覚えてろの巻
◇啓太郎side
「ねえ、何で貴方達は私の邪魔をするの?」
始祖ガイアの力を得た少女──『美桜』の身体から目に見えない『何か』が放たれる。
肌を炙る殺意を感じ取った途端、松島啓太郎は背筋に冷たい汗を流し始めた。
「平行世界から来た貴方達には関係ないでしょ? この世界が滅んでも、貴方達の世界は存続する。私は貴方達の世界を襲う程、隙を持て余していないし、恨みを持ち合わせていない。私が干渉するのは、この世界だけでいいの」
『美桜』の一挙手一投足を注意深く観察しつつ、松島啓太郎は口を開く。
「悪いな、お嬢ちゃん。僕らが此処に来たのは、君のためでも、この世界を守るためでもない。ただ自分の意地を通しに来ただけだ」
「意地?」
「ああ、そうだ」
亡くなった弟分の顔を思い浮かべながら、啓太郎は微かに笑みを浮かべる。
「僕が此処に来たのは『困っている人を見て見ぬフリをする人間になりたくない』からだ。それ以上の理由でも、それ以下の理由でもない」
「困っている? もしかして、この世界の人の事?」
「いいや、君の事だ」
殺意と敵意を漏らす『美桜』から目を離す事なく、啓太郎は目を細める。
「君は困っている。いや、困っているという表現は正しくないな。君は感情と力に振り回されている。その所為で、君はこの世界と一緒に心中しようとしている」
啓太郎の指摘が図星だったのか、『美桜』は表情を硬直させる。
それを見たアラン──司から脳筋女騎士と呼ばれている女性──は、いつでも闘えるように腰を落とした。
「君が何をやろうとしているのか、ある程度想像できる。これでも、僕はお巡りさんでね。君達よりかは人を見る目があると自負している」
「なら、その目、腐っているよ。私は感情と力なんかに振り回されてなんかいない。私は自分の意思で此処にいるの」
「本当にそうか?」
『美桜』の心の壁が厚くなる。
それを肌で感じ取った啓太郎は口を閉じると、美桜の話に耳を傾けた。
「……貴方達に私の何が分かるの?」
空気がざらついたものに変わり、大地が微かに揺れ始める。
「フィル……だっけ? 貴方達の仲間も言ってたよ。『オレみたいに後悔するぞ』って。『盲目のまま、進んだとしても過ちを犯すだけだ』って」
黄ばんだ空から黒い雷が降り落ちる。
落ちた雷は近くにあった山肌を削ると、黄ばんだ空に浮かぶ雲を粉々に打ち砕いた。
「じゃあ、なに? 黙って虐げられろって言いたいの? 大人しく大人の言う事を聞けって言うの? 私達に死ぬまで我慢しろって言うの……? 痛くても、苦しくても、困ってても、声を上げずに耐えろって言うの……?」
怒りが世界を歪ませる。
アランの額に冷や汗が滲み、啓太郎は目前まで押し迫った死に恐怖する。
「私達は耐えた。金郷教の大人達の言う事を聞き続けた。その結果、殆どの子ども達は死んだ。生き残った子ども達は人の形を失った。大人達の言う事を聞いた私も右目を失った。右指の大半が腐食した。身体は神器ってものに造り替えられ、人間じゃなくなった」
啓太郎は本能で悟る。
『美桜』が爆弾である事を。
下手に刺激してしまったら、自分達だけでなく、世界さえも滅ぼしてしまう事を、
「誰も助けてくれなかった。誰も助けようとしなかった。だから、私は自分の力で私や私の仲間を助けなくちゃいけないんだ。それでも、貴方達は私に耐えろって言うの? 死ぬまで大人達の言う事を聞いて、苦しめって言うの? ねえ、教えてよ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ……!」
「落ち着きたまえ。別に僕らはそんな事を言って……」
「黙って!」
美桜の口から出た言葉が啓太郎達の背後に聳え立つ標高600メートルの山を砕く。
ただ叫んだだけ。
ただ怒りを露わにしただけ。
たったそれだけの行為で、『美桜』は地形を変えてしまった。
(……やはり、話し合いにならない)
これからどうするつもりなのか確認するため、啓太郎とアランは神宮司に視線を向ける。
司はというと、何故か○めはめ波のポーズを行っていた。
──何してんだ、こいつ。
啓太郎とアランの考えが一つになる。
「……何やってんの?」
啓太郎とアランだけでなく、『美桜』の考えも1つになってしまった。
「かーっ!」
コイツ、かめ○め波を打とうとしている。
その事に気づいた啓太郎は頭を抱える。
か○はめ波の存在を知らないアランはと言うと、ポカンとしていた。
「…………もしかして、かめ○め波撃とうとしているの?」
「めーっ!」
怒りを堪えているかのような面持ちで『美桜』は殺意と敵意と怒気を神宮司に向ける。
ようやく『美桜』が怒っている事に気づいたのか、司の瞳に『美桜』の姿が映り込んだ。
「ん?どうした?そんなに怒った顔をして」
火に油どころかガソリンを投入する司を見て、啓太郎は頭を抱える。
「……ねえ、私の話を聞いてた?」
「ああ、ごめん。聞いてなかったわ」
