4月3日(4) 儀式場に行こう!の巻
焼きそばパンと牛乳を腹一杯詰め込んだ俺達は、儀式場の手掛かりを探すべく、1番最初に金郷教の信者と喧嘩した袋小路に来ていた。
「ぱっと見、何処にも異常は見当たらないが……エリ、どうだ?」
啓太郎は1番この中で魔法に詳しい鎌娘に何処か異常は無いかと尋ねる。
袋小路をざっと見渡した彼女は首を横に振り出した。
「何処にも異常はないわよ、魔力痕も魔法陣を消した跡も見当たらないし。少なくともこの場所に魔術的価値はないわ」
厨二病が好みそうなワードを使いながら、彼女は手掛かりがない事を俺らに教える。
「ん……?魔法陣?鎌娘、それさえあれば手掛かりは掴めるのか?だったら、私と司は魔法陣の在り処を知っているぞ」
雫さんの発言により、俺は細い路地裏で奴等がアスファルトや石塀に魔法陣を描いていたのを思い出す。
「遠隔操作する系の魔術だったら、逆探知して術者の居場所を特定する事ができるわ。とりあえず、そこに案内しなさい」
「“案内してください、お願いします“だろ?」
雫さんは鎌娘に圧をかける。どうやら徹底的に上下関係を叩き込みたいらしい。
「案内してください、お願いします!!」
遺伝子単位で上下関係を叩き込まれた鎌娘は躊躇う事なく、額が地面に減り込む勢いで土下座する。
散々彼女のアホのせいで死にかけたり、不利な状況に追い込まれたりしたが、ここまで不憫な姿を見せつけられると、同情したくなくても同情してしまう。
そんなこんなで、俺と雫さんが初めて金郷教の信徒と出会った裏路地へ移動する。
その時、俺は啓太郎の顔色が悪くなっている事に気づいた。
「どうした?啓太郎、何かあったか?」
「いや、ちょっと吐き気を催してね……本当にこの先に魔法陣があるのか?ちょっとこの先は気味が悪いというか何というか……」
「その気味の悪さと吐き気は人払いの魔術の影響をモロに受けているからよ。我慢しなさい、もう少しで着くから」
啓太郎の症状を瞬時に悟った鎌娘は淡々と事実だけを告げる。
「ん?人払いって魔法の存在を知っている奴には効果ないんだろ?何で啓太郎は吐き気を催しているんだ?」
人払いのレクチャーを簡単に受けた俺は疑問を抱く。
「啓太郎が人払いの影響を受けやすい体質だからじゃないの?魔法や魔術の存在を知らない奴でも、めちゃくちゃ鈍い奴は人払いなんか効かないし。たとえ魔法使いであっても、耐性がない奴はとことん影響を受けるのよ」
「へえ、その耐性がある奴とない奴ってどんな違いがあるんだ?」
「鈍ちんの馬鹿は洗脳系の魔術の影響を受け難いわ。逆に繊細かつ頭良い奴ほど、影響を受け易いって」
「おいおい、鎌娘。雫さんは魔法の存在知らなかったのにも関わらず、人払いが機能している裏路地に入り込めたんだぞ。雫パイセンが鈍感な大馬鹿って言いたいのか?」
「1番馬鹿にしているのはお前だ」
俺の後頭部に雫さんの鉄拳が突き刺さる。
たったそれだけで頭部に巻いた包帯に血が滲んでしまった。
「てか、お前が裏路地に逃げ込まなかったら、私はあいつらと会ってなかったからな。私を鈍ちん扱いするのはお門違いだ」
「おいおい、俺を鈍感かつ大馬鹿扱いすんのかよ。こう見えて、俺、英語の成績だけは良いからな!」
「それ以外の教科は全滅だろ、寮長から聞いているぞ」
「風の噂によると、先生の温情で何とか進級できたみたいだね」
「えっ!あんた、高校レベルの勉強で留年しかけたの!?超ウケるんですけど!!」
「んだとお前ら、やるなら手加減しねぇぞっ!」
