4月9日(31) 右の籠手再びの巻
アイギスの籠手。
神話に明るくないため、詳しくは知らないが、キマイラ津奈木によると、"全ての魔を払い除ける"力があるらしい。
元々、この力は不思議な力を持っていた頃の美鈴が俺に与えた力だ。
俺本来の力ではない。
美鈴が不思議な力を喪失した今、永遠に俺のものではなくなった力。
それが何故か俺の右腕に宿っている。
詳しい事情は全く知らない。
棚からぼた餅と言っても過言ではない。
どういう理屈が働いているか知らない。
けど、今は理由なんかどうだっていい。
目の前の敵を殴り飛ばせるなら。
「なるほど、……その力が俺の儀式を邪魔していたのか……!!通りで魔力の収集が遅い訳だ……!」
忌々しげに魔女は俺の右腕に纏わり付いた籠手を睨みつける。
儀式という単語が気になったが、敢えて無視した。
どんな企みがあろうとも、目の前の魔女さえ倒したら終わりなのだから。
「──今度はこっちから行くぞ」
右の拳を握り締める。
不思議な力により腹の傷がある程度塞がった俺の身体は、自分でも驚くくらい快調だった。
「はっ!あんな魔法を防いだ程度で調子に乗られても困るだけだ!その籠手でも防げない程の魔法をぶっ放せば、お前なんて速攻で殺せるって事を忘れるな!」
「四季咲。そこから決して動かないでくれ」
背後にいる四季咲に指示を飛ばすと、俺は地面を思いっきり蹴り上げる。
「なあ、クソガキ。この世で1番完全かつ完璧かつ完了している生き物はなんだと考える?」
魔女は俺に質問を投げかけながら、足元に魔法陣を展開し始める。
紅く輝く魔法陣の上に立ちながら、魔女は聞いてもいないのに質問の答えを俺に言った。
「それはドラゴンだ。ドラゴンは産まれた時から完全で完璧で完了している。だから、ドラゴンは生殖もしなければ、眷属も作る事もない。単一である故に、魔導士の中ではドラゴンを万物の始祖と考察する奴もいる」
「だから、どうした?」
走りながら魔女を挑発する。
奴は不敵な笑みを浮かべると、魔法陣を更に妖しく輝かせた。
「幾らその籠手が優秀でもドラゴンには勝てっこないって事だ!!」
奴の足元にあった赤い魔法陣が6つに分裂する。そして、魔法陣の中から様々な色──赤・青・黄・緑・橙・紫──をしたドラゴンが出て来た。
「奪った知識と力を掛け合わせれば、魔法でドラゴンの力を再現する事も余裕だ!!さあ、ドラゴン達!!あいつにドキツイ咆哮を浴びせろ!!!!」
ドラゴン達は魔女の指示に従うと、口から膨大な魔力の光線を放射する。
迫り来る6本の光線を俺は右の籠手で受け止めた。
俺が光線に触れた途端、瞬く間に光線は白雷に変換されてしまう。
「なっ!?」
魔女が何度目か分からない驚きの声を上げる。
驚くのはこちらの方だ。
先週、死闘を繰り広げた神様と比べると、彼女が作り出したドラゴンの息吹は攻撃とも呼べない代物だった。
魔力の量も質も神様のものと比べると、遥かに劣っている。
とてもじゃないが、今の俺を殺せる程の威力ではない。
「な、なら、爪だ!ドラゴン!あいつを爪でズタズタにしろ!!」
赤い色をしたドラゴンは翼を羽ばたかせ、俺との間合いを詰めると、鋭利な爪を躊躇いなく振るう。
四季咲に直撃しないように気をつけながら、爪を右の籠手で受け止めた。
爪が籠手に触れた途端、赤い竜は白雷と化してしまう。
「他のドラゴンも行け!噛みつくにゃり、にゃんにゃりしてあいつを殺せ!!」
魔女の指示に従って、残りのドラゴン達は俺に攻撃を仕掛ける。
