4月4日(3) <火種は撒かれた>の巻
空に浮かぶのは黄金色に輝く光の球体。
黄金の光が絶え間なく大地に降り注ぐのを眺めながら、俺達は短く息を吐き出す。
あの空を埋め尽くしているエネルギーの塊が地上に放たれたら、人類は滅亡してしまうらしい。
神頼みしようにも、人類を滅ぼそうとしているのは神様だから頼みようがない。
刻一刻と迫るタイムミリットに焦りながら、俺・啓太郎・雫さん・鎌娘・キマイラ津奈木はスクラムを組みながら、対抗策を練っていた。
「で、あれをどうする?」
啓太郎が俺達に尋ねる。
だが、その質問に誰も答えられない。
否、答えられたらもう既に行動に移している。
重苦しい沈黙が流れ出したのを見兼ねた雫さんは話題を180度違う方向に展開した。
「じゃあ、一旦、話しやすい雰囲気を作るために話題を変えよう。お前ら、死ぬ前に何をやりたい?司から順に時計回りに答えろ」
「俺、焼肉食べたい」
「私、ベロチューしたい」
「……懺悔、ですかねえ」
「まあ、幾ら願おうが、お前らの願いは叶わないんだけどな」
「「「うわああああああ!!!」
「なに追い討ちかけてんだ、馬鹿先輩!!」
「啓太郎、私は場を和ませようとだな……」
「和ませる所か悪化しているじゃないか!!」
「人は絶望を知れば知る程、強くなる生き物だ。まあ、強くなっても私達人類に先はないんだかな、これが」
雫さんは渇いた笑みを浮かべながら、明後日の方向を見る。
もしかしたら、人類滅亡を前にして1番テンパっているのは、この人かもしれない。
「君達がここで諦めたら、この世界はお終いなんだぞ!!みんなの明日を守るのは君達しかいないんだ!!僕らならできる!!できると信じるんだ!!」
無理矢理主人公っぽく振る舞う啓太郎を白い目で見ながら、俺はここにいる全員に尋ねる。
「いや、君達とか言うけど、実質俺1人で闘っているじゃねぇか。お前ら、全員見ているだけで殆ど何もしてねえだろ。俺に全部放り投げるな、もっとお前ら手伝え。特に鎌娘。キマイラ津奈木は俺を助けてくれたけど、お前、何もしてねぇじゃん」
「はっ!あんな化物相手にするとか馬鹿がする事よ!!街1つ吹き飛ばすギガ級の魔法や地形変える破壊力を秘めているテラ級の魔法をバンバン放つ奴に勝てる訳ないじゃない!!啓太郎達を守るだけで精一杯だわ!!」
「偉そうに言う事かよ!?本当、お前、本当足引っ張るか置物になるかしかしねぇな!!この役立たず!!」
「何ですってえええええ!!!もう1回言ってみなさいよ、この大馬鹿者おおおお!!!!私がどんだけ啓太郎達を守るために苦戦したのか知らない癖にいいいいい!!!!」
「何度でも言ってやるよ、このアホ!!アーホ、アーホ!!」
醜い罵り合をしている時でも構わず刻一刻と人類は終焉に近づいていく。
とりあえず、無意味な言い争いをしている場合じゃなかったので、俺は賭けに出る事にした。
「一か八かだ。鎌娘!もう一度、俺をあいつ目掛けてぶっ飛ばしてくれ」
「ぶっ飛ばしてどうするのよ!?」
「美鈴から神様を引き剥がす!もしかしたら、あのバカでかい攻撃が止まるかもしれない!!」
「なるほどね!分かった、私に任しといて!!」
俺の案に乗った鎌娘は風の魔法を使う準備を始める。
そんな俺達の頭を啓太郎が再度叩いた。
「馬鹿か!そんな特攻仕掛けても、さっきと二の舞になるだろう!!空中で身動き取れなくなるのがオチだ!!」
「んじゃあ、どうすりゃ良いんだよ!?」
「君が動けるように足場を作る!エリ!山口で遭遇した魔術師みたいに、地面を魔法で浮かす事ができるか!?」
「やろうと思えばできるけど、それがどうかしたの……?」
「なら、地面と一緒に司を浮かすんだ!!足場があるだけで行動の幅が広がる!!」
「ええー!それ、めちゃくちゃダルいから、やりたくないんですけどー!!」
「人類を滅ぼしたいのか、君は!?」
「だったら、それ相応の頼み方ってものがあるわよね!さあ!もっと私を崇めなさい!人類を救う事になる私をもっと褒めなさい!!さあ!!」
