4月4日(1) 神様は微笑まないの巻
白銀の天使が夜空を舞う。その姿は幻想的で蠱惑的だった。
美鈴の身体を借りたガイア神は、白銀の翼を羽ばたかせながら、周囲に様々な色をした魔法陣を展開させる。
すると、魔法陣の中から様々な色をした光線が発射された。
何の装備もなく高度100メートル地点に放り投げられた俺は、迫り来る光線を右の籠手で次々に受け止めていく。
右の籠手に触れた途端、ガイア神の放った光線は白い雷に変換されてしまうと、跡形もなく消え失せてしまった。
右の籠手さえあれば、攻撃を打ち消せる事を改めて実感する。
が、光線は放たれる毎に威力を増していった。
威力が増した所為で、光線を受け止める度に、右腕の骨から悲鳴が聞こえて来る。
俺が捌けなくなるのも時間の問題だ。
光線を右手で弾き飛ばしながら、打開策を練り上げる。
とりあえず、美鈴の身体にいるガイア神を追い出す事が先決だ。
今のまま右の籠手で殴ったら、器である美鈴を傷つけてしまう。
多分、よくホラー映画で見かける物理的なお祓い──悪霊が取り憑いている人の身体を思いっきり叩く事で中身の霊を追い出す──をすれば、ガイア神は出て行くだろう。
困った時の暴力だ。
暴力は何も生み出さないが、大体の事を解決してくれる。
その為には先ず空中を自在に動き回れる方法を身につけるか、彼女の翼をもがねば。
落下しながら、攻撃を捌きながら、俺はこれからの方針を大雑把に固める。
先ずは足場の確保からだ。
そんな事を考えていると、何の前触れもなく現れた土蛇に俺はパクリと食べられてしまう。
「んなあああああ!?」
蛇に飲み込まれた俺はおむすびころりんみたいに穴の中を転げ落ちてしまう。
蟻の巣みたいにうねった土穴を通り抜けた俺は勢い良く地面に放り出されてしまった。
「むぎゅう!?」
勢い良く地面と接吻してしまう。
どうやら俺はキマイラ津奈木のお陰で怪我なく着地できたようだ。
鼻を押さえながら、立ち上がる。上空にいるガイア神はまた魔力を溜め始めた。
「アッハッハッハッ!!あいつ、お尻から出て来てるじゃん!!う○こじゃん!実質、あいつう○こじゃん!!う〇こ、う〇こ!!」
遠くから鎌娘の笑い声が聞こえてくる。
多分、俺は土蛇の尻穴から出てきたのだろう。
馬鹿にしたように笑う鎌娘にブチ切れた俺は大声で反論する。
「誰がう○こだ!?どうせお前は、お尻なんてう○こを出し入れする場所だと思い込んでいるんだろ!?お尻にはな、無限の可能性があるって桑原在住のゲイが言っていたぞ!!そんな可能性を見ようともしないお前の方がう○こだ!!う○こ!!恥を知れ!!」
「司!!う○こは出す事はできても、戻す事はできないぞ!!」
雫さんの一言で俺と鎌娘は衝撃を受ける。
そうだ、降った雨が雲に戻らないように尻から出た排泄物も体内に戻らない。
そんな当たり前の事実をすっかり忘れていた。
「いや、先輩!突っ込む所そこじゃないだろ!?」
「だから、う○こは突っ込むものじゃないって言っているだろ!出すものだ!!」
「んな小学生低学年が好みそうな話をしている場合か!?……司、上を見ろ!あいつ、何か攻撃仕掛けて来るぞ!!」
啓太郎の忠告により、俺は再び天を仰ぐ。
ガイア神は全長2kmくらいの大剣を生み出すと、それを俺目掛けて振り下ろした。
「は?」
戦艦と見間違うくらいの巨大な鉄塊は大地を一閃する。
それを俺は横っ飛びする事で何とか避けた。
斬撃の切れ味は鋭かったのか、土砂を巻き上げる事なく、大地を音もなく切り裂く。
幅5mくらいの亀裂を見た俺は何度目か分からない死の恐怖を感じた。
もしあれを籠手で受け止めていたら、重さと切れ味に耐えきれず、死んでいただろう。
背中に冷たい汗が流れる。
今、俺が生き残れているのはガイア神の攻撃が大雑把だからだ。
ただ大きな力を振るっているだけだから、何とか生き長らえている。
もし、ガイア神が詰将棋のように俺を追い込んでいたら、もっと早い段階で俺は息絶えていただろう。
神という超越者故の慢心か、それとも人間と違って合理的に動けないのか。
いや、そもそも神と人間の思考回路は同じなのか……?
