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4月9日(17) VS蛇女の巻

 さっきよりも鋭く重い一撃がアスファルトの大地を割る。

 蛇女が放つ尾を紙一重で避けながら、俺は反撃の機会を伺う。

 先程と違って、動きに無駄が一切ない。

 俺を仕留める気で動いているからであろう。

 太い鞭のような一撃が地面に食い込む。

 その度にアスファルトは剥げ、大気は振動する。

 周囲の塀や電柱は強風で煽られた発砲スチロールのように飛んでいき、周囲の住宅に破片が突き刺さった。

 蛇女が動く度に轟音が鳴り響く。

 にも関わらず、住民は一切出て来なかった。

 おかしい。

 どうして、住民は家から出てこない?

 一体、何が起きている……?

 俺は蛇女の攻撃を躱しながら、周囲を見渡す。

 すると、上空に魔法陣みたいなものが浮いている事に今更ながら気づいた。

 耳に嵌めていたワイヤレスイヤホンモドキの電源を入れた俺は、啓太郎達に連絡を取る。


「もしもし、聞こえるか!?」


『はいはい、どうしたんだ?そんな慌てた声を上げて……ああ、分かってるよ。ほら、好きなの引け』


『へっへーん!あと1枚引いたら私が1番……って、ぎゃああああ!!!ババじゃないの、これええええ!!』


「人が死にそうな目に遭ってんのに、呑気にババ抜きしてんじゃねえよ、お前ら!!」


「貴方も呑気に電話してんじゃねえですよ!!」


 蛇女の攻撃のペースがワンテンポ速くなる。

 蛇女が放った横薙ぎの一撃を俺はバク宙する事で回避すると、通話口にいる啓太郎に今起きている異変を知らせる。


「コンビニ近くの住宅街に人がいない!!お前ら、なんか知っているか!?」


『コンビニ近くの住宅街に人がいない?どういう事だ?』


「ドッタンバッタン大騒ぎしてんのに、誰も家から出てこねえんだ!!もしかして、これ、人払いの効果か!?」


 魔法使いや魔術師は"人払い"という不思議な力により、魔法・魔術を一般人に暴露ないように細工しているらしい。

 もしかしたら、その力が働いているから、人々は俺達の喧嘩に気づいていないのかもしれない。

 だが、俺のその甘い考えを否定したのは魔法使いである鎌娘だった。


『んなドッタンバッタン大騒ぎしてたら、人払いしてても普通に音で暴露るわよ!え!?あんたら、今、人払いなしで闘ってんの!?その破壊音、間違いなく魔法使ってるわよね!?今すぐ止めなさい!!第3次世界大戦起きるでしょうが!!』


