4月9日(23)また地雷を踏んでしまうの巻
「おーい!四季咲ー!どこいるんだー!?」
鳥女との喧嘩を瞬時に終わらせた俺は慌てて逸れた四季咲を捜索する。
だが、土地勘がない俺は何処で彼女と逸れたのか、今自分が何処にいるのか把握できず、夜の住宅街を右往左往していた。
「しきざきー!いたら返事してくれー!」
鳥女の所為でボロボロになった屋根の上を飛び回りながら、四季咲を探し続ける。
結構大きな声で呼んでいるのに、彼女の返事は返って来ない。
もしかしたら、逸れた所為で魔女に捕まったかも──なんて想像してあまり楽しくない事を考えていると、視界の隅に道の脇に倒れている四季咲の姿が飛び込んで来た。
彼女は汗だくの状態で鼻を鳴らしながら、必死の形相で酸素を肺に取り入れており、見るからに元気──そうじゃないけど、無事そうに見えた。
「良かった。無事(?)で。けど、隠れてろって言っただろ。何追いかけて来てんだ」
屋根の上から飛び降りながら、膝に手をつく彼女に話しかける。
「す、……すまない、君の事が心配で、……」
「俺の心配するよりも自分の心配をしろ。もし魔女が1人になったお前に刺客を送ってたらどうするつもりだったんだ?俺らの喧嘩に巻き込まれたらどうするつもりだったんだ?」
俺に指摘されてようやく彼女は自分のした事の浅はかさを思い知った。
「すまない……私が浅はかだった」
「いいって。お前が俺を心配してくれたのは十分伝わったからさ。でも、次から気をつけてくれ。俺も無敵って訳じゃないから、お前を最後まで守り切れるという保証はできない。なるべく自分の身は自分で守ってくれ。足りない部分は俺がカバーするから」
少しキツイ言い方になってしまったが、これも彼女のためだ。
魔女とやらが魔物と化した女子生徒に魔法の力を与え出した以上、今以上に警戒しながら進まないといけない。
「ほら、休むならあそこの公園で休もうぜ。肩なら幾らでも貸してやるからさ」
疲れ切った四季咲の肩を担いだ俺は、彼女を公園のベンチまで連れて行く。
「……すまない、君の足を引っ張ってばっかで」
「別に良いって。俺、お前といて結構楽しいし」
俺達はベンチに座ると、そのまま背もたれに全体重を預ける。
「……本当に私といて楽しいのか?」
夜空で瞬く1番星を眺めていると、隣に座っている四季咲が自信なさそうに尋ねる。
「ああ、楽しいぞ。何せ今まで会った事ないタイプだからな、お前みたいなタイプの人間は。新鮮というか何というか」
俺の周りには雫さんや委員長みたいなすぐ暴力を振るう奴が多いから、彼女みたいな人種は新鮮味がある。
というか、彼女は優し過ぎるのだ。自分を蔑ろにするくらい俺に優しさを発揮している。
先程のセクハラ発言だってそうだ。
普通の人間なら怒っても仕方ない事を彼女は流してくれているのだ。
俺が彼女に現在進行形で恩着せがましい事をしているのも考慮しても、彼女は非常に我慢強い。それに加えて、自分をすぐ責め出す。
多分、今回の件が無事終わっても、いつか彼女は自分で自分を潰してしまうだろう。
どうしたら彼女をより良い道に導けるかと考えていると、彼女は俺に語りかける。
「……君は優しいな。今の私には何の価値がないというのに」
また彼女は自分自身を卑下するような事を平然と言う。あまり聞いていて気持ちの良いものではなかった。
「……何でお前は、どうして一々自分を貶しめるんだ?」
少し不愉快になりながら、なるべく感情が表に出ないよう努めながら、俺は彼女に質問を投げかける。
「私という人間は親の七光で構築されているからだよ。君はこうなる前の私と会った事が無いから、ピンと来ないと思うが、私は文武両道容姿端麗才色兼備雲中白鶴純粋可憐錦上添花な完全無敵最強必勝系美少女だったのだ」
「お経みたいになってるぞ、その自己評価」
大部分の言葉の正確な意味は知らないが、多分、何個か意味が重複していると思う。
「誰もが羨む美貌も全国模試トップレベルの成績を誇る頭脳も並外れた運動神経も飲み込みの速さも頭の回転の速さも抜群の記憶力も金も地位も全て私が後天的に獲得したものではない。全て両親から受け継いだ先天的なもので、私のものではないんだ。もし私が優秀な両親の血を継いでなかったら、頭脳も運動神経も頭の回転の速さも記憶力も金も地位もない無価値で無個性な女になっていただろう。……神宮、私という人間は両親の優秀さの上に胡座をかいた愚かで無価値な人間なんだよ」
そう言って、彼女は自嘲する。聞いていて無性に腹が立った。
「多分、この魔女が巻き起こした事件も両親から受け継いだ先天的才能さえあれば、瞬く間に解決に導けただろう。魔女に両親から受け継いだ要素を全て剥奪されたばかりの私はそれに気づけなかった。だから、少し考えれば罠だと気付くような罠に引っかかり、魔女の犠牲者を多発させてしまい、挙句の果てには赤の他人である君に頼ってしまった。……もし、私が両親の才能に依らない力を獲得していたら、こうならなかっただろう。優香里達が人の姿を奪われたのも、街中の人々が昏睡状態に陥ったのも、関係ない君を巻き込んだのも全部私の所為だ。……本当にすまない」
