4月9日(12) 魔法や魔術を奪われたの巻
桑原交番に辿り着く。
交番の中に入ると、そこには松島啓太郎と元金郷教信者キマイラ津奈木、そして、フリーの魔法使い鎌娘──最初会った時に鎌を持っていたから鎌娘と呼んでいる──が頭を抱えていた。
「どうしたんだよ、親にエロ本見つかった子どもみたいな顔をして。いいか?そういう時は"お父さんの部屋から取って来たんだ"って言うんだ。そしたら、矛先が全部父さんに向くから」
「君は一体何を言っているんだ?」
背後からツッコミの声が聞こえる。
交番の中にいた啓太郎は俺の顔と背後にいる彼女の顔を見るや否や深い溜息を吐き出した。
「……厄介の塊が厄介事背負ってやって来やがった」
「あ、もしかして、お前らも魔女とやらを知ってんのか?なら、話が早い。こいつの魔法を解いてやって……」
俺が発言しているにも関わらず、鎌娘は俺の方に近寄ると、こんな事を言い出した。
「あんたの魔法でこの呪い破壊してよ!!じゃないと、私の魔法使いというアイデンティティが崩壊しちゃう!!」
彼女は着ていた上着を捲り、自身の腹を指差す。
そこには背後にいる彼女と同じ魔法陣が刻まれていた。
「ああ、あれか?あれなら、もう使えなくなったんだけど」
「はあ!?何それ!?じゃ、あのビリビリ使えないあんたとかただの役立たずじゃない!!何しに来たのよ、あんた!!」
役立たず扱いにムカついたので、俺は彼女を背負い投げする。
彼女は受け身を取る事なく、交番の床に着地してしまった。
「ぐえっ!!」
潰れたカエルのような呻き声を上げると、彼女は痛みに悶え始めた。
ちょっとだけスッキリする。
「……ジングウさん。もしかして、貴方、魔女と遭遇したのですか?」
ピエロにしか見えない容貌のキマイラ津奈木は真っ青な顔をしながら俺に尋ねる。
だが、俺に投げかけられた質問を答えたのは啓太郎だった。
「それは愚問だ、キマイラ津奈木。こいつは先輩と同じ、その場のノリと勢いで動く男だ。もし魔女とやらと遭遇してたら、ここには来ていないだろう。もし魔女の顔を知っていたら、直接殴り込みに行っている筈だ」
「おい、啓太郎。喧嘩売ってるなら幾らでも買ってやるぞ」
「話が拗れるから後にしてくれ。で、君が連れて来た彼は何だ?彼等と同じ魔女の被害者なのか?」
唐突に話を振られた彼女は一瞬だけ怖気つく。
が、すぐに啓太郎の話に応えた。
「は、……はい。私の名前は四季咲楓です。魔女に容姿経歴性別能力全てを奪い取られて、このような姿になっていますが、れっきとした女性です」
「へえ、お前の名前ら四季咲って言うんだ。俺は神宮司、神の宮を司るって書いてジングウツカサだ。よろしくな」
今更ながら、ここで俺達は互いの名前を交換する。そんな俺の様子にキマイラ津奈木は驚きの声を上げた。
「名前さえも知らない彼女をここに連れて来たんですか、貴方は……?」
「キマイラ津奈木。いい加減、彼と言う不条理に慣れろ。一々真面目に対応してたら、心労で倒れてしまうぞ」
啓太郎はポケットから取り出したチョコを食べながら、溜息を吐き出す。
俺はようやく、キマイラ津奈木の左手の甲に四季咲と鎌娘と同じ模様の魔法陣が刻まれている事に気づく。
「そういや、彼等と同じって言ってたよな?お前らも魔女から何かされたのか?」
キマイラ津奈木は俺から目を逸らす。
俺の質問に答えたのは魔法も魔術も扱えない啓太郎だった。
「ああ、キマイラ津奈木もエリも、そして、現在進行形で連絡が取れない元金郷教信者達も所属している国際魔導機関下部組織『国境なき工房』のメンバー達も、正体不明の魔女により魔法・魔術の力を奪われてしまった」
