4月9日(6)『殴れそうな美女』の巻
会長は救急車に運ばれてしまった。
頭にでかいタンコブができた程度の傷だが、当たった場所が当たった場所であったため、聖十字女子学園在住の臨時養護教諭の指示により、念のためという理由だけで病院送りになってしまった。
残された俺はいつ自分を襲って来るか分からない女子高生に怯えながら、聖十字女子学園の生徒会目指して進む。
すれ違う女子生徒達は不思議そうな顔をしながら──何処か怯えたような顔つきで──、俺をじっと見つめる。
その瞳に光はなかった。
(ん……?何であんな目しているんだ……?)
華の10代には似合わない曇ったガラスの目をした彼女達に怯えながら、俺は何とか生徒会室前に辿り着く。
「し、……失礼しまーす」
恐る恐る入る。
中には4人の女子高生と女子高生には見えない20代くらいの美女が高そうな円卓を囲って座っていた。
「ようこそ、聖十字女子学園生徒会室へ。貴方が今日ここに来る予定の会長なのかしら?」
俺に声を掛けてきた美女──洋画のヒロイン役として出てきてもおかしくない金髪碧眼ボッキュッボンな女性──は誰もが魅力されるような笑みを俺に振り撒く。
その笑顔を見た瞬間、俺はこの女は確実に殴れると確信してしまった。
自分でも何でこんな評価を下したのか分からない。
けど、何故か俺は目の前の彼女を殴れると直感的に思ってしまった。
「いや、ただの伝言役っす。ウチの会長、ここに来る途中、不慮な事故に遭っちゃって。今日やる筈だった会議を後日にして欲しいっていうかなんというか……」
胸の中のモヤモヤが俺の発言を阻害する。
自分以外の何かが体内にいるような感覚。
そんな感覚が俺の思考を乱す。
「承知致しました。では、その抱えている書類はこちらで預かります」
眼鏡をかけた女子生徒──彼女を見た途端、俺は直感的に蛇を連想してしまった──は俺が持っていた箱を奪い取る。
重さ20kgある箱を彼女は軽々と持ち上げた。
……お嬢様って意外と力あるんだな。
「話を勝手に進めないでよ。今、私が話しているでしょう?」
眼鏡の子を威圧する美女。
眼鏡の子は小さな声で謝罪の言葉を口に出すと萎縮してしまった。
ヒエラルキー的に、この美女が1番権力を持っている事を見抜く。
多分、このナイススタイルな美女がこの学校の生徒会長なのだろう。
これ以上、ここにいたら占い通り不幸な目に遭いそうだったので、一先ず退散する事にする。
「じゃ、伝えたい事は伝えたんで。俺はこれで失礼します」
「ちょっと待ちなさい。もっと私とお喋りしましょうよ」
そう言って、美女は俺を引き留める。
俺はというと、今朝見た"巡り合った美女に全財産奪われるかも!?美人局に要注意!"の文章を頭に思い浮かべていた。
多分、ここで話に乗ったら俺は怪しい壺を買わされる羽目になるだろう。
今あるお金を全部取られてしまうとダッチワイフ付きエロ本を買えなくなってしまう。
それだけは避けたいと思った俺は彼女の誘いを拒否する。
「すみません。ちょっとこれからアレしてコレしてそれがあるんで」
そう言った途端、俺の視界は真っ黒に染まった。
「うおっ!?」
目を瞑っていないのに目を瞑った時みたいな光景が眼前を埋め尽くす。
その所為で、困惑の声を反射的に上げてしまう。
だが、視界の異常は一瞬で治ってしまった。
生徒会室を一望する。
何も変わってなかった。
強いて変わった点と言えば、女子生徒4人が驚いた表情を浮かべていた点と生徒会長らしき美女が俺を見る目だけ。
美女は紅い唇を動かし始めると、俺にこんな事を聞いて来た。
「ねえ、人間の価値ってどんな風に決まると思う?」
「……価値ってのは見出すもんで決めるもんじゃないと思いますけど」
