4月1日(4)変な少女と変な女と変な女の巻
「つ、か、さ、くぅうううううんんんん!!!!」
ファミレスに入るや否や、ウェイトレスの格好をした女子大生──皆から何故かバイトリーダーという渾名で呼ばれている──が俺を見かけるや否やセクハラをし出した。
「いやー!お姉さんも春休み入ってから、ドチャクソに忙しくてさ!!君に会えなくて本当に寂しかったよー!!もう色々我慢の限界が来ていたから、司さんが現在進行形で暮している寮に侵入して、嫌が……こほん、会いに行こうかなって考えてさ!!ええーい、今日は無礼講だ!!このまま君のファーストキッスを……」
「させるかよ!!」
俺の胸に顔を埋める変態女の頭に拳骨を喰らわせようとする。
が、彼女は身軽な動きで俺の拳を紙一重で躱すと、今度は殴ろうとした方の腕に関節技を仕掛けてきた。
「いたたたたたっ!!!!何であんたは俺の拳当たらないんだよ!!??結構、ガチ目で殴ってんのに!!」
「それはね、お姉さんが君の事を1から100まで理解しているからだよ!!」
「胸張って言うな、この変態女!!」
予め言わせて貰うと、俺は彼女の事が苦手だ。
だって、拳が当たらない上に俺の心情を見透かしたような発言をするから。
彼女という人間性は嫌いではなく、むしろ、異性として好みの方なのだが、自分の事を1から100まで理解されているのはあまり気持ちの良いものではない。
だから、俺は彼女に苦手意識を抱いている。
加えて、彼女は俺に気があるような発言を連発しているが、実際の所、俺を異性として見ていない。
俺をからかって遊んでいるだけだ。
彼女は思わせ振りな態度を見せつける事で、彼女いない歴イコール年齢の俺を弄んでいるだけなのだ。
「で、この可愛いお人形みたいな女の子は誰なのかな?あ、もしかして、私への献上品?大丈夫、言わなくてもちゃんと分かっているよ。つまり、親子丼ならぬ兄妹丼みたいな感じで君達を召し上がれば良いんだね。大丈夫、痛いのは最初だけだから!」
「美鈴はあんたへの献上品じゃねえよ。どうやら、こいつは正体不明の宗教団体に追っかけられていてな。そいつらを特定するためにあんたの知識を借りたいんだが……」
今の今までおちゃらけていたバイトリーダーが、少しだけ真面目な表情になる。
「こんな、ザ・外国人みたいな見た目で美鈴って名前なの?キャサリンとかエリザベートみたいな顔しているのに……!?」
「あんたは何処に驚いてんだよ!?」
「まあ、冗談はさておき。先ずはお席にご案内するよ。さ、美鈴ちゃん、こっちですよー」
バイトリーダーは俺の背後でおどおどしていた美鈴の手を引くと、朝日が当たらない席に案内する。
席に座った俺は美鈴が食べる物をチョイスしている間に、これまでの経緯を簡単にバイトリーダーに説明した。
しかし、バイトリーダーが相槌ついでに無駄な事を話しまくる所為で、結局、説明し切るのに50分もかかってしまった。
その間、後で来ると言っていた雫さんはここに来なかった。
「……と、いう訳だ。バイトリーダー、知っている範囲で良い。美鈴を襲った宗教集団について教えてくれ。あんたならこの少ない情報量でも特定する事ができるだろ?」
朝飯焼き肉定食大盛りを食べ終わると同時に説明をし終えた俺は、ようやく本題を切り出す。
「骨董品みたいな短剣を持つ集団に思い通りに出来る力を持つ女の子、か。……またまた厄介な事に巻き込まれちゃって。君はそんなに厄介事が好きなのかな?お姉さん、少し妬いちゃうよ。そんなに厄介事が好きなら、お姉さんと一緒にもっと厄介かつ楽しい事しない?大丈夫、君が初めてでも問題ない。お姉さんが手取り足取り教えてあげるから」
「知っている事なら何でも良い。教えてくれ、ちょっとだけでも良いから、あいつらの事を知りたいんだ。オカルトとか宗教に詳しいあんたなら何か知っている筈だ」
彼女の冗談を無視して、無理矢理本題を進める。そうしないと、すぐ話が脱線してしまうから。
