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4月4日(5) 『何でも願いが叶うのなら』

 ガイア神を倒し、美鈴を救い出す事ができた俺は安堵の溜息を吐く。

 だが、安心するのはまだ早かった。 ガイア神が吸収し切れなかった膨大なエネルギーから不吉な音が聞こえてきた。

 空を仰ぐ。

 黄金色に輝いていた光球は白と呼ぶには味気ない色へ変貌していった。

 無色と呼んだ方が適切だろう。

 それ程、空に浮かぶ光球に色という色を見出す事ができなかった。

 光球は徐々に膨れ上がると、不規則に膨張と縮小を繰り返し始めた。


「……もしかして、暴走しかけているのか……?」


 空に浮かぶ膨大なエネルギーを支配していたガイア神がいなくなったからだろうか。

 夜空を埋め尽くす無色のエネルギーは不安定に鼓動するかのように膨張と縮小を繰り返す。

 その姿は破裂寸前の爆弾のように見えた。


「司っ!無事かっ!?」


 無色に染まる空を仰いでいると、啓太郎達が駆け寄って来る。

 彼等は俺とガイア神の闘争の余波を受けた所為か、先程よりも傷を負っていた。


「……おい、魔法使い組。どっちでも良いから教えてくれ。あれは一体、……どうなっているんだ?」


 空を指差しながら、疲れた表情を浮かべる鎌娘と顔を真っ青にしたキマイラ津奈木に尋ねる。


「……端的に説明致しますと、あの魔力の塊は破裂寸前の状態です。恐らくあれを生み出したガイア神が消滅した所為で、コントロールを失ったのでしょう。今の調子で膨張と縮小を繰り返していますと、あと数分も経たない内に爆発してしまいます」


「やっぱ、そうか……で、爆発すると、どうなるんだ?」


「……恐らくこの辺りにいる人達は無事じゃ済まないでしょう。ただ……」


「大体承知……やっぱ、元凶を倒して、はいお終いじゃ済まなかったか」


 息を切らしながら立ち上がる。


「貴方の所為ではないです。魔法や魔術は使い手が気絶したりすると、消失するのが普通ですから。ですから、私達はガイア神をどうにかしようとする貴方に反対しなかった。どうにかしてしまえば、どうにでもなると思っていましたから。あのガイア神は常識の枠に当てはまらなかった。ただ、それだけの話です」


「そんな悲観するなよ、大丈夫だって。あれは俺が何とかするから」


 激痛が走る右腕を押さえながら呟く。

 光線とかと違って、あのエネルギーの塊は新たな魔力が注ぎ込まれる事はない。

 ならば、光線よりも破壊は容易な筈だ。

 だが、右の籠手で夜空を埋め尽くす程の魔法は壊した事がない。

 もしかしたら、暴発を早めるだけかもしれない。


「よし、鎌娘。あそこまで俺を打ち上げて……」


「ちょ、待ちなさいよ!あの膨大な魔力を独り占めしようって言うの!?あんだけの量があれば、どんな願いも叶っちゃうのよ!それを破壊するつもり!?」


 鎌娘の言っている事を理解できず、キマイラ津奈木に説明を求める。


「この子が言うように、あの無色の塊は暴発寸前の状態であると同時に触れるだけで、どんな願いも叶う状態にあります」


「なら、あの塊に何事もなく消えるように願えば良いって訳だな、大体承知」


「いえ、そんな単純な話ではありません。あの量のレベルになると、無意識のうちに下手な事を願えば、世界のバランスが崩れてしまいます」


 世界のバランスという抽象的な単語に首を傾げていると、キマイラ津奈木の説明を完全に理解した啓太郎が口を挟む。


「つまり、自覚していない願いを自動的に叶えるという事か」


「ん?どういう意味だ?」


「心のどこかでハーレムを作りたいなと思っていたら、世界中の女を独占できるって事だよ」


「極論を言えばその通りです。あれに願うという事は、すなわち世界中の富を独占する事と同じこと。あの塊が消える事だけを祈ったとしても、心の奥底にある無意識の願いが強ければ、そっちを優先してしまうかもしれません」


