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4月1日(5)VS鎌娘の巻

「………あり?生きてる」


 いつの間にか突き出た右掌の甲から土みたいなのが零れ落ちる。

 眼前は土煙の所為で何も見えなかった。

 呆気に取られていると、背後にいる美鈴が咳き込み始める。

 慌てて彼女達の安否を確かめようと俺は背後に視線を向けた。


「おい、お前ら大丈夫かっ!?」


 振り返ると、涙目で机の下に潜り込んでいる美鈴と俺が飲んでいた炭酸飲料を勝手に飲むバイトリーダーの姿が目に入った。

 2人の無事を確認した俺は安堵の溜息を漏らす。


「な、何よ、その魔法……!あんた、もしかして魔法使いなの!?」


 鎌を持った少女が驚きの声を発する。


「いや、今のところ魔法使いじゃない。あと14年くらい女の子とお付き合いできなかったら自動的になってしまうが」


「そっちの魔法使いじゃ無いわよ!私が言ってんのは、モノホンの方よ!!ガチの方よ!!」


 右手の甲と右袖に付着していた土を払いながら、鎌を持った不審者を注視する。。


「聞いてないわよ!神器を連れ去った奴が魔法使いだなんて!!くそ……!お手軽簡単に成果出せると思ったら、結構面倒な案件じゃないの、これ!!」


 ストローでコップの底を吸い尽くす際に出る独特の音が店内に鳴り響く。


「おい、鎌女。痛い目遭ってから情報吐くのと痛い目に遭う前に吐くの、どっちが良い?」


「はっ!今の超手加減した攻撃で調子に乗られても困るわよ!今の攻撃は、私の愛と希望と優しさが入ったお情け!今度の魔法はさっきのとは格が違うから!!」


 コップがストローに"もうジュースは入ってないよ"と必死に訴える。

 にも関わらず、バイトリーダーはストローでコップの底を吸い続けた。


「ちょっと、そこ、ストローの音止めてくれる!?緊張感がなくなるんだけど!!」


 鎌娘の注意が俺からバイトリーダーに向く。

 俺はその隙に彼女に気づかないようじわじわと距離を縮め始めた。


「緊張感も何も最初からないんじゃないの?魔法使いごっこ(笑)している人に恐怖感を抱ける程、私は子どもじゃないからね。ほら、とっととその鎌持ってお家に帰りなさい。警察には通報しないであげるから」


