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4月1日(2)自称妹ができちゃったの巻

 4月1日、午前2時過ぎ。

 重要参考人として桑原交番に連行された俺は桑原神社で起きた事を全て雫さんに話す。

 それはもう丁寧に、かつ具体的に。

 赤ちゃんにも伝わるように噛み砕いて説明したが、理解できなかったのか、雫さんは俺の話を全く信じようとはしなかった。


「で、言い訳はそれだけか?」


「だから、全部本当だって!俺が変なローブを着た男達と遭遇したのも、あんたらが保護した女の子が死にかけていたのも、異常なスピードで回復したのも!」


「あの女の子が瀕死だったなんて信じられるか」


「なら、何であの子を救急病院に連れて行ったんだよ!?」


「そりゃ何しても起きなかったからに決まっているだろ。一見無傷のように見えるが、脳に何かしらの傷を負っているかもしれない。お前の話が本当だろうが嘘だろうが、あの子が深夜の桑原神社で寝ていたのは事実だ。事件が起きていると考えるには十分過ぎる」


「だから、もう事件は起きているって!……って、ほら、雫さんがさっき捕まえたローブの男達!俺を襲った男達もあいつらと同じ格好をしていた!あいつらに聞けば何か分かるかもしれ……」


「ん?さっき捕まえた?何の話だ?」


「何の話って……さっき俺と会った時に遭遇したじゃねぇか!ローブを着た怪しい男達5人と!ほら、骨董品みたいなナイフを持った奴らだよ!あの銃刀法違反!!」


「さっき会ったも何も……昨日今日、お前と会った記憶がないんだが」


 雫さんは困惑した表情を浮かべながら頬を掻く。

 話が全く噛み合っていない。

 俺は彼女の言っている言葉の意味をよく理解できず、首を傾げた。


「……さっきあんたエロ本買おうとした俺捕まえようとしただろ?」


「おい、お前、今聞き捨てならない事を言ったな?もしかして、エロ本を買いたいがためにこんな夜更けに外出していたのか?」


「あ、やべ。口滑らせちまった。てへぺろ」


 話の矛先が桑原神社の件から俺の無断外出に変わりかける。

 その矢先、別室で待機していた啓太郎が俺に助け舟を出すが如く、話に割り込んできた。


「先輩、司の言う通りだよ。僕は数時間前、深夜徘徊している司を捕まえろと先輩に命令された。彼の話がどこまで本当なのか分からないけど、先輩と司は3月31日23時過ぎに会っていた筈だ」


「……お前にそんな命令をした覚えがないんだが」


「いや、したさ。だから、住宅街を巡回していた筈の先輩は、住宅街から結構離れていた場所に位置する桑原神社に駆けつける事ができたんだ。だって、僕が司とコンビニで遭遇したって知らせたから。そんな事さえ忘れたのかい?」


