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4月3日(11) 神様降臨の巻

「あ、あ、あああああああ!!!!」


 美鈴の絶叫がガラスのフロアを駆け巡る。


(──儀式が始まったのか?)

 

 いや、儀式まで時間はまだ余裕があった筈。

 この原因を知っていそうな教主の方を見た。

 いつの間にか上半身を起き上がらせていた彼は、唖然とした表情を浮かべながら、美鈴を眺める。


「な、何故だ……?オレは何もしていないのに、何故、ガイア神が降りようとしている……?」


「おい!!教主様!!美鈴を止める方法はないのか……!?」


「分からない……!!この事態はイレギュラーだ!だが、この儀式場を破壊すれば止められるかもしれない!」


 教主はそう言って、右の籠手を身につけると、籠手から生じた白雷を床に描かれる魔法陣に流し込もうとする。

 だが、それよりも早く美鈴の身体から放たれた白銀の鞭が彼の身体に叩き込まれた。


「ぐおっ……!!」


 青年の身体が壁に叩きつけられる。


「教主様っ!?」


 俺はすぐさま彼の元へ走り寄る。

 その際、美鈴の口から美鈴のものではない音が漏れ出た。


「致命的な歴史改変──魔法・魔術の存在を確認。正しき歴史に戻すための方法を演算。──演算終了、これから、183万6528人の除去を開始します」


 その瞬間、追い討ちのように美鈴の身体から飛び出した白銀の鞭が教主に襲いかかる。


「クソッ!」


 彼は右の籠手で白銀の鞭を受け止めた。

 だが、勢いを殺し切れなかったのか、彼は壁の外に叩き出されてしまう。


「掴まれっ!!」


 開いた壁の穴から身を乗り出した俺は、外に飛び出てしまった彼に手を差し伸べる。

 彼は深く考える事なく、反射的に俺の手を取った。

 落下していく彼の身体を右腕で阻止する。

 彼という人間の重みが俺の身体にのしかかった途端、俺の身体も壁の外に叩き出されてしまった。


「おっと……!」


 寸前の所で塔の外壁にあった出っ張りを掴む事で、何とか落下を回避する。

 だが、右手1本で彼を支え続けるのは難しかった。


「……オレを落とせ」


 下から教主の独り言が聞こえる。


「このままではお前も落ちてしまうぞ」


「大丈夫だ、俺が何とかするから」


「……オレはお前が命を張る程、価値のある人間ではない」


 教主は自信なさげにそう言った。だから、俺はこう言ってやった。


「あんたも美鈴も、勝手に自分の価値を決めつけるなよ。俺はあんたらに価値を見出しているんだ。だから、この手は絶対に離さない」


 教主を名乗る青年の手を強く握る。


「オレに何の価値があると言うんだ……?何も結果が出せていないというのに……」


「俺の恩師はこう言っていた。“人の心さえあれば、どんな人間にも価値がある”と」


「……オレに人の心があると?神器を犠牲にしようとしたというのに?」


「だから、止めた。けど、あんたたちは誰かのために神に縋ろうとしたんだろ?人の心があるから、全人類を救おうと思ったんだろ?」


 血に濡れた右手に力を籠める。

 彼の手を固く握り締める。


「だから、この手を離さない。今回はやり方が間違っていただけで、あんたの願いは──全ての人を救いたいっていう願いは間違っていないんだから……いや、この言い方は違うな。俺も正しいやり方なんて知らない訳だし。俺の価値観と合ってないだけで客観的に見たら、あんたの方が正しいのかもしれない」