「へえー、そうなんか。大変なんだな。じゃ、四季咲の魔法を解除するには魔女とやらを倒さなきゃいけないのか」
「なんかめちゃくちゃ他人事じゃない!?もっと緊迫感出しなさいよ!!私達もあんたも魔法が使えないのよ!?どうやって魔女を倒せって言うのよ!?」
「そりゃあ、素手だろ。馬鹿か、お前」
お腹が減っていた俺は啓太郎に無言でチョコを催促する。
彼は俺の意図に気づいているにも関わらず、チョコをあげようとしなかった。
「大変どころじゃないさ。『国教なき工房』のメンバーの多くは消息不明。僕らは魔法・魔術の力を失った事で魔女とやらに対抗するための力を失ったのさ」
彼からチョコを奪い取ろうとする。
だが、彼はチョコをあげる気がなかったのか、彼は俺を露骨に警戒し出した。
「それで交番に入った時、重苦しい空気流れてたのか。ご愁傷様」
「ご愁傷様って何よ!?こっちはアイデンティティを奪われたのよ!?魔法が使えない私なんて、ただの可憐な美少女じゃない!!」
鎌娘は背中を両手で押さえながら立ち上がる。
その姿は酷く間抜けで、とてもじゃないが美少女がするポーズじゃなかった。
「そういや、雫さんは?雫さんも行方不明になったのか?」
俺は啓太郎の先輩であるお巡りさん──黄泉川雫の所在を尋ねる。
「彼女は別件の仕事さ。今、桑原から離れている」
「んじゃ、ここにいる連中でその魔女とやらをどうにかしないといけないって訳か」
「正確に言えば、闘えるのは君1人なんだけどね。僕らは先輩や君みたいに肉弾戦に長けている訳じゃないんだから」
啓太郎が普段使っている机の引き出しからチョコを取り出す。
すると、彼は切羽詰まった様子で俺から袋を奪い取ろうとしていた。
「じゃ、とりあえず、その魔女とやら殴り飛ばして来るから居場所と特徴を教えろ」
チョコの袋を引っ張りながら、俺は啓太郎に尋ねる。
「教えを乞うなら、先ず僕のチョコを返すんだな。話はそれからだ」
「こっちは夕飯食ってねえから腹減ってんだよ。返して欲しかったら、とっとと出前を取れ。俺らにカツ丼を食わせろ」
「檻の中にぶち込んだ後にな。これ以上、僕のチョコを奪おうってんなら、公務執行妨害で逮捕するぞ」
俺と啓太郎は火花を散らし合う。
「何で貴方達は呑気にチョコを取り合っているんですか!?今、かなりヤバい状況って事が分からないんですか!?」
「そうよ!私達、魔法も魔術も使えないのよ!?あいつらに対抗する力がないのよ!?何であんたら、そんなにのほほんとしてんの!?」
「キマイラ津奈木、鎌娘。日本には"腹が減っては戦ができぬ"って諺があるんだ。この行為は一見無駄なように見えて、大切な行為なんだよ」
「腹が減ってるなら、近くのファミレスで夜ご飯食べて来るがいい。これは僕のチョコだ。君なんかに渡さない」
「金があったら、こんな所に来てねえよ」
「たかりは冗談じゃなくて本気だったのか……!?」
四季咲が何か衝撃を受けているが、無視する。
こっちは今それどころじゃないのだ。破ける勢いで袋を引っ張ろうとする。
途端、外から敵意を感じ取った。
「──伏せろっ!!」
啓太郎とキマイラ津奈木は俺が叫んだ瞬間、俊敏な動きで地面に伏せる。
近くにいた鎌娘と四季咲は俺の意図を瞬時に察する事ができなかったのか、戸惑ったような表情を浮かべていた。
俺は彼女達を押し倒す。
俺達が地に伏すと同時に数多の光弾が交番の壁を貫いた。
交番内に土煙が吹き荒れる。
壁の瓦礫が俺の身体に衝突する。
俺は爆風が収まると、すぐに起き上がり、地面に伏せていた啓太郎に指示を飛ばす。
「啓太郎!四季咲達を頼む!!」
「ああ、行ってこい!」
啓太郎のゴーサインと共に、俺は光弾が飛んで来た方向に向かって駆け始めた。