 雫さんは本当に覚えがないのか、眉間に皺を寄せながら首を傾げる。

 それを見た俺はようやく彼女の頭からローブ姿の男達と遭遇した前後の記憶が抜け落ちている事に気づいた。


「僕は司の言う事を信じても良いと思うけどね。不思議な力で先輩の記憶を操作したと仮定すれば、僕が感じている先輩への違和感が解消されるし」


 啓太郎はそれだけを言うと、俺の肩にポンと手を置き、雫さんに聞こえないくらい小さい声で俺に囁く。


「これで貸し1つだ。今度、現役女子高生と合コンしたいからセッティングよろしく頼むよ」


「お前、それが目当てで……!?」


「貸しを作ったのは、ついでさ。それに現役高校生の君なら女子高生の1人や2人、誘う事なんて余裕だろ?僕はこう見えて女性との出会いに飢えているんだ」


 そう言って、啓太郎は不敵な笑みを浮かべる。


「いや、見たまんまだろ。あと、幾ら貸し作っても女子高生は紹介しないからな」


「残念だったな、司。君は千載一遇のチャンスを逃してしまった」


 啓太郎は冷ややかな目で俺を睨みつける。

 どんだけ女子高生と絡みたかったんだ、こいつ。

 彼の掌返しに心の底から呆れていると、交番の外から人の気配を感じ取る。


「ん?誰か来たみたいだぞ」


 雫さんと啓太郎に来訪者の相手をしろと促す。

 しかし、交番にやってきた来訪者の目的は、警官である彼らではなかった。


「あ、お兄ちゃん!!」


 可愛らしい声が交番の中に響き渡る。入り口に立っていたのは、神社にて暴行を受けていた女の子──現在、緊急病院に入院している筈の白髪の少女だった。

 彼女は満面の笑みを浮かべながら、俺の方に駆け寄ってくる。

 信じられない光景を目の当たりにした俺達は目を丸くすることしかできなかった。


「………お前、妹がいたのか」


 あまり脳のスペックがよろしくない雫さんは頓珍漢な事を言い始める。


「いや、俺一人っ子ですけど」


 これまた頭がよろしくない俺は素っ頓狂な解答を口に出す。

 唯一、頭がそこそこよろしい啓太郎は額に汗を流しながら、突然現れた少女に疑問を呈する。


「君はさっき病院にいた筈じゃ……?」


「お兄ちゃんがいないから抜け出して来たの」


 少女はさらっと衝撃的な発言をしながら、俺の胸に顔を埋める。

 一瞬、視界の隅に黒い雷みたいなものが走った。

 すぐさま、雷を目で追いかける。

 だが、何処を見渡しても雷の痕跡は見当たらなかった。


(見間違い、……か?)


