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4月3日(9) 『暴力』の巻

 右の籠手──アイギスを身につけた金郷教教主は、籠手から生じる白雷を自在に操りながら、俺に殺意と敵意を飛ばす。

 ガラスの床を思いっきり蹴り上げた俺は、己の血で濡れた身体を無理に動かすと、部屋の中を駆け回り始めた。

 足を動かす度に傷口から血が零れ落ち、床を蹴り上げる度に骨が悲鳴を上げる。

 もう限界が近い身体を無理に動かしながら、俺はただ闇雲に部屋の中を縦横無尽に駆け回った。


「無駄だっ!オレはお前と違って、この籠手を使いこなしている……!幾らお前が儀式場の中を動き回ったとしても、俺がこの儀式場に傷1つつける事は決してない!」


「知っているよ、そんな事」


 全速力で部屋の中を駆け回りながら、俺は奴が攻撃して来るのを待ち続ける。


「幾ら足掻いても無駄だ!無力で無知で無価値なお前では、神造兵器と魔法を使いこなすオレに勝つ事はできない!」


 無力で無知で無価値な俺がしている行動を理解できずに怯えているのか、教主は怯えた声色で威嚇の言葉を発する。

 そして、右の籠手から生じた電撃を走り続ける俺目掛けて放った。


「死ねっ!!無駄に無意味に無価値に死ぬが良い!!」


 電撃が放たれるのを目視した俺は、最速の動きで教主を名乗る男の方へと走り出す。

 そして、生き物のように蠢く白い電撃を俺は敢えて積極的に浴びに行った。


 電撃をモロに浴びた所為で、一瞬だけ意識を失いそうになる。

 今にも途絶えそうな意識。

 気絶を回避するためだけに、俺は自分の舌を噛んだ。

 痛みにより消えそうだった意識が口内に走る激痛によって、強制的に再起動させられる。

 口内に広がる鉄の味を感じながら、俺は再度地面を蹴り上げた。


「んなっ……!?」


 電撃を全部避けるどころか、積極的に浴びに行った俺の姿を見て、教主を名乗る青年は驚きと困惑と怯えが入り混じった声を上げる。

 彼の反応に構う事なく、俺は動く度に傷口から血が噴出する身体を──身体のあちこちから生じる痛みが脳を激しく揺さぶる──無理矢理動かす。

 そして、やっとの思いで教主の懐に入り込んだ。

 息を短く吐き出した俺は、彼の腹に右の掌底を叩き込む。


「ぐ、おっ……!」


 教主を名乗る青年は口から涎を吹き出すと、数歩だけ背後に下がった。

 俺の掌底打ちに耐えきれず、彼はガラスの床に背中をつけてしまう。

 そして、咳き込みながら、困惑の声を上げると、上半身のみ起き上がらせる。


「なっ……!?何で……手応えがあった筈なのに……お前は……どうやってあの電撃を……躱したというんだ……!?」


「躱してなんかないよ」


 今にも倒れそうなくらい傷を負った身体を引き摺りながら、俺はまだ意識を保っている教主の方に歩み寄る。


「全部、喰らった」


 俺の言っている意味が分からず恐怖しているのか、それとも迫り来る俺に恐怖心を抱いたのか。

 教主を名乗る青年は顔を青褪めると、籠手から生じた電撃を再度俺の身体目掛けて飛ばす。


