暇潰しと別離と私の名前
◇
「あーあ、ここまでかー」
世界と世界の間にある異空間。
固形化した極光の上に寝転がったガラスの竜が溜息を吐き出す。
「まあ、いい暇潰しには……なった、かな」
ジングウと赤光の魔導士との闘いで、ガラスの竜の身体は瀕死の状態に陥っていた。
「……助けてやろうか?」
眉間についた血を拭いながら、ジングウ──平行世界の神宮司──は声を掛ける。
世界最古の機械仕掛け神であるガラスの竜は首を横に振ると、ジングウの提案を鼻で嗤った。
「いいわよ。ここで死んだ方が面白そうだし」
そう言って、ガラスの竜は硝子でできた目蓋を閉じる。
「……まあ、色々やり残した事は、あるけど、……もう、生きるのに飽きちゃった、……し。死ねる時に、……死んだ方が、……い、……し、ね」
ガラスの竜の身体が徐々に崩れていく。
竜の形をしていた硝子に罅が入り、崩れ落ちた破片は粉々に砕け散る。
そんなガラスの竜──世界最古の人造神を、ジングウと赤光の魔導士は目を細めながら見つめていた。
「……あー、……っぱ、……にたくな、」
ジングウや赤光の魔導師にも聞き取れない程、掠れて小さくなった声。
ガラスの竜は誰の耳にも届かない遺言を呟くと、とうとう息絶えてしまった。
ガラスの竜が残した遺体が光の粒子となって消え去る。
痕跡一つ残す事なく此岸から立ち去るガラスの竜を見つめながら、ジングウと赤光の魔導士は胸に溜まっていた息を吐き出した。
「で、白雷。これからどうするつもりだ?」
「……ルルイエ達を追いかける」
息を短く吐き出しながら、ジングウは赤光の魔導師に背を向ける。
「アレを野放しにできない。急いで対処しないと、厄介な事が起きるだろう」
ルルイエが生み出した純粋悪『魔猫』を思い出しなつつ、ジングウは眉間に皺を寄せる。
「へえ。アレを放置して、か?」
赤光の魔導師は右手で腹についた傷を押さえながら、『アレ』を指差す。
赤光が指差した先には、褐色の青年が突っ立っていた。
「遅かったな、お前の仲間はさっき息絶えたぜ」
「……構えろ、白雷の魔導士。そして、赤光の魔導師の『偽物』」
赤光の魔導師の煽りを聞きながら、褐色の青年は拳を握り締める。
青年からの敵意と殺意を感じ取ったジングウと赤光は、眉間に皺を寄せると、いつでも戦闘ができるように身構えた。
「……ほう、俺の正体に気づいていたのか」
「アレから教えて貰った。お前は平行世界の秘密結社『デウス・X・マキナ』が造った第14始祖……『人造神』である事を」
「隠していたんだけどなぁ。ま、分かるヤツには分かるってか」
そう言って、赤光の魔道士は殺意を放つ。
その瞬間、褐色の青年は少しだけ頬の筋肉を緩めた。
「へえ。お前、仇討ちするつもりがないのか?」
頬の筋肉を緩める褐色の青年を見るや否や、赤光の魔導師はある真実に辿り着いてしまう。
「俺は、俺の願いを叶えるため、アレの側にいただけだ」
少し遠い目をしながら、褐色の青年は自らの本音を口にする。
「何の願いを叶えるためだ?」
「そうだな、……暇を潰すため、とでも言っておこう」
少しだけ言い淀んだ後、褐色の青年は眉間に皺を寄せる。
「──本気で来い強者共。俺は、お前らを殺す」
闘いは避けられない。
そう判断した瞬間、ジングウと赤光の魔導師は武器を携帯する。
「最後通牒だ、青年。今すぐ俺達の前から立ち去れ。じゃないと、俺は」
「──問答無用」
ジングウの言葉を遮りながら、褐色の青年は前に向かって駆け出す。
それが開戦の狼煙だった。
ジングウは懐の中にあった拳銃を取り出し、赤光の魔導士は奥の手である赤い斧を取り出す。
褐色の青年はジングウと赤光の魔導師の殺意を感じ取ると、目を大きく見開いた。
──結末は語るまでもない。
『彼等』が暇を潰すと決めた時点で、勝敗は決していたのだから。
◇
「これからどうするつもりだ?」
神宮司・松島啓太郎・美鈴・フィルが元の世界に戻った事を確認した後、アラン──司から脳筋女騎士呼ばわりされている女性──は、疑問の言葉を口にする。
「あのフクロウ野郎を追いかけるわ。アレを放置したままってのは、ちょっと危ないだろうし」
世界と世界の間にある狭間の異空間。
ボロボロになった固形化した極光の上に乗りながら、カナリア──司から酒乱天使呼ばわりされている少女の形をした天使──は、溜息を吐き出す。
「で、そういうあんたはどうするの?」
「『美桜』──始祖ガイアの力を手にした少女が暴れた所為で、有象無象の『純粋悪』が封印から解き放たれてしまった」
「ふーん。じゃあ、あの世界に戻るつもりなの?」
「ああ。この騒動の後始末を行うため、私はあの世界に戻る。……と言っても、私にできるのは、たかが知れているけどな」
その言葉を残して、アランはカナリアの前から姿を消す。