鎌娘は自分の手に人類の命運が握られた事を理解した瞬間、偉そうな態度を取り出す。
すると、雫さんは何処からか拾ってきた岩を握力だけで割った。
彼女は鎌娘の頭蓋骨を指差す。
逆らったらお前の骨を粉砕するぞと言わんばかりの態度で。
「やれ」と、鎌娘を脅迫した。
「は、はひ!!」
鎌娘は即座に魔法を行使しようとする。
だが、彼女の力では俺の周囲10メートル地点にある地面をほんの少ししか浮かせなかった。
「む、無理!幾ら頑張っても私の力じゃこれが限界!!」
女の子がしたらいけないような踏ん張り顔のまま、鎌娘はギブアップ宣言をする。
啓太郎は乱雑に頭を掻くと、今度はキマイラ津奈木に指示を飛ばした。
「キマイラ津奈木!無理を強いるようで悪いが、軽い土を魔術で造り出す事ができるか!?」
「はい、それくらいなら、ギリギリ可能です……!」
キマイラ津奈木は魔法で白土を造り出す。
彼の生み出した白土はかなり軽いらしく、鎌娘は大量の白土を難なく風の魔法で浮かした。
「これなら楽勝で浮かせられる……!ほら、あんた、さっさとこれに乗りなさい!!じゃないと、あれが落ちて来るわよ!!」
鎌娘に急かされるがまま、宙に浮かぶ白土の上に飛び乗る。
俺が飛び乗っても、土は陥没しなかった。
足で地面の強度を確かめる。
普段、固さ的には普段踏んでいる大地と遜色ない。
これなら、飛んだり跳ねたり走り回ったりしても大丈夫だ。
「司、君は何にも考えるな。ただガイア神に突っ込めば良い。足場だけは確保してやる」
「って事は、俺の動きに合わせて白土を動かすって事か?」
俺の質問を聞いた啓太郎は無言で頷く。
それに不満を抱いたのは鎌娘だった。
「はあ!?じゃあ、私はこいつの動きを先読みしつつ、魔法を行使しなきゃいけないの!?啓太郎!もしかして、私を過労死させる気!?」
「彼の動きを先読みするのは僕の役目だ。君は僕の指示に従って土を動かしてくれるだけで良い」
「んな事、できるのか!?」
「やるしかないだろ。この中で1番君との付き合いが長く、かつ複雑な思考を得意にしているのは僕しかいないんだ。やってやるさ」
「おい、啓太郎。今、私を馬鹿にしなかったか?複雑な思考をできないって暗に馬鹿にしたよな?」
雫さんは啓太郎の背後で再度手に持っていた岩を握力だけで割る。
彼は冷や汗を垂れ流しながら、聞こえない振りを全力で行った。
「いけ!司!あとの事は僕らがやる!だから、お前はあれをどうにかして、世界を救うんだ!!」
「啓太郎、後でジャーマンスプリットの刑な」
雫さんは淡々と啓太郎に死刑宣告を発する。
それと同時に俺の足元にあった白土は急浮上し出した。
白土は滑らかな動きで空に浮かぶガイア神の元へ向かおうとする。
居ても立ってもいられない俺はガイア神に向かって、駆け出した。
すると、足元にあった白土が階段のような形に変形する。
啓太郎が忍耐力のない俺の考えを読んだのだろう。
彼と鎌娘に心の中で感謝しながら、俺は土の階段を駆け上る。
俺の進行を阻むように、ガイア神は刀剣と光線を交互に発射し始めた。
悪意と憎悪が全く含まれていない攻撃が次々に夜空を駆け抜ける。
俺は敢えて階段から飛び降りると、急接近する鉄と光の豪雨を避けた。
もうこの避け方は使えないだろう。
奴は俺の事を理解しようと足掻いている。
俺という人間の行動パターンを全て見切ろうとしている。
ならば、俺が絶対に取らないであろう選択肢を選べば、奴の裏をかける筈だ。
足場を失くし、落下するしか無い俺の身体を白土が掬い上げる。
白土の上に落下した俺は慌てて起き上がると、もう1度、ガイア神に向かって走り出した。
「うおおおおおおおお!!!!」
空から降って来る金色の光が一際強くなる。
それはまるで破裂寸前の爆弾のようだった。
あれが地面に落ちたら人類は滅びるらしい。
人類滅亡という単語にあまりピンと来ていないが、やばい事には変わりない。