 再び白雷は俺の身体に直撃してしまう。 

 が、今度は意識を失う程の痛みは感じなかった。

 彼との距離をあと数歩のところまで縮める。

 焦った表情の彼は再び電撃を放った。

 今度は痛みを感じなかった。


「な、何故だ……!?確かに当たっている筈なのに、何故効いていない!?」


「俺が魔法使いじゃないからだろ」


 いつかのキマイラ津奈木の台詞が脳内に流れる。


『どうやらその雷は相手の魔力を吸収する事で威力が増すみたいですねぇ』


 多分、俺が元々持っていた魔力とやらは少ないのだろう。

 多分、最初に電撃を喰らった時に殆どの魔力を喪失したのだろう。

 今の俺は魔力0の状態。

 どれだけあの籠手の性能が優れていても、どれだけ彼があの籠手を自在に使いこなそうとも、今の俺は白雷の影響を受ける事はない。

 だって、あの白雷は魔力にのみにしか作用しないのだから。


「わ、訳わからん事を言うなっ!」


 籠手の力が俺に通用しないと理解しても尚、彼は執拗に俺の身体に白雷を浴びせる。

 籠手の性能を過信しているからだろう。

 彼は迫り来る俺を困惑した目で見つめ続けた。


 あと、1歩。その瞬間、額から流れ出た血が視界を覆い尽くす。

 不自由な視界のまま、俺は立ち上がったばかりの彼の顔面目掛けて拳を振るった。

 拳に生暖かい肉の感触が広がると同時に渾身の右ストレートが彼の腹に浅く突き刺さる。


「ぐ………!」


 教主は蹌踉めきながら後退すると、性懲りもなく白雷の電撃を放つ。

 俺は腕を雑に振るう事で電撃を振り払った。


「なっ……!?また、ゼウスの雷を無効化した……だと!?」


 奴はこの後に及んで、まだ籠手の性能を理解していないようだ。

 額の血を袖で拭うと、再び地面を蹴ろうとする。

 だが、足に力を入れた瞬間、俺は膝から崩れ落ちてしまった。

 ジャージの腹の部分が真っ赤に染まり出す。

 慌てて腹部を押さえながら立ち上がった。

 心臓が早鐘のように鳴り響く度に頭がかち割れそうになる。


「──なら、……魔術を行使するまでだっ!!」


 教主は左腕に刻まれた文字を妖しく輝かせる。

 だが、彼の左腕の輝きは右手に着けている籠手によって掻き消されてしまった。


「っ……!?オレの魔術が掻き消されただと!?ならば、……!来い、グングニル!」


 彼は神造兵器を呼ぼうと手を天に掲げる。

 だが、幾ら時間が経とうともグングニルと呼ばれる神造兵器は彼の手元に来なかった。


「な、……何故だ!?何故、魔術も神造兵器も扱えない……!?」


「その籠手はさ、全ての魔を退けるんだろ?なら、お前の魔法や魔術も例外じゃない。お前はその籠手を着けている限り、魔法も魔術も扱えないんだよ」


 魔法や魔術・神造兵器を扱えない事を知った教主は、やっと俺の言っている言葉の意味を理解する。

 彼の顔面には深い絶望が刻まれていた。

 俺は狼狽える青年との距離をゆっくり詰め始める。


「……まさか、お前……まさか、この事を知っていた上で突っ込んで来たのか……!?オレではこの神造兵器を使いこなせない事を見越して……!自分には効かない事を知った上で……!!」