そうこうしている内に裏路地に辿り着く、俺が初めて金郷教の信者と出会った場所には至る所に魔法陣が刻まれていた。
それを見た鎌娘は冷静な態度で分析を始める。
「これは魔術師や魔法使いにも効力を発揮するタイプの人払いね。この魔法陣は魔術師が自分の工房を隠すために使われるものなんだけど、……どうして、こんな目立つ所に設置したのかしら?普通、こういうのは人目につかない所に置く筈なのに………」
「おーい、鎌娘。儀式場の場所、特定できそうか?」
「これだけじゃ特定は無理だわ。これは設置型の魔法陣だから逆探知できない。けど、こういうタイプの魔法陣は配置の仕方ってものがあるから、儀式場の特定はしようと思えばできると思うわ」
そう言いながら、彼女は啓太郎にスマホを要求する。
そして、啓太郎のスマホを受け取った鎌娘は地図のアプリを開くと、儀式場の特定を始めた。
「この魔術は魔法陣に正確な設置しないと効力を発揮しないの。多分、この魔術は五芒星の頂点に魔法陣が位置するように配置しないといけないタイプだろうから、……他の4つの魔法陣は魔術的に考えて、ここかここ、あと、それとこれ、第2の可能性として、あれとこれとそれとこれね」
鎌娘は他の魔法陣がある場所を指差すが、指の動きが早すぎてよく分からない。
小難しい話が続いてイライラしたのか、眉間に皺を寄せた雫さんは鎌娘を睨むと、単刀直入に質問を繰り出した。
「で、儀式場はどこだ……?」
「ひぃ!こ、候補は2つあります!1つはここ、もう1つはここです!」
そう言って、指差した所は桑原神社と俺が通っている高校だった。
「候補は神社と高校か……なら、人気のない神社がワンチャン儀式場の可能性が高いのか……?」
「いや、そうとも限らない。ここら一帯の部活動は爆破事故の原因が解明されるまで活動停止状態に追い込まれているからな。お前が通っている高校も今日は先生以外校舎に来ていなかった筈だ」
雫さんは神社説を推す俺と違い、校舎説を推す。
「距離的にはどっちもどっちだな。最初にどっちか片方行っていなかったらもう片方の所に行くか……」
「その必要はないわ。五芒星の頂点に位置する魔法陣を1つでも消せば、この魔術は解けるから。そうしたら、遠目でも分かるようになるでしょ」
そう言って、鎌娘はアスファルトに描かれた魔法陣を風の魔法で斬り裂こうとする。
だが、彼女の魔法を受けても尚、傷つく事はなかった。
「なっ……!?私の魔法でも1つ傷つけないレベルの障壁!?上級魔法を受けてもダメって事は少なくともメガ級って事!?」
何か凄い衝撃を受けているが、専門用語オンパレードの所為でどれだけ凄いか分からない。
自分の力が及ばない事に強い衝撃を受けた彼女は、名案を思いついたような顔をすると、上から目線の態度を取りながら俺に指示を飛ばす。
「ほら、あんたの出番よ!さっさとこの魔法陣をビリビリして壊しなさい!!」
「あれか?あれなら教祖に奪われたから今使えないぞ」
「ちっ!使えない奴!」
ムカッとしたので、つい拳を握り締めてしまう。
さっきはもう可哀想で殴れないと思ったが、前言撤回だ。
この思い遣りもクソもねえ女に同情の余地はねえ。
殴りにかかろうとしたその瞬間、何者かが路地裏に入り込んだのを知覚する。
「誰だっ!?」
「私ですよ」
路地裏に入り込んだのはピエロみたいな顔をしたキマイラ津奈木だった。
雫さんは彼の顔を見るや否や俊敏な動きで彼の懐に入り込むと、そのまま寝技を決める。
「あががががが!!!」