「人を馬鹿にしてえええええ!!じゃあ、あんたから血祭りに上げてやるわよ!!」


 完全に鎌娘の注意が俺から逸れた。

 その隙に俺は地面を思いっきり蹴り上げると、素早く彼女の間合いに入り込む。


「なっ……!?」


 慌てて鎌を振ろうとする鎌娘。

 しかし、俺の方が圧倒的に速かった。

 鎌娘の鼻頭に右ストレートを叩き込む。

 名も知らない彼女は大鎌を手放すと、鼻血を垂らしながら店の外へと飛んで行ってしまった。


「相変わらず女相手でも容赦ないね。フェミニストの人に怒られるよ?」


「正当防衛だ。なあ、バイトリーダー。あの鎌娘どうする?縄にでも縛っておくか?」


「そうしてくれると嬉しいかな。また鎌振り回したら厄介だし。私はその間、他のバイト仲間達を宥めて来るから」


「大体承知。じゃ、美鈴、少しだけ待っていてくれ。俺はさっきの狂人を捕縛してくるから」


 怯える美鈴に待つようにお願いした俺は鎌娘を捕縛するために店の外に出る。


「って、あれ?あいつ、何処に行った?」


 外で伸びている筈の少女は何処にもいなかった。

 周辺を見渡す。

 人っ子1人見当たらない。

 残ったのは鎌娘の鼻血の跡だけだった。


「しまった、逃げられちまった……!!」


「逃げてなんかないわよ!!」


 真上から彼女の声が聞こえて来た。

 空を仰ぐ。

 緑色の風に乗った鎌娘の姿が視界に飛び込んできた。


「な、浮いて……!?」


 宙に浮いた彼女は鼻血を垂れ流したまま色がついた風の塊を俺目掛けて飛ばし始める。

 目でも追えるスピードで降って来るサッカーボール大の攻撃を難なく躱す。

 風の砲弾は俺がいた場所に直撃したと同時にアスファルトに小さな穴を開けた。


「なっ………!?」


 常識の範疇を軽く超えた攻撃に不覚にも驚きの声を上げてしまう。

 威力自体はそれ程ではない。

 精々、良くて骨折、当たり所が悪くて即死するレベルだ。

 こんなの銃弾と比べると屁でもない。

 なのに、俺は柄にもなくテンパっていた。 

 魔法という未知の攻撃手段の所為で。


「よくもこの私の可憐な顔を傷物にしてくれたわねえぇえええええええ!!!死ぬ程後悔させてやるぅうううううううううううううううううっ!!」


「全部お前の自業自得だろうが!!」


「問答無用!!」


 鎌娘は宙に浮いたまま、次々に風の砲弾を撃ち続けた。

 時速110キロ程度の速さで降り注ぐ空気の塊。

 流星群の如く俺に襲いかかる塊を避けるため、俺は全速力で走り出した。


「くっ……!」


「逃がすかぁああああ!!!!」


 躊躇いもなく敵に背後を見せた俺は頭上から降って来る攻撃を避けるため、全速力で走り続ける。

 彼女が放つ破壊力を帯びた風の塊は次々にアスファルトの地面を破壊していった。

 今は何とか避け切れているが、体力が尽きたら最後、蜂の巣にされてしまうだろう。

 一刻も早く打開策を考えねば。

 この攻撃を止めるのに、1番堅実かつ確実な方法は攻撃し続ける彼女をぶん殴る事だ。

 だが、彼女は今マンションでいうと3階くらいの高さから攻撃し続けている。

 周囲には1階建てのファミレスの建物と無駄に広い駐車場しかないため、彼女をぶん殴るのは不可能に等しい。

 超人的なジャンプ力がない限り、彼女を引き下ろす事はできないだろう。


「うおっ!?」


 うっかり自分の足を蹴ってしまい、無様に地面とキッスしてしまう俺。


「やべえ……!」


 うっかりミスで窮地に陥った俺は慌てて起き上がろうとする。

 が、そんな隙を彼女が見逃す訳がない。


「死ねえええええ!!!!!」


 夥しい程の数の砲弾が俺目掛けて飛んで来る。


「やば……!」


 起き上がるよりも先に右腕が先に出る。

 瞬間、俺の視界に飛び込んで来たのは、黒い雷に打たれる鎌娘の姿だった。


「あぎゃあああああ!!!!」


 音もなく落ちた黒い雷は宙に浮く彼女の身体に突き刺さる。

 それと同時に無数の砲弾も跡形もなく消え去ってしまった。

 雷に打たれた彼女は黒焦げになると、地面目掛けて落下し始める。


「ちょ、……!!」


 落ちて来る鎌娘を受け止めるためだけに、俺は再び走り出す。

 が、彼女の身に何かしらの奇跡が舞い降りたのか、通常ではあり得ない速さで、ゆっくりと彼女は地面に舞い降りた。


 落ちてくる彼女を両腕で受け止める。

 俺はそっと彼女を地面に下しながら、何度目か分からない安堵の溜息を吐き出した。

 黒焦げになった彼女はまだ意識があるらしく、殺虫剤をかけられたゴキブリみたいに、か弱く指を動かし続けていた。


「あの黒い雷……自然発生したものじゃ……ないよな?」


 空を見上げる。雲1つ見当たらない快晴だった。

 どうやら空から雷が降って来た訳ではないらしい。

 考えられるのは彼女の自爆、或いは常識を超えた力を使った反動か。

 どっちにしろ、俺にとってはラッキー以外の何者でもない。


「もしかして、変な力に目覚めたとか……?」


 確認のため、何か出ろと命じながら右腕を振る。案の定、何も起こらなかった。


「まあ、そりゃそうか」


 自分に不思議な力が宿っていない事を確認した俺は黒焦げになった鎌娘を揺さぶる。


「おーい、大丈夫か?意識はあるか?」


「か、辛うじて……」


 鎌娘はピクピク指先を動かしながら、苦しそうな様子で俺の質問に応えた。

 どうやら見た目とは裏腹に元気らしい。

 小刻みな震えと黒のローブを着ているのも相まって、マジでゴキブリみたいだった。


「あんた……本当に何者なのよ……この私をたった一撃で倒すなんて……お陰でこっちはボロボロだわ……」


「いや、俺は何もしてないぞ。あんたが勝手に自爆しただけだろうが。……で、あんたは一体何者だ?何故、俺らを襲った?」


 右の拳を握り締めながら“答えなかったら殴るぞ“アピールをする。


「ちょ、手負いの女の子を殴る気!?」


「訳分からん力で善良な一般市民を殺そうとした奴がよくそんな台詞言えるな」


「それはそれ!これはこれなの!善良な一般市民ってのは、私が死になさいって言ったら喜んで死ぬ人の事よ!!少なくともあんたみたいな不埒者は善良な一般市民とは言わないわ!ただの死刑囚よ!!」


