4月3日(6) VS金郷教信者の巻
「うおおおおおおおお!!!」
"傷口が今にも開きそうだ"と暗に訴える身体を無視して、俺は飛翔する炎の刃の群れを潜り抜ける。黒ローブの奴等が振り回す短剣から生じる炎の斬撃波は容赦なくガラスの床や天井を抉り取った。1発でも当たれば、身体は真っ二つに焼き千切れるだろう。それでも、銃弾と比べると速度は遅く、殺傷力は低い。
幾ら魔法が破壊力を持っていたとしても、自転車並みのスピードかつ銃弾よりも遥かに大きい攻撃であるため、避ける事はかなり容易だった。銃弾が恐ろしいのは目でも追えないスピードで迫り来る上、小さいからだ。発射される前に避けないとダメな銃撃と比べると、発射されてからでも避けられる魔法は物凄く簡単だった。
加えて、この人数。下手に魔法をぶっ放せば、仲間を傷つける恐れがある。そのため、彼等は無闇矢鱈に魔法をぶっ放す事はしなかった。
「でりゃあああああ!!!!」
雫さんは信者の1人の胸倉を掴むと、そいつを思いっきり放り投げる。
「あいたっ!」
鎌娘の間抜けな声が聞こえて来る。多分、雫さんが放り投げたのが当たったのだろう。彼女の短い悲鳴を無視して、俺は襲い来る信者達の群れを拳だけで薙ぎ倒す。
「おらあっ!!」
彼等は魔法のプロではあるが、喧嘩のプロではなかった。魔法を打てない距離まで迫って来た俺を撃退しようと、彼等は持っていたナイフで応戦しようとする。彼等の拙いナイフ捌きは避けるのが非常に容易で、カウンターを撃ちやすかった。
「ひ、怯むな!相手は素手なんだぞ!1人は怪我人だっ!魔術が使えなくても、数で押し切れ……がはっ!」
司令塔らしき人物の顔面に飛び蹴りをかまし、指揮が取れないように気絶させる。
「きょ、距離を取るんだ!とにかく、魔術を撃てる間合いを……うごおっ!」
雫さんは新たに立ち上がった新司令塔に飛び膝蹴りをぶちかまし、強制的に黙らせる。たった2人を潰した事で80人超の信者達は烏合の衆と化してしまった。
「うおおおおおおおお!!!」
俺達は奴等が魔法を撃てない距離を保ち続けながら、1人1人確実に気絶させていく。幾ら魔法や魔術そういや、これらの違いって何だろう。バイトリーダーが説明していたような気がするが、忘れてしまったが使えたとしても、喧嘩が強いかどうかはまた別の話。どんだけ破壊力があろうとも、どんだけ殲滅力があろうとも、間合いを潰してしまえば、ただの宝の持ち腐れだ。彼等がナイフ術のスペシャリストだったら、話は変わっていただろう。銃火器を扱っていたら、状況は変わっていただろう。
しかし、魔法や魔術に特化した幾ら集まろうが俺の敵ではない。信者達の雑なナイフ捌きを避けながら、向かい来る魔法使いの群れを俺達は殴打で薙ぎ払う。
「クソっ!無駄に数が多過ぎる!!」
40人目を気絶させた時点で俺は肩で息をし始めた。右肩と腹部から鋭い痛みが走り出す。奴等から1発も攻撃を受けていないから、多分、塞いでいた傷口が開いたのだろう。本能がこれ以上動くなと警告を発する。迫り来る信者達を殴り飛ばすにつれ、身体の動きが徐々に鈍くなる。だんだん動きにキレがなくなっていき、塞いだ傷口から血が溢れ始める。
「司っ!お前は下がっていろ!ここは私がどうにかする!!」
15人くらいを薙ぎ倒した雫さんが俺に襲いかかる信者20代くらいの女の子の顔面に飛び膝蹴りを喰らわせると、気絶した女の子の顳顬に銃口を突きつけ、こう言った。
「全員大人しく武器を捨てろ!さもないと、この子をぶっ殺す!!」
「「「警官にあるまじき言動!!」」」
俺、啓太郎、キマイラ津奈木は思わずツッコミの声をあげてしまう。俺らに釣られる形で金郷教の信徒たちは人質を使う雫さんに抗議の声を上げ始めた。が、雫さんは聞く耳を持たない。それどころか、逆ギレし出した。
「喧嘩に卑怯もクソもあるか!!ほら、大人しく武器を捨てろ!!この子の可愛いお顔にどでかい穴を開けるぞ、コラァ!」
信者の1人厳つい顔をしたおっさんは唾を飲み込むと、雫さんの要求を飲まないと宣言する。
「私達はガイア神に命を捧げた身!そのような脅迫に決して屈さな……」
渇いた銃声の音がフロア内に木霊する。突如、鳴り響いた銃撃音に俺らは声を失ってしまった。発砲したのは案の定、雫さんだった。彼女は躊躇いもなく、再度おっさんの足元を銃撃する。おっさんは恐怖で顔を引攣らせていた。彼女は人質であった女の子を捨てると、恐怖で硬直したおっさんに近寄った。
「屈さないんだったよな?なら、お前は殺すしかないな」
「ま、待……」
雫さんは躊躇いもなく、おっさんの頭目掛けて発砲する。銃弾はおっさんの顳顬を掠ると、そのままガラスの壁に突き刺さった。おっさんは失禁しながら失神してしまう。おっさんが泡を吹いて倒れるのを見た彼女は歯痒そうな態度を取りながら、悔しそうにこう言った。
「ちっ、外したか」
彼女のその一言でフロア内にいた魔術師達は"あ、この女、自分達を殺す気満々だな"という事を確信する。雫さんはおっさんが落としたナイフを手に取る。多分、さっきの銃撃で弾が尽きたんだろう。ちょっとだけ、安堵する。すると、ずっと傍観していた啓太郎が突然こんな歌を歌い始めた。
「昨日殺した百万匹のライオン♪昨日殺した百万匹のライオン♪」
不気味な歌がガラスの塔に響き渡る。この歌は聞き覚えがある。確かどっかの民話だ。ヤギとライオンの話だったと思う。思い出しそうで思い出せない歯痒さを味わっていると、雫さんは拾ったナイフを舌で舐め、途轍もない殺気を放ち始める。それでも、啓太郎は歌う事を止めない。いや、止める所か変な歌を空気を読むことなく歌い続けた。……気でも触れたのだろうか?