 切羽詰まった鎌娘の声が鼓膜を強く揺さぶる。

 彼女の甲高い声によりワイヤレスイヤホン嵌めてた方の耳が麻痺してしまった。


「だから、誰も見に来ねえって言ってるだろ!?人払いじゃなかったら、何で誰も異変に気づかないんだ!?」


『んなの私が知る訳ないじゃない!!』


 微塵も役に立たなかった。

 何だよ、この通信機。

 俺の鼓膜を麻痺させただけじゃねえか。


『司、それの調査は僕達が行う。だから、君は目の前の敵に集中しろ』


「大体承知……!そっちはあんたらに任せる!」


 通信を切った俺はこの喧嘩に終止符を打つ準備を始める。

 俺は蛇女から大きく距離を取ると、棒立ちの状態になる事で彼女を待ち構えた。


「もう避けられませんわ!」


 背後から尾が空気を斬る音が響き渡る。俺は振り返る事も避ける事もなく、ただ棒立ちのまま立ち続けた。


「なっ……!?」


 放たれた尾は俺に直撃する事なく、俺の真横の地面に減り込む。

 それを確認した俺は蛇女の上半身目掛け駆け出した。


「あんたは俺を殺せない」


 もしも蛇女が最初から本気だったら、俺は呆気なくミンチになってただろう。

 紙一重で躱し続けられたのは、彼女が尾を振るスピードを無意識のうちに下げてたからだ。

 多分、心の何処かで殺人を躊躇っていたからだろう。

 そして、慣れない身体により手加減する事が難しかったのだろう。

 身体は化物になっても、心まで化物になってなかったのだ。

 それが彼女の敗因。

 たとえ彼女が人1人握り潰せる力を持っていたとしても、俺に勝つ事はできない。

 自分を蔑ろにしてまで他人を優先する彼女が俺という人間を蔑ろにできる筈がないのだから。

 右の張り手を思いっきり蛇女の顔面に叩き込む。

 そして、今度は背後に衝撃を逃されぬよう、そのまま蛇女の後頭部を剥き出しになった地面目掛けて叩きつけた。


「が、あっ……!」


 蛇女は白目を剥いて気絶する。

 俺は最も効果的な一撃を放つ事で、彼女の意識を最低限のダメージで刈り取る事に成功した。

 気絶した蛇女の顔を見た俺は、安堵の溜息を吐き出す。

 それと同時に胃の底から吐き気が込み上がってきた。


「優香里……!!」


 今の今まで喧嘩を見物していた四季咲が気絶した蛇女の元へ近寄る。


「気絶してるだけだ。頑丈さから察するにすぐ起き上がる」


 胃の中に詰まった食べ物と今の今まで激しい動きをしていた所為で吐き気を催した俺は淡々と事実を呟く。


「君も大丈夫なのか!?怪我は!?」


「うえ………食べ過ぎと動き過ぎの所為でお腹痛い上におにぎり吐き出しそう」


「そ、そうか、……無事で何よりだ」


「いや、無事じゃねぇよ。食後の激しい運動の所為で俺はボロボロだっての」


 四季咲は嬉しさ半分悔しさ半分みたいな表情を浮かべる。

 俺はそれに敢えて気づかない振りをした。


「うっ……」


 俺が想定していたよりも早い段階で蛇女は意識を取り戻す。

 俺はもう1度、彼女を気絶させようと拳を握り締めた。


「駄目だ!」


 今にも殴りかかりそうな俺を四季咲は身体を張って止める。


「もうこれ以上、彼女を傷つけないでくれ!彼女もやりたくてやっている訳じゃないんだ!!」


 今にも泣き出しそうな声で彼女は俺を静止させようとする。

 さっきまで自分の命を狙っていた相手を庇う四季咲を見て、俺は拳を緩める。

 そして、四季咲達を安心させるために、一方的に約束を交わした。


「……大体承知。四季咲、俺はこれ以上そいつに暴力を振るわないよ。約束する」


 蛇女もとうの昔に戦意を喪失しており、自分を庇う四季咲を見るや否やか細い声で"会長"と小さな声で呟いた。

 その時だった。

 蛇女は黒い影に覆われ始める。

 彼女は悲鳴も何も上げる事なく、抵抗する事なく人の形を奪われてしまった。

 影が消え去る頃には、彼女はただの蛇──それもただの蛇ではなく、蛇の形になっただけの人になってしまう。


「ちっ……またかよ」


 俺は怒りと悔しさにより奥歯を噛み締めてしまった。

 魔女とやらの所まで辿り着くまで、何回俺は彼女達を倒せば良いのだろうか。

 その度にこんな屈辱的な思いをしなければならないのか。

 無慈悲に無造作に彼女達から人間性を奪い取る魔女に怒りを抱く。

 その時、蛇女の制服から着信音が聞こえ出した。


「……神宮、魔女からの伝言だ。その電話に出てくれ」


 四季咲からそう言われたので、俺は彼女のスマホを手に取る。

 画面には四季咲の名前が表示されていた。

 彼女の言う通り、俺は電話に出る。


「お前が魔女か?」


『魔女って言い方はあまり好きじゃないな。女王様って呼びなさい。いずれ世界を掌握するだろうから』


 この声は聞き覚えがある。

 聖十字女子学園の生徒会長だ。

 俺はあの時、四季咲から立場を奪った魔女と言葉を交わしていた事を瞬時に把握する。

 そして、あの時抱いた"殴れる"という感覚は間違いではなかった事を確信した。


『驚いた。まさか追手を2度も撃退させられるなんて。どんな魔法を使ったんだ?』


「んな事はどうでもいい。さっさと、四季咲達から奪ったもんを全部返せ。じゃなきゃ、怪我だけじゃ済まないぞ」


 魔女の話に聞く耳を持つ気のない俺は要求だけを伝える。


『はっ、返す訳ないじゃないか。これは全部私のものだ。美貌も容姿も頭脳も経歴も財産も地位も友情も愛情も彼女達が持っていたものぜーんぶ私のものだ。それを返せって言われても全然ピンと来ないんだが』