寮長の山を吹き飛ばした球体の何百倍の大きさの奴が、今空に浮かんでいるのだ。あれが落ちたら、かなりヤバい事になるのは俺にでも分かる。
学校だけ壊れてくれれば、春休みが伸びるので万々歳なのだが。
「ミ■■■・ガ■リエ■・ラフ■エ■・■■■■始動。標的を殲滅せよ」
ガイア神の周囲の空間に亀裂が走る。
すると、中から辛うじて人の形を保った何かが溢れ出た。
幼稚園児が図工の時間に作った粘土像みたいな外見だ。
不格好な塊は不細工な羽根を羽ばたかせ、黄金色に染まった夜空を駆け抜ける。
俺はロケット花火みたいに飛んで来るそれらを反射的に殴ろうとした。
が、寸前の所で足場が陥没する。
啓太郎の仕業だ。
足場が不安定になったお陰で、俺は土塊達の襲撃を回避する事に成功する。
「くそ!何が俺の考えを読む、だ。全然、読み切れてねぇじゃねえか!!」
4体の土塊の攻撃は終わっていない。
奴等は俺の頭上を通り過ぎた途端、それぞれ不格好な剣を手に持つ。
そして、手に持った剣を妖しく輝かせ始めた。
奴等は宙を蹴り上げると、再び俺との間合いを詰める。
俺は白土の上で体勢を整えると、迫り来る土塊達に構う事なく、ガイア神の方へ走り出した。
「理解不能」
ガイア神は俺の行動を無機質な声で評価すると、右の籠手で受け止める事ができないくらい重圧な光線をぶっ放す。
俺は迫り来る攻撃を右の籠手で弾く事で、光線の軌道を僅かに逸らす。
光線は俺の背後から迫り来る2体の土塊を貫いた。
残った2体の内、1体が放つ斬撃を避けると、右の拳で奴の胴体を殴ると同時に電撃を流し込んだ。
すると、腕を掴んでいる土塊の中から電撃が溢れると、乾いた音を立てて破裂する。
もう片方の土塊も溢れ出た電撃を浴びてしまった事で粉々に砕け散ってしまった。
「理我不能」
土塊の人形を破壊した俺は再度ガイア神との距離を縮める。
奴はこっちに来るなと言わんばかりに右腕を俺の方へ突き出した。
途端、その右腕から大量の動物を象った光──空に浮かぶ球体と同じ黄金色──が溢れ出す。
その動物は牛・蛇・犬・猫・猿・馬・羊・狼……多種多様な生物の形を象っていた。
その動物を象ったエネルギーの塊が落ちるように、堕ちるように、墜ちるように迫り来る。
俺は右の拳を握り締めると、迫り来る動物型のエネルギーに殴打を加えた。
殴った牛の額にありったけの電撃を流し込むと、電撃を浴びた光の牛が破裂する。
その破裂に連鎖するように、他の動物達も破裂してしまった。
詳しい仕組みは分からない。
けど、周囲の金色に輝く動物達は拳1発で全て白雷に変わってしまった。
黄金色に輝く夜空に白色の雷が轟く光景を目に焼き付けながら、俺は爆風をモロに浴びる。
「うおっ!?」
足場をなくした俺は再び落下した。
白色の閃光に視界を奪われたのか、地上にいる啓太郎達は俺をサポートしてくれない。
空を飛ぶ術を持っていない俺は素直に落ちる事しかできなかった。
「理解不能」
金色のオーラを見に纏った双剣を手に持ったガイア神は宙を滑るように、俺の方へ飛翔する。
右の籠手で迫り来る双剣を弾き飛ばした。
間近に迫った奴の胸元にある宝石に張り手を叩き込み、美鈴の中にいるガイア神を追い出そうとする。
「………理解、不能」
ガイア神はハエ叩きに叩かれた虫ケラみたいに無様に宙を舞うと、強引に体勢を整える。
そして、俺が身につけている籠手と同じ装飾の鎧──さっき教主が身につけていたものと同じアイギスの鎧を身に纏うと、白銀のオーラを醸し出しながら突撃し始めた。
「くっ……!」
宙を駆け抜けるガイア神を迎え撃つため、俺は右の拳を握り締める。
白銀の流星を白雷の拳で受け止めた。
拳がガイア神に直撃した瞬間、轟音が辺り一面に響き渡る。
キャンパスの上に垂らした白い絵具のように、黄金色の夜空は真っ白に染め上げられた。
衝撃が脳を激しく揺さぶる。
その瞬間、俺は一時的に意識を手放してしまった。