「抜け出したって……君がいた救急病院はここからかなり離れている。車なしでこんな短時間にここまで来ることは不可能だ。一体どうやってここに来た?」


「どうやって……さ、さあ?どうやってなのかな?気がついたら、この建物の前にいたから……分かんない」


少女は少しだけ目を泳がせながら、可愛らしく首を横に傾げる。

 それを見た雫さんと啓太郎は毒気が抜かれたのか、締まらない顔をし始めた。


「なら、しょうがないか」


「いやいや、啓太郎!これをしょうがない扱いで済ませられないだろ!?この子の言う事が本当なら、瞬間移動して来たって事だぞ!?」


「お前の妹ならそれくらい余裕だろ」


「雫さん、もう思考放棄してますよねぇ!?」


 考える事を放棄した彼等を現実に引き戻そうとする。

 が、彼等は虚な瞳をしたまま、明後日の方を見始めた。


「おいおい、無視すんなよ!?現実逃避しても俺に正体不明の妹ができた事は変わらないぞ!!」


「正体不明じゃないよ」


 妹を名乗る白髪の少女は可愛らしく微笑みながら、俺の瞳を覗き込む。


「私はずっとお兄ちゃんの妹だよ?」


 後頭部にピリッとした痛みが走る。


「だから、違うって言ってるだろうが」


 馬鹿な事を言う自称妹の頭に軽くチョップをお見舞いしてやる。

 俺のチョップが意外過ぎたのか、彼女は激しく狼狽し始めた。


「な、……何で?何で思い通りにならないの?」


「そりゃあ、人生思い通りになる方が少ないだろ。かくいう俺も思い通りにならないから、こんな所にいる訳で……」


 俺が少女に人生の大変さ(紙媒体のエロを手に入れる事の困難さ)を説明していると、雫さんと啓太郎は糸が切れた人形みたいに床に倒れ込んでしまった。


「お、おい、大丈夫か!?」


 突然意識を失った彼等の容態を伺う。先に目が覚めたのは啓太郎だった。

 彼は早い段階で意識を取り戻すと、すぐさま自分の足で立ち上がり、周囲を見渡す。


「一体何が起きて……」


「急に意識を失ったんだよ、お前ら!大丈夫か!?どこか痛いところはあるか!?」


「意識を失った……?僕が?」


 啓太郎は状況を把握すると、物凄い形相で少女を睨み始める。


「お前……僕らに何をした……!?」


「何って……私は思っただけだよ。みんな、私の言う事を信じてくれたら嬉しいなって」


 その一言で頭の回転が鈍い俺でも、ようやく彼女が何をしたのか理解できた。


「お前、まさか……啓太郎と雫さんに催眠をかけたのか……!?」


 催眠という言葉に聞き馴染みがないのか、彼女は酷く困惑した顔をしたまま、俺の質問に答える。


「ううん、私はそうなったら良いなって思っただけで……その……」


「……なるほど、にわかに信じ難いが、どうやら彼女は思った事を現実にする力を持っているらしい」


 啓太郎は額に脂汗を滲み出しながら、この摩訶不思議な現象を分析し終える。


「それって文字通り何でも思い通りにできるって事か?」


「ああ、僕の予想が正しければね。と、言っても僕らの暗示が簡単に解けた所を見るに完全なものではなさそうだけど」


 啓太郎が顎で雫さんを差す。

 振り返る。

 そこには、意識を取り戻した彼女の姿が見えた。


「うう……私は一体……って、司!?何でお前がこんな所に!?てか、あのローブ野郎達はどこ行った!?」


「おい、啓太郎!!お前の先輩、凄くややこしいことになってんぞ!!」


「どうやら弾みでローブ野郎とやらが施した洗脳も解けたようだ。喜べ、司。これで君の無実が証明されたみたいだ」


「いや、俺最初から罪を犯してないんだけど」


「証明?啓太郎、お前何を言っているんだ?……と、いうよりそこの少女は何者だ?いつの間にか司もいるし……お

い、私が気を失っている間に何が起きたんだ?」


 これまでの記憶がすっぽり抜けているのか、雫さんは矢継ぎ早に質問を繰り広げる。


「先輩、質問は後にしてください。今はこっちの方が先決です」


 そう言って、啓太郎は正体不明の少女と向き合う。

 彼女は俺の方へ駆け寄ると、俺の背後に隠れた。


「別に君を取って食おうとしているんじゃない。……君の未熟な身体に欲情した訳でも、幼女に手を出す程、女に飢えている訳でもない。ただ君の力が強大だから警戒しているだけだ。……別に僕は小児性愛というわけじゃないから、安心して欲しい。うん、マジで」


「言い訳が長すぎて、逆に怪しくなっているぞ。ペドフィリア」


「黙れ、司。児童ポルノ禁止法違反で処罰するぞ」


「逮捕されるのはお前の方だ、変態デカ。俺は金髪爆乳外国人が好きなんだよ。こんな二次性徴を迎えていない女の子なんて論外だ」


「言い訳が長すぎて、逆に怪しくなっているぞ。ペドフィリア」


 啓太郎とどうでもいい事で言い争っていると、俺の妹を名乗る少女が焦った様子で言い訳を述べ始めた。


「わ、私の力はそんなに大きくないと思うよ。だって、お兄ちゃんは私の思った通りには動かなかったし」


「いや、巨大だよ。普通の人は思った程度で世界を思い通りに動かせないのだから。君が今までどんな所にいたか知らないが、ここでは君の力は異常だ。そのように認識していた方が良い。君が自分の事を善人と自覚しているのならね」


 啓太郎の言葉は少女の心に深く突き刺さったみたいで、彼女の瞳は潤み始めた。

 その事に気づいた俺は、深く考える事なく、つい反射的に口を挟んでしまう。


「おいおい、啓太郎。ちょっと言い方キツくないか?」


「これでも言葉を選んだ方さ。それに彼女が外見通りの年齢とも思えない。もしかしたら、おっさんが君の妹になりたいと願った結果、彼女は今の姿になったかもしれないんだ。何せ思った通りに世界を歪められるんだから。この見目麗しい容姿も彼女が思い描いた理想の姿であって本当の彼女の姿じゃないかもしれない」


「……そう、なのか?」


 俺の背後に隠れる少女に質問する。

 けれど、彼女は目を潤ませるでけで、口は開かなかった。

 彼女が何かを隠している事に気づく。

 が、俺達に敵意や悪意はなさそうなので、とりあえず保留にする事にした。


「まあ、正体なんてどうでもいい。僕が知りたいのは、この少女が司の前に現れた理由と先輩を洗脳した奴らの情報だ。それは答えられないのかい?」


 少女は最初現れた時の元気が嘘みたいにか細い声で、啓太郎の質問に答え始める。


「……私、記憶がないから、その質問には答えられない。目が覚めたら、何もかも忘れていて。でも、お兄ちゃんは、お兄ちゃんが良いって思ったの。そしたら、ここにいたの。嘘じゃないよ、本当だよ」