「分かった。その澄ました顔面、今すぐぶん殴りに行くから首を洗って待っていろ」


『まさかあんなレベルの敵を倒してご満悦にゃのか?言った筈だ、お前は無価値な存在だと。偶々彼女達が人間性に固執したから、お前は生き残ったのであって、お前の実力で彼女達を退けた訳じゃない。私がほんのちょっと本気を出すだけで刈り取れるような無能で無力で無価値な存在なんだよ、お前という人間は』


「ごちゃごちゃ煩えよ、人から奪ったもんでしか自分を着飾れない盗っ人如きが偉そうに。その行為がどんな事を意味してるのか分からねえのか?」


『全治全能に分かる訳ないだ、?てか、無能で無力で無価値な貴方の考えている事なんか分かりたくない』


「元の自分が無能で無力で無価値な存在だって証明しているようなもんだよ。幾ら盗品を身につけようが、お前は一生自分に価値を見出す事なんかできない。お前が抱いているコンプレックスは盗品如きで誤魔化せる代物じゃない」


 電話の向こう側にいる魔女は悔しそうな声を発しながら押し黙る。

 だが、電話越しでも殺意だけは伝わって来た。

 

「お前が価値を見出してるのは盗んだ要素だけだ。元の自分に何の価値を見出していない。だから、お前は自分に価値を見出さない限り、一生救われる事はない。たとえ世界中の人々から価値を奪い取ったとしてもだ。今、お前がやっている行為は誰も得をしないんだよ。そんな事も分からねえのか?」


 電話口から歯軋りの音が聞こえて来る。電話越しから伝わる憎悪が俺の怒りを少しばかり和らげた。


『随分、煽ってくれるな、雑草如きが。たかが数分程度話した程度で俺を見透かしたような態度取ってんじゃねぇぞ』


「数分程度話した程度で見透かされる程、浅い人間なんだよ、お前は」


 癇癪を起こした彼女の声が聞こえて来る。その声は酷く子ども染みていた。


『私の力でも奪えないくらい無能で無力で無価値な存在な癖に俺を馬鹿にしやがって!!殺す!貴様だけは殺す!!グッチャグチャのドッロドロにしてやるからな!!生きていた事を後悔するくらいの地獄を見せてやるから!!』


「かかって来いよ、盗賊女帝。あんたじゃ俺には勝てねえよ」


 そう言って、俺は電話を切る。

 すると、心配そうに俺の顔を覗き込む四季咲と目が合った。


「……どうだった?」


「ああ、魔女直々に殺す宣言されたよ」


「だ、……大丈夫なのか?無駄に魔女のヘイトを稼いで……下手したら死ぬよりも酷い目に遭うかもしれないんだぞ?」


「大丈夫だって。俺、かなり運が良い方だから」


 そう言って、俺は四季咲から目を逸らすと、上半身も蛇になってしまった蛇女の方を見る。

 彼女は意識を取り戻したのか、か細い声みたいなものを出していた。

 多分、言葉を紡ごうとしているのだろう。

 声帯も蛇のものに変わってしまった彼女は言葉を発する事ができていなかった。

 俺は蛇女と目を合わせる。


「今から俺の知り合いがここに来る。その人達は俺の味方だから。その人の言う事に大人しく従ってくれ」


 蛇の形をした彼女の頭を撫でる。


「大丈夫、俺が何とかしてみせるから」

 

 そう言って、俺は蛇女の巨体を抱える──事は重過ぎてできなかったので引きずると、公園内にある木陰に彼女を隠す。

 そして、無線機を通して、啓太郎達に彼女を保護して貰うようお願いした。


「さて。これ以上、厄介な事が起きる前に行くか。──魔女の下に」


 調子に乗ってカッコつけまくった俺は再び魔女がいる女子校き向かって走り出そうとする。

 が、走り出したはいいが、調子に乗って動きまくっていた所為で、胃の中に詰まっていたものが一気に喉の所まで逆流してしまった。


「うぼえええええ!!!!」


 勢いよく口から大量の吐瀉物を出してしまう。

 ヤバイ、調子乗っておにぎり食べ過ぎた。


「だ、大丈夫かっ!?」


 道路上でゲロを吐きまくる俺。

 そんな俺の背中を四季咲は優しく摩ってくれた。




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