「ネギが鴨を背負ってくるとはこういう事か!さあ、吐け、悪人面!お前らのアジトは何処だ?責任者はどこにいる!?」
「うががががが!!!!」
「雫さん!鴨はネギに背負われていません!」
「突っ込む所そこじゃないだろ!?」
「そうよ!鴨がネギを背負える訳ないじゃない!」
「諺の存在を知らないのか、君は!?」
「それよりも、この女を早く退かし……ぎゃあああああ!!!!」
キマイラ津奈木の悲鳴が一際大きくなる。雫さんは尋問する事を忘れ、ただ彼の意識を落とす事に集中していた。
閑話休題。
話は本筋に戻されてしまう。
雫さんの魔の手から解放されたキマイラ津奈木はコホンと咳払いすると、俺らに情報を与える。
「恐らく儀式場は神社の近くにあるでしょう。1ヶ月前、現教主が信者から桑原神社の近くにある土地を譲って貰っていましたから」
「よし、分かった。今すぐその土地まで案内しろ」
雫さんは間髪入れずに、いつの間にか取り出していた拳銃の銃口をキマイラ津奈木の額に突きつける。
「罠かもしれませんのに、よく私の言葉を信じられますねえ!?自慢じゃありませんが、私、金郷教の中でそれなりの地位を持った人物ですよ!?」
「罠だったらお前を血祭りに上げるだけだ」
「とんでもない脳筋ですねえ、貴方!?」
「で、キマイラ津奈木、何でお前がここにいんだよ?美鈴ならとっくの昔に連れて行かれたぞ?」
俺の質問に彼は銃口を突きつけられながら不敵な笑みを浮かべる。
「私も現教主に用がありましてねぇ。貴方達が行くのなら私も同行させて貰おうかと思いまして」
「そうか。なら、この面子で殴り込みするって訳か」
魔法使い2名と警官2名と高校生1名。相手が何人いるか分からないけど、まあ、何とかなるだろう。
「……私を敵だと疑わないんですか?貴方の敵だったんですよ?」
「お前の背景ものがたりなんか知らねぇよ。誰かの過去そんなことを一々気にしていたら動けなくなるし。大事なのは過去でも未来でもなく今だ。過去がどうであれ未来がどうであれ、今、裏切ったら速攻で血祭りに上げるからな、覚えとけよ」
「ここにも脳筋が!?」
「その質問するって事は裏切るつもりか?先に血祭りに上げとくか?」
原初の脳筋は指の骨を豪快に鳴らす。
これでは話が前に進まないと判断した啓太郎は強引に話をまとめた。
「とりあえず、金郷教の儀式場はこのメンバーで突入する!キマイラ津奈木、敵は何人くらいいるんだ!?」
「正確な人数は分かりませんが、恐らく魔術が使える信者が100人程いると思います」
「じゃあ、私が50人、司が50人やれば良いって事か。よし、今から殴り込みに行くぞ」
雫さんは拳銃の弾を確認しながら呟く。
「そんな単純な話じゃないわ。初歩的な魔術しか扱えない魔術師でも戦車1つ潰せるくらいの力を持っているのよ。そんなのが100人いるのよ、日本の軍隊如きじゃ勝てっこないわ。行くならもっと作戦を練って行くべきよ」
鎌娘は"まあ、私がいれば話は別なんだけどね"みたいな顔で俺らをちらちら見る。
「僕も彼女の意見に賛成だ。幾ら魔法使い2人の協力を得られたとしても、この戦力では太刀打ちできないだろう。一旦、儀式場を偵察してから作戦を練るべきだ」
「「正面突破一択」」
俺と雫さんはつべこべ言う啓太郎を暴力で黙らせる。
「よっしゃ、じゃあ、儀式場に行くぞ。キマイラ津奈木、案内してくれ」
「は、……はい、分かりました」
かくして、俺達は儀式場がある桑原神社近辺に向かい始めた。