 もう走る事さえもままならない。

 腹部の出血を手で押さえる事なく、俺はゆっくりと彼の元へ歩み寄る。

 そんな今にも倒れそうな俺を見た彼は頬を痙攣らせると、数歩だけ後退してしまう。


「いや」


 俺は傷だらけの身体を無理に動かしながら、彼との距離を着実に埋めていく。


「最初から喰らうつもりだった」


 最初、俺が部屋の中を駆け回っていたのは、攻撃を散らすためじゃない。

 彼の慢心を誘うためだ。

 無駄で無意味で無価値な行動を取る俺の姿を見せつける事で、彼に慢心を抱かせた。

 確実に一撃を与えるために。


 もし俺の魔力が想定していたよりも多かったら、俺は右の籠手から生じる白雷に食い潰されていただろう。

 あの攻撃が俺にとって無価値だったのは、ただの結果論だ。

 攻撃が効いたとしても効かなかったとしても、俺が取る選択は──特攻するという選択肢は変わらなかった。


 ただ、それだけの話。


「だから、覚悟を決めた。"たとえ死ぬ程の電撃を浴びせられたとしても、最後まで走り切る"っていう覚悟をな」


 その言葉を聞いた途端、教主を名乗る青年は短い悲鳴を上げる。


「しょ、……正気か……!?死ぬかもしれないのに突っ込んで来たのか……!?お前は……!?」


「それしか勝機がなかったからな」


「き、……気でも狂ってんのか……!」


「じゃなきゃ、あんたの願い(かくご)と釣り合わないだろ」


 アドレナリンが分泌している所為なのか、痛みは感じなくなってしまった。

 額についた血をジャージの袖で拭いながら、俺はぶっきらぼうに言い放つ。 


「な……何がお前を突き動かす……!?そんなにあの神器の事が大切なのか……!?」」


「言っただろ」


 俺は血に染まった右の拳を握り締める。


「立派な大人になるためだって」


 全速力で走り始める。

 傷口から血を流し続ける俺を見た教主は、俺と籠手を交互に見ると、着けていた籠手を外す。そして、槍の神造兵器を手に取った。


 しかし、教主は槍とガラスでできた儀式場を交互に見ると、握っていた槍を手放してしまう。

 苦渋に満ちた表情を浮かべながら、彼は懐に入れていたアンティーク調のナイフを2本取り出した。


「オレは儀式を完遂する……!そして、信者達に……いや、全人類に金郷りそうきょうを与える……!!それが、それこそが死んだ妹に報いる唯一の方法なのだから……!!」


 教主は自分の背景ものがたりを少しだけ漏らすと、両手に握ったナイフを迫り来る俺目掛けて振るう。


「無駄に無意味に無価値に死に絶えろ……!『いつか辿り着く理想郷(ノヴァ・パラディソス)』……!」


 ナイフの刀身に光が灯ると、教主は華麗にナイフを振り始める。

 俺は彼の連撃を的確に受け流しながら、彼の身体に右と左の拳を叩き込み続けた。


 激しい撃ち合いが始まった。

 俺と教主の攻撃が繰り広げられる度に、俺と彼の血がガラスの床の上に飛び散る。

 彼のナイフを受け流す度に俺の傷口から血が噴出し、俺の拳が教主の顔面に入る度、彼は口から血を溢した。

 生々しい肉の音が部屋中に響き渡る。

 教主は顔面が血だらけになっても、青痣だらけになっても、一歩も引く事なく、気絶する事もなく、俺を切り刻もうと手を動かし続けた。


「うおおおおおおおお!!!!」


 青年の絶叫が虚しく儀式場に響き渡る。俺は彼の渾身の一撃を難なく躱すと、全力の右ストレートを彼の腹に叩き込む。

 腹に強烈な一撃を叩き込まれた教主は少しだけ後退した。

 その隙を見逃す事なく、俺は地面を蹴り上げようとする。


 だが、自分の足元に流れ落ちていた血の所為で足を滑らせてしまった。


「神に見放されたな……!!」


 足を滑らせた俺を見るや否や、教主は手に持っていたナイフを更に輝かせると、ナイフを俺の首目掛けて振るう。


「神の力なんか必要ねぇよ」


 短く息を吐き出した後、俺は迫り来るナイフの腹に手刀を叩き込む。


「なっ……!?」


 教主の驚きの声が部屋中に木霊する。

 彼の両掌の中にあったナイフは、俺の手刀によって弾かれてしまうと、宙を舞い始める。


「自分の道くらい自分の力で切り拓ける」


 ガラスの床に突き刺さってしまった2本のナイフから目を逸らしながら、俺は垂直に跳び上がると、教主の頭目掛けて踵落としを打ちかました。


 再び槍の神造兵器を呼び出した教主は、直撃する寸前の所で俺の踵を受け止める。

 そして、俺の身体を槍と腕力で弾き飛ばすと、ありったけのエネルギーを鉄の塊と化した槍に注ぎ始めた。


「小羊……!お前の勝ちだ……!!だが、可能性だけは繋がせて貰う……!!!!」


 教主は部屋の中央に寝そべっている美鈴に当たらないように調整しながら、槍に溜めたエネルギーを解き放とうとする。

 彼の身体から死の気配を感じ取った俺は、反射的に疑問の言葉を口から零した。


「……あんた、俺と心中する気か?」


「……オレ1人の犠牲で全人類が救われるんだったら安いもんだろ。今回が無理だったとしても、生き残った信者達がオレの理想を継いでくれる。オレが生み出した完璧な『神堕し』の方法がこの世にある限り、オレの理想は確実に叶えられる──!」


「あんたの理想は叶わねぇよ」


 突如、教主の持っていた槍に罅が入ったかと思いきや、槍の中から溢れ出た白雷によって、神造兵器とやらは粉々に砕け散ってしまう。


「その自己犠牲精神じゃ、美鈴もあんたも救われない。自分や他人を犠牲にしようとした時点で、あんたの"全人類を救い上げる"っていう理想は破綻している。そして、何より人の心をなくした奴に人は救えない。人を救うのは、いつだって同じ人だ」