 上から目線の発言をした自分を再度嘲笑してしまう。

 今の俺には彼に偉そうな事を言う資格はなかった。


「教主様、正解が見つかるまで何度でもぶつかり合おうぜ。その度に俺はあんたと向かい合うから。あんたの気持ちも考えもちゃんと理解できるように俺も頑張るから」


 最上階から激しい爆音が聞こえる。恐らく美鈴が暴走しているのだろう。

 早く止めなければ。

 どうやったら、この状況を脱する事ができるか真剣に考えていると、下からいじけた子どもみたいな声が聞こえてきた。


「……良いのか?オレは何も救えなかった人間なんだぞ」


「なら、これから沢山救えば良いじゃねえか」


 俺は素直に率直に躊躇う事も恥ずかしる事もなく、思った事をそのまま口に出す。


「挑戦してみろよ、フィルラーナ・ロランディーノ。ダメだった時は俺が何とかするからさ」


 俺がそう言った途端、塔は激しく揺れ始めた。

 その衝撃で俺は出っ張りから手を離してしまう。


「やば……!」


 重力に引っ張られる身体。俺と教主の身体は、地面目掛けて落下し始めた。

 俺は右手で掴んでいた教主の身体を自分の胸元まで引き寄せると、彼を庇うように抱き締めた。


 その時だった。

 右手に熱い何かが流れ込んだのは。

 その熱の正体を知っていた俺は彼の衣服を左手で掴むと、熱が篭った右手を塔の外壁に突きつける。

 すると、身体は塔に引き寄せられるように動いた。

 突き出した右手が塔の壁に触れる。

 その瞬間、右手は塔の壁を突き破ってしまった。

 奇跡が起きた事で俺達は塔の中──多分、若ハゲと闘った階──に入る事に成功する。


「た、助かった……!」


 右手に纏わりついた籠手を眺めながら呟く。

 どういう理屈か知らないが、再び俺の元に戻って来たようだ。

 籠手の力の影響なのか、傷口があり得ないスピードで塞がり始める。

 まるで早戻しを見ている気分だ。

 全快とまではいかないが、これならまだ走り回れる。


 が、安心するのも束の間。

 上から激しい音が聞こえて来ると同時に白銀の光線が上から舞い降りて来た。


「うおっ!?」


 反射的に降って来た光線を右の籠手で受け止める。

 かなりの量の電撃が流れているにも関わらず、白銀の光線は消え去らなかった。

 多分、電撃が光線を破壊するよりも早くエネルギーが次から次に注ぎ込まれているからだろう。

 受け止める事で精一杯だ。

 俺が上から降って来た光線に四苦八苦していると、四方八方の壁から無数の白銀の光線が何の前触れもなく現れた。


「なっ……!?」


 無数の光線に取り囲まれる俺と教主。

 光線は床を腹這いに移動しながら、俺ら目掛けて飛んできた。

 右の籠手だけでは防ぎようがない。

 そう判断した俺はこの場を逃れるため、隣にいる彼に指示を飛ばした。


「下の階に落ちるぞ……!!」


 俺は上から降り注ぐ光線を受け流し、敢えて床を右の籠手で破壊する。

 俺が予想していた通り、ガラスの塔は魔法でできていた。

 白雷がガラスの床を粉砕する。

 下の階に落ちる事で四方八方から襲い来る光線を躱す事に成功した。

 その代償により、俺と教主は1階に落下してしまった。

 俺は受け身を取る事で落下時の衝撃を緩和すると、同じく落下した教主に声を掛ける。


「おい、大丈夫かっ!?」


 彼は落下する際に頭を打ったのか、気絶していた。

 俺は直様、倒れていた彼の身体を担ぐと、塔の外へ出ようとする。

 塔の外に出た途端、頭上から白銀の流星群が豪雨の如く降り注いだ。

 行く手を遮るガラスの壁を右の籠手で破壊した俺は、直撃寸前の所で光線を避けると、ガラスの塔から脱出する事に成功する。

 その数秒後に塔は白銀の光線達によって粉々に砕かれてしまった。


「あ、危ねえ……」


 安堵の溜息を吐き出すと、何処からか声が聞こえて来る。


「司っ!?一体何が起こった!?」


 俺達よりも早く外に避難していた啓太郎達が近寄って来た。

 彼等も激戦を経た後なのか、ボロボロだった。