あろう事か、司は正直に本当の事を話してしまった。
その瞬間、『美桜』は敵意と殺意を滾らせると、手加減抜きの攻撃を仕掛ける。
空から降り落ちる夥しい量の黒い雷が啓太郎達に襲いかかった。
◇神宮司side
「「ぎゃあああああ!!!」」
悲鳴を上げながら、全力疾走で草原を駆け抜ける。
空から降り落ちる無数の黒い雷の槍は雨のように降り注ぐと、俺達の周りにある草原を跡形もなく焼き尽くし始めた。
「なんで『美桜』、あんなに怒ってんだよ!?」
「君があの子の話を無視した挙句、かめはめ○を撃とうとしたからだ!」
右隣を走る啓太郎の声が落雷に遮られる。
俺は左隣を走る脳筋女騎士と共に落ちてくる黒い雷を右の籠手の力で退けた。
「で、どうする!? どうやってあの子を止めるつもりなんだ!?」
空から降り落ちる黒い雷を剣で弾きながら、左隣を走る脳筋女騎士が疑問を投げかける。
「とりあえず、『美桜』と話し合うっ! 1分でいい! 時間を稼いでくれっ!」
「時間を稼いだら、何とかなるのかっ!?」
「ああ……! 多分!」
「多分ってなんだ!? 多分って!?」
啓太郎の疑問に答えながら、右の籠手の力で飛んできた黒い雷を受け流す。
まだ気が済んでいないのか、『美桜』は右手を前に突き出すと、龍を模した黒い雷を掃射した。
「始祖相手に1分も稼げる訳ないだろ……!?」
持っていた剣を煌めかせながら、脳筋女騎士は否定の言葉を投げかける。
「仮に私が全力を出したとしても、10秒が限界だ……! 私と始祖では力の差があり過ぎる……!」
「啓太郎は?」
「僕の力と今の状況では、1秒足りとも稼ぐ事はできない」
「使えねえなっ!」
「「お前が火に油を注がなかったら、もっとマシな展開にできたんだがな!!」」
どうやら脳筋女騎士と啓太郎は当てにならないらしい。
(じゃあ、そういう事だ。始祖ガイアの分体とやら。俺のために1分稼いでくれ)
(否定。逆に返り討ちにされ……って、なに私を外に出す準備始めているんですか。おい、やめろ。『かーめー』じゃねぇよ。私の話を聞けって言ってんだよ)
俺の身体の内側にいる始祖ガイアの分体とやらを無視して、『はー!めー!』と叫ぶ。
脳筋女騎士と啓太郎が何か言っているけど、全部無視した。
(オッケー、話し合いましょう。私と貴方は知性あるもの同士。血に飢えた獣と違い、妥協点を探る事ができ……)
「はああああああ!!」
両掌から放たれた光弾が『美桜』の下に駆け寄る。
光弾が発射された途端、始祖ガイアの分体とやらの声が聞こえなくなった。
「ああ、そこにいたんだ」
そう言って、『美桜』は飛んできた光弾を右手で受け止める。
そして、光弾から『力』を奪ってしまった。
「な、力がぬけ……!」
光弾が可愛らしい犬の姿に成り果てる。
多分、あの犬みたいなヤツは始祖ガイアの分体とやらの成れの果てだろう。
「えい」
そう言って、『美桜』は右手で受け止めた光弾の成れの果て──始祖ガイアの分体だった犬モドキを俺目掛けて投げ返す。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!! 力全部奪われたああああああ!!!」
可愛らしい犬の口から始祖ガイアの分体と同じ声が聞こえてくる。
多分、始祖とやらの力を奪われた結果、犬のような姿になったんだろう。
使えねえなと思いながら、俺は迫り来る可愛らしい犬を避ける。
「せめて受け止めろおおおおおお!!!」
始祖ガイアの分体と思わしき犬は、俺に当たる事なく、真っ直ぐ飛んでいくと、遥か後方へと吹き飛んでしまう。
俺はそれを一瞥すると、改めて『美桜』と向き合った。
「……司、今のはなんだ?」
雷が止んだ事でようやく立ち止まる事ができた啓太郎は、息を切らしながら、俺に疑問の言葉を投げかける。
「気にするな、ただの役立たずだ」
遠くから『覚えていろおおおおお!!クソガキイイイイイ!!!』という声が聞こえてくる。
俺はそれを敢えて聞かないフリをしながら、右の拳を握り締めると、口から白い息を吐き出した。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイント・いいね・感想を送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方・いいねを送ってくださった方に感謝の言葉を申し上げます。
本作品「価値あるものに花束を」を投稿して早2年が経過しました。
ここまで投稿できたのは、皆様が読んでくれているお陰です。
この場を借りて、厚くお礼の言葉を申し上げます。
お付き合いしてくれて、本当にありがとうございます。
次の更新は来週1月27日金曜日22時頃に予定しております。
あと僅かになりましたが、ちゃんと完結させるので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。




