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4月3日(5) いざ出陣の巻

 儀式場は桑原神社の隣にある真っ平らな土地にあった。

 元々、この土地は田んぼだったが、今年の初めに売りに出されていたらしく、金郷教の現教主が強引に買い取ったらしい。

 土地の中に足を踏み入れた途端、ガラス状の塔が俺らの前に現れた。

 西洋風の城を連想させるような作りの塔は夜空を突き刺さんばかりの勢いで、聳え立っていた。

 それは昔、御伽噺で聞いたバベルの塔を連想させる。

 神々しいと言うには塔の造りは簡素で。でも、神を呼ぶには十二分な程、高貴さが漂っていた。


「なるほどねえ。魔法使いや魔術師にも効く人払いの結界を張ったのは、これを隠すためだったのね」


 鎌娘はガラスの塔をじっと見つめながら呟く。


「おい、こんな所で駄弁っていていいのか?すぐ見つかるぞ?」


「大丈夫よ、私達が見つからないように、ちょっと結界に細工したから。結構難しかったけど、私にかかればお茶の子さいさいよ。優秀かつ美人かつ有能な私に感謝しなさい」


 鎌娘はドヤ顔で胸を張る。ちょっとだけ彼女を見直してしまった。


「この塔ができたのは魔力の流れを見る限り、昨日のようですねえ」


 キマイラ津奈木は目の前の塔を見ながら冷や汗を垂れ流す。


「ん?お前は知らなかったのか?」


「ええ、私も儀式場は東雲市にあると聞かされていましたから。まさか、こんな所にこんな塔を作るなんて……」


 彼は本心を語っているようで、見るからに動揺していた。


「キマイラ津奈木にも隠していたという事は、元より教主とやらは神器の力を独り占めするつもりだったのか」


 啓太郎は雫さんから受け取った拳銃を弄びながら呟く。


「啓太郎、何か分かったのか?」


「これはまだ僕の推測だから真実でも事実でも真理でも確証でもないんだけどね。恐らく教主とやらは最初から自分1人で世界を造り直す気だったんだろう。絶対的な基準者として君臨するために。全ての人の願いが叶う世界ってのは、矛盾かつ破綻しているからね。どんな願いが叶うとしても、絶対的な貫通力を持った槍と絶対的な防御力を持った盾は共存できないだろ?だから、教主は基準点になろうと試みたんだろう。槍と盾、どちらを優先するべきかジャッジするために」


 全ての人の願いが叶う世界は矛盾かつ破綻している。

 啓太郎の言葉は驚く程、すんなり俺の心の中に入り込んだ。

 だが、1つ疑問点が生じる。

 俺はその疑問を誇張する事も矮小化する事なく、そのまま素直に口から吐き出した。


「ん……?それって、人々の願いが衝突した時用のジャッジとして、教主は基準点として君臨し、どちらを優先すべきか決めるって事だろ。なら、優先されなかった方の願いは叶えられないって事になる筈だ。それじゃ、教主は自身が掲げた公約を守れない事になる訳だろ?それっておかしいじゃないか。あいつは信者達に嘘吐いていたのか?最初から理想郷なんか作れないと知っていて」


「そこら辺は教主本人に聞かないとわからないな。本気でそう思っているかもしれないし、気づいているけど、敢えて知らない振りをしているかもしれない。もしかしたら、僕の推測は見当違いで別の考えがあるかもしれないし。けど、この計画の果てに何が待ち受けているのか僕でも理解できる。きっと教主は、最終的に全人類それぞれが幸せになれる世界を個人毎に提供する羽目になるだろう」


 啓太郎が言った"幸せになれる世界を個人毎に提供する"という意味がスケール無駄にデカ過ぎてよく分からなかった。


「要は幸せになれる役割につける者は一握りって事さ。司でも分かるようにお芝居を例に出そう。皆が皆、桃太郎の役になったら、桃太郎という物語はどうなると思う?」


「そりゃ、川に芝刈りに行った桃太郎が川から流れてきた桃太郎を拾って、その拾われた桃太郎が桃太郎をきび団子で家来にした挙句、鬼ヶ島にいる桃太郎を桃太郎がしばき回す物語になると思う」


「その解釈は間違いだ。それだと、犬猿キジ、鬼が桃太郎という名前になっただけで、桃太郎という物語は成り立っている。桃太郎というのは"桃から生まれ、動物を家来にし、悪い鬼を懲らしめる"役割を持った人間を指す。つまり、桃太郎の役割しか持たない人間しかいなかったら、物語は成り立たないんだよ。桃を拾う役割を持つ者、家来になる役割を持つ者、そして、桃太郎に懲らしめられる役割を持つ者がいて、初めて桃太郎という世界は成り立つ」


「……つまり、どういう事だ?」


「さっきも言っただろ?要は幸せになれる役割を持つ者は一握りって。幾ら思い通りにできるからって皆が皆、幸せだったらこの世界は成り立たない。皆が皆、桃太郎なら桃太郎という役割に価値が無くなるのさ。誰もが幸せになる世界を造るには、個人が桃太郎の役割を担える世界を個人毎に分配でもしない限り無理って訳だ」


