4月9日(8)え、もう1度遊べるポン?
「ほら。これでも飲んで落ち着けよ」
自動販売機で買った果汁ジュースをチビでデブな男にしか見えない少女に投げ渡す。
彼女は俺が信じると言った途端、堰を切ったように泣き出した。
涙の理由は分からない。
とりあえず、俺は泣き噦る彼女を連れて女子校から少し離れた河川敷に移動した。
「…….あ、ありがとう」
彼女は嗄れた声で俺に礼を言う。やっぱ、どっからどう見ても男にしか見えない。
もしかして、身体の性と心の性が一致していないトランスジェンダーな人なのだろうか。
それとも、彼女の言う通り、魔女という謎の存在に身体と心の性を不一致にされてしまったのだろうか。
はたまた、全部彼女の妄言で、本当は性犯罪していただけなのだろうか。
まあ、理由なんてどれでも良い。
彼女は信じてくれと懇願したのだ。
信じる理由はそれだけで十分過ぎる。
「落ち着いたらで良いから事情を説明してくれよ。こっちは何が起きているのか、さっぱりだから」
「……さっぱりなのに信じてくれるのか、君は」
「信じてくれと言われたからな。まあ、悪そうな奴だったら、話を聞かずに即ぶん殴ってだけど」
彼女は俺がやったジュースを手で弄びながら、俺をじっと見つめる。
その小さな一重の目は困惑と期待が入り混じっていた。
「……私は君を騙そうとしているかもしれないぞ?本当はこの見た目通り、ただの変態なのかもしれない。私の言っている事は全部妄言で、本当は言い逃れのために君を騙しているのかもしれない。……それでも、君は本当に私の言う事を信じてくれるのか?」
「そこら辺は大丈夫だ。人類みんな変態だからな。気になるあの子も尊敬すべきあの人も大なり小なりアブノーマルな性癖を抱いている。俺の恩師である教頭先生も、奥さんに隠れてSM系のエロ本買ってたくらいだし。かくいう俺も友達からはおっぱい星人と呼ばれていてな。将来的にはGカップ以上の金髪外国人と付き合いたいと思っている」
俺の鉄板ネタ──これさえ言えばどんな男でも心を開いてくれる──に反応しないくらい追い込まれているのか、彼女は頬を緩ませる事なく、俺の事をじっと見つめていた。
今にも泣き出しそうな彼女を慰めるために俺はあたふたしながら、思った事をそのまま口に出す。
「ほら、信じずに見捨てるよりも信じて騙された方が遥かにマシだろ?騙された場合は騙したお前を殴れば良いだけし。だけど、信じずに見捨てる場合はお前が不利益を被るだけだというか何というか。後でお前が本当の事を言ってる事を知ったら、俺はお前を信じなかった自分を一生呪うだろうし。……まあ、要するに自分のために信じてるんだよ、俺は」
浮気が見つかった男みたいに俺は目の前の彼女を納得させようとする。
だけど、彼女はポロポロ泣くだけで、何とも言わなかった。
「泣くな!泣くな!涙の数だけ強くなれるとか言うけど、あんなの嘘っぱちだからな!殴った悪人の数だけ人は強くなれるんだからな!」
「す、すまない。けど、本当に嬉しくて……今の私の言葉に耳を傾けてくれる人がいるなんて」
「……どんだけ卑屈なんだよ、あんた」
まあ、何処からどう見ても男にしか見えない彼女が女子校の制服着ていたら変質者にしか見えないか。
何も知らない第3者は彼女の話を聞くよりも自分の正義感を優先するかもしれない。
「まあ、……お前も大変だったんだな」
もし身体は女で心は男だったら、彼女は男装の麗人とか男の娘とか持て囃されていたのかもしれない。
本当、男が女の服を着ているだけで変質者扱いされるなんて世の中間違っている。
そんなどうでも良いような事を考えていると、彼女は再び涙を流し出した。
調子が狂いに狂う。
まるで赤ん坊をあやしているようだ。
女の子の扱い方もロクに知らないのに赤ん坊みたいな女の子の扱い方なんて、できっこない。
想像力が乏しいスマホ世代らしくスマホで調べようとする。
だが、スマホは学ランのポケットに入ってなかった。
(そういや、寮長に取られたままだっけ)
仕方ないので、脳にある記憶を頼りに彼女をあやしてみる事にする。
えと、こういう時はお腹を撫でるんだっけ?
俺は泣き噦る彼女を押し倒すと、そのまま膝枕する。
そして、彼女の脂がたっぷり乗ったお腹を撫で回した。
「ちょ、何をするんだ!?」
「いや、お前を泣き止ませようと思って」
そう言って彼女の脂肪だらけのお腹を軽く叩く。
すると、良い音が鳴った。
もう1度叩く。
これまた軽快な音が鳴った。
そのままの勢いで彼女の腹を太鼓のように叩き続ける。
「ちょ、やめ!これ普通に恥ずかしいんだが!?」
「え、もう1度遊べるポン?」
「んな事言ってない!!」
彼女の脂肪だらけの拳が俺の顎に突き刺さる。
どうやらやり過ぎたらしい。
涙は引っ込んだのか、彼女は羞恥心で顔を真っ赤にさせていた。
フルコンボ達成したお陰で彼女の感情は哀から怒に変わったようだ。
「こんな見た目でも私は女なんだぞ!?」
彼女は俺に正座を強要すると、説教をし出す。
側から見たら、河川敷にて、女子高生の制服を着たチビデブ男が男子高校生を叱っている図にしか見えないだろう。何たるカオス空間。
「大丈夫だ。そこら辺はちゃんと理解している。俺は女と理解した上であんたにセクハラしてたんだ」
「尚更タチが悪い!」
「分かった。俺の腹を叩いてもいいぞ、これで等価交換だ」
そんな馬鹿な事を言い合っていると、遠くの方からパトカーがやって来た。
パトカーは河川敷の近くで停まると、中から顔見知り──けれど、名前はよく知らない隣の隣の町の交番に勤めているお巡りさんが出てきた。
「お前らか!?真昼間から女装お腹叩きプレイとかいうアブノーマルプレイ楽しんでいる高校生はっ!?」
「この町のお巡りさん、優秀過ぎない!?」
俺は彼女の腕を引くと、河川敷から立ち去ろうとする。
だが、彼女の足はとても遅かった。
お巡りさんに追いつかれそうだったので、とりあえず彼の顔面に膝蹴りを喰らわせ、お巡りさんの意識を刈り取る。
俺の蹴りを受けた顔見知りのお巡りさんは白目を剥いて気絶してしまった。
「その格好じゃ目立つみたいだから、とりあえず着替えに行こうか」
「今、流れるように公務執行妨害しなかったか!?」
「大丈夫、大丈夫。俺の知り合いに記憶弄れる人がいるから」
「何が大丈夫なんだ!?」
そんなこんなで、俺は彼女を連れて寮に戻る事にした。