「いや、俺にも何がなんだが………それよりも他の信者達はどうした!?」


「一階にいた信者達も君が倒した四天王も全員ここから避難させた!今、いるのは僕らだけだ!」


「大体承知。とりあえず、キマイラ津奈木、教えてくれ。美鈴が何か変な力に目覚めたんだけど……」


 俺が質問を口から出そうとした瞬間、夜空に巨大な魔法陣が展開される。

 それと同時に、塔の最上階があった宙空から夥しい程の光量が発せられた。

 夜空に第2の太陽と言わんばかりの光球が出現する。

 光球は夜の桑原町を白銀に染め上げた。

 神々しささえ感じる白銀の光球を見上げながら、俺達は額から冷や汗を垂れ流す。


「お、おい、儀式は4時じゃなかったのか……?まだ日付さえ変わってないと思うぞ?」


 俺の質問にキマイラ津奈木が答える。


「貴方は知らないんでしょうけど、私達と交戦していた魔術師が儀式を強行しました……!その所為で彼女の身体にガイア神が降りたと予想します……!!」


「やっぱ、そうか……!てか、儀式は時間通りにやらないと意味ないんじゃないのか!?」


「私にも何故このような事になったのか分かりません!今分かっている事は唯1つ、ガイア神が現世に堕ちた事だけです!」


 卵の殻を破るみたいに白銀の光球が割れると、中から神々しさを感じる白銀の衣を身に纏った美鈴が出てくる。

 何故か彼女の背中には白銀の翼が生えていた。

 どっから見ても天使にしか見えない彼女の姿に思わず絶句してしまう。


「お、おい!教主様、あれどうすりゃ元に戻るんだよ!?」


 気絶した教主を起こそうとする。

 だが、幾ら揺さ振っても彼は起きなかった。


「おい、起きろ!教主!私の部屋の修理代払って貰うからな!!」


「先輩、今それ所じゃないだろ!?おい、起きろ、教主様!くそ……!息していない先ずは気道確保しないと……!」


「え、もしかして、あんた、そいつにキスしちゃうの?」


 頭にデカイたんこぶを作った鎌娘が空気を読まずに黄色い声を上げる。


「君はとっととこいつに回復魔法をかけろ!」


 ギャーギャー騒いでいる内に美鈴の身体を借りたガイア神は俺達目掛けて、無数の光線をぶっ放す。

 俺と雫さん、教主を背負った啓太郎に鎌娘、そして、キマイラ津奈木は脇目も振らず、降り注ぐ光線から逃げるために全速力で走り出した。


「「「「「ぎゃあああああああ!!!!」」」」」


 多分、空襲から逃げる人達もこんな気持ちだったのだろう。

 いつ頭上に降り落ちるか分からない光線に怯えながら、俺達は必死に逃げ惑う。

 それはもう全力で。

 醜態を気にする事なく、ただ真っ直ぐに。


「何であいつは私らを狙うんだ!?司、お前だろ!?お前がまたいらん事して、騒ぎを大きくしたんだろ!?」


「ごめんなさい、調子乗って失言しました!」


「やっぱり!どうせ美鈴ちゃんに貧乳だとか、下の毛が生えていないお子ちゃまとか言って馬鹿にしたとかしたんだろ!?君の責任だ!!大人しくあの光線を受けて来い!!」


「んなセクハラ紛いの事、誰がやるか!!どうせセクハラやるなら、おっぱいぶるんぶるんの女の子がいい!!」


「ちょ、ちょ、ちょ!あれ見て!なんかあの子、めちゃくちゃ魔力を溜めているんですけど!?」


 鎌娘の声に釣られて、俺らは空を浮くガイア神を眺める。

 いつの間にかガイア神は光線を撃つのを止めており、直径50メートルくらいの白銀のエネルギー球を作る事に励んでいた。

 それを見たキマイラ津奈木は顔面を蒼白させる。


「ちょ、ヤバイですよ!あれ、撃たれたら街の1つや2つ吹き飛びますよ!!」


「それって夏休みの宿題で表すとどれくらいヤバイんだ!?」


 俺の質問に鎌娘が反応する。


「多分、新学期当日なのに宿題真っ白状態みたいなヤバさじゃないの!?」


「なら、まだ余裕があるな!夏休みの宿題は大抵始業式の次の日くらいに回収されるからな!!」


 雫さんがギリギリセーフ感を醸し出す。


「よっし!十分、余裕あるな!なら一旦帰ろう!明日の8時にここ集合な!」