 啓太郎の言っている意味がよく分からなくて首を傾げる。

 だが、キマイラ津奈木は啓太郎の言っている事をちゃんと理解できているようだった。


「……なるほど、全人類それぞれが桃太郎でいられる世界を個人毎に提供する。それが全ての人を救う仕組みと貴方は推測するという訳ですか。だが、……」


「君の察する通り、これは僕の妄想だ。確証も証拠も何処にもない。ただ、そうでもしない限り、全ての人は救われないだろ?人間が他の動物と同じように肉体的欲求を満たすだけの存在なら、それこそきび団子与えれば済む話だ。だけど、悲しい事に人間には高度な知能を保有している。その知能によって生み出された社会的欲求や自己的欲求などといった高次的欲求は、比較対象──自分より優れている者と劣っている者がいないと満たされる事はないんだ。ほら、世界中のみんなが大富豪だったら、大富豪という社会的地位は特別じゃなくなるだろ?世界中のみんなが美形だったら、誰もイケメンや美女になれないだろ?社会的な欲望はね、他者の犠牲がなきゃ満たされない代物なんだ。悲しい事にね」


 啓太郎は短く息を吐く。


「教主とやらが造ろうとしている誰もが救われる理想郷ってのは、ただの子供部屋なんだと僕は思っている。自分の意のままに動くお人形と金塊など、都合のいい玩具しかない世界を与えるだけで救済しようとしている。主観的に幸福になれても本質的には幸福とは言い難い」


「……では、不幸な役割を強いられている者はそのまま不幸な目に遭い続けろと?客観的に幸福でなくても、主観的に幸福ならそれで良いんじゃないでしょうか?」


 キマイラ津奈木は啓太郎の言い分に納得がいかないようで眉間に皺を寄せながら詰め寄る。

 啓太郎は当たり前だと言わんばかりの口調でこう言った。


「キマイラ津奈木、君は1つだけ勘違いしている。自身の救済を望み続ける者は、他者がどうにかしなくても勝手に救われる。救済される事を信じ続けた者には救いの主が必ず現れる。けど、自身の救済を諦めた者は、世界がどれだけ良くなろうとも救われる事はない。君が本当に助けたい人達は子供部屋みたいな優しい世界にいようとも、決して主観的に幸福になれない──と、僕は考える」


 キマイラ津奈木は啓太郎の主張に反論の意を示さない。

 何か思う所があるのだろう。

 彼は俯いたままの状態で聞き続けた。


「彼等は血の通った人間の赦しがない限り、自身の幸福を諦め続ける。たとえ理想郷みたいな子供部屋で慰められたとしても、君らが望むやり方では彼等は永遠に救われない。それどころか勝手に救われる人達も堕落し、救われない存在に成り果ててしまう。まあ、これは一個人の予測であり、ただの価値観の押し付け且つ妄想だから、真実でも正義でもないんだけどね。もしかしたら、教主とやらは僕が考えている末路とは違う道を辿るかもしれないし」


 キマイラ津奈木は肯定も否定もしない。

 俯き続けたまま、微動だにしなかった。

 まるで何かに耐えているかのように。


「まあ、鎌娘と先輩がついていけない不確かで曖昧で不明瞭な推測はさておき。これから先の話をしよう。司、どうやってあのガラスの塔に侵入する?」


「そりゃあ、正面突破しかねえだろ」


 小難しい話が続いた影響で口から欠伸が出てしまう。

 俺は傷の具合を確かめながら、こう主張した。


「あの塔は即席の建物だろ?なら、裏道とか小道とかそういった複雑な構造はない筈だ。加えて、儀式場はあの塔の中にあるだろうから、破壊力のある爆弾とか魔法とか使えない筈。なら、速攻で突入して、速攻で美鈴を奪還して、速攻で儀式場を破壊して、速攻で塔から脱出するのが1番効率的で効果的だ。あとは時間まで逃げ回れば、俺達の勝ちだろうし」


「それが1番シンプルかつ分かりやすい作戦だな。邪魔する者は全員血祭りに上げれば良いだけだし」


 雫さんは銃を腰ホルダーに仕舞うと、拳を豪快に鳴らし始める。


「潜入とか超面倒いから外から魔法を撃ち込んでいい?」


 鎌娘は溜息を吐きながら、魔法を撃つ準備を始める。


「美鈴ちゃんがいるから外からの攻撃はダメだ。巻き添えを食らう可能性が高い」


 啓太郎は拳銃を握り締める。


「なら、私が1番槍を務めます。皆さんは後から着いて来て……」


 俺と雫さんはキマイラ津奈木の前に出る。

 啓太郎はドン引きするかのような形相で俺らを見ると、顔を押さえながら疑問を口にした。


「おいおい、相手は魔法使いの集まりなんだぞ?ヤクザ一家討ち入りするみたいな勢いでどうにかなる相手じゃない」


「そこら辺は大丈夫だ、啓太郎。俺は魔法使いと闘ってある事に気づいた」


「ふっ、奇遇だな。私も同じ事に気付いた」


「……司と先輩の事だからロクな事を思いついていないだろうが、念のために聞いておこう。……一体、君達は何に気づいたんだ?」


 啓太郎の質問に俺と雫さんは声を揃えて答える。


「「魔法は銃弾よりも怖くない」」


「「「は?」」」


 呆れる3人を置いて、俺と雫さんは塔のデカイガラスの扉を蹴破る。

 学校の体育館くらいの広さが優にある1階フロアには黒ローブの奴等数は目測50人以上が手持ち無沙汰で屯していた。


「警察だ!お前ら全員、牢屋に打ち込みに来た!!」


 雫さんの宣戦布告と共に黒ローブの奴等は一斉にアンティーク調の短剣を懐から取り出す。

 俺と雫さんは打ち合わせもなしに殆ど同時に地面を蹴り上げた。

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