「じゃあ、何も願わずにこの籠手でぶっ壊した方が良いって事か」


「その場合でも処理し切れなかった魔力が貴方の無意識下に抱いていた願いを叶えてしまうかもしれません」


「じゃあ、どうすりゃ良いんだよ!?」


「どう足掻いても何の代償もなく、あの塊を処理し切れないって事です」


「大体承知。じゃあ、ダッチワイフ付きエロ本を入手できるように祈って来る」


「「「「ダメに決まっているだろ」」」」


 俺の頭に彼らのチョップが突き刺さる。


「別にいいじゃん!ここまで頑張ったんだし!ちょっとくらい良い思いしてもバチ当たらねぇだろ!」


「バチがどうこう言う話じゃない!君の下種な願いを叶えてしまったら、世界がめちゃくちゃになりそうだから止めているんだよ!!」


「いいじゃねぇか!全人類にダッチワイフ付きエロ本が行き渡るだけだろうし!!実質無害だろ!!」


「ゴミを全人類に押し付けるな!!」


「もうそいつに任せてもロクな事にならないから、私が行くわ。あんたらはここにいなさい」


「「煩悩の塊はそこにいろ」」


 俺と啓太郎はほぼ同時に鎌娘に静止を呼びかける。


「何でよおおおおお!!!!私だって頑張ったじゃんかああああ!!!!ちょっとくらい良い目見てもいいでしょおおおおお!!??」


「却下。君に好き勝手やらせたら間違いなく世界が滅ぶ。君に任せるくらいなら司の方が遥かにマシだ」


「うわああああああ!!!!啓太郎のバカああああああ!!!!早漏!!粗チン!!」


「聞き捨てならないな、その罵倒は!!」


 啓太郎と鎌娘が取っ組み合いを開始する。

 それを横目で見た雫さんは、親指で自分を指さすと、こう言った。


「間を取って私が行こう。家の修理しなくちゃいけないし」


「先輩!?それ、わざわざアレに願う事なのか!?」


「いや、私、1度で良いから石油王が住んでいるような宮殿に住んでみたかったんだ」


「「引っ込んでろ、アバズレ女!!」」


「おい、そこで取っ組み合いしている馬鹿2人。言いたい事あるなら、顔を見て言えや」


 雫さんは拳を鳴らしたかと思いきや、取っ組み合いをしていた啓太郎と鎌娘を殴りに行った。

 中々カオスな状況になってしまったので、俺は唯一シリアスモードを保っていたキマイラ津奈木に話しかける。


「キマイラ津奈木。あんたが願いを叶えるついでに壊して来いよ。煩悩に満ち溢れた俺らじゃ無理そうだ」


「……論外です。私では全人類の救済を心の底から願う事なんてできない」


 キマイラ津奈木は自嘲気味に笑うと、自分の過去を簡単に語り始める。


「私は全ての人間を救うという金郷教の教えに魅力を感じ、入団しました。入団当初は人々のために善行を積んでいましたが、……気がつけば、私は子ども達を兵士や道具にするための役職に就いていました」


 キマイラ津奈木は継ぎ接ぎだらけの自分の身体を見つめると、溜息を零した。


「私では"全ての人を救う"という理想を貫く事ができないんです。ですから、恐らくあの魔力の塊に触れてしまったら、この世界を歪めてしまうでしょう」


 キマイラ津奈木が首を横に振ると同時に、空から聞いた事ないような轟音が聞こえて来る。

 もうあまり、時間が残されていない事を悟った俺は、あたふたし始める。


「ちょ、お前らが馬鹿やっている間にタイムリミット来たぞ!?どうする!?誰が行く!?」


 焦りながら質問を投げかけると、隣に立つキマイラ津奈木は俺にだけ聞こえるような声でこう言った。


「教えてください。貴方は何故ここにいるんです?」


「今、それどころじゃないと思……」


「貴方は何故ここにいるのですか?」


 キマイラ津奈木は真面目な顔をしたまま、俺の目をじっと見つめる。


「君は何故、あの少女を助けたいと思ったのですか?」


 キマイラ津奈木は俺の瞳から目を逸らす事なく、俺の覚悟を問い質す。

 数日前だったら、答えられていない問い。

 俺は覚悟を決めると、金郷教教主や美鈴に何度も言った答えを彼に教える。


「立派な大人になるためだよ」


 俺の言葉を聞いたキマイラ津奈木は困ったように頭を掻くと、最後の力を振り絞って、巨大な土蛇を作り上げた。


「……じゃあ、約束してください。立派な大人になると」


 憑き物が取れた笑顔を浮かべると、キマイラ津奈木は、土蛇の頭に乗るように促す。

 色々言いたい事はあったが──煩悩に満ちた俺が行く資格があるのかと思ったが──、結局、俺は土蛇の頭の上に乗る事を選択した。


「ああ、走り続けるよ。最期の最後まで」


 俺が土蛇の頭の上に乗った瞬間、意識を取り戻した美鈴の姿が俺の視界に映り込んだ。

 俺は意識を取り戻したばかりの彼女にVサインを送る。

 すると、今の今まで雫さんにしばかれていた啓太郎が、土蛇の頭に乗った俺の姿を認識するや否や無言でサムズアップを送った。

 雫さんは困ったように頭を掻き、鎌娘は文句言いたげな表情を浮かべながら、俺を眺めていた。


 土蛇の頭と共に俺の身体は打ち上げられる。

 空を埋め尽くすエネルギーの塊が徐々に近づく度に、エロ本が欲しいという子ども染みた願いは頭の中から消え失せてしまう。

 そして、ようやく俺は自分の欲1つで世界を歪めてしまうという恐ろしさを実感した。


 打ち上げられた花火のように俺の身体は宙を疾走する。

 右の拳を握り締めながら、俺は最前最高の願いを考える。

 しかし、幾ら考えても答えは出なかった。


 どうすればいい?

 今までの記憶が走馬灯のように蘇る。

 すると、キマイラ津奈木が言っていた言葉を思い出した。

 ──それと同時に金郷教の大願が頭の中に過ぎる。

 世界を歪める事なく、事態を収束するには、この願いを願いながら殴るしかないと確信した。

 キマイラ津奈木が抱いていた願いを、金郷教の大願を思い出しながら、俺は右の籠手を身に着ける。


(でも、……何でも願いが叶うんだったら──)


 ふと美鈴にタンポポの王冠をあげた時の記憶が脳裏を過った。

 あの時の美鈴を思い出した所為で、用意していた願いは少し歪んでしまう。

 花の王冠(はなたば)如きで幸せそうな声をあげた彼女の声を思い出した俺は、つい拳を緩めてしまった。

 右手を思いっきり振るう。たったそれだけで、無色の塊は白雷に変換されると、音もなく弾け飛んだ。

 真っ白な閃光が世界を満たす。

 落下しながら俺は真っ白に染まった世界の中を浮遊した。

 暫く時間が経ち、白雷が霧散してしまう。

 俺の視界いつも通りの夜空が広がった。

 空に浮かぶ星々を見た俺は、安堵の溜息を漏らすと、そのまま落下しながら意識を闇に委ねた。

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