 嘘である事は彼女の様子から瞬時に察する事ができた。

 だが、全部が全部嘘という訳でもなさそうだ。

 これも思い通りになる力の所為なのだろうか。

 俺はとりあえず少女の言う事を半分くらいは信じてやってもいいと思った。


「信じるか信じないかはさておき。とりあえず現段階では、僕らに話せないって事か。……これは結構難航しそうだな」


「難航って……もしかして、お前、この子の素性を調べるつもりなのか?」


「この子を保護者の元に返すのが、僕らの仕事だ。それに、この子と関係あると思われるローブを着た男達とやらを見逃す訳にはいかないしね。君の話が正しければ、あいつらの狙いはこの子だ。彼女が危険人物に狙われている以上、見過ごす訳にはいかない」


 珍しく警官としての使命に燃える啓太郎。

 そんな彼に違和感を覚えた俺は、小さい声で何故そんなにやる気になっているのか尋ねる。


「こんなファンタジーみたいな事件を解決するのが学生の頃からの夢だったんだ。ほら、アニメやラノベとかに出てくる主人公っぽくてワクワクするだろ?あと、この事件に首突っ込んだらミステリアスな美少女とお関わりになるかもしれないし」


「……そんな理由でやる気燃やしてんのかよ、あんたは」


「半分、冗談だ」


「半分は本気なのかよ……てか、雫さんの事を放置したままで良いのか?」


「大丈夫だろう。10説明したとしても3くらいしか理解できないだろうし。それに、あのローブ姿の奴らを捕まえるって言ったら否応なしにやる気出すと思うよ」


「おい、コソコソするな。言いたい事があるなら、はっきり言え。私に聞こえるようにな」


 今まで放置されていた雫さんは、自分の名前を辛うじて聞き取ったのか、俺らに釘を刺すためだけに声を発する。


「じゃあ、君は大人しく帰るんだな。そろそろ帰らないと寮長に怒られるだろ?」


「あ、いけね。俺、無断外出しているんだった」

 

 時刻を見たらあとちょっとで3時になりかけだった。

 寮長は5時起きだから、そろそろ帰らないと無断外出がバレてしまう。

 何か言いたげな雫さんに背を向け、俺は一旦、寮に戻ろうとする。

 が、少女は俺の帰宅を許さなかった。


「お兄ちゃん、どっか行っちゃうの?」


 少女は俺の服の裾をぎゅっと握り締めると、目を涙で潤める。

 その姿を見ただけで、俺の良心は痛んでしまった。


「司、見た目に騙されるな。その子の正体はおっさんかもしれないんだぞ?お前、見知らぬおっさんを妹にしたいのか?」


「いや、その、外見もだけど、小動物っぽい態度が俺に罪悪感を抱かせるというか、母性本能が刺激させられるというか……」


「司、お前は男だ。お前の身体に母性本能は備わっていない」


「雫さん、ちょっと黙ってください。今シリアスモードだから」


「司、それも不思議な力の影響だ、惑わされるな。お前はスマホに引き続き、他の大事なものを寮長に取られていいのか?」


 大事なもの──今年の始めにお年玉で買った最新ゲーム機と秘蔵のエロ本が、脳裏を過ぎる。

 あれを失ったら、俺は強制的に修行僧みたいな生活を送らなければいけなくなる。

 

 心を鬼にした俺は少女の手から逃れると、振り返る事なく交番から出る事を心に決めた。

 すまない、名もなき少女。

 俺にも守らなければいけないもの──ゲーム機とエロ本──があるのだ。


「大丈夫だ、すぐ戻る。だから、ここで待っていてくれ。大丈夫、お前の事は俺もちゃんと守るから」


 それだけを告げて、俺は振り返る事なく交番から出ようとする。

 すると、背後から色欲に塗れた啓太郎の声が聞こえてきた。


「それじゃあ、君は僕と一緒におねんねでもしようか。なに、安心したまえ。僕は紳士で警官だ。だから間違っても君に手出しなんかしない。神に誓おう、神様なんて信じてないけどね」


「やっぱお前にその子を預けるのは無理だわ!!」


 少女の肩に手を置く啓太郎の顔面にドロップキックをかます。

 結局、俺は少女を守るため、大切な私物を犠牲にする事を選択した。

 前回に続いて、大変厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、待っております。

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 厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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