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4月1日(1)不思議な少女と遭遇しちゃったの巻

 話はエイプリルフールが始まる数分前まで遡る。

 啓太郎を撒くため、雑木林に入った俺はものの見事に彷徨ってしまった。

 策士、己の策に溺れるとはこういう事なのだろうか。

 暗闇と代わり映えのしない景色の所為で、俺は自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。


 引き返そうにも何処から来たのかさえ分からない。

 後戻りできない状況とはこういう状況を指すのだろう。

 どうすれば最善の選択肢を選べるか分からないまま、とりあえず、月明かりに照らされた獣道に沿って歩く。

 すると、遠くから誰かの話し声が聞こえてきた。


(男が複数……もしかして、ヤンキーがいるのか?)


 ここ"日暮市桑原町"は枕詞に超がつく程、ド田舎である。高層ビルよりも山の数の方が多く、人工物より自然物の方が圧倒的に多い。

 有り体に言えば──角が立たない言い方をすれば──、自然豊かな土地だ。


 にも関わらず、治安はクソ悪い。

 その理由は寮長曰く、緑が沢山かつ無駄に広い土地を何とか活かそうとしたバブル絶頂期時代の日暮市市長が、学校経営者を沢山誘致したからだとか。


 当時の市長が考えなしに学校を誘致した結果、日暮市は学校帰りのヤンチャな若者が集まるようになり、ド田舎であるにも関わらず、治安は年々悪化の一途を辿っているらしい。

 ここに越して約1年、この時間帯に神社にいるのは、ロクでもない連中である事は経験則から理解している。

 俺は大きく溜息を吐き出すと、何の意味も価値も生まない愚痴を口から零した。


「……何でこんな時にヤンキーと鉢合わせしそうになるんだよ、タイミング悪過ぎだろ」


 こういう時に、こそこそ動いて上手くいった試しがない。

 多分、俺が忍者のように息を潜めて移動したとしても、様々な不運により、神社周辺を屯しているヤンキー達に見つかるだろう。


 そして、騒ぎを聞きつけた雫さんや啓太郎が駆けつけて来るに違いない。

 2人に捕まった俺はこってり絞られた後、寮長にしばかれるだろう。

 どう足掻いても、バッドエンドだ。


 どうしたものかと真剣に悩んでいると、境内の方から悲鳴が聞こえて来た。

 ほぼ無意識の内に動いていた身体は神社の境内に向かって走り出す。


「……何してんだよ、あんたら」


 境内に辿り着いた俺に待ち受けていたのは、見るも無残な光景だった。

 怪しいローブを着た男達が小柄な人間を袋叩きにしていたのだ。

 文章にしてしまうと、簡潔かつ無機質で、あまり凄惨なイメージを抱き難いが、今、俺が目にしている光景は気が遠くなりそうなくらい惨たらしいものだった。

 思わず目を背けたくなるくらいに。

 男達は信じられないようなものを見る目で俺を見る。

 信じられないのは俺の方だ。

 人としての良心を捨て去った獣のような奴らから目を逸らし、血だらけの被害者を見る。


 そいつの身体は真っ赤に染まっており、額から血が止めどなく零れ落ちていた。

 仰向けに倒れている何者かの顔面は、元がどんな顔をしているのか分からないくらい腫れ上がっており、同じ人間とは思えないくらい惨めで哀れだった。

 長い黒髪と甲高い呻き声、そして栄養が足りてなさそうなガリガリの身体から、倒れている肉塊が少女である事が予想できる。

 けど、ぱっと見ただけでは性別が分からないくらい、そいつはボロボロでグチャグチャだった。

 赤く腫れ上がった顔の何者かは、窒息寸前の金魚のように弱々しくて。

 とてもじゃないが、同じ人間とは思えなかった。

 いや、思いたくない。無抵抗の人間を肉塊と変わらなくなるくらい殴り続ける奴がいるなんて信じたくない。

 それくらい地面に伏せている少女らしき人物の身体は無残なものだった。

 

 今まで沢山の不良達と喧嘩したが、ここまで鬼畜で外道な奴とは会った事がない。

 怒りよりも先に恐怖に似た感情が俺の脳を埋め尽くした。


「誰だ、お前は?何故、ここに入り込める?」

 

