4月4日(2) 「諦めてみんなでカラオケ行こう。今から急げば、一曲くらい歌えるだろう」の巻
遠距離攻撃では仕留められないと判断したガイア神は両手に厳つい剣を装備すると、俺との距離を縮め始めた。
弾丸の如く迫り来るガイア神に怯えながら、俺は迫り来る剣を右の籠手で受け止める。
そして、受け止めた剣にありったけの雷を流し込んだ。
神が持っていた剣は電撃により粉々に砕け散る。
(よし、光線みたいなのは無理だけど、剣みたいな固形物なら破壊できるみたいだな……!)
多分、光線系は魔力の流れが激しいものは、相手の魔力を上回る勢いで電撃を流し込まないと破壊できないのだろう。
一方、剣みたいな形あるものは、魔力の流れが固定化されているので、容易に破壊できるみたいだ。
詳しい仕組みは分からないが、"光線系は破壊困難"、"固形物系は破壊簡単"とだけ覚えておけば良いだろう。
それだけで有利に立ち回れる。
手元の武器を失った神は背後につけていた翼を武器として使い出した。
鞭のように振るわれる白銀の翼を寸前の所で避ける。
ガイア神は俺との間にある地面を翼で叩きつけた。
その瞬間、何十メートル級の黒い土を噴き上がらせる。噴き上がった土砂は容赦なく俺に襲いかかった。
「ぐおっ……!!」
津波のように迫り来る土砂に飲み込まれないように、俺はガイア神に背を向けると、全力疾走で逃走を図る。
すると、土砂の津波を掻い潜った光線が俺目掛けて飛んで来た。
「あぶねっ……!」
飛んで来た光線を右手で思いっきり叩き落とす。
光線は上からの攻撃に弱かったらしく、直角に曲がると、地面に突き刺さった。安堵の溜息を吐き出した瞬間、横薙ぎの一撃が土砂の波を両断する。
迫り来る白銀の翼。
俺はその一撃を地面スレスレまで身を屈める事で回避した。
(くそ……!気を緩める隙がねえ……!)
息を吐く暇もなく、ガイア神は俺の周囲を取り囲むように無数の魔法陣を空中に展開する。
四方八方から光線を放つために展開した魔法陣なのだろう。
俺は呼吸を短く吐き出すと、ダメ元でガイア神の目を見る。
美鈴の姿を借りた神は俺の事を目で捉えていた。
その瞳には美鈴のものではない理性が灯っており、子どもみたいに純真だった。
胸のあたりにある宝石が眩い光を放ち始める。
それを見た瞬間、あの宝石がガイア神の核である事を本能で悟った。
「──っ!」
360度至る所から光線が迫り来る。
何処に光線が来るのか理解していた俺は、光線が擦りもしない安全地帯にて避難する事で回避する。
光線をやり過ごしたと思いきや、今度はドリルみたいな形をした両翼が空と地を抉りながら、俺の元へ詰め寄ってきた。
俺は目前にまで迫った右翼を右の籠手で強引に掴むと、そのまま力任せに引っ張る。
バランスを崩した神は左翼を俺ではなく地面に叩きつけると、前のめりに倒れてしまった。
その隙に俺はありったけの電撃を右の翼に流し込む。
電撃を浴びに浴びた翼は音を立てて爆散してしまった。
俺の身体は爆風に煽られて、吹き飛んでしまう。
追撃はなかった。
ゆっくりと立ち上がりながら、爆煙の向こう側にいる神様を警戒する。
「理解不能」
すると、聞き覚えのある声──だけど、聞いた事がないくらい機械的で無感情な声──が聞こえて来た。
声の主の正体を俺は知っている。
今まで沈黙を貫いていたガイア神が美鈴の口を借りて、俺に話しかけているのだ。
「今の攻防で貴方は死んでいた。いや、もっと前の攻防で貴方は死んでいた筈だ。何故生きている?何故避けられる?何故、貴方はそこにいる?」
美鈴の中にいるガイア神は無表情のまま、俺に語りかける。
答えらしい答えを持っていない俺はとりあえず答えっぽい答えを呟いた。
「さあな、日頃の行いが良いからじゃねぇの?」
俺の軽口を聞いたガイア神は無関心で無感情で無機質な声で呟きながら、残った翼で土煙を払う。
「理解不能」
その一言を発した彼女は何故か拗ねているように見えた。
「追尾攻撃──失敗。最大火力攻撃──失敗。遠距離攻撃──失敗。広範囲攻撃──失敗。近接攻撃──失敗。包囲攻撃──失敗。危険分子の排除かつ完全な現界に必要な方法を再演算」
ガイア神は安っぽいSF映画に出て来るアンドロイドみたいな事を言いながら目を瞑る。
それを見た俺はある推測に辿り着いた。
(もしかしたら、俺を効率良く排除するために俺という人間を理解しようとしているのか?)
