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4月1日(3)レストランに行こう!の巻

 午前7時。交番の仮眠室で仮眠を摂った俺は、まだ寝ている少女を起こさないように起き上がると、勤務中である雫さんと啓太郎の元へ向かう。

 啓太郎はまだ雫さんに事の顛末を説明しているのか、ひどく疲れた表情を浮かべていた。


「つまり、私を洗脳した男達を捕まえれば良いんだな?」


「あー、もうその理解で良いです、はい」


「おい、諦めるな。この理解のままだと、雫さん暴走してしまうぞ」


「その時はその時さ。まあ、飲み込めていないのが不思議な力だけだから、その力さえ目の当たりにすれば、すんなり理解してくれると思うし」


「当たり前だろ、私はオカルトなんか信じないからな。大体、その超能力みたいな力が実在していたとして、お前らはどうやって対処するつもりなんだ?そんな曖昧かつ不明瞭な理由では警察を動かす事は出来んぞ?」


「ん?悪い奴なら殴れば解決だろ?」


「こういうのは主人公っぽい行動してれば、簡単にヒロインをゲットできるんですよ、先輩」


「お前ら、ひょっとして何も考えてないだろ」


 雫さんは呆れたような表情をしながら、溜息を吐き出す。


「てか、雫さん。洗脳されていたのに、まだオカルト信じてないのかよ」


「当たり前だろ、もしかしたら科学の力かもしれないからな」


 雫さんが想定している科学の力はかなり凄そうだった。

 多分、フィクションの領域に足を突っ込んでいるのだろう。


「これだから頭の固い連中は。科学はそこまで万能じゃありませんよ、先輩」


「その言葉、そっくりそのまま返させてもらう。オカルトと言えば何でも済ませられると思うなよ、後輩」


「いや、雫さん。そっくりそのまま返せていませんよ、それ」


 オカルトを信じるアホと科学を賛美する馬鹿が火花を散らし合う。

 片方は異性と出会うため、もう片方は自分の意地のために睨み合っているんだから、かなり間抜け過ぎる。

 こんな奴らに桑原の治安を任せて良いのだろうか。


「おい、司。お前はオカルトと科学、どっちだと思う?」


「司に聞いても無駄だよ。僕らは先輩と違って柔軟な頭をしているんだから」


「騙されやすい頭の間違いだろ?」


「怪しい男達に洗脳された先輩程ではないと思うけど?」

 闘いの火蓋は唐突に切られた。

 交番内で取っ組み合いを始めた警官2人をぼんやり眺めながら、俺は深い溜息を吐き出す。

 ふざける余裕がないくらいに、俺は切羽詰まっているというのに。何やっているんだ、こいつら。

 まあ、あの2人も摩訶不思議な力を目の当たりにしたら、今の俺みたいに余裕がなくなるだろう。……多分。

 

 再び長い溜息を吐き出すと、仮眠室で寝ていた少女が眠そうに目を擦りながら、俺らの下にやって来た。

 大抵、寝起きは皆ブッサイクな顔を晒すというのに、彼女の寝起きはとても様になっていた。これも思い通りになる力のお陰なのだろうか。


「おはよう、お兄ちゃん。ねえ、あの人達、何しているの?」


「馬鹿決定戦だ。どちらが勝っても人類に未来はない」

 

 俺に抱きつく少女の頭を撫でながら、再々度溜息を吐く。

 真実の姿が女体化願望持ちの不潔なおっさんかもしれない少女は、ドン引きしながら雫さんに虐殺される啓太郎を拝見していた。


「ほう、それが噂の少女か。で、名前は何て言うんだ?」

 

 雫さんは啓太郎に関節技を決めながら俺に質問する。


「本人でさえ知らないんだから知りませんよ」


「じゃあ、お兄ちゃんが私に名前つけてよ」

  