アランが立ち去ったのを目視で確認した後、カナリアは何処からともなく酒瓶を取り出した。
「行ったか。じゃあ、私も行こうかしらね」
◇
浮遊大陸──アルカディア。
地上から高度50キロメートル地点にある浮島内の街。
水の都『アトランティカ』に塔を建てたカナリアは、最上階で『刀を持っている少年』を待ち続けていた。
「あ、やっと来た」
玉座に座っていたカナリアは、最上階にやってきたばかりの4人組を出迎える。
「さて、ここまでようこそ。一応、歓迎してやるわ」
瓶の中にあった酒を飲み干しながら、カナリアは刀を持っている少年に歓迎の言葉を浴びせる。
カナリアの雰囲気に呑まれたのか、神器の素質を持つ金髪の少女も、魔王の一人娘である少女も、ルルイエの同一存在である少女も、そして、刀を持ってた少年も、表情を強張らせていた。
(……さて、先ずは実力を試させて貰おうかしら)
微弱な殺意を放ちながら、カナリアは頬の筋肉を緩める。
神宮司や脳筋女騎士のような神域に至った存在にしか感じ取れない殺意。
その殺意を感じ取る事ができたのは、ルルイエの同一存在である少女だけだった。
「さよなら、現世!!」
瞬時にカナリアの力量を見抜いたルルイエの同一存在は、頭を床に打つける。
突然の彼女の奇行により、金髪の少女も、魔王の娘も、そして、アイツの刀を持った少年も、呆然とした様子で立ち尽くした。
「…………何やってんの、そいつ」
水死体の如く、ピクリとも動かなくなった少女を見ながら、カナリアは呆れ半分困惑半分といった様子で少年達に疑問を投げかける。
(私とそんなに力の差がないってのに、どうして自爆したんだが)
闘う前から勝負を投げ出した少女を見つめながら、カナリアは溜息を吐き出す。
刀を持っている少年達はというと、呆れ半分困惑半分といった様子で水死体の如く動かなかくなった仲間を見つめていた。
「お前が……この塔の、主……なのか?」
カナリアは酒瓶を手で弄びながら、刀を持った少年──コウをじっと見つめる。
怯えながらも真っ直ぐ前を見つめるコウを見て、カナリアは神宮司の顔を思い出した。
(ああ、なるほど。今度は彼を導けば──)
酒瓶を手で弄びつつ、カナリアはコウの目を真っ直ぐ見つめる。
そして、凛とした態度で自分の名前を口にした。
「あ、うん、そうよ。私がこの塔の主よ。名前は──」
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイント・いいね・感想を送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方・評価ポイント・いいねを送ってくださった方に感謝の言葉を申し上げます。
2週間更新を停止していましたが、ようやく最新話を投稿する事ができました。
更新できなくて申し訳ありません。
でも、2週間更新を休んだお陰で、自信作を電撃大賞に提出する事が出来ました。
本当に更新を待ってくれてありがとうございます。
この場を借りて、お礼を申し上げます。
今回のお話の補足ですが、最後のカナリア達と刀を持った少年達のお話は、去年完結した「王子の尻を爆破してお尋ね者になった悪役令嬢(略)第61部『真の変態とトップオブトップとヤバイ奴』とリンクしています。
時系列的には、以下の流れになっております。
価値花4月31日(破)→王子の尻を爆破して(略)stage1〜3→価値花真金郷教編→ 王子の尻を爆破して(略)stage4以降
価値花4月31日(破)ラストで逃げた天使の行方、刀を持ったフクロウの正体、カナリアの動向を「王子の尻を爆破してお尋ね者になった悪役令嬢(略)」で回収しているので、読んでくれると嬉しいです。
(事前に読んでくれた方、読んでくれてありがとうございます)
更新の件ですが、以下の日程で投稿する予定です。
4月17日(月)18時頃に真金郷教編エピローグ
4月17日(月)20時頃に「5月2日」
4月17日(月)22時頃に「エピローグ :???」
4月17日(月)に本作品「価値あるものに花束を」を完結させようと思います。
以前告知した11万PV以降の記念短編・ブクマ200件記念中編・ブクマ300件記念中編の投稿日は未定です。
WEBで応募できる公募小説に注力したいと考えておりますので、多分、記念短編と記念中編は投稿しないかもです。
投稿するとしても、恐らく来年か再来年になると思います。
この場を借りて、告知通りに投稿できない事をお詫び申し上げます。
本当に申し訳ありません。
心からお詫び申し上げます。
次回の更新は4月17日(月)18時頃です。
残り3話になりましたが、ちゃんと完結させるので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。