さっき避けられる筈のなかった攻撃を避けられたのもガイア神の考えを何故か理解できたからだ。
闘いを始めた当初は何を考えているのか分からなかった筈なのに、だ。
何故、奴の考えを読めるようになったのか。
それはガイア神が人間に近づいた以外に他ならない。
多分、奴は深く考える事なく大雑把に攻撃する事で敵対者を殲滅しようとしたのだろう。
だが、今回は大雑把に攻撃するだけじゃ殲滅できなかった。
だから、奴は敵対者を効率良く排除するために思考をし出したのだ、……多分。
(つまり、今、奴は俺という人間を理解しようとしている所為で人間に近づいているのか……?)
神が人間に近しい思考を行なっている事に何故か疑問を感じる。
すると、結論を導き出したガイア神が俺に攻撃を仕掛けて来た。
その攻撃は先程よりも複雑かつ繊細で対人に特化したものだった。
それを容易く避ける。
攻撃を凌ぐ度にガイア神の攻撃は巧妙なものに進化していった。
だが、それと反比例するかのように辺り一帯を吹き飛ばすような攻撃や神装兵器といった"災害級と言っても過言ではない"攻撃はしなくなった。
ここでようやく奴が人間に近づく度に弱体化している事に気づく。
多分、性能は変わっていない。
変わったのは力の使い方。
力を効率的かつ有意義に使うのに拘る所為で、破壊力を秘めた雑な一撃をぶちかませなくなっているのだ。
俺が恐れていたのは訳の分からない思考の下、繰り出される大災害級の攻撃だ。
どれだけ動きを洗練させようとも、合理的な思考の下で繰り出された攻撃は脅威になり得ない。
何故なら、合理的な攻撃は先読みできるから。
加えて、人間誰しも持っている心の闇を奴は持ち合わせていない。
人間の思考が複雑なのは心に闇があるからだ。
不安・憎悪・後悔・恐怖・諦念、そういった悪感情が人を悩ませる。
人を苦しめる。
人を暴走させる。
中には嘘を吐いて、心の闇を隠そうとする者もいる。
嘘を吐いて、心の闇を利用しようとする者もいる。
けど、神である奴はそういった闇がない。
奴は心の闇を得る程、地上で活動していない。
だって、奴は神だから。
だから、奴がどれだけ思考しようとも、曇りなき眼が何処に攻撃をするのか教えてくれる。
奴の目線を見るだけで攻撃を躱せるのだ。
災害は先の動きが読めないから災害になり得る。
動きが読める災害は脅威になり得ない。
だって、対策をすれば凌げるのだから。
攻撃を凌ぎ切った俺はもう片方の白銀の翼も破壊する。
ガイア神は驚く事なく、俺から大きく距離を取った。
息を切らしながら、さっき奴が呟いた言葉の意味を今更ながら考える。
奴は先程、"完全な現界に必要な方法"を考えていた。
ならば、奴が今苦戦しているのは、完全な形ではないからと考えられる。
もし完全な形で限界したら、俺なんか一瞬で殺されてしまうだろう。
(ならば、奴が本当の意味で全能になる前に決着をつけなければ……!)