「今日は何人殺そうか♪」
「うるさい」
殺伐とした歌を歌う啓太郎の額に雫さんが投げたナイフの柄が突き刺さる。彼は鎌娘同様気絶してしまった。額から血を垂れ流す彼を見て、金郷教の信徒達は雫さんにドン引く。
「さて、残りは半分か。面倒だから全員殺すか」
雫さんは銃弾を補充しながら、信者達に殺意を向ける。彼女に恐れをなした信者達は、恐怖に耐えきれなかったのか、次々に逃げ出し始めた。
……後は彼女が何とかしてくれるだろう。その隙に俺はフロアの隅に設置されている階段目掛けて走り出す。すると、ガラスの壁から無数の槍が俺目掛けて飛んできた。
「危ないっ!!」
ガラスの床から突如、キマイラ津奈木が生み出した土蛇が出て来た。土蛇は俺と飛翔するガラスの槍の間に現れると、腹で槍を受け止める。が、攻撃に耐え切れず、土蛇は粉々に砕け散ってしまった。
「へえ、キマイラ津奈木。やっぱ、お前はそっち側に着くんだ。まあ、大体は予想していたけどね。お前はいつも私達のしている事に懐疑的だったからね」
階段の方から声が聞こえる。上の階から現れたのは不気味な程に美しい外国人の女性だった。悪魔的と言えば良いだろうか。スタイルといい、滲み出る邪悪さといい、何もかも美鈴と正反対な女性だった。なのに、顔立ちは美鈴と瓜二つ。恐らく、美鈴は神器の力で自分の容姿を作り直す際、彼女を参考にしたのだろう。おっぱいは全然ないが、見目麗しい女性だった。水商売を生業にしている女性のような破廉恥な格好をした彼女は、不敵な笑みを浮かべると、俺達の姿を品定めするかの様な目で、ざっと見渡す。
「まあ、魔法も魔術も扱えない小羊達に世界の命運を託すとは予想していなかったけどね。けど、真面目で誠実で優柔不断なお前の事だから何かしら勝機があって、こいつらを連れて来たんでしょう。無意味とも無駄とも言わないわ。ただ、あんたらは私の邪魔よ。ここで刈り取らせて貰うわ」
そう言って、女はガラスの壁から無数の刀剣を放射させる。
「全員、伏せろっ!!」
雫さんの声と共にボーッと突っ立っていた啓太郎達は一斉に身を屈める。俺は飛翔するガラスの刀剣を掻い潜ろうとした。しかし、行く手は再び地面から現れた土蛇により遮られてしまう。土蛇がガラスの槍を腹で受け止めるのを眺めていると、キマイラ津奈木は俺の横にやって来ると、こう言った。
「あの人の相手は私が務めます!!貴方は早く上の階に行きなさい!!」
「はあ!?全員であいつをボコボコにした方が効率的だろ!?」
「それじゃ時間も体力も無駄に食うだけです!!儀式まで残り数時間を切っているんですよ!ここは私1人が引き受けた方が遥かに効率的です!!」
キマイラ津奈木は土蛇を操りながら、飛んでくる攻撃を次々に撃ち落とす。そして、ガラス女目掛けて炎の波を放った。女はガラスの盾で炎の波を難なく防ぐ。その隙にキマイラ津奈木は土蛇を使って、天井に穴を開ける。すると、天井の穴を開けた土蛇は一瞬で螺旋階段の形に変わってしまった。
「早く上の階へ!……さあ!!」
一瞬だけ躊躇うが、額から零れ落ちた血液が俺という人間の活動限界を教える。どうやら頭の傷も開き出したらしい。このままだと、キマイラ津奈木が言うように体力と時間だけを消費した挙句、何も成し遂げられないまま、限界を迎えてしまう。今すぐあの女を殴り飛ばしたい気持ちを抑え込み、俺はキマイラ津奈木が用意してくれた階段を駆け登った。
「させないわ」
土の螺旋階段に飛来するのはガラスの魔弾。キマイラ津奈木は迫り来るそれらを土蛇で撃ち落とす。俺は彼が時間を稼いでいる隙に階段を昇り切る。2階に辿り着いた瞬間、俺じゃない男の声がフロア全体に響き渡った。
「お前がジングウツカサか?」
殺意と感心を含んだ声が俺に緊張感を与える。
(さあ、こっからが正念場だ)
俺は自身の血に塗れた右の拳を握り締め、声の主の方へ視線を傾けた。