四季咲の話を聞く度に苛立ちだけが募る。
両親の遺伝子がなんだ。
お前は具合が悪い俺に優しい声を掛けてくれただろうが。
生徒会長として魔物と化した生徒達を救おうと説得を試みただろうが。
俺はその優しさを無価値だと思えない。
多分、俺と出会う前も彼女達を救おうと躍起になってだだろう。
誰もが羨む美貌も全国模試トップレベルの成績を誇る頭脳も並外れた運動神経も飲み込みの速さも頭の回転の速さも抜群の記憶力も金も地位も全て奪われたのに。
それでも彼女は自分の事を省みず、彼女達を救おうと足掻いたのだろう。
たとえ彼女の優しさが結果に結びつかなくても、その行為を選択するだけで価値はあるのだ。
いや、価値があると俺は信じている。
なのに、彼女はその事に気づこうとしない。
自分の今取っている行動に何の価値を見出していない。
先天的才能に価値を見出し過ぎて、自分自身に価値を見出していない。
それが何故か悔しくて歯痒かった。
「何が先天的才能だ」
ぶっきらぼうに言い放つ。
「あんたという人間はそんなもんがなくても、十分価値があるじゃねぇか」
「……君は、本当に優し……」
「同情なんかじゃねえよ」
彼女の言葉に被せるように自分の主張を押し付ける。
「だって、俺は今のあんたしか知らないんだから。今のあんたに俺は価値を見出してるんだから」
「君は優しいな」
意趣返しと言わんばかりに彼女は俺の言葉に自分の主張を被せる。
「君はあのゴミ捨て場にいたのが私じゃなくても助けてただろ?"信じてくれ"と言われたら誰であろうと信じていただろ?君は私に価値を見出しているんじゃない。ただの同情心で私に優しくしているだけなんだ」
呆れて言葉を失った。
確かに俺はあの古びた跳び箱の中に閉じ込められた奴なら誰であろうと助けていただろう。
けど、今はそういう話をしているのではない。
"人を気遣える時点であんたは十二分に価値がある"、ただその言葉を伝えたいだけなのだ、俺は。
「確かにあんたの言う通り、俺はあんたじゃなくても信じてくれと言われたら信じていたと思う。けどな、……」
俺の言葉が言い終わらない内に彼女は両瞳から涙を零し始める。
ここで俺は自身の失敗に気付いた。
彼女は自分に価値がないなんて本気で思ってなんかいない。
むしろ彼女は自分に価値があると思っていたのだ。
だから、彼女は俺からある一言を引き出そうとしたのだろう。"お前が特別だから助けた"という一言を。
(やばい、選択をミスった……!!)
薄々彼女の勘違い──俺が四季咲の事を特別視していたから助けたという事──に気づいていたにも関わらず、俺は最後の最後で選択肢を選び間違えた。
「……そうか、そう、だよな」
彼女は涙腺を決壊させると、その場から逃げ出してしまう。
「おい、待て!まだ話は途中だろうが!!」
心の中で失敗を悔やみながら、俺は四季咲の跡を追いかける。
彼女の足はかなり遅く、俺が少し本気出しただけで追いついてしまった。
「待て!」
彼女の右肩を掴もうとした瞬間、唐突に何の脈絡も伏線もなく、四季咲の身体は宙に浮いた。
「駄目じゃない、女の子を泣かせたら」
夜闇に紛れて大人びた女性の声が聞こえて来る。
それと同時に俺の背後から自動車が2台飛んで来た。
俺は背後から迫る攻撃を大袈裟に飛ぶ事で何とか回避する。
車は地面に衝突した途端、音を立てて爆発してしまった。
そのいざこざの所為で俺は四季咲の姿を見失ってしまう。
「くそ……!やらかした!!」
自身の不甲斐なさに苛立ちながら、俺は近くにあった電柱を思いっきり殴りつける。
美鈴の時といい、最近の俺は致命的なミスを連発し過ぎている。
気が緩んでいる所為だ。
調子に乗り過ぎている証拠だ。
俺は思いっきり歯を食い縛ると、微かに感じる敵意の方に向かって駆け出す。
「待ってろ、四季咲。今、助けに行くからな……!」
彼女にこの声が届かない事を知りながらも、俺は自分自身を鼓舞するために独り言を呟いた。
いつも読んでくれてありがとうございます。
3日連続でブックマークが増えていたので、この場を借りてお礼を申し上げます。
そして、いつも読んでくれている方、変わらずブックマークしてくれている方、本当にありがとうございます。
これからも完結予定日である4月まで毎日更新しますのでよろしくお願い致します。
また、この場を借りて、今週の金曜日に一気に5話更新する事をご報告させて貰います。
具体的な時間はまだ決まっていません。
決まり次第、最新話の後書きかTwitter(@Yomogi89892)でお知らせ致します。
これからもよろしくお願い致します。