「ちぇ、つれないの。こんなナイスバディな美女が誘っているというのに。もしかして、君は性欲枯れちゃったの?それとも、女の子じゃなくて男の子の方が好きになっちゃったのかな?いや、私はどちらかというと男の子よりも男の娘が好きなんだけどね。ん?好きな理由?そんなの女の子みたいに可愛い上にちゃんと凹凸の凸があるからに決まっているじゃん。ああ、でも、巨根系男の娘はNGかな。男の娘ってのは、極限まで男性性を削ぎ落としたニュートラル的存在でないといけないからね。お姉さん的には、あっちの方はお子様系が理想的なの。ねぇ、司くん、そこら辺、君はどう考えている?」
「いいから、教えてくれ!こっちは男の娘談義で盛り上がりたい訳じゃねえんだよ!!」
「頼ってくれて非常に嬉しいんだけど、流石のお姉さんでも、短剣を持ち歩く宗教集団は2つしか知らないかな」
「2つも知っているなら、十分だ!!それで良い!頼む、教えてくれ!!」
バイトリーダーは大胆不敵に胸を張ると、説明すると思いきや、ステーキを頬張るのに夢中な美鈴の頭を撫で始める。
「にしても、信じられないね。こーんな可愛い子を痛ぶる人がいるなんて」
「世の中には信じられない奴がいるって事だ。で、その集団ってのはどんなのだ?」
「今日の君は本当ノリが悪いね。いつもなら私の脱線話にすぐ乗っかるというのに。お姉さん、ちょっと寂しいよ。君は余裕がなくなると、すぐにシリアスモードに突入してしまう。それは君の悪い癖だと思うよ。もう少し余裕持って生きていかないと、周りの人に余計なプレッシャーを与えかねない。まあ、そのプレッシャーを和らげるのがお姉さんの役割なんだけどね。君が私を頼ったのは正解だよ。困った時はお互い様。君が美鈴ちゃんを助けるように、お姉さんも君を助けてあげる」
バイトリーダーは可愛らしくウィンクすると、ようやく俺の知りたい情報を教え始めた。
「私が知っている中で美鈴ちゃんを襲いそうな宗教組織は2つ。1つはイシス教の過激派集団『ナーガ派』ってところかな。まあ、あそこは神の業を真似する輩に容赦ないから、何でも思い通りにできる美鈴ちゃんとは相性最悪だと思うからね。反感を買って当然だよ。もう1つは仁教の分派『一周宗』の教えとガイア教をミックスさせた新新信仰宗教『金郷教』と言って……ねえ、ツカサくん。ちゃんとお姉さんの話聞いている?」
知らない単語ばっかりで頭がショートし過ぎていた。
もしこれが文章で説明されていたら間違いなく読み飛ばしていたに違いない。
「……ま、さ、か、こないだ詳しく説明したにも関わらず、まだ世界3大宗教の区別ついていないのかな?」
「そ、それくらいならついているよ。ガイア教はヨーロッパやアメリカとかの国教で、イシス教は西アジアとかアフリカとかの国教!で、残った仁教は日本や中国とかの国教だったよな!?」
「はい、アウト。国教という概念は、今の世界に存在しないんだよ。殆どの国で信仰の自由が認められているから。まあ、その答えも国教という発言に目を瞑れば、間違いという訳でもないんだけどね。そんな残念でダメダメな司くんに復習がてら問題を出してあげよう。これらの宗教の違いを簡潔に一言で表しなさい」
朝のファミレスに沈黙が走る。
店内に鳴り響くのは美鈴の可愛らしい咀嚼音のみ。
時間だけが無情に過ぎていく。
が、幾ら時間が経っても俺の口から答えらしきものは出なかった。
「タイムアーップ!全く、そんなんじゃ社会に出て恥を掻くこと間違いなしだよ!ああ、でも、お姉さんの主夫になってくれるなら一般常識身に付けなくても困る事はないだろうね。うん、それが良い。なら、さっさと誓いのキスでもしようか」
「しねえよ!事ある毎に俺のファーストキッスを奪おうとしてんじゃねえよ!俺のファーストキッスは金髪爆乳外国人にあげる予定だ!あんたみたいな軽くて薄い女にあげる予定はねえ!!」
「ちぇ、なら、君が社会に出て笑い者にならないよう、3大宗教のおさらいをしようか」
バイトリーダーは軽く溜息を吐き出すと、物覚えが悪い俺のために再び3大宗教の違いを簡潔に教えてくれた。