一瞬でガイア神は俺との距離を縮める。
奴の殴打を躱した俺は、初めて攻撃を繰り出した。
右手で繰り出した張り手が美鈴の胸──宝石部分に直撃する。
「■■■■■■■■■!!!!!」
俺の攻撃が直撃した途端、美鈴の身体から白銀のオーラが漏れ出た。
これがガイア神の本体である事を本能で悟った俺は、続け様に張り手を繰り出す。
張り手が美鈴の身体に入る度に、ガイア神は聞いた事がないような絶叫を上げた。
ありったけの電撃を流し込めば、一瞬でガイア神を除去できるだろう。
だが、そうした場合、美鈴の身体に危害が及ぶかもしれない。
後に残る傷になるかもしれない。
だから、手荒な真似ができない以上、張り手という回りくどい方法を取らねばならないのだ。
執拗に張り手をかましていると、美鈴の身体から衝撃波が発生する。
なす術もなく俺は衝撃波をモロに受けてしまった。
「が、はあ……!?」
ゴムボールみたいに焦土と化した地面を跳ね上がりながら転がり続ける。
止まる事なく地面を跳ねる俺を受け止めたのは、啓太郎と雫さんだった。
「おい、司!?まだ意識があるか!?」
啓太郎の心配そうな声で耳がキーンとなる。
「うるせえ……まだ、普通に意識あるよ」
今さっきの攻撃でかなりのダメージを負った俺は、息も絶え絶えの状態で呟く。
「おい、あれ見ろ!美鈴がまた浮かび上がったぞ!」
雫さんに言われるがまま、ガイア神の方を見る。
翼を再生させた彼女は浮かび上がると、俺らを物理的に見下した。
「何だ……?またここら一帯を焼き払うつもりなのか……?」
啓太郎は怯えた声を上げながら、宙に浮かぶ美鈴を見つめる。
途端、何故か鎌娘とキマイラ津奈木の顔が青くなり出した。
「どうした?2人とも、何かやばい事が起きたのか?」
雫さんは緊張感ある声で質問する。
鎌娘は金魚みたいに口をパクパクさせると、何がヤバいのか魔法関連に疎い俺らに教えてくれた。
「う、嘘でしょ……、こいつ1人を殺すために、あいつ、地球の4分の1消し飛ばすとか言っている……」
「「「は?」」」
鎌娘の言っている事を理解できない俺達一般人組は聞き返す。
「だから、ガイア神はそこのう○こ男を殺すために地球を破壊しようとしているのよ!!」
「う○こ男言うんじゃねえ!俺も出たくて蛇の尻穴から出た訳じゃねえから!!」
「んな事言っている場合か!?……エリ!今言ったのは本当か!?本当に奴は地球の4分の1を消し飛ばすつもりなのか!?」
「だから、そう言っているじゃない!!」
恐怖で顔を痙攣らせた啓太郎と鎌娘はあたふたし出す。
この状況をよく分かっていない雫さんは子どもみたいに首を傾げると、啓太郎に説明をするよう求めた。
「おい、啓太郎。地球の4分の1消し飛んだら、どうなるんだ?私にも分かるよう10文字以内で説明しろ」
「人類滅亡」
「シンプルで分かりやすいな、合格だ」
「おいおい、それがマジだったら、あの神様は俺を消すついでに人類を滅ぼすつもりなのか?ちょっと照れるな」
「「照れる場面じゃない!!」」
啓太郎と鎌娘は呑気な事を呟く俺の頭をド突く。
俺自身も嬉しくないVIP待遇に思わずドン引きしていたから、ガチで照れていた訳ではない。
まさか本当に俺の所為で人類が滅びかけるとは夢にも思わなかった。
ごめん、全人類。
「それ程、ガイア神は貴方を脅威と感じたのでしょう。神をあそこまで追い詰めたのですから当然です。……早く手を打たねば、本当に私達人類は滅んでしまいますよ……!」
キマイラ津奈木は顔面から大量の脂汗を垂れ流しながら、あたふたし出す。
彼の動揺はここにいる全員を動揺させた。
が、1番早く動揺から立ち直ったのは雫さんだった。彼女は名案が思い浮かんだぞ!と言わんばかりの表情を浮かべると、両手で俺の首を締め始める。