 少女は可愛らしい動作で俺に名前をねだり始める。


「じゃあ、ポチで」


「わーい!」


「おいおい、そんないい加減な名前にしていいのか?もっと名前ってのは、しっかりしたものじゃないと……」


 雫さんが説教臭い事を言い出したので、もっと良い名前をつけてあげることにする。


「じゃあ、エンジェル明彦はどうだ?」


「どうだ、じゃないだろ。どうして女の子に明彦という名前をつけようとしたんだ、お前は?」


「文句言うなら雫さんがつけてくださいよ、その足りない頭で」


「お前の戒名をつけてやろうか?」


 雫さんは泡を吹いて気絶した啓太郎を解放すると、真剣な形相で少女の名前を考え始める。


「美って言葉は入れたいな……でも、この日本人離れした容姿ならカタカナの方が……いや、ここは日本だから漢字で良い筈……」


「し、雫さん?そこまでガチにならなくても……」


「馬鹿言うな!ここで変な名前をつけてみろ!改名するには物凄い恥辱を味わう上に手間がかかるんだぞ!!いい加減な名前なんかつけられるかっ!!」


「そういや、先輩はキラキラネームから改名したんだっけ」


 意識を取り戻した啓太郎は起き上がるや否や俺が知らなかった雫さんの過去を暴露する。


「まあ、流石にこの僕でも前の先輩の名前は酷過ぎると思いましたもんね。確か卍る……」


「その名前を2度と口に出すなっ!!」


 雫さんの渾身の一撃が、啓太郎の脇腹に突き刺さる。

 彼は核の炎に包まれた世界にしか存在しないモブみたいな断末魔を発すると、地面と接吻を交わした。


「お、お兄ちゃん……!あの人達、めちゃくちゃ野蛮だよ!あれ、絶対お巡りさんじゃないよ!!ただのヤクザだよ!!」


「ポチ(仮)、桑原のお巡りさんは皆こうだぞ。むしろ、この2人はまだマシな方だ。残りの4人はマジで酷いからな。何せ問題を起こして、ここに来たような連中だから」


「そんな人達が治安を守っているの!?確か警察ってものは、悪い人を懲らしめる人達だよねぇ!?」


 ポチ(仮)は驚愕の声を上げると、腹を鳴らし始める。それを聞いた俺は彼女に疑問を投げかけた。


「お前、思っただけで腹満たせねえのか?」


「……そ、そうみたい。今、お腹いっぱいになりたいって思っているんだけど、何でかお腹いっぱいにならないの」


 どうやら彼女の力は発動したり発動しなかったりするみたいだ。何か条件があるのだろうか。


「じゃあ、ファミレスにでも行くとするか。啓太郎、引き継ぎよろしくな。私はこれから司と美鈴を飯に連れて行く」


「美鈴って……それ、私の事なの?」


「ああ、ポチより100倍マシだろ。誰に聞いても笑われない最高の名前だ」


 雫さんは自分が考えた名前をこれでもかと言わんばかりに賛美する。

 美鈴なんて有触れた名前だろという言葉が喉まで出かかるが、迸る殺気を感じ取ったので、寸前の所で堪えた。

 わざわざ殴られに行く程、俺は愚かな人間ではない。

 美鈴と名付けられた少女を一瞥する。

 彼女は言葉に出さなかったが、美鈴という名前を気に入ったらしく、ニヤつきながら、与えられた自分の名前を小声で呟いた。


「引き継ぎよろしくって、もしかして先輩、帰ってこないつもりなんですか?」


「ファミレスに行った後、この子の保護者を探すからな。この事件がオカルトにしろ、科学にしろ、この子を親元に返す必要があるのは変わらない。啓太郎は引き継ぎ終わり次第、車に乗ってファミレスまで来い」


「車乗って来いって……僕、車持っていないんだけど……」


「お前ん家、車が3台あるって言っていただろ?爺さんのでも良いから1台強奪して来い」


「強奪しろと言われても、……大体、その子は思った事をそのまま現実にできるんですよ。その容姿が偽物だったら幾ら身内を探しても出て来ないと思うんですが」


「言っただろ?私はオカルトを信じていないと。ほら、行くぞ、司に美鈴。今日は好きなものを奢ってやる」


 雫さんはそう言うと、制服を脱ぎに更衣室へ移動する。

 俺は啓太郎の方に視線を向けた。


「僕のことなら心配しなくていい。すぐ追いつくから」


「いや、これっぽっちも心配なんかしてねえよ」


「そうそう。ファミレスに行くなら、彼女に聞いた方がいい。"バイトリーダー"なら、オカルトだけでなく宗教にも関する知識が豊富だから、その少女に関して何か知っているのかもしれない」


