4月9日(25) 罠!?の巻
十数台の車が炎上する駐車場。爆炎が立ち込める中、俺は四季咲を連れ去った蜘蛛女と睨み合う。
「悪いけど、本気でいかせてもらうぞ。あんた相手じゃ、手加減する余裕がなさそうだからな」
魔法と化物の力を巧みに扱う彼女相手に手加減していたら、こっちがやられてしまう。
今までの相手は何だかんだ手加減する余裕があったから、全治数日の怪我で済ませる事ができた。
が、蜘蛛女は強過ぎて手加減ができそうにない。
喧嘩の成り行き次第では、蜘蛛女に一生消えない傷を与えてもおかしくないだろう。
それだけは何とか避けなければ。
ダメ元で蜘蛛女に降伏しろと言う。
だが、そんな言葉じゃ彼女は引かなかった。
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ。今のあたしはあんたに手加減できる程、余裕がない」
「降伏するなら今の内だぞ」
「する訳ないじゃない。今のあたしとあんたじゃ格が違い過ぎるから」
蜘蛛女はゆっくり四季咲から離れると、両腕から白い糸を生成する。
縛られた状態の四季咲は自責の念に駆られた表情で俺を見ると、唐突に目を逸らす。
「分かった。じゃあ、俺もあんた信じて本気で挑む事にするよ。後で文句言っても知らねえからな……!」
あまり悪い人に見えないため、流石に蜘蛛女をグーで殴る事はできない。
強く握り締めた右の拳を解くと、彼女目掛けて突き走る。
「言っとくけど、あたし、あんたに手加減しないからね。あたしはあんたらを生捕りにして、人間に戻らなくちゃならないのよ。他の人を犠牲にしてでも人間でいたいのよ。だから、あたしが本気出して、大怪我しても文句言わないでよね。忠告を聞かなかったあんたが悪いんだから」
言い訳をするように呟くと、彼女は両腕の糸に炎を点火させる。
「言い訳も心配もする必要もない。あんたじゃ俺には勝てないだろうから」
俺の言葉が言い終わると同時に蜘蛛女は炎を纏った白い糸を振り回し始める。
炎の鞭が宙を裂くと共に、火の粉が花弁のように舞い散り出した。
焦げた臭いが辺り一面に充満する。
お世辞にも良い臭いと言えない悪臭が鼻腔を擽る。
「その糸、燃やしてんのか」
「ええ、5000度以上の炎でね。触れるだけで死ぬから気をつけなさい、よっ!!」
弧を描きながら、炎の鞭の先端が俺の身体目掛けて飛んで来る。
俺は迫り来る炎の鞭を大縄跳びと同じ要領で避けながら、確実に彼女との距離を縮めて行く。
「けど、永遠に燃え続ける訳じゃないだろ?」
3撃目が放たれる直前、炎の鞭は前触れも無く霧散してしまう。
彼女の魔法に耐え切れず、白い糸は焼き千切れてしまったのだ。
その隙に俺は彼女に接近する。
張り手を喰らわせようとしたその時、蜘蛛女は8本ある内の1本の脚の先端を俺目掛けて突き刺そうとした。
「──っ!?」
予想だにしない攻撃を繰り出されたので、瞬時に側転をする事で攻撃を避ける。
蜘蛛女の前脚はコンクリートの床を軽々と貫いた。
「嘘、だろ……!?」
蜘蛛女の脚力に不覚にも驚きの声を上げてしまう。
そういや、こいつはビルの屋上から飛び降りても涼しい顔をしていた。
恐らく目の前の蜘蛛女はジャンプできるタイプの蜘蛛だろう。
ハエトリグモとかいう蜘蛛は体長の6倍以上を助走なしでジャンプできると聞いた事がある。
それが本当なら、このあり得ない脚力も説明がつく。
(中遠距離は炎の鞭、近距離は蜘蛛キックとか、隙なさすぎだろ……!?)
正攻法では敵わないと判断した俺は、廃ビルの中に逃げ込む。
ビルの中は俺が想像していた通り、壊れた机や椅子、原型を留めていない家具に錆びた家電など、遮蔽物が沢山あった。腐った卵の匂いがする事だけが難点だが、それ以外は特に文句はない。
ここなら駐車場と違って、隠れられる場所が沢山ある。
加えて、彼女が遮蔽物を投げようが、炎の鞭で障害物を焼き切ろうが、その際に生じる土煙及び爆炎が彼女の視界を覆い尽くす。
その隙に攻撃を浴びせれば、何とか勝てるかもしれない。
だが、ここも駐車場と同じく、俺のフィールドではなかった。
「なっ……!?」
割れた窓ガラスから入ってくる月光が室内の至る所に張られている蜘蛛の糸を照らし上げる。
そう、この建物自体、蜘蛛女のテリトリーだったのだ。
何故、四季咲を連れ去ったのか。
何故、無数の鉄骨が屋上にあったのか。
何故、まだ現役と思われる車が駐車場にあったのか。
それの答えは至って明瞭。
俺をこの廃ビルに誘き寄せるための罠だったのだ。
「何でガスが臭うか知っているかしら?」
蜘蛛女の声が建物の入り口付近から聞こえる。
「都市ガスやプロパンガスに玉ネギや卵の腐ったようなニオイが付いているのは、嗅覚でガスの漏洩を感知できるようにするためよ。本来、燃料に使用される多くのガスは無色・無臭らしくてね。人間が本能的にガス漏れを察知できるよう、敢えて業者の人がガスに臭いを付けているらしいわ」
フロア内に漂う異臭が何の匂いなのか気づいてしまう。
この腐臭は恐らくガスの匂いだ。
「ここまで言えば理解できるかしら?もう貴方は私に従う以外、生き残る術がない事を」
いつも読んでくれている方、変わらずブックマークしてくれている方、厚くお礼申し上げます。
本当にありがとうございます。
明日の8時・9時・11時・12時・13時、そして、20時頃に更新します。
すみません、推敲の過程で1話増えてしまいました。
もしかしたら、今日の編集次第で明日の更新分の話数は増えてしまうかもしれません。
また、バレンタインデー用の小説も現在用意中なので、今後もよろしくお願い致します。




