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4月9日(16) 「わたくしが教えてあげますよ。貴方が言っている事は全て甘い戯言だという事を」の巻

 俺が蛇女に調子を狂わされている理由はもう1つだけある。

 俺という人間は悪い奴なら躊躇う事なく殴れるのだが、善人を殴る事に躊躇いを覚えてしまうのだ。

 彼女は悪い奴ではない。

 むしろ善人の方へ分類される方だと思う。

 命を狙われているから辛うじて殴れるのであって、本当なら彼女みたいな善人を殴る事はできないのだ。

 二重の意味でやり難い。

 そんな事を考えていると、蛇女は口の中の血を吐きながら、起き上がり始める。


「くぅ……!貴方、無価値な人間な癖に何でそんなに強いんですの……!?」


「お前、喧嘩売ってんのか?」


 拳を鳴らしながら、精神的に殴り易くなった蛇女の方へ向かい始める。

 蛇女の短い悲鳴が夜の町に響き渡ると同時に公園の方から四季咲の声が聞こえてきた。


「待ってくれ!!彼女はあの魔女に脅されているだけなんだ!!これは彼女の意志なんかじゃない!!」


「……会長」


 蛇女は少しだけ泣き出しそうな顔をする。

 俺は空気を読んで、その場に座り込んだ。


「会長、何度も言ってるでしょ?私は自分の意思で、いや、自分のためだけに貴女を殺すと。そんな女に情けをかけてどうするのです?殺されたいんですか?」


 彼女達はシリアスムードに突入してしまった。

 殆ど蚊帳の外状態である俺はズキズキ痛むお腹を押さえながら、彼女達の話に耳を傾ける。

 ……ヤバイ、調子に乗っておにぎり食い過ぎた。

 

「優香里、君はそんな短絡的かつ自己中心的な人間ではない。他に何か理由があるのだろう?」


「ないですよ、私は自分のために貴女を殺したいんです。これ以上、事態を悪化させないように」


「それは、……家族に被害が及ぶからなのか……?」


 図星だったのだろう。

 蛇女は目を見開くだけで何も動かなかった。

 それはまるで蛇に睨まれたカエルのように見えた。

 今の彼女は蛇みたいな姿をしているのに。


「君は確か歳の離れた妹達を大事にしていたな。それと同じくらい両親も。もしかして、家族を人質にされているから君は私達を殺そうとしているのか……?」


 蛇女は目を泳がせながら、返答を模索する。

 が、幾ら時間をかけようが、言葉を紡ぐ事はできそうになかった。

 多分、真実を指摘されたからだろう。

 それで動揺しているのだろう。

 無関係な俺でも分かるくらい蛇女の心情は分かりやすかった。

 蛇女が動揺している姿をぼんやり眺めながら、俺は襲い来る睡魔と腹痛と闘い続ける。何でお腹いっぱいになると眠気が来るんだろう。

 今度、会長かバイトリーダー辺りに聞いてみよう。


「……なら、私を殺すといい。それで君の家族が救われるなら、この命差し出そうじゃないか」


 腹痛に耐えながら、眠気を噛み殺していると、四季咲が頓珍漢な事を言い出した。

 まだ彼女が話している最中なので、俺は話の腰を折らずに黙って聞き続ける。


「だが、彼の命だけは取らないでくれ。彼は私が巻き込んだだけだ。頼む、ここは私の命だけで収めてくれ」


 頼んでもないのに俺の命乞いをし出した。

 この会話に生産性がないと判断した俺は口を挟む事にする。


「おいおい、勝手な事言ってんじゃねえよ」


 俺はゲップを堪えながら、勝手な事を宣う四季咲に釘を刺す。


「お前も蛇女も他人の事を大事にし過ぎて自分の事を蔑ろにし過ぎている。自分を犠牲にしたら、全部上手くいくと思ってんのか?自分さえ我慢すれば、他人は幸せになれると思うのか?冗談じゃない。それは誰も得をしない妥協だ。自己満足でさえない。悪いのは全部魔女って奴の仕業だろ?何であんたらはあいつに媚びへつらう前提で話を進めているんだ?」


 彼女達は微動だにする事なく俺の話に耳を傾ける。


「自己犠牲とか何とかする前に、お前らはもっと自分を大切にしろよ。お前らが大事に思っている連中は、お前らと同じくらい、お前らの事を大事に思ってるんだぞ。そんな事も分からないのか?」


 説教染みているなと思いながら、俺は彼女達に自分の価値観を押し付ける。

 それが一方的だと自覚しながら。

 

「俺の恩師は言っていた。自分の事を大切にしないって事はな、回り回って、他人を傷つける事になるってな。他人を大切にしたいんなら、先ずは自分の気持ちを大切にしろよ。話はそれからだ」


 何でこんな説教染みた事を言わなくちゃいけないんだろうと思いながら、俺は自分の価値観を一方的に押し付ける。

 彼女達が俺の価値観を受け付けなくても構わない。

 その時はその時だ。

 別に皆が皆、同じ価値観を共有しなくても良いのだから。


「なら、わたくしはどうすれば良いのでしょうか?ダメ元で女王様に逆らえば良いのでしょうか?奇跡が起きるように祈れば良いのでしょうか?状況が悪化するのを恐れているだけ?ええ、そうですとも。だって、他に打つ手がありませんから」


 蛇女は半ば自棄になりながら開き直る。

 その姿は癇癪を起こしている子どもみたいだった。


「そういう時はさ、人に頼るんだよ。何もかも自分1人で何とかしようとするから苦しくなるんだ。お嬢様学校の奴らはそんな事も知らないのか?」


「……随分、簡単なように言ってくれますねえ。わたくしが何を背負っているのか知らない癖に。人に頼る?誰に頼れば良いんですか?相手は人知を超えた力を使う化物なんですよ?そんな奴相手に誰を頼れば良いんですか?誰に救いを求めれば良いんですか?」


「なら、試しに俺に助けてって言ってみろよ。もしかしたら、何とかしてくれるかもしれないぞ」


 彼女の逆鱗に触れたのか、彼女は俺の眼前にあるアスファルト目掛けて尻尾を振り下ろす。

 たったそれだけで地面に亀裂が走った。


「わたくしの顔面を一発殴った程度で調子に乗ってませんか?そんなカスみたいな力、女王様にも本気を出したわたくしにも勝てませんよ」


「喧嘩の勝敗ってのは腕力や地力で決まるもんじゃねぇよ」


 右の拳を握り締め、いつでも喧嘩ができるよう身構える。


「なら、わたくしが教えてあげますよ。貴方が言っている事は全て甘い戯言だという事を」


「ああ、そっちの方が俺としては性に合ってる。──来いよ、蛇のお嬢様。あんたじゃ俺には勝てねぇよ」


 四季咲は今にも喧嘩を始めそうな俺達を止めようと手を伸ばす。

 だが、彼女は何かを悟ったようで、小さく首を横に振ると、そのまま黙り込んでしまった。


「四季咲、ここから離れてくれ」


 遠くの方から犬の雄叫びが聞こえて来る。

 無人の公園前道路にて、自分の言い分を一方的に相手に押し付けるだけの闘争が始まる。轟音が静寂な住宅街に響き渡った。


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