敵は自分自身の巻
side:啓太郎
「なあ、カナリア」
美鈴を背負ったまま、啓太郎は気絶したフィル──金郷教元教主──を介抱するカナリアに声を掛ける。
「ずっと疑問に思っていたんだ。何故魔法使いでもない司が魔法の力を手にしたのかって。君ならその答えを知っているんだろう?」
カナリア──司から酒乱天使と呼ばれている──はフィルの傷を魔術の力で癒しながら、啓太郎の疑問に答える。
「『集合的無意識体』──人類が先天的に共有している無意識を一塊にしたもの。曰く、人類が獲得した超越的防衛機能。曰く、人類の生存欲求を満たすために存在している安全装置。要はティアナってのは、人類が滅亡の危機に瀕した際にのみ顕れる人類最後の希望なのよ」
遠く離れた場所で激しい戦闘を繰り広げている司と『美桜』を見ながら、カナリアは溜息を吐き出す。
「つまり、司はティアナに魔法の力を与えられたって事か?」
「ええ、そうよ。だから、彼は本来魔法と魔術を極めた者にしか扱えない心器を会得する事ができた」
「……どうして司なんだ?」
『美桜』の連撃を白い花吹雪と白雷で退ける司を眺めながら、啓太郎は疑問の言葉を口遊む。
「さあ?私の口から言えるのは、『貴方の世界の全人類の無意識が彼を選んだ』という事実だけ。多分、全人類の無意識が司に救われる事を望んだから、彼が選ばれたんでしょう」
黒い盾から放たれた黒い雷が、司が出した白い盾によって弾き飛ばされる。
始祖ガイアの力を手にした少女──『美桜』は泣きそうな顔をしながら、司から距離を取り始めた。
「でも、まあ、アレを見たら、司が選ばれた理由が分かるわ」
前に向かって駆け出した司目掛けて、『美桜』は黒い雷の塊を乱射する。
司は最低限かつ最小限の動きで回避すると、距離を取った『美桜』の下に駆け出した。
「私達魔力を扱う者にとって、司は天敵でしかない」
◇神宮司side
腕を軽く振るう。
腕の動きと連動した白い花吹雪が宙を舞い、美桜が放った雷の塊を打ち消してしまう。
「どうして……!? 私は始祖の力を手にしているのに……!? 何で押されているの……!?」
花園を通じて白雷を流し込まれている事に気づいていないのか、『美桜』は今にも泣き出しそうな表情で小物っぽい事を口遊む。
……今の彼女は俺の心器の効果により、『弱体化』している。
恐らく始祖の力を十全に引き出せていたら、余裕で俺に勝てるだろう。
だが、今の彼女は心器の中にいる。
ここにいる限り、彼女のの中にある始祖の力を十全に引き出す事ができない。
花園を経由して流し込まれている白雷をどうにかしない限り、彼女は延々と弱体化し続け、最終的には始祖ガイアとやらの力を喪失してしまう。
要は、俺が心器(切り札)を繰り出した(切った)時点で『美桜』の敗北は決まっていたのだ。
その気になれば、今すぐにでも『美桜』と彼女の中にある始祖ガイアとやらの力を切り離す事ができる。
けど、今切り離した所で根本的な問題を解決する事ができない。
多分、始祖ガイアとやらの力を失っても、『美桜』は自らの理想を叶えるために慢心し続けるだろう。
自分でも制御できない感情に翻弄されたまま、復讐のために人生を費やしてしまうだろう。
俺は彼女の背景を知らない。
なんとなくどういう人生を送ってきたのか、想像はできても理解する事はできない。
俺では彼女の心の傷を癒す事ができない。
俺の力では彼女を救う事ができない。
だから、……
「…………暴力を振るえば、目の前の問題を有耶無耶にできる」
泣きそうな顔で俺を睨みつける美桜と正面から向かい合う。
「けど、問題を根本的に解決する事はできない。世の中にはな、暴力でしか止められないものもある。けど、暴力を振るっても誰も救われない」
右の拳は握らない。
目の前にある現実を有耶無耶にしたくないから。
右の拳を振るっても、何も解決しない事を知っているから。
「みんな、苦しい思いをするだけだ。殴られたヤツも、殴っているヤツも」
「………じゃあ、私にどうしろって言うのよ……!」
掠れた声で怒りを露わにしながら、『美桜』は悲しみと怒りを抱えたまま、言葉を紡ぐ。
「どうしたら、私達は救われるのよっ!」
その問いに答える事はできなかった。
当然だ、俺は彼女の上辺しか知らないから。
頭も良くない。
調子に乗りやすい。
人格者でもなければ、立派な大人でもない。
ただ腕っ節が強いだけの子どもだ。
大人のフリさえも儘ならない。
「……俺は、お前の痛みを癒す方法を知らない」
目の前の敵を倒す事ができる。
けど、目の前にいる女の子一人救う程、強い人間じゃない。
馬鹿で幼稚で浅はかな、何処にでもいるちっぽけな人間だ。
……それでも、俺は。
「だから、最後まで付き合ってやるよ。だから、思う存分暴れろよ。お前の暴力は、俺が全部受け止めてやるから」
それでも俺は自分にできる事を精一杯やる。
理想の自分になれるよう走り(がんばり)続ける。
今、自分ができる最善をやり遂げる。
できない理由を並べた所で、問題がなくなる訳じゃない。
目を背けた所で、『美桜』が消えてなくなる訳じゃない。
だから、……
「………来いよ。俺の全てを賭して、お前の怒り(すべて)を受け止めてやる」
「……ああ、今、分かった」
黒い盾を召喚しながら、美桜は足下に広がる花園に視線を落とす。
「……私の敵は君じゃない。そして、君の敵も私じゃない……私達の敵は自分自身だ」
『美桜』の周りに現れた黒い盾が単細胞生物のように増殖する。
その姿を眺めながら、俺は右の拳を握り──締めなかった。
「貴方がどういう背景を送って来たのか知らない……!でも……!」
増殖した盾が黒い雷でできた光芒を四方八方に撃ち出す。
黒い雷の奔流は星天を模した屋根を削り、足下に生い茂る白い花々を打ち砕き、俺の左肩を掠めた。
「此処で君に負ける程、私の怨讐は脆くないっ!」
「知っているよ」
舞い散った白い花弁が右腕に纏わりつく。
纏わりついた白い花弁は瞬く間に籠手に変わると、白い雷を放ち始めた。
右掌を開いたまま、右腕を天に突きつける。
そして、息を短く吐き出した後、籠手を纏った右腕を振り下ろした。
「──花束」
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイント・感想・いいねを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
公募小説に注力するので、今月のお話は次回更新のお話でお終いです。
次の更新は来月3月24日(金)22時頃に更新します。
あとちょっとで完結するので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。