「分かりやすく噛み砕いて説明すると。『唯一神であるガイア神の力を真似する事でより良い人生を送れるようにしましょう』っていう考えがガイア教。『イシス神の力を真似るなんて恐れ多い。私達の人生は私達の力で切り開くべき』って考えているのがイシス教。仁教は他の2つと違って、『自力で神様達のいる場所に辿り着く事で幸せになろう』っていう宗教。これで違いは分かったかな?」
無言で何度も頷く。
彼女は俺の反応を見て機嫌を良くしたらしく、上機嫌なまま話を続けた。
「で、美鈴ちゃんを狙った集団なんだけど、……私は『金郷教』じゃないかなーって思っている」
「金郷教……?何か聞いた事あるような……」
「1度は聞いた事あると思うよ。数年前に大事件起こしてニュースになっていたし。ほら、覚えてない?信者の子どもを材料に人体実験していたっていうニュース」
「あー、俺が小学生か中学生くらいの時にあったような……」
ちょうどその頃、長期入院していたので、具体的には覚えていないが、そんな事件があったような気がする。
「候補に挙げた『ナーガ派』は確かに過激派集団なんだけど、彼等は忠実に教えを守っているから過激なのであって、教えに反する事は絶対にしない。特に美鈴ちゃんのようなか弱い者には、例え教えに反する力を持っていても傷つける事は絶対しない」
「それなら『ナーガ派』は候補にさえ挙がらないんじゃないのか?もしかして何か例外があるってことか?」
「その通りだよ。宗教にも例外というものは存在する。今回は説明が複雑過ぎる上、多分美鈴ちゃんはその例外に当てはまらないと思うからパスするけど。で、金郷教についてなんだけど……」
バイトリーダーが金郷教についての解説を始めようとした矢先、俺の肌に悪寒が突き刺さる。
勢いよく振り返った瞬間、ファミレスの窓全てが何の前触れもなく全壊した。
「きゃっ!?」
美鈴の口から小さい悲鳴が漏れ出る。
慌てて席から立ち上がった俺は窓ガラスを割った犯人──外国人の見た目をした少女と向かい合った。
「へえ、これが噂の『神器』ねえ……どんなお人形かと思えば、結構可愛らしくて、人間らしいじゃない」
デカい鎌を持った少女が悪びれる事なく、割れた窓の方から店の中に入って来る。
彼女は俺達を視野に入れるや否や、こんな事を言い出した。
「初めまして、愚かで無知な小羊さん。未知で奇怪で怪奇な私達の世界にようこそ」
「おらあっ!!」
自分の座っていた椅子を持ち上げた俺は、意味深な呟きをする謎の少女目掛けて、椅子を投げつける。
「おわぁっ!?」
鎌を持った少女──渾名は鎌娘と名付けよう──は間一髪の所で椅子を躱すと、鎌の切っ先を俺に向けながら抗議し始めた。
「ちょ、人がカッコつけている所なのに、なに原始的な攻撃してんのよ!?」
「うっせえ!!鎌持った不審者相手に人並みの対応できるか!!ちゃんと話したかったら先ず凶器を置け!話はそれからだ!!」
叫びながら、名も知らない少女を注意深く観察する。
彼女は美鈴に暴行を行っていた男達と同じローブを着ていた。
年齢も俺とそんな変わらない。
多分、未成年だ。
鎌と格好にさえ目を瞑れば普通の少女に見えなくもない。
「ちゃんと話す必要なんかないわよ」
俺が注意深く観察をしている内に、彼女は鎌を思いっきり振りかぶる準備を始める。
本能があれを止めろと訴えた。
しかし、距離は大股10歩くらい離れている。
とてもじゃないが、一瞬で詰められる距離ではない。
「お、お兄ちゃん……!!」
背後にいる美鈴が心配と恐怖が入り混じった声で俺を呼ぶ。
一瞬、ほんの一瞬だけ、注意が鎌から美鈴に移ってしまった。
「あんたはこれで死ぬんだからっ!!」
謎の少女は持っていた鎌を思いっきり振るう。
鎌から放たれたのは、色がついた空気の塊だった。
「なっ……!?」
迫り来る緑色の斬撃波を認識するのに約1秒。
避ける暇どころか避けようなんて考える事ができないくらい速さで、空気の塊は俺達に迫り来る。
反射的に右腕を盾にした。
その瞬間、店内に轟音が鳴り響く。
この音は聞き覚えがある。
雷が落ちた時の音だ。
視界が真っ白に染まると同時に俺は自身の死を確信した。