「このまま帰ったら帰る場所も消し炭になるんだよ!」


 啓太郎は俺と雫さん、そして、鎌娘の頭をぶっ叩く。


「はっ!私を馬鹿扱いするのは、ちょっとお門違いだわ!何故なら、私はこの危機を乗り切る名案を思いついたんだから!!」


 頭を叩かれた鎌娘はニヤリと笑うと、風の魔法を使い出す。

 すると、俺の身体は唐突に何の前触れもなく宙に浮いた。


「さ、あんたのビリビリであれをぶっ壊して来なさい!!」


 鎌娘は俺に断りを入れることなく、風の魔法で俺の身体を美鈴目掛けて吹っ飛ばす。


「何が名案だ!?俺に全振りじゃねぇかぁあああああああ!!!!」 


 俺は猛スピードで夜空を滑走した。

 パラシュートも命綱もなしに。


「ああ、もう!出たとこ勝負だっ!」


 俺の身体は徐々に空中にいるガイア神に近づいて行く。

 美鈴の身体を借りた神は、溜めた高密度エネルギーの塊を地面に向ける事なく、迫り来る俺目掛けて放り投げつけた。

 白銀の球体は法定速度で走る車並みの速さで迫り来る。

 俺はミニマム太陽と言っても過言ではないそれを右の籠手で受け止めた。

 ありったけの電撃を流し込み、球体を破壊しようとする。

 だが、幾ら電撃を流し込もうが、右腕に力を込めようが、球体は壊れる事もなければ、止まる事もなかった。

 桁違いの密度と破壊力を持った球体の所為で、俺の右腕から骨の軋む音が聞こえる。

 この瞬間、破壊する事も受け止める事もできないと悟った。


「この……!!」


 俺は球体の進行方向を右手で強引に逸らし、背後にある山──寮長の家が代々所有している由緒正しい標高300メートルくらいの山で現在誰も住んでいないと聞いている──に激突させる。


 膨大な破壊力を秘めた球体は山の中腹に衝突した途端、太陽以上の光量で輝き始めた。

 爆音が骨の髄まで響いた後、爆風が宙に浮かぶ俺の身体を押し除ける。

 爆風に煽られた俺の身体は宙を舞いながら、落下し始めた。

 回転しながら俺は光球が落ちた場所を眺める。

 かつて寮長の家の山だった土地からキノコ雲が上がっていた。

 子どもの頃の平和学習の時、キノコ雲は膨大な熱エネルギーが局所的かつ急激に解放されたことによって生じるものだと聞いた事がある。

 つまり、あの光球は核兵器並みの熱量を保有していたのだ。


「う、嘘だろ……!?」


 あまりの破壊力に思わず驚きの声を発してしまう。

 木々も土砂も全部、ガイア神が放った一撃により焼き尽くされてしまった。

 加えて、あの爆風。

 少なく見積もっても爆心地周辺10キロ地点にいる人は何かしらの被害を被っているに違いない。

 幸い、ここら一帯は田圃しかないから被害は最小限に抑えられるに違いない。

 だが、ここが東雲市みたいな大都会だったら今の一撃だけで沢山の人が死んでいただろう。

 沢山の人が重傷を負っていただろう。

 数え切れないくらいの人が心に傷を負っていただろう。


 神堕しに失敗した結果、ファティマという街が焦土と化した話をふと思い出す。

 ファティマという街を焦土にしたのは、恐らく美鈴の中にいる神様なのだろう。

 今回と同じように神様を降ろそうとした結果、俺達人間は神の怒りを買ってしまったのだろう。

 いや、さっき歴史がどうのこうのと言っていた。

 もしかしたら、神様には神様の思惑があって動いているのかもしれない。

 どっちにしろ、俺には理解不能だ。


 もし神堕しに失敗したら、日暮市だけではなく、日本全土が焼け野原になってしまうと冗談交じりに呟いたバイトリーダーを思い出す。

 今、神という脅威を目の当たりにしている俺は、彼女の言っていた最悪の予想が全然最悪ではなかった事を理解させられる。


(日本全土?冗談じゃない。下手したら、あの神様は世界だって滅ぼせる……!)


 今まで遭遇した事のない強敵の出現により、俺は自信を喪失しかけた。

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