 霧散する白雷を見つめながら、教主は目を大きく見開くと、虚空に向かって何度も手を伸ばした。

 まるで神様に縋るかのように。

 彼が次の手を打つよりも早く、大股3歩で彼の目と鼻の先まで距離を詰める。

 拳が届く距離まで走り切った俺は右の拳を思いっきり振るう。

 呆気なく拳は彼の顔面に突き刺さった。

 彼は抵抗する事も避ける事もなく、呆然と俺の拳を受け入れると、口から血を溢しながら、背中から地面に着地した。


「教主様。世界中の人を幸せにする前に、先ずは自分を大事にしろよ。じゃなきゃ、誰も幸せになんかできねぇぞ」


 恩師は言っていた。

 "どれだけ小さくても自分の気持ちを蔑ろにしてはいけない"と。

 そうした積み重ねが自分の気持ちに価値を見出せなくなり、徐々に自分という人間を無価値だと思い込むようになり、最終的には他者の気持ちを蔑ろにしてしまう。

 単純な話、自分を大切にできない者は他者を大切にする事ができないのだ。


「自分を、大事にしろ……と?」


 教主は上半身を起き上がらせながら、俺を忌々しく睨みつける。

 彼も俺同様、限界まで追い詰められた身体を酷使しながら、本音を口から吐き出す。


「大事にできる訳ないだろ……!オレは……オレは大切だった友も守らなければいけない妹も見殺しにした男だ……!金郷教の大人達から虐げられる仲間を……虐げられ死んでいく仲間を、誰1人守れなかった男だぞ……!!そんな男に……価値なんてある訳がないだろうが……!!」


「あるよ」


 血に濡れた右の拳を開きながら、俺は思った事をそのまま口に出す。


「あんたという人間には価値があるよ。たとえ全人類を救わなくても。だって、あんたは死んでいった友達や妹のために走れる人間なんだから」


「……違う」


 教主を名乗る青年は吐き捨てるように呟く。


「オレは、……オレはあいつらに何もしてあげられなかった。オレは我が身可愛さのあまり、あいつらを見捨ててしまった……!そんな事を知らないから、お前はオレに価値があると言うんだ……!!何も知らない癖に……!何も知ろうとしない癖に、知った口を叩くな……!!」


「確かに俺はあんたの背景ものがたりなんか知らないし、知ろうとも思わない。俺はお前が大事に思っている友人も妹の顔も名前も知らないし、死んでしまった彼等の気持ちを代弁しようとも思わない」


 傷口から発せられる熱に浮かされながら、俺は脳裏に浮かび上がった単語をそのまま読み上げる。


「けど、これだけは理解している。神様に縋る程、あんたが弱い人間じゃないって事を」


「弱いから神に縋っているんだよ……!」


 教主は全身の力を振り絞りながら、立ち上がろうとする。

 その姿を見て、俺は自分の言葉が届いていない事を理解する。

 そりゃそうだ。

 俺は立派な大人なんかじゃない。

 だから、俺の言葉に重みなんてもんはないし、幾ら良い事を言ったとしても中身がないから、相手に届かない。

 俺みたいな普通の人生を歩んできた奴が上から目線で語ったとしても、説教臭い事を言ったとしても、ただ顰蹙を買うだけだ。


「お前みたいな君狂いと俺達凡人を一緒にするなっ!みんな、自分の力で走れないから神に縋るんだよ……!」


 青年はガラスの床に突き刺さっていたナイフを手に取ると、魔法の力も神造兵器の力も使う事なく、自分の力だけで走り始める。

 俺は右の拳を握り締めると、千鳥足になりながら、迫り来る彼を待ち構えた。


 もしも言葉だけで彼を止められたら、俺は拳を握り締める事はなかっただろう。暴力なんか振るわなくても良かっただろう。


 暴力は色んな問題を有耶無耶にする事はできるけど、根本的な問題を解決する事はできない。

 けど、言葉で止められない以上、暴力で止める事しかできない。

 立派な大人ではない俺では──未熟で我儘で独善的で空っぽな俺では、この拳でしか彼を止める事ができない。

 暴力でしか今の彼を止められない。

 自分のやり方が間違っている事を知りながら、俺は青年が振るうナイフを左の手刀でへし折る。

 そして、血だらけかつ青痣だらけの彼の顔面に渾身の一撃を叩き込んだ。


「ぐ……がっ……!!」


 だが、今の俺の満身創痍な身体では、満足に拳を振るう事ができず、彼の意識を刈り取る事はできなかった。

 教主を名乗る青年は、口から血を零しながら──意識を保ちながら、地面に伏せてしまう。

 その姿は金郷教の信者に袋叩きされた時の美鈴と──今の血に染まった美鈴と瓜二つだった。

 自分の血と教主の血で濡れた右の拳が視界に映り込む。

「…………」

 ガラスに映る自分の姿を見ないようにしながら、俺は部屋の中心にいる美鈴の下に向かおうとする。

 傷だらけの身体を引きずるように歩き出した俺は、なんとか血の水溜りから抜け出す事に成功した。

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