「人類が滅ぶ前にこいつの息の根を止めるか」
「そんなんで解決できる訳ないでしょうが!?貴方、本当に警官なんですか!?」
キマイラ津奈木は俺を殺そうとした雫さんを羽交い締めし、彼女の奇行を止める。
「はっ!そんなヒョロヒョロな身体で私を止められる訳無いだろ!必殺、地獄でんぐり返し!!」
「うわあああああ!!」
キマイラ津奈木にオリジナルプロレス技をかける事で拘束から抜け出す雫さん。
そんな彼女達に啓太郎は一喝する。
「遊んでいるなら帰ってくれないかな!?」
「あ!啓太郎、これならどうかしら!?こいつの首を私の魔法でぶった斬るの!それなら、一瞬で殺せるわ!ナイスアイデア!!」
「司を殺す以外の方法で頼む!ていうか、唯一あれに対抗できる司が死んだら、僕らは死ぬんだぞ!?」
「「はっ!?そう言えば、そうだった!!」」
「君ら、本当に馬鹿だな!!」
「ちょ、貴方達が下らない会話している内にガイア神は魔力を溜め始めましたよ!!それも先程とは比較ならないくらい大きな魔力を!!」
キマイラ津奈木に言われて空を仰ぐ。
夜空はガイア神が生み出したでっかい球体の所為で見えなかった。
しかも、球体はまだ大きくなっているらしく、素人目から見ても、かなり激ヤバなのは明白だった。
「……おいおい、あの大きさ、俺の籠手でも、多分、無理だぞ」
桁違いのエネルギーを目の当たりにして、俺は思わず引きつった笑みを浮かべてしまう。
あれを破壊するくらいならブリッジしながらパンツ一丁で日本横断する方が現実的だ。
あれは無理過ぎる。
「じゃあ、人類滅亡待ったなしだな。よし、諦めてみんなでカラオケ行こう。今から急げば、一曲くらい歌えるだろう」
雫さんはさっさと切り替えると、ポケットに入れていたスマホでカラオケの予約をし始める。
「いいいいいややややややややああああああだああああ!!!!まだあんな事やこんな事してないのにいいいいいい!!!どうせなら、もっと過激な事しとけば良かったあああああ!!!!」
鎌娘は号泣しながら地面に横たわる。
その姿は駄々を捏ねる3歳児みたいだった。
「おい、諦めてどうする!?諦めない者が最後に奇跡を掴み取るんだぞ!!まだ何かしらの方法がある筈だ!!最後まで諦めるな!!」
啓太郎が主人公っぽい事を言い出した。
それに感化されたキマイラ津奈木は目を輝かせる。
「そうです!まだ私達は生きているのです!!だったら、血反吐吐きながら理想を追う以外、道はない!!諦めたら何もかも終了なのですよ!!」
男陣営の夢と希望溢れる言葉により、俺は打開策を思いつく。
「1つだけ思いついた。この状況を打破する方法が」
「「「「本当ですか!?/本当か!?/本当なの!?」」」
「簡単な話だ。金郷教の計画通り、ガイア神を呼び出すんだよ。あとは神様に世界が救われるように祈れば良い。それで万事解決だ」
「「「「そのガイア神が暴走しているから、この状況に陥っただろうが!!」」」」
怒り狂った彼等は容赦なく俺に暴行を加えようとする。
彼等の理不尽な暴力を俺は同じ暴力で返した。
「待て、落ち着け!暴力は大抵の事を解決してくれるが、何も生まない!!話し合おう!!人は対話できる素晴らしい生き物だ!!」
と、襲い掛かる彼等を殴りながら対話の尊さを説く。
「「「「それを殴りながら言うなあああ!!!」」」」
ちょっとした乱闘を行なっていると、空から不気味な轟音が鳴り響き始めた。
再び俺達は空を見上げる。
黄金色のエネルギーの塊が空という空を埋め尽くしていた。
あれが解き放たれたら、ここら一帯は跡形もなく消え去るだろう。
俺らが馬鹿をやっている内に刻一刻と人類滅亡の瞬間は近づいていた。