売り言葉に買い言葉みたいな感じで、つい即興で質問を返してしまう。
「じゃあ、質問を変えるわ。価値を見出せない程無価値な人間っていると思う?」
「いる訳ないと思いますよ。俺の恩師は言っていました。"人間、存在してるだけで価値はある"って」
善があるから悪がある訳で、悪があるから善がある訳で。
どちらか片方しかないのなら、どちらも定義できなくなる。対称的概念は対の概念がないと存在理由を失ってしまう。
たとえ害しか生み出せない人間でも、たとえ不利益しか生み出せない人間でも存在価値はある。
誰かが不利益を生み出さないと、人間は対概念である利益を認識できなくなってしまうのだ。
だから、どんな人間にも価値はあると恩師である先生は言っていた。
ごちゃごちゃ大層な理屈を並べたが、多分、俺は全ての人に価値があると信じたいだけなのだろう。
折角生まれて来たのに無価値認定されて死んでいくのは可哀想だと思う。
だから、俺はそう信じたいのだろう。
「存在しているだけで価値がある?じゃあ、
貴方は自分に価値があると思い込んでいるのかしら?」
「思ってますよ。だから、俺はここにいる訳だし」
もし俺が自分に価値がないと思っていたら、新興宗教の信者達に追われていた美鈴を助ける事はできなかっただろう。
自分の思いは世界中の幸福と比べると小さいものだと軽んじていたら、今頃、俺は自分自身に価値を見出せなくなってただろう。
「じゃあ、はっきり言わせて貰うと貴方に価値はないの。貴方は自分が価値ある存在だと思っているけど、本当は他の人が羨ましいと思える所がないくらい価値のない人間なのよ」
「は、……はあ、そうですか」
世界中の人間から無価値判定を頂こうが、俺は自分という人間に価値を見出している。
そして、自分という人間に価値を見出しているから俺は他の人にも自分と同じくらいの価値があると思っている。
それだけの話だ。
目の前の美女から価値がないと言われても、そうですか以外の返事を返す事しかできない。
何故なら、俺と彼女の価値観が違うから。
彼女は彼女なりの方法で人間に価値を見出しているのだから、それを間違っていると言う資格を俺は持ち合わせていない。
だがしかし、価値観の話と喧嘩を売られた話は別な訳で。
目の前の美女が俺に喧嘩を売ってきた事には変わりない訳で。
見知らぬ相手に無価値認定されて怒らない人間がこの世にいる筈がない訳で。
いたとしたら、多分そいつは聖人か何かな訳で。
……何が言いたいのかと言うと、今の俺は目の前の美女の顔面をぶん殴りたい衝動に駆られている訳で。
彼女達に気づかれないように、右の拳を思いっきり握り締める。
(いや、ここで殴ったら慰謝料請求されて全財産毟り取られてしまう……!)
多分、占いはこの事を言いたかったのだろう。
この事を伝えたかったんだろう。
挑発されたという理由だけで目の前の彼女をぶん殴ったら、間違いなく俺は警察に捕まってしまう。
この学校に通う生徒だから、当然彼女の親は大富豪か何かだろう。
ただの高校生がこの学校に通える程金を持ったお嬢様達に勝てる訳がない。
裁判を起こされた挙句、無一文になるまで金を毟り取られ、前科と烙印がついてしまう。
下手したら社会的に抹殺されるかもしれない。
だから、ここは我慢だ。
俺の今後の未来のために。
そして、占いなんて当たらない事を証明するために。
「じゃあ、俺はここで失礼致します」
なるべく感情が表情に出ないように努めながら、生徒会室から退室しようとする。
「さよなら、無価値で哀れな子羊さん」
「誰が無価値で哀れだ、この腐れ○○○がっ!!!!」
躊躇う事なく俺は聖十字女子学園の生徒会長の顔面にドロップキックをぶちかました。