 5人の内の1人──ローブを着た中年男性が眉間に皺を寄せながら俺に詰め寄る。

 今にも動き出しそうな身体を理性で押さえつけながら、辛うじて言葉を紡ぐ。


「質問しているのはこっちの方だ。あんたらがその子を痛めつけたのか?何のために?どういう理由で?」


「これをどう扱おうが、貴様には関係ない。加工の邪魔だ。さっさとここから──」


 男は暴行を加工と言い切った。

 俺は一足飛びで男との距離を詰めると、奴の顔面に足刀を叩き込む。


「があ……!」


 考えるよりも先に手が出ていた。

 胸の内から湧き上がる衝動を抑える事ができそうにない。呆気なく気絶した彼を見下しながら、右の拳を握り締める。


「貴様……!」


 仲間がやられたのを見たローブの男達が一斉に古めかしいナイフを懐から取り出した。

 地面を蹴り上げ、彼らとの距離を縮める。そして、躊躇いもなくナイフを振るう男の顔面に渾身の一撃を叩き込む。

 俺の一撃を受けた男は勢い良く地面を転がったかと思いきや、白目を剥いて気絶してしまった。


「この……!ガイア神に背きし愚か者めがっ!!」


 残りの男達が一斉に襲いかかって来る。

 俺はそいつらが振るうナイフを紙一重で避けつつ、片方の男には全力右ストレートを、もう片方の男には回し蹴りを放つ事で彼等の意識を刈り取った。


「調子に乗るな、この背徳者がっ!!」


 残った最後の1人──厳つい顔をした肥満男は、血走った目で俺を睨むと、稚拙なナイフ捌きで俺を殺そうとした。


「遅えよ」


 横幅の大きいローブ男の鈍い攻撃を屈む事で躱した俺は、兎のように跳びあがると、ナイフを持つ男の右肩に踵落としを打ちかます。


「がっ……!」


 痛みに耐性がなかったのだろう。

 たったそれだけの攻撃で、ローブを着た太ましい男は地面に伏せてしまった。

 怪しい男達が悶絶している隙に、俺は血塗れになっている少女の下に向かって走り出す。


「おい、大丈夫か!?意識はあるか!?」


 血の海に沈む少女はピクリとも動かなかった。

 俺が闘っている間に気絶したのか、少女は浅い呼吸を繰り返すだけで身を捩らせる事さえしなかった。

 素人目でも分かる、この出血量はかなりやばい。

 早く救急車を呼ばないと、彼女は死んでしまう。


「い……今、救急車呼ぶから待ってろ!」


 ポケットからスマホを取り出し、救急車を呼ぼうとする。

 が、肝心のスマホはポッケの中に入ってなかった。

 先日、無断外泊のペナルティで寮長からスマホを没収されていたのを今更ながら思い出す。


「くそ……!やらかしたっ!!」


 他に彼女が助かる術がないか模索する。

 が、俺の頭じゃそんな方法1つ足りとも思いつかなかった。

 今にも息絶えそうな肉塊を横目で見る。少女らしき肉塊は苦しそうなか細い声で“助けて“と呟いた


「い、今助けてやるからな……!だから、もう少しだけ……!」

 

 一か八かローブ姿の男達からスマホを強奪しようと試みる。

 その時だった。

 俺の願いに呼応したかのように、神社の境内が真っ白な光に包まれたのは。


「な……なんだっ!?」


 俺は何も考えずに光源──傷だらけの少女を見る。 

 さっきまで肉塊だったものは眩い光を発しながら、物凄い速さで自らの傷を癒し始めた。

 識別不能なまで腫れ上がった顔が恐ろしい速さで修復されていく。


 腫れが引いたそいつの顔は西洋人形みたいな綺麗な顔立ちをしていた。

 目の前で輝く肉塊だったものの正体は、俺の予想通り少女だった。

 容姿はこの世のものではないくらい整っており、不気味さを感じる程に美しかった。

 いや、美しいというより可憐という表現が適切だろう。少女は天真爛漫・人畜無害を体現するかのような容貌をしていた。


 訳の分からない超常現象を目の当たりにして、思わず俺は思考を停止させてしまう。

 俺が驚いている間にも、彼女のパックリ開いた傷跡も瞬く間に塞がってしまった。

 いや、傷だけじゃない。

 彼女の衣服についていた血も髪に付着していた血も地面に滴っていた血も全部跡形もなく消えてしまう。

 まるで御伽話だ。今の科学では説明できない不思議な力で、彼女は自らが受けていた暴行の痕跡をこの世から抹消してしまった。


「……なっ!?」


 目の前で繰り広げられた異常な光景に素っ頓狂な声を上げてしまう。

 この人知を超えた光景を呑み込もうとするが、理解の範疇を超えており、とてもじゃないが、飲み込む事はできそうにない。

 彼女に暴行を加えていた男達に事情を説明させようとする。

 いつの間に逃げたのだろうか。

 文字通り、彼等は煙のように消えてしまった。


 轟音と共に光が収まる。

 彼女は自らの髪を真っ白に染め上げると、そのまま軽やかな寝息を立て始めた。


「な……治った?」


 摩訶不思議な光景を両目に焼き付けた俺は、ゆっくり地面に落ちる彼女を認知すると、慌てて彼女の下に駆け寄り、彼女の身体を地面に落下する前に受け止める。

 一体全体何が起こったのだろうか。

 腕の中で規則正しい寝息を立てる少女の顔を見つめながら、俺は軽くパニックに陥る。


「おい、大丈夫かっ!?」


 すると、聴き慣れた声が境内に響き渡った。

 視線を声の主の方に傾ける。

 そこには、案の定、懐中電灯を持った雫さんと頬に赤い紅葉を刻んだ啓太郎が立っていた。

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