「どんな世界に住んでいたらそこまで歪な価値観を抱けるんだよ?異世界から転生してきたのか?」


「失礼ね!生まれも育ちも日本よ!」


「日本の教育はそこまで道徳を蔑ろにしてねえよ」


 鎌娘のとんでも価値観を聞いていると、ファミレスから出て来た美鈴──今にも泣きだしそうな顔をしていた──と目が合った。

 俺の視線に気づいた鎌娘は振り返ると、美鈴を見るや否や意味深な事を言い出す。


「……なるほど、あんたが魔法を使えたのは『神器』のお陰って訳ね」


「は?『神器』?あんた、何か知っているのか?」


「ぺっ、知っていてもあんたに教える事は何一つ……あ、ちょっとタンマ。胸倉掴まないでください。今にも殴りかかりそうな雰囲気で迫らないでください」


 鎌娘の胸倉を掴み、無理矢理にでも情報を聞き出そうとする。

 すると、遠くからサイレン音が聞こえて来た。

 恐らく厨房にいた人が通報したのだろう。バイトリーダーはそんな面倒臭い事しないと思うし。


「あのー、もしかして私捕まっちゃう系な奴ですか?」


 サイレン音を聞いた鎌娘は冷や汗をダラダラ垂れ流しながら目を泳がせる。


「多分そうだろ。続きは署で聞くからな」


 鎌娘は強引に俺の手から逃れると、この場から逃げようとする。

 しかし、たった数歩歩いただけで彼女は力尽きてしまった。

 俯せの状態になって倒れた彼女は絶叫を上げると、子供みたいに駄々を捏ね始める。

 その姿は側から見ても見苦しいものだった。


「いーやーだー!!!!ここで捕まったら高身長高学歴高収入童顔イケメン童貞と結婚できなくなるぅうううう!!!!ねえ、一生のお願い!!動けない私を背負ってここから逃げて!!何でもするからああああああ!!」


「俺にメリットがねえよ。あんたを逃した所で素直に情報吐いてもらうとは思えないし。それなら、雫さん達に預けた方が確実……」


「確実って何よ!?私は何されるって言うの!?」


「話せる訳ねーだろ、小さい子がすぐ近くにいるんだし」


「いやああああ!!!!小さい子に話せない事やられるくらいなら願いとか捨てる!!痛いのと苦しいのだけは無理なのよぉ

おおおおお!!!お願い、何でも話すし言う事聞くから私を連れて逃げてぇええええええ!!!!」


 あまりにも惨めに命乞いをするので、つい助けたくなってしまう。

 が、俺の勘が彼女を助けたとしてもろくな事にならないと耳元で囁く。

 きっと、こいつは恩を忘れるタイプだ。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる感じで、助けた後即とんずらしてしまうだろう。


「ねえ、お兄ちゃん……その人、助けた方が良いんじゃないかな……?」


 美鈴は恐る恐るといった感じで俺に提案する。


「美鈴……俺が躊躇いもなく殴れる相手は大抵悪人だ。こいつを助けてもろくな事にならない。俺の経験則がそう語っている」


「でも………その人、可愛そうだし……」


「お前は聖人かなんかなのか?」


「ほら、神器もそう言ってるじゃん!!早く助けないさいよ!!じゃないと、私、捕まっちゃうわよ!?さっさと助けないなら、後でぶっ殺すか……ふげえ!」


 喧しい鎌娘の顔面を殴り、強制的に黙らせる。

 弱っていたので気絶させる事は非常に簡単だった。


「いいか、美鈴。本当に可哀想な人は後で殺すなんて言葉を絶対に吐かない」


「でも………」


 美鈴は何か鎌娘に思い入れがあるのか、中々俺に同意してくれない。

 気まずいだけの沈黙が現場に走る。

 意外にもこの均衡状態を破ったのは、何処からか現れたバイトリーダーだった。


「私は美鈴ちゃんの案に賛成だよ。使えるものは何でも使わないと」


「このいかにも裏切りそうな鎌娘を手元に置けと?あんた、正気か?」


「大丈夫でしょ。だって、彼女は魔法使い(笑)な上、頭もゲキ弱っぽいし。君でも手玉に取れると思うよ」


「俺、英語以外赤点常習犯だけど……」


「それくらいこの娘は馬鹿って言っているんだよ。さ、雫達が来る前にさっさと東雲市に移動しなさい。この場は私が何とか

してあげるから」


「でも、まだあんたに金郷教とやらを聞いていな……」


「その点に関しては、そこで伸びている鎌娘から聞いてよ。今はどうか知らないけど、彼女も金郷教の信徒だったのは事実だし。多分、私よりも詳しく今の金郷教を説明できると思うよ。美鈴ちゃんが追われている理由を知りたいんでしょ?」


「それはそうだけど……、けど、こいつを連れ回すメリットよりもデメリットの方が大きい気が……」


「虎穴に入らずんば虎子を得ず、さ、迷ってないで即行動。チャンスの神様に後ろ髪はないんだから」


 そう言うと、バイトリーダーは俺の背中を急かすように押し始める。

 パトカーのサイレン音が徐々に近づいて来たので、仕方なく俺は彼女達の案に乗っかる事にした。

 俺は鎌娘を背負うと、美鈴の小さな手を握り締める。

「ちょっと走るけど、着いて来られるよな?」


 美鈴は小さく頷くと、俺の手を握り返す。彼女の手はかなり冷たかった。


「じゃ、ちょっと行ってくる。雫さん達には後で連絡するって言っといてくれ」


「了解。ちゃんと伝えとくよ。……多分だけど」


 最後、何か不穏な一言が混ざっていた気がしたが、パトカーに脅えた鎌娘がしきりに背中を叩くので敢えてスルーする。

 こうして、俺と美鈴、そして、鎌娘は日暮市から離れた所にある東雲市に向かい始めた。



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