あるものは歯を剥き出しにし、あるものは目から光線を発し、あるものは尻尾を無造作に振り、あるものは口からブレスを発し、またあるものは倒されたドラゴン同様、爪で攻撃した。
魔女の手によって生み出されたドラゴンの攻撃を次々に右腕で受け止める。
右の籠手で触れると同時にドラゴンは白雷に変わり果てると、音もなく消え去ってしまった。
全てのドラゴンが消失したのを確認した俺は、魔女を殴るためだけに、再び走り始める。
魔女は御自慢のドラゴンを打ち消されたショックで暫く放心していたが、俺が接近するのを見るや否や正気を取り戻した。
今度は魔女の腕から夥しい数の蛇が出て来た。
蛇の大軍は宙を這いながら、俺の方へと押し寄せて来る。
が、俺が右の籠手を前に突き出すだけで、蛇達は比喩表現でも何でもなく、俺の籠手に吸い寄せられてしまう。
蛇達が籠手に触れた途端、白雷が蛇達の身体を食い潰した。
「な、何でその籠手に向かって突撃する!?背後にいる搾りカスに突撃しろと命じた筈なのに!!」
どうやら、この籠手は魔法を引き寄せる性質を持っているらしい。
まあ、細かい事はこの際どうでも良い。
考えた所で魔法の専門家ではない俺には分からないのだから。
あと3歩といった所で、魔女は炎剣を手に取ると、それを俺目掛けて振るう。
壊さないように白雷の量を調整しながら、俺は右の籠手で炎剣を受け止める。
そして、魔女の手から剣を奪い取ると、左の拳で彼女の頬を全力で殴った。
「ぎにゃあ!」
利き腕と違って加減の調整が利かない左拳をモロに喰らった魔女は、口から歯と血を溢しながら、短い断末魔を発する。
全力の右ストレートを浴びせようとした所で、魔女は瞬間移動した。
俺から大きく距離を取った魔女をぼんやり眺める。
「はあ、……はあ、……はあ、……」
魔女は俺の拳を1発受けただけなのに、とても疲弊していた。
多分、魔力を使い過ぎたからだろう。
そもそも、あのドラゴンをノーリスクで行使できるなら、最初から使っていた筈だ。
使わなかったという事は、つまり、そういう事だろう。
魔女の顔の輪郭が崩れ始める。
魔女の見目麗しい外見は、次々に男みたいな顔に変貌していった。
自分の姿が変わっていくのを把握した途端、魔女は憎悪を剥き出しにする。
「……こんな所でこれを使う羽目になろうとは思わなかった……!」
魔女が指を鳴らした途端、無数の眼球が同時に見開く。
突如、何の脈絡もなく無数の気配が俺の周囲を取り囲んだ。
突然生じた気配に俺は思わず背筋を凍らせる。
視線は校舎、屋上、体育館など様々な場所から向けられていた。
「あんた、一体何をした……?」
「用意していた手駒を呼んだだけだ。確か他の学校の人達は女子が集まる学舎を"女の花園"と呼ぶんだろ?」
頭の回転が鈍い俺は魔女が言おうとしている事を理解できなかった。
「だから、俺は花園にいた女達にこんな改造を施した」
魔女の手の動きと共に周囲に潜んでいた視線の主達が一斉に空目掛けて羽ばたき始める。
その羽音は鳥のものではない。羽虫が耳元を過ぎった時に聞こえる鈍い音。
その音が無数に重なる事で、俺の恐怖心を煽りに煽る。
空を仰ぐ。
そこには蜂の姿と化した少女達が夜空を埋め尽くしていた。
その数は、ざっと1000人。
そいつらは、どいつもこいつも瞳に諦めに似た感情を秘めており──けれど、理性の光だけは灯っている──怪人というよりゾンビに近かった。
「『女王に貢ぐ奴隷蜂』。俺が世界を侵略するためだけに生み出した軍隊だ」
魔女は得意げに空を仰ぎながら、俺に挑戦状を叩きつけた。
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