4月9日(32) 浅い人間性の巻
空に浮かぶ半人半蜂の少女達──2対の翅が4枚、顎が異様に発達しており、鋭く釣り上った複眼、皮膚は茜色の鎧と化しており、腕は計4本、尻はオレンジ色に変色かつ尖ったものに変貌している──を見上げながら、思わず固唾を呑む。
この数を相手にするとなると、とてもじゃないが、勝ち目はありそうにない。
昔、俺はたった1人で暴走族300人と喧嘩した事がある。
あの時、300人相手に勝てたのは地の利があったからだ。
小さい頃から慣れ親しんでいた実家近くの山に誘い込み、卑怯卑劣な方法で敵を罠に嵌め、仲間割れを促し、敵を分断させ、散り散りになった敵を1人1人背後から襲う事で、何とか勝利を勝ち取ったのだ。
その経験があるから、俺は身を持って知っている。
たった1人で1000人相手に勝つ事は、不可能である事を。
数は強さだ。
1人じゃ到底敵わない相手でも、頭数さえ揃えばどんな相手だろうが倒す事ができる。
だから、人は徒党を組む。
足りない力を補うために。
求めてられている結果を出す為に。
1人じゃ成し遂げられない偉業を果たす為に。
「そいつらは1体だけでも、上級魔導士に匹敵する力を持っている」
上級魔導師がどれくらい強いのかさっぱり分からないため、イマイチ魔女の例えがピンと来なかった。
けど、強さだけはちゃんと理解している。
恐らくここに来る道中遭遇した半人半魔の彼女達と同程度の強さを持っているのだろう。
そう考えると、勝てる見込みが一切湧いて来なかった。
うん、困った。
「ここの生徒達を使ったのか……?」
「そうだ。気をつけろ、人間。この小さい島国程度なら、3日あれば完全制圧可能だ。世界征服のための切札だったが、お前に邪魔されるくらいなら、遠慮なく切らせてもらう……!」
「何であんたは世界を征服したいんだ?」
棒立ちの状態のまま、俺は魔女にずっと聞きたかった事を尋ねる。
「そんなの簡単だ。俺が良い世界を作りたいからだ」
かなり浅い理由を、さも深い理由のように話す魔女を見て違和感を抱く。
「お前らに代わって、俺が生体ピラミッドの頂点に君臨する。そうする事で誰もが笑って暮らせる理想の世界を作り出してみへる。それが俺の大願であり、お前らに対する俺なりの価値の証明だ」
俺と魔女の視点が違う事を理解する。
何故か魔女は人間視点ではなく、人間の視点外から物事を語っている。
使っている言語は同じ筈なのに、どうしてか歯車が一致しない。
それが非常に歯痒かった。
「何故、四季咲達を狙ったんだ?」
「そんなの、こいつらが恵まれていたからに決まっているだろ。こいつらは親が優秀だったが故に、生まれた時からかにゃり恵まれた地位に位置しているからな。だから、俺はこの力を得た時、真っ先にこいつらを不幸のどん底に突き落とそうと思った訳さ。こいつらを私の手足として浪費する事でスッキリすると思った。ただ、それだけの理由で俺はこいつらから価値を奪い取った」
この騒動が魔女の中にある劣等感によって生じた八つ当たりである事を何となく理解する。
劣等感を解消するために、人間という種の中で上位に位置しているお嬢様達に八つ当たりしているんだろう。
より良い世界を作るみたいな人間外の視点はただの建前だ。
自身の劣等感と嫉妬心を隠すための。
それを理解した途端、俺の口から溜息が漏れ出る。
「……そんな理由で彼女達を悲しませたのか」
背後から四季咲の震えた声が聞こえて来た。
それを見た魔女は愉快そうに微笑みながら、四季咲を見下す。
「そう。あいつらから価値あるもの全て奪ったお陰で、かなりスッキリしたぜ。今まで何不自由無く育って来た奴等から、才能や美貌、人間性を奪った時の顔はかなり痛快なものだったからな。特にお前の時はめちゃくちゃ興奮したよ。手を使わずに射精しそうだったぜ」
魔女は中に浮かぶ蜂女達同様、空へ浮き上がる。
そして、物理的にも精神的にも俺らを見下ろしながら、独白を続けた。
「こいつらを兵に改造する時もかなり笑えたけどな。ある者は親に助けを乞い、ある者は命乞いをし、ある者は現実を受け入れずに発狂し、ある者は現状を正当化するため私に忠誠を誓い、またある者は泣き喚いてたにゃ。そんな事をしても、俺は止まらないいというのに」
愉快そうに嗤う魔女に四季咲は怒りを募らせる。
けど、俺は魔女に怒りを抱けなかった。
憎しみを向ける程、魔女は中身のある人間ではなかったから。
「なあ、魔女とやら」
俺は空に浮かぶ魔女に声を掛ける。
「あんた、本当により良い世界を作りたいのか?」
魔女は目を点にしながら、俺を見つめた。
「本当は世界征服とか興味ないんじゃねえのか?」
「お前、……俺の話をちゃんと聞いていたのか?」