そんな事を考えている内に、ガイア神は大量の刀剣を地上目掛けて発射する。
豪雨の如く、降り注ぐそれらを躱すため、俺は全力で田園を駆け抜けた。
上から降り注ぐ刀剣達は、俺の足跡を掻き消すように矢継ぎ早に地面に突き刺さる。
1本1本が名刀なのか、パッと見でも神々しさを感じ取る事ができた。
こんな大量の刀剣、右の籠手だけで捌き切る訳がない。
どうしようもなかったので、遥か前方にいるキマイラ津奈木と鎌娘に助けを求めながら、彼等の元へ向かい出す。
「ちょ、誰でも良いからこれどうにかしてくれえええ!!!」
「こっち来るなああああ!!!!私達も巻き込まれるでしょうがああああ!!!」
「今だけは鎌娘の方が正しい!司!お前が騒ぎを大きくしたんだ!!お前がどうにかしろ!!」
鎌娘と雫さんはすぐさま俺を見捨てると、俺に背を向け、走り出す。
「君には立派な籠手があるだろう!?それで自分の身を守れ!!無力な僕らを巻き込むな!!」
「気を付けてください!それは1本1本が神造兵器!当たれば即死します!!」
「即死します、じゃねえよ!助けろよ!!」
彼らは俺に対処を任せるや否や全速力で逃走を図る。
誰も俺を助けてくれなかった。
「うぎゃああああ!!!こうなりゃヤケだああああ!!!」
何も考えず、降り注ぐ刀剣を右の籠手1つで捌く。
人間、やる気になればどうにでもなるってのは本当だったようで、右の籠手を身体能力をフルに活用したら、天から降って来る刀剣達を無傷で捌き切る事に成功してしまった。
肩で息をしながら、天を仰ぐ。
遥か上空にいるガイア神は西洋風の大剣を手に取っていた。
膨大な光が瞬時に剣の中に蓄積される。
あれと似たような剣をさっき見たような気がする。
確か運動神経皆無の女騎士が持っていたものと同じだ。
確か彼女の話によると、あれを振るうだけで山を吹き飛ばす事ができたような……。
顔の血の気が引くのを感じる。
「お前ら、伏せろっ!!」
ガイア神が剣を振るう。
剣から放たれた白銀の光は地上を覆い尽くした。
一か八か右の籠手を迫り来る光の波に向かって突き出す。
途端、籠手から放出された雷は俺の身体を覆うように薄く広がると、光の波から俺を守ってくれた。
だが、薄く広がった白雷では光の波を完全に防ぎ切る事が出来ず、僅からながら肌に火傷を負う。
「な、……何でもアリかよ……!?」
地表を薙ぎ払った光の波の威力に驚愕する。
辺り一面に広がっていた田園風景は物寂しい焦土と化してしまった。
下手したらここから少し離れた住宅街に危害が及んでいたかもしれない。
「おい、お前ら、無事かっ!?」
彼等の方を見る。
彼等はキマイラ津奈木のお陰で生きていた。
粉々になった土蛇の成れの果てから出てきた彼等はげんなりした表情で空を仰ぐ。
特にキマイラ津奈木の顔色は悪く、今にも倒れそうだった。
さっきの攻防で魔力とやらが枯渇したのだろう。
もう1度、あの規模の攻撃を放たれたら、彼等は間違いなく死んでしまう。
(勝てるのか……?)
空に浮かぶ美鈴の身体を借りた神を眺めながら、固唾を飲む。
今まで喧嘩してきた誰よりも強い敵を睨みながら、俺は抱いていた自信を再度失いかける。
(あの、……規格外の化物に)