「へいへい、一応聞いときますよ。じゃ、俺らは先にファミレス行ってるから」


 俺は美鈴と命名された少女の手を引くと、交番を後にする。

 交番前の道路は朝陽に照らされていた。

 何処を見渡しても人影1つ見当たらない。

 桑原交番は住宅街──と、言っても住んでいる人の大半は学生でアパートが立ち並んでいるだけの地域──と少しだけ離れており、周囲は田畑で囲まれていた。


 詰まるところ、この交番前の道は畑仕事をする爺さん婆さんかお巡りさんに用がある人くらいしか通らないのだ。

 まだ寝足りない俺は人っ子1人いない道で大きな欠伸を浮かべる。

 特にやることもないため、隣を歩く少女──美鈴に話しかけた。


「睡眠時間短かったけど、ちゃんと眠れたか?」


「う……うん、ちゃんと眠れたよ」


「本当か?俺なんかもう眠くて眠くて………」


 美鈴に気を遣い過ぎた所為で、無難な話題しか振れなかった。

 自分のコミュ力の低さに軽く失望してしまう。

 彼女はそんな俺の顔を見ると、大きく美しい目を丸くした。


「どうしたんだよ、鳩が豆鉄砲食ったような顔をして。そんなに俺の話題チョイスおかしかったか?いや、自分でもセンスはない事を大体承知しているよ」


「いや……その、聞かなくていいの?」


「だから、聞いただろ?ちゃんと眠れたのかって」


「そっちじゃなくて、私の事についてだよ。ほら、2人きりになる時って尋問されるのが普通じゃん」


「どんな普通だ。ていうか、記憶ない相手に何を尋問しろって言うんだよ。いいか?俺は無駄な事はしない主義なんだ。そりゃあ、聞きたい事は山ほどある」


「な……なら、何で力尽くで聞かないの?」


「無駄な行為だからだよ。答えを知らない奴にそんなの聞いたって時間の無駄だろ?」


「そういうものなの?」


「そういうもんだ」


「……私の言う事を信じるの?」


「信じるさ。信じなきゃ何も始まらないからな」


 話を適当に切り終えた俺は彼女が楽しめる話題を提供しようとする。

 もし、ここで彼女の機嫌を損ねたり、不要なストレスを与えたりなどしたら、これからの行動に支障が生じるだろう。

 それだけは避けねばならない。

 彼女がローブ男達と何かしら関係がある以上、彼女の身の安全くらいは確保しなければ。


「そういや、好きな食べ物は覚えているか?」


 地雷が少なそうな無難なネタで話を180度違う方向に変えつつ、盛り上げようとする。


「好きな食べ物は乾パンだよ」


「……これまた、予想外のチョイスだな」


 普通、好きな食べ物で乾パンは出てこねえよ。

 人気定番の好物が出てくると思って、身構えていた俺はいきなり出鼻を挫かれてしまう。


「レストランって所は乾パン食べられるのかな?」


「全国展開している飲食店に求めるハードルが低すぎる」


 保存携帯食を売りにしている大衆食堂なんて聞いた事ねえよ。

 記憶と共に嗜好がリセットされたのか、それとも、乾パンが至高と思えるような環境で生まれ育ったのか。

 前者だろうが後者だろうが、俺と彼女の価値観に溝がある事には変わりない。


「乾パンじゃないけど、パンは出てくると思うぞ。確か、今の時間帯は朝食セットで小さなパンが付いてくる。しかも、スープも無料だ」


「じゃあ、パフェって奴もついてくるの!?」


「パフェはデザートだから別に頼まないといけないぞ。まあ、雫さんの奢りだから実質無料なんだけど」


「やった!1度でいいからパフェ食べてみたかったんだ!これで私の念願がこれでようやく果たされる!!」


 最初、会った時と同じような満面の笑み──しかし、どこか影が見える──を浮かべる美鈴。


「どんな念願だ。普通にパフェくらいファミレス行けば、このご時世余裕で食べられるだろ」


 そこまで言って、美鈴に過去の記憶がない発言を思い出す。

 今の発言は間違いなく失言だった。

 俺が彼女の言っている事を信じていないと思わせる発言だった。

 冷や汗を掻きながら、恐る恐る彼女の横顔を見る。

 彼女はかなり上機嫌そうに見えた。

 俺の失言を気にかけていないくらいにルンルンしているみたいで、思わず安堵の溜息を溢してしまう。


「ほ……ほかにやりたい事ってないのか……?」


 失言に気をつけながら、俺は話を明るい方向に変えようと試みる。


「うーん、……遊園地って所と海に行きたいかな」


「そこは啓太郎次第だな。遊園地は距離的にちょっと難しいが、海なら、車で2~3時間の所にあるから、多分大丈夫だろ」


「え、じゃあ、お魚釣りできる!?一度でいいから釣った魚を食べてみたい!!」


「釣り道具ないから、また今度だな。てか、これからするのはお出かけじゃなくて、お前の保護者探すためだし」


 浮かれている美鈴に一応釘を刺す。彼女はちょっとだけテンションを下げると、何を考えているのか分からない顔をした。


「探すことなんてできないよ。だって、私、親の顔……」


「大丈夫だって。こういう問題は、とりあえず悪い奴を殴れば解決するからさ。俺の経験則がそう言っている」


「殴れば解決って……そんな単純なものじゃないと思うけど」


「そうか?まあ、大丈夫だろ、多分」


 俺の腰の引けた発言の所為で元気を失くしたのか、彼女は暗そうな雰囲気を出しながら俯き始めた。

 ここは嘘ついても大丈夫と言い切る場面だった。

 反省した俺は慌てて取り繕う。


「あー、心配すんな。俺、こう見えて結構運が良い方だからさ」


 が、彼女が心配しているのはそんな事ではなかった。


「……じゃあ、私が悪い奴だったらお兄ちゃん、私を殴るの?」


 的外れな心配をする彼女に思わず苦笑してしまう。


「お前が悪い奴だったら、とっくの昔に殴っているよ」


「そういうものなの?」


「そういうもんだ。大丈夫だって。俺、結構こういう訳わからん事、慣れているからさ」


 流石に超能力者とは喧嘩した事ないが。

 まあ、流石に麻薬中毒者やヤクザよりはやりやすいだろう。

 今回は警官である雫さん達の理解も得られているし。


 と、考えていたのも束の間。

 俺は数時間後、この認識が甘かった事を痛感させられる。

 何故なら、俺がこれから喧嘩する相手は超能力者でも麻薬中毒者でもヤクザでもなかったからだ。

 前回に引き続き、厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。

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