓太郎。お前、魔法使えたっけ?」
「はっ、使える訳ないだろ。匿名希望の魔法使いに供給を止めて貰ったんだ」
「……じゃあ、お前、なんだ?ハッタリかましただけなのか?」
「ああ、そうだが」
「アッハッハッハッ!!啓太郎のハッタリに騙されてやんの!!こんなのに引っかかっるなんて、あんた相当馬鹿よね!!普通引っかからないっての!!ねえねえ、今どんな気持ちぃ!?あんだけ、にゃっにゃっ言って、偉そうにしてたのに、見下していた私達に出し抜かれるとか恥でしょ!生き恥!私だったら、もう恥ずかしさの余り首括ってるっての!!」
側から見ててムカつくくらい、鎌娘は魔女を煽り倒す。
「さあ、これでこの事件も終わったも同然だし、さっさと祝勝会でもしましょうよ!!今日は朝まで焼肉よ!勿論、啓太郎の奢りね!!」
「駄目だ。僕はこの闘いが終わり次第、寿司を食べると決意してたんだ。それに今の時間、焼肉食べたら太るぞ」
「おい、待て、そこの馬鹿2人!!光の速さでフラグを立てるな!!」
「んな訳ないじゃない、ほら、魔女を見てみなさい。魔力供給止められて、元の人に戻って……」
鎌娘に言われて、魔女の方を見る。魔女の肉体が膨張し始めていた。
「いや、人の姿どころか異業の姿になっているんですけど……」
徐々に巨大化していく魔女を見て、俺達は冷や汗を垂れ流す。
「どうやら残った力を掻き集めて、パワーアップしているみたいだな。三十六計逃げるに如かず。エリ、逃げるぞっ!!」
「おうともさ!」
魔女が臨戦状態になった瞬間、啓太郎と鎌娘はこの場から逃げ出した。
「お前ら、時間稼ぎしに来ただけかよ!?」
「時間稼ぎでも大したもんだろ!四季咲君を助けた上に君に休憩時間を与えたんだから!!」
「そうよ!!だから、美味しい所譲ってあげるから、さっさとアレをどうにかしなさい!!」
「何が美味しい所だ!?前回と同じく、今回も厄介事全部押し付けているだけじゃねえか!!」
恥も外聞もなく、この場から逃げ出す彼等に怒声を飛ばす。
……彼等みたいな強かな人間こそが長生きするタイプかもしれない。
そんな事を思いながら、変貌していく魔女と向かい合う。
魔女は巨大な黒猫と化していた。
肉体は影みたいなものに覆われており、体長は目測で30メートルを超えている。
もう怪獣と言っても過言ではない。
暴走か或いは迷走か。
どっちか分からなかったが、魔女は見るにも耐えない黒の化け猫と化してしまった。
右の拳を握り締め、化物と化した魔女に睨みを利かす。
魔女は俺の眼差しを殺意が篭った瞳で返した。
いつでも突撃できるように身構える。
そして、周囲にいた蜂女達目掛けて指示を飛ばした。
「おい!蜂女達!!ちょっとでも救われたいと思うんだったら、さっさとこの場から離れろ!!あとは俺が何とかするから!!俺達がお前らを人間に戻してやるから!!だから、急いでここから離れろ!!」
俺の言葉を聞いた蜂女達は1人、また1人と空を飛んでは逃げて行く。
気絶した仲間を連れて、彼女はここから急いで逃げ始める。
そして、校庭にいた1000人近くの蜂女達は全員瞬く間に立ち去ってしまった。
校庭に残るは右の籠手を装着した俺と化け猫と化した魔女のみ。
啓太郎の時間稼ぎのお陰で体力をある程度回復した俺は棒立ちの状態のまま、右の拳を思いっきり握り締める。
「そこを、退け……!」
「退いたらどうするんだ?」
「あの男を食い殺して、魔力供給を再開させる……!そして、この世界を征服し、俺という人間の価値をみんなに認めさせてやる……!!」
「なら、ここを通す訳にはいかねえな」
今にも襲いかかりそうな魔女に睨みを利かせながら、事実だけを淡々と告げる。
「なら、お前も食い殺す……!」
「なら、力尽くでやってみろよ、食い殺せるもんだったら、な……!!」
俺は腰を落とすと、いつでも魔女に突進できるように身構える。
かくして、俺と魔女の最後の対決が始まった。
過去最高の勢いでブックマーク数が伸びた上に評価もめちゃくちゃ伸びました。
新しくブックマークしてくれた人、そして、評価してくれた人、本当にありがとうございます。
昨日は嬉し過ぎて、無言で踊っていたら激しい動きした所為で右太腿を攣りました。
少し鍛え直してきます。
そして、いつも読んでくださる人、過去にブックマークしてくれた人に厚くお礼を申し上げます。
また、皆さんのお陰で「価値あるものに花束を」が、昨日18時時点で文芸アクション部門の日刊ランキング15位になっていました。
本当、みなさんが読んでくれているお陰です。
本当に本当にありがとうございます。
語彙力がなくなるくらいに、めちゃくちゃ嬉しいです。
ありがとうございます。