「聞いてたさ。けど、あんたの言葉の殆どは軽過ぎて、これっぽっちも心に響かなかったよ。だから、俺はこう思ったんだ。別にあんたは征服をしたい訳じゃないんだって。ただ力があったから、ただやり方を知ってしまったから、ただ人間に対する嫉妬心や劣等感を抱いていたから、行動に移してるだけなんだろ?特に目的も思想もなく、感情任せに動いているだけなんだろ?」
俺が魔女に抱いている違和感。
それは魔女の浅い人間性だ。
魔女は数回言葉を交わした程度の関係性である俺でも理解できるくらい底の浅い人間だった。
だが、それは人間としておかしい事だ。
数度言葉を交わしたくらいで人間を理解できる訳なんてない。
たとえ経験の浅い子どもだろうが、数回話した程度では、そいつの全てを知る事はできっこない。
ならば、答えは至って明瞭。
魔女は思想も意図もなく動いているのだ。
ただ、八つ当たりをしているだけ。
そう考えると、全ての歯車が合う。
魔女は自分の怒りを発散しているだけなのだ。
愚かな事に。
残酷な事に。
可哀想な事に。
「魔女。たとえあんたが世界征服を成し遂げようが、全人類を虐げようが、あんたが求めている言葉を俺達人類は決して吐く事はない。あんたの嫉妬心や劣等感は解消される事はない。何故なら、人類にとって、あんたが経験した不幸な出来事は些末なものだからな」
「……些末な出来事、……?」
魔女手をわなわな震わせながら、俺の勝手な言い分に怒りを露わにする。
「……俺が、どれだけ頑張っても価値ある者にならなかったと言うのに?努力を認められなかった事を……お前は瑣末な出来事だと罵るのか?」
魔女の怒りの根源を垣間見た。
魔女は自分を認めさせるために、世界征服を成し遂げようとしているのだ。
四季咲から奪った力や天使の力という借り物の力を使って。
「あんたの背景に何があったのか、俺は知らないし、知ろうとも思わない」
自分の価値観を淡々と押しつけながら、俺は鼻で笑う。
「けど、幾ら他人から奪い取ったもので着飾ったとしても、あんたという人間に価値も深みも生まれない事くらいは知っているよ」
「ふざけるな……!」
魔女は嘲笑を浮かべる俺目掛けて魔力の塊を放り投げる。
俺はそれを右の籠手で受け止めた。
塊が白雷に食い潰されると同時に、魔女は周囲に浮いていた半人半蜂に命令を飛ばす。
「このクソガキを消せ!こいつを殺した奴は人間に戻してやる!!」
魔女がそう言った途端、半人半蜂は一瞬だけ躊躇うと、覚悟を決めた数人が俺に向かって突撃して来た。
その最初に動き出した数人に釣られて、他の半人半蜂達も俺との距離を縮め始める。
空を覆う程の大軍が隕石のように運動場目掛けて落下して来る。
その光景に少しだけ怯えつつ、俺は右の拳を握り締めた。
空から降って来た1人の蜂女が俺に飛び蹴りを放つ。それを紙一重で躱す。蜂女は俺が立っていた地面を蹴りだけで陥没させた。俺の背後に降り立った別の蜂女が拳を振るう。それも紙一重で躱す。すると、蜂女は拳1つで地面を2つに割ってしまった。
(身体能力も化物級かよ……!)
蜂女達が蹴りを放つ度に突風が生じ、拳を振るう度に砂埃が舞う。
当たれば間違いなく内臓が破裂する一撃。
だが、彼女達の拙い攻撃は俺に届かなかった。
一瞬で把握する。
彼女達も蜘蛛女達や魔女と同じく、力を使いこなしていないのだ。
加えて、彼女達は戦闘のスペシャリストではない。
だから、上手いこと連携が取れておらず、仲間に危害が及ばないよう、力をセーブしながら、俺に攻撃を仕掛けている。
彼女達は集団であるが故に、自分達の長所を潰し合っているのだ。
蜂女達の攻撃を捌きながら、俺は右の籠手で彼女達の身体に触れる。
白雷を浴びた彼女達は個性的な叫び声を上げると、その場に伏せてしまった。
どうやら半人半蜂になった彼女達にも白雷は効くらしい。
だが、少し触れた程度では彼女達の姿を元に戻せなかった。
大量に雷を流し込めば、元に戻せるかもしれない。
が、籠手の力を扱えていない以上、その方法を取るにはリスクが高過ぎる。
最悪、白雷で彼女達を殺してしまうかもしれない。
(触れた程度で気絶させられるなら、何とか1000人相手でも上手く立ち回れるかもしれないな)
淡い希望が俺の胸の内から湧き上がる。
俺は右の拳を握り締めると、まだ大量に浮いている蜂女達を睨みつけた。
「何をしている!?人間に戻りたくないのか!?」
魔女は俺の籠手に怯えた蜂女達に怒声を飛ばす。彼女達は急かされるように拳を構えると、再び俺を仕留めるために動き始めた。
「蜂って外骨格があるらしいな」
息を軽く吸い込み、迫り来る蜂女達と向かい合う。
「怪我したくない奴は去れ。──手加減なんか一切